The TA Gazette in Canada

サトタケ日記

The Satotake Gazette



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2003年9月 15日(月)

前回の日記の答えは、Jが土地の利を生かしてビンゴ。マイケルがリッツではなく、大学前のあのホテルに泊まるということは、あれが当地随一の高級ホテルということになるのであろう。我が所属大学も高級ホテル前大学とかに改名すればいいのだ。

日曜日には、当地にて13年ぶりに国際マラソンが開催された。私は10キロの部に出走、55分55秒であった。55分以内で走れればいいけどそう甘くはなかろう、という出走前の予想通りの結果。5週間後のレースに向け、練習を続ける予定。特に意味はないが、松井もがんばれ。

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阪神タイガース
優勝

ということで本企画も終了。ご声援ありがとうございました。
2003年9月 11日(木)

図書館を出てダウンタウンへ向かっていると、ホテル裏口の車入れに人だかりができている。事故かなとおもったがそうでもないらしい。有名人の出待ちかなんかだろう。そうおもって、そばにいた女の子に尋ねたところ返ってきた答えは?

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阪神タイガース優勝までのマジックナンバー
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2003年9月 10日(水)

またやってしまった。コーヒーフィルターを買いに行ったのに、安売りの果汁100%ジュースとトイレットペーパーに目が眩み、すっかり買い忘れた。ドーナツ化がいよいよ慢性化している。

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一つ年下の従兄弟が結婚する。小学生の頃までは、長期休暇の度にお互いの家を行き来して、よくお泊りに出かけて遊んだものだが、長じてすっかり疎遠になった。とはいえ、ウチの両親と姉貴は披露宴に出席するので、私一人が何もしない訳にもいかない。ということでお得意のお祝いカード送付と相成ったわけであるが、結婚するひとに贈る言葉というのは難しい。経験から金言を物申す、というわけにもいかないし、こちらの結婚観とかパートナー関係観を過激に表現するのも個人的な価値観を押し付けるようで憚られる。第一、私自身が結婚そのものに関心がないのがばれてしまう。かといって至極穏当なメッセージなどもらって嬉しいわけがない。うーん、あんな文面でよかったのだろうか? まさか電報といっしょに紹介されたりしないだろうな? やばいぜ。

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阪神タイガース優勝までのマジックナンバー
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2003年9月 9日(火)

Jも同様の症状を訴えているように、どうやら私一人の病ではないらしい。直前の記憶がドーナツの穴のようにすっぽりと抜け落ちてしまうこの病は、習慣性記憶ドーナツ化症候群と呼ばれ、アルツハイマー病の若年化現象と医学界で話題騒然である。かどうかは知る由もないが、皆さんも気をつけてください。

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今日はじめて自転車の夜間走行を試してみた。当地の自転車には夜間灯が付属されていないので(すぐ盗まれるから)、電池式のライトをとりつけた。これが見事なくらいに暗い(くだらない)。サイクリングロードには街灯がないので、深海に潜むチョウチンアンコウのようにそろそろと漕ぐしかないのだった。定期代の節約と言うのも大変なのである。

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2003年9月 7日(日)

あるいはこうしたことは世間の皆さんにも経験があることかもしれないし、私一人におこる特異な現象なのかもしれない。

玄関の鍵をかけたかどうかバスに乗ってから心配になるとか、スーパーにいって買い物リストにない物ばかり買って肝心な物を買ってこないだとか、やかんを火にかけたのをすっかり忘れて空炊きしてしまったりだとか、味噌汁をつくるつもりがカレーになっていたりだとか、そういったことである。

今日は山王山アタックを敢行、これまでにない快調なペースで走り、自己記録大幅更新間違いないとおもってストップウォッチを見たら、スイッチを押し忘れていた。

うんざり。

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2003年9月 5日(金)

一時帰国する友人が日本で何か買ってきてほしいものはあるか? と尋ねてくれる。大変ありがたいことである。問題は、4年にわたる異邦人生活を経て、「日本土産」に関する私の想像力が完全に枯渇してしまっていることだ。日本土産にまつわる件の御下問を受け、私ははたとキーボードを打つ手を休め、しばし黙考することになる。私は何がほしいのだろうか? と。

せっかくお頼み申し上げるのであるから、当地では手に入らない「純正なる日本もの」のことを考える。それは先方の負担にならないものでなくてはならない。かさ張らず・重くなく・日持ちして・手に入れやすいモノが理想だ。私の懐具合からいってもリーズナブルでないといけない。違法なブツ(ワシントン条約とか粉関係とか)はもってのほかだ。

そして私の思考は停止する。

物欲から完全に解脱したわけではないので、欲しいものはいろいろとあるが、それと同時に、なくても生きて行けるわいな、というある種の諦念が物欲刺激ホルモン(というものがあるとして)の分泌を抑制しているというのも事実である。

先月一時帰国したJには日本語の本を三冊持ち込んで頂いた(税関で取り上げられそうになったのを救ってくれるなど獅子奮迅の働きに感謝)。9月末にはゼミの先輩、10月には母上が当地にお越しになる予定で、件の御下問を頂いているのであるが、何を依頼してよいのやらまだ決めかねている。

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2003年9月 3日(水)

今学期から始めた自転車通学。直線距離にして片道8キロを40分弱。大学につく頃には汗びっしょり。背中と両肩にはバックパックの跡がくっきりである。一仕事した気になり、まだ冷房の効いている図書館で涼みつつ完全にレイドバックしている。私は何をやっているのだろうか? 勉強しましょうね。

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2003年9月 2日(火)
BGM: 井上陽水『Golden Best』

新学期ということで大学に赴くと、当然のごとく友人と旧交を温めることになる。TA仲間のインド人人妻に図書館でばったり出会い、大学の本屋のカフェでお茶。図書館でデータベースを検索しながら旧ボスの元子役クルマちゃん(覚えてるかな? 2002年1月−4月の日記参照)とおしゃべり。その後、これまたTA仲間のマシューと落ち合ってビールを飲む。フランス土産に愛しのシャルロッテのポスターをどこからか見つけてきてくれた。いい奴だ。

マシューに懸案のクロック・ムッシュー、クロック・マダムのことを尋ねる。「こっちじゃ見たことない」らしく、私がカフェで食ったというと驚いていた。かねてからの疑問、「クロック・マドモワゼルは存在するのか」をぶつけると、「ないわけないじゃん」と答えていたが、ありゃ、嘘だな。ちなみに、クロックというのは「食べ物をカリカリと音を立てて食う」ことである。「カリカリ紳士」と「カリカリ淑女」。安易な擬音ネーミングなのだった。食文化と言うのも案外底が知れている。

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2003年8月31日(日)

ロンドンの停電はトミィのお宅でも災難だったようで。「僕を待つ我が家」よりも「コロッケ」のほうに目が行くのは、家庭への想いが私には希薄なせいだろうか? それとも単なる食い意地か? 両方だな、たぶん。

ところで、コロッケの語源といわれる croquette はフランス語だ。そしてフランス系食文化には、クロック・ムッシューなるものがある。バゲット(フランスパン)でハムとトマトのサンドウィッチを作り、その上にチーズをのせてオーブンで焼いたもののことをいう。この間カフェで食ったが、ピザみたいなもんだった。そして、ムッシューがあるなら、マダムもあるのか? という至極当然の疑問が湧くが、ちゃんとある。クロック・ムッシューに目玉焼きをのせるとクロック・マダムになるとものの本には書いてあるが、まだ見たことはない。 親子丼、他人丼、みたいなもんだな。

食物への命名によって文化の一端を垣間見ることができるというのは、文化人類学の常識だが、ムッシューとマダムを対にして命名するあたりに、男女のパートナーを社会の一単位とするフランス文化の特徴を見て取れる。日本の場合は、親子を基本とした社会であり、親子でなければ即他人というように自己−他者関係を厳然と規定する一方で、あらゆる人間関係を親子関係に模する社会規範があるんですね。食文化というのも奥が深い。



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2003年8月29日(金)

8月も末。29日に読書感想文、30日に図画工作の宿題、というパターンを続けていたのを思い出す。

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2003年8月28日(木)

ロンドンでも大停電があったそうだが、トミィのお宅は大丈夫だったであろうか?

我が家では停電に見舞われたわけではないのだが、キャンドルを燈して過ごすのもいいものであると最近気がついた。オレンジ・ジャスミンの香りがするという触れ込みのキャンドルを燈しながら(実際にはちっとも匂わない)、ワインを飲んでいると、確実にスナフキン度が高まる。

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2003年8月26日(火)

電気代の請求書が来た。6月と7月の二ヶ月で1800キロワット使用、130ドルほどの請求である。これは異なこと、である。昨年の使用データを見ると、7月から10月の101日で980キロワット、極寒の冬の二ヶ月(2月と3月)ですら2400キロワットの使用である。真夏の暑い時期に真冬並みの電力使用量になるはずがない。もちろん、エアコンも扇風機もない。メーターの数字が間違っているにちがいない。そこで電気メーターの数字を読み取ろうと思ったが、悪いことに、10日ほど前に電力会社の作業員がやってきて、新しいメーターに取り替えられてしまっている。こっちには証拠がない。さぁ、困った。

いざ鎌倉、というわけで電力会社に電話で問い合わせる。中年の女性が応答に出た。

電気消費量に疑問があること、もちろんエアコンなど使ってないこと、メーターの数字を確かめたいがメーターが取り替えられていて確かめる術がないこと、など状況を告げる。

先方は、電気メーターの数字には問題がない、の一点張りで埒が明かない。仕方がないので、こちらも何度も状況を説明する。中年の女性は「わたしの言ってることがわかるか」とこちらの英語力を試すようにゆっくりと言う。わたしははっきりと「わからない」と言う。「あなたの言っていることはわかるが、あなたの説明ではわからない」。すると、「英語の分かる通訳でも何でも連れてきて出直しなさい」と一方的に切られた。一昨日来やがれ、である。

頭に来たわたしはすぐにかけ直す。別の女性オペレーターにつながり、問い合わせの趣旨を告げる。今度は古いメーターの記録を調べてくれて、その数字が大幅に違っていたことが分かった。近々、新しい請求書を発送するとのことで一件落着である。

これはどうしたことだろうか?

確かに最初の電話では私の説明の要領が悪かったかもしれない。そこは反省しよう。しかし、あのように仕打ちを受けるいわれはないはずである。現に、似たような説明の仕方で二度目はすんなりと話が通じた。先方はこちらの年間使用量をはじめとした消費者記録を持っている。10日前に作業員が来てメーターを取り替えたことも記録に残っていた。にもかかわらず、対応するオペレーターによってこうも差が生じるというのは、顧客サービス上問題が大いにある。なぜ最初のオペレーターはあのような対応しかできなかったのであろうか?

彼女に仕事をこなす能力がないといってしまえばそれまでだが、問題はさらに根深いと思う。彼女は、こちらの問い合わせから状況を把握し、こちらの趣旨を感知し、手持ちの情報(彼らが独占的に持っているのだ!!)と照らし合わせて、相手の納得いく形で説明し、必要があれば処置を講じる、というやり取り、もっと言えば関係性の構築作業への意欲と能力を欠いている。私はこの関係性の構築作業を効率的に傾向的に提供できるのがプロフェッショナルだと思っているが、求めすぎなのだろうか?

顧客サービス・オペレーターと消費者、TAと生徒の関係などをはじめとして、あらゆる対人関係は、求める(求められる)ものと差し出す(差し出される)ものとのやり取りである。そこで重要となってくるのは、相手が何を求め、こちらが何を差し出せるか、を状況に応じて感知することのできる身体感受性の高度なセンサーだ。知性といってもいい(前にも書いたことあるな、これ)。

このセンサーの感度の鈍い人が公的サービスに従事するということ。悲劇である。これを社会的コストと呼ぶ人もあるのかもしれないが、そのコストを(心理的にせよ物理的にせよ)負わねばならぬというのは、実際に疲れる話ではある。

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2003年8月24日(日)

三度目の山王山アタック。往路25分、復路20分。山登り、山下りのコツをつかんで一定のペースで走りきれるようになった。しかし。往路の初っ端に、40の過ぎのおっさんと、10歳くらいの男の子の親子連れにするすると追い抜かれ、まったく追いつけなくてショックだった。男の子はトルコの映画に出てきそうな痩せっぽっちで、軽やかに飛び跳ねるように走り去っていった。「おぉ、ぼく、元気がいいな」と昭和のおっさんのふりをする間もなかった。3週間後の10キロレースに暗雲が漂うのを感じる。

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母上様、お誕生日おめでとうございます

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2003年8月23日(土)

二度目の山王山アタックを敢行。往路は30分、復路は25分(と書くと箱根駅伝の選手みたいだ)。復路の途中で、所属大学で政治思想を教えているブラピ准教授とすれ違った。あの懐かしい宗兄弟のような癖のあるフォームだが結構力強い足取りで駆け上っていった。彼も意外と孤独な人なのかもしれない。

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2003年8月20日(水)
BGM: スガ・シカオ「グッド・バイ」

8月もこの頃になると、4年前に成田を発ったときのことを思い出す。何一つ成し遂げていないことに気づいて愕然とする。参ったね。

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2003年8月19日(火)

9月のTA稼業再始動に向けて、英語の発音矯正のため、YMCAに通っているのだが、イディオムの教科書の表現を使って小話を作るのが毎日の宿題になっている。ただの作文ではつまらないので、里岳『誕生日月間』日記に書いたようなことを、あることないこと恋愛ネタに絞って書いて持っていっている。これがなぜだかわからないが殊のほか評判で、「あなた、短編小説とか、そういうの書こうと思ったことある? やってみなさいよ」と先生に薦められた。しかし、私としては本業の論文の方で早くそんな風に言われてみたい。「君、『国際組織誌』に投稿し給え。ここに私の推薦文を用意しておいたから。」あぁ、有り得ない。

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2003年8月16日(土)
山王山の麓から山頂までの往復ランニングを敢行。1時間後、疲労困憊、手足が痺れ、家路につく自転車を漕ぐ力もなかった。もう若くはない。

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2003年8月14日(木)
何を今更と訝る向きもあるかとは思うが、『ニュー・シネマ・パラダイス』を見に行った。浪人生の時、予備校の上映会で見て以来、もう何度見たことだろうか。見るたびに心に残るものが違うが、今回は「愛は傷つき傷つける」 と「故郷は遠きありて思うもの」の二つに涙した。

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2003年8月13日(水)
BGM: Jane Birkin, "Yesterday yes a day"

ここ数日、どういうわけかジェーン・バーキンに取り憑かれている。どうやら彼女に「呼ばれて」しまったようだ。ベストCD『Jane Birkin』をHMVで買ってきてヘビー・ローテーションしている。はっきりと言うが、彼女は歌が下手だ。声は線が細くて通りが悪いし、高音が出ない。ところが、セルジュ・ゲンズブールのメロディに声が乗ると不思議と魅力が出る。へたうま、ってやつである。CDを通して聞いていると、酒癖の悪いパリの伊達男とコケティッシュな英国女優は、スキャンダラスな生活を送りながらも、深く心を通わせて、お互いを必要としていたことがわかる。しかし、昨日のBGMを夜更けに聴いていると、ちょっとやばい。よくあんな曲を35年前に作ったよな。放送禁止になったのも当然か。それより何より、ゲンズブールは、バーキンの前に付き合っていたブリジッド・バルドーともこの曲を吹き込んでいたが、破局したので(バルドーの求めで)お蔵入りしたらしい。ラブレターの使いまわしみたい。男前なら許される、のか?

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2003年8月12日(火)
BGM: Jane Birkin & Serge Gainsbourg, "Je t'aime...moi non plus"

懸案のハードディスク。コンピューター通のハヘロさんをもってしても皆目見当がつかぬようである。私の仮説は、なにかの拍子でパーティションが生き残り、元来OSに割り当てていたパーティションにOSを再インストールしたためにデータに割り当てていたパーティションは無傷だった、というものである。問題は、「何かの拍子」ってなんだ? である。 わからないから、恐くてこれ以上ヘンな操作をできずにいる。もう一回パーティション分割ソフトをインストールしたらどうなるんだろう? コンピューターの自己保存本能が目覚めてソフト同士が争ったりするんだろうか? そうなったらスカイネットだ。「審判の日」だ。ターミネーターだ。うちにシュワちゃんが来るのか? そんなの困る。

しかし私は、どうしてももう一度ハードディスクの分割を敢行して、日本語OS環境を構築せねばならない。MSワードが必要だからだ。私の英語版OSにはロータスがあるがMSワードが入ってない。今時誰もロータスで文書をやり取りしたりはしない。だからMSワードが必要なのだ。じゃ、英語版のMSワードを買えばええやん、と思ったあなた。そうですね。あなたは全面的に正しい−−お金さえあれば。学割でも300ドルするのよぉ。あたしには買えない。大体英語版では日本語のMSワード文書が作れない。というわけで、私はどうしてももう一度ハードディスクの分割を敢行して、日本語OS環境を構築せねばならないのだった。

こわいなぁ。いやだなぁ。(ふりだしに戻る)

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2003年8月9日(土)

4時間で50キロのサイクリング。運河沿いのサイクリングロードを疾走するのは爽快。ボート遊びするリッチがあんなにいるとは思わなかった。さすがに疲れた。お尻が痛い。

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2003年8月8日(金)

このIBMノートを使って二年半。たびたび不調に見舞われて来たが、今回のはひどかった。ウィンドウズMEが立ち上がらないのだ。OSの起動しないコンピューターなんぞ、ただの箱である。目の前が暗くなった。コンピューターがいくら文具同然となったからといって、筆箱のように新学期がくるたびに買い替えるわけにはいかぬ。

この日記を更新しているということは、復調為った証ではあるが、OSを再インストールする羽目になり、AOLの通信記録は全滅、もろもろのソフトの再インストール、アップデート、カスタマイズに丸々二日かかった。

そもそも、分割したハードディスクをいじっていたがために起きた今回の不幸。ハードディスク分割ソフトはOSの再インストールと共に消滅したが、ハードディスクは分割されたままである。お陰で生き残った文書データが多く助かったのだが、なぜこうなったかまったくわけが分からない。

教えてお爺さん、教えて偉いひと、教えてアルムの樅の木よ。

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阪神タイガース優勝までのマジックナンバー
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2003年8月3日(日)

小鳥の襲撃を受けながらも日々研鑚を積んできたのにも訳があった。しかし今となってはそれも空しい。制限時間内(3時間10分)の完走証明書を申込書に添えて出せという。

2004年、早春のボストンを疾走する夢は潰えた。

しかし、である。来月中旬に当地で国際マラソンが開催される。このレースを3時間10分で走ればいいのだ。 1キロ4分30秒ペース。それを42回繰り返せば、3時間 9分。最後の195メートルは1分でカバーすればいい。ザ・どんぶり勘定。ボストンの夢、再び。

ムリ、やな。中高生時代、毎年春のスポーツ・テストで1500メートルを5分切れずに終わった私である。命の危険を感じる。

目標変更。さとたけの初マラソンは2004年5月末のオタワ。2004年9月のモントリオールで3時間10分突破。ボストンは、2005年だ。

これまたザ・どんぶり勘定は否めない。



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2003年8月2日(土)

トミィが鋭く看破しているように、頭髪問題を問題足らしめているのは、じつは男自身だったりするようだ。もしかしたら、私も他人の頭髪をまじまじと見つめて、その方を傷つけていたのかもしれない。反省。

薄髪と肥満の二点セットへの危惧をトミィのご母堂は表明なさっているようだが、私の場合、そこにチビが加わるので、これはもう三重苦である。私の母は不肖の息子の低身長を嘆いて、夜、涙に暮れることがあるらしい(母親というのは、実にいろいろなことで涙に暮れる。今の私では不満なのか?)。姉は看護婦らしく、「生活習慣病」というプロフェッショナルな用語を用いて肥満の危険性を私にレクチャーしてくれる。私の家族、チョット変だ。

閑話休題。

もし男性自身が頭髪問題を作り出しているという仮説が正しいとするなら、なぜ男は頭髪にそこまで自意識を注入するのか? 男たるもの頭髪は豊かであるべし、という理想像があるとして、何の故をもってその理想像にオブセッションを抱えてしまうのであろうか? 一方で、「髪フサフサ」「髪は長い友達」などと養毛・育毛・植毛・かつら業界に煽られているのものの、実際に金と時間をかけて対策を講じている男は意外に少ないのではないか、という疑問もある。私たちは、自らの頭髪の量に、一体何を重ねあわせているのか?

私が頭髪の後退を発見した時に感じたのは、時限装置付きの逃れ切れない宿命にスイッチが入った、という感覚のような気がする。スイッチが入った途端、それは加速度を増して迫ってくることを、私は既に知っている。これからの私は単なる既視感にすぎなかったものを現実のものとして追体験していくのだ。その結末は全く自分の望んだものではないにも関わらず、私はそれを最後まで見届けなければならない。

息子はその成長過程で一度「父なるもの」と対決して独り立ちしていくものであるが、頭髪の後退に気が付いた時、私たちは今一度「父なるもの」と直面することを迫られるのである。そうだ、だからたじろぐのだ。思春期に乗り越えたはずのものが、もう一度目の前に迫ってきて、対決を強いられる。これは男の経験する第二の「父との対決」なんである。

薄髪の男は幸いである。さらに成長する機会が与えられたのだから。逃げてはいけない。ショーン・コネリーになりたければ。

なんかすごいことになってきたな。



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阪神タイガース優勝までのマジックナンバー
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2003年7月30日(水) 二度目の更新

頭髪ネタへの食いつきがいいので、調子に乗って続けることにする。

トミィーの「薄髪・テノール相関仮説」を読んだ方は思ったであろう「三大テノールはどうなんだ?」と。早速彼らの公式ホームページへゴーだ。ふむ。パヴァロッティは仮説を支持、ドミンゴは反証、カレーラスは5年後に再検証、といったところだな。

なぜに男は「薄髪」をこうも恐れるのであろうか? 一方で、薄髪を堂々と晒してもなおオーラを放つ俳優はたくさんいる。「薄髪」を乗り越える男と乗り越えられない男との間には、どういった違いがあるのか? だいたい乗り越える、乗り越えないの問題なのか? かつらは敗北か? かつらでなくともバーコードにしがみつくのはバツなのか? ロマンス・グレーはそんなに素敵か? 洗剤まがいのシャンプーより、100%オリーブオイルの石鹸が頭髪によいという情報をどこかで耳にし、ダウンタウンを徘徊した挙げ句、ようやく自然製法石鹸の店を見つけ悦に入っている男こそ、わずかな望みにしがみついて姑息ではないのか?

かくのごとく疑問が噴出し、皆が一家言もち百家争鳴の状態となると、こう断言せざるをえない。頭髪に哲学あり、と。

そして、果たして女性は、男の薄髪を、あるいは薄髪への恐怖を、いかなる思いでみているのであろうか? うちの母は明らかに父の薄毛を馬鹿にしている。姉は義兄の頭髪後退を警戒していた。あなたのご母堂、ご姉妹、奥様、恋人、女友達はいかがですか?

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阪神タイガース優勝までのマジックナンバー
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2003年7月30日(水)

えーと、うっかりしてまして、昨日更新するのを忘れてました。というのは正確じゃないな。マジックが減ったとは知らなかったんです。阪神が負けても、ライバルが負けたらマジック・ナンバーは減るんですね。

法律的にいうと、「阪神タイガース優勝マジックナンバー日記なるものを始めた以上、日記書きとして本来為すべき注意義務を怠った故をもって業務上過失がみとめられ、罰金20万円以下」となるところでしょうか、ハヘロさん?

ともあれ、皆さん頭髪の不自由な方が多いようで。頭髪に不自由の徴候を見出す前は、薄毛でいいじゃないか、姑息なバーコードなんてやめろ、と思っていたが、いざその危機に直面すると、なんとか隠そうとするその気持ちもわかるようになってきた。

しかしあれだね、頭髪が後退していることに気付いた時の、あの根源的な恐怖はなんでしょうね? 頭髪を失うと同時に、自分の中で何かが確実に失われ、何かが確実に終わりを告げるんです。若さとか、男性性とか、見てくれとか、そういったことだけではない。何かもっと自己のコアとエゴにまつわる何か、根源的で根本的な何かに重大な変革を迫られるのではなかろうか?(この項つづく)

ご意見、募集中。

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阪神タイガース優勝までのマジックナンバー
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2003年7月27日(日)

阪神タイガースが予想以上のペースで勝ち続けているので、この日記も予想以上のペースで更新し続けなければならない。事態の推移が思惑を越え、身も心もおいてけぼりになっているのに、取り残されるわけにはいかないというジレンマ、あなたは感じたことがありますか? 同姓同名の人間が得体の知れぬ大男の犠牲になる中、将来お前は人類の命運を握る男の母親になるのだと、未来から来たという見知らぬ男に突然告げられたサラ・コナーの気持ち、慮ってあまりある(ターミネーターを見てない人にはわかりませんね)。ってそんな大袈裟なもんじゃないですが。しかし、ベンチで体調不良を訴えた星野監督も、案外そのジレンマに直面していたのかも知れない。やはり身体は正直なんである。

ということを思うにつけ、食欲不振に陥ったり、胃腸に異常をきたしたり、肌が荒れたり、激痩せしたり、近視が進んだりしない私の身体は存外丈夫にできているのかも。あるいはただの鈍感、厚顔無恥だろうか? そうはいっても頭髪はこの4年の間に確実に後退している。

必要があって家族の写真を探していると、4年前の夏に撮ったスナップがあった。それを見て私は愕然とした。明らかに頭髪に変化が見られる。その変化は髪型の違いというような、表面的なものにはとどまらない。もっと本質的になものだ。頭髪の量、密度、毛髪の勢い、色艶、毛並み、額と頭部の明確な境界など、頭髪を語る上で基準となるあらゆる指標(HDI:Hair Development Index)が低下している。私は、私の横に写っている父親を見て、4年前の私、今の私、4年後の私の姿、さらに思い出の中の爺様の姿を重ねてみた。

親子三代、遺伝子には逆らえない。

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阪神タイガース優勝までのマジックナンバー
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2003年7月25日(金)

思いがけず皆様にご心配をお掛けしているようで、心苦しい。

下のようなことを書いておきながら、このように申し上げるのは逃げを打つようで卑怯であることは承知しているが、

私自身、この胸に沈殿している重苦しさ、隙間風、喪失感、自己憐憫、わだかまり、寂寥感、不甲斐なさ、鈍痛、激痛、孤独、やり切れなさ、切なさ、

そして何よりも、もしかしたら深く傷つけていたかもしれぬということに思い至らず、如何に自分が傲慢で、一人よがりで、想像力と思い遣りを欠いたままごう然と立ちはだかるような存在だったかを思うにつけ、

さらに、もっと罪深いのは、自分は決してそうではないと思い込んでいたことで、そういったもろもろの感情をうまく胸のうちに仕舞い込めないでいる。

ただ、後悔はしていないし、私にとってはなにものにも代え難く意味のあることであったし、やれることはやったと思うし、その場その場で、不完全ではあったにせよ、私なりのやり方で、ベストを尽くせたとは思っている。俯いてはいないし、前を向いているが、ただ今は、記憶に足を取られて前に進めずにいる。

こうした気持ちを、後々の滋養のために、リアルな形で残したいと思ったら、下のように書くしかなかった。いつかこの敗北を抱きしめることができたら、お話できると思う。皆様のご厚情に甘える私を許してくださるだろうか? 要領を得なくて、すまない。心配してくれてありがとう。

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阪神タイガース優勝までのマジックナンバー
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2003年7月23日(水)


いくぢなし。




2003年7月22日(火)

本日、自己記録を更新。目が覚めたのが7時半。やべぇ、遅刻だ。シャワーを浴び、歯を磨き、髭を剃る。39分。服を着て、コンタクトレンズを入れる。44分。荷物をバックパックに詰め込んで、サンダルをつっかけ、家を出る。47分。バス停へ向い、51分のバスに乗る。地下鉄に乗り換えダウンタウンへ。件のカフェについたのが8時15分。ベッドから飛び起きてダウンタウンまで45分というスピード記録であった。これまでの記録を5分短縮。人間、やろうと思えばなんだってできるものだ。と、こんなことから学んでどうする。

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阪神タイガース優勝までのマジックナンバー
39



2003年7月21日(月)

毎朝7時21分のバスに乗りダウンタウンへ向かう。停留所に集まる顔ぶれはいつも同じだ。小太りのおばさん。やさぐれた兄ちゃん。ゲイチックなお兄さん(Just Jack!!)。バスと地下鉄を乗り継ぎ7時50分ダウンタウン着。8時半まで最寄りのカフェで時間を潰す。そして、このカフェにやってくる客も毎朝同じである。

奥から二番目のテーブルには、40前後の派手目の女と40過ぎの無精ひげの男が見詰め合って、何やら愛のようなものを朝っぱら語り合っている。入り口の側の一人がけの椅子には50前後の白衣のおばさんが陣取り煙草を吹かしている。私が隅の椅子に腰を下ろすと、25くらいの若いチャビィな女が隣に座る。このカフェが入っているビルは医療関係者が多いらしく、白衣を着た薬剤師やら病院の受け付けやらが入れ替わり立ち代わりやってきては、コーヒーをテイクアウトしていく。8時10分過ぎには件の「愛のカップル」が男の運転する黒のコンパーチブルに乗り込み、山の手へ走り去っていく。8時15分頃、一段落つき、手が空いたウェイトレスが私の後ろに座り、賄いを食べつつ煙草をふかす。私は8時25分にカフェを出る。月曜から金曜まで、毎朝これが繰り返される。

このカフェに毎朝顔を出すようになって4週間目になる。1週間目の終わり頃から、ウェイトレスが私を認識するようになった。入り口のドアを開け、カウンターで注文しようとすると、私が口を開く前にミディアム・サイズのコーヒーをテイクアウト用に差し出してくるようになった。

このカフェに毎朝通うのも今週で最後である。

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阪神タイガース優勝までのマジックナンバー
41



2003年7月20日(日)

しばらく日記書きから遠ざかっていたので、書き方を忘れてしまった。当面のあいだリハビリが続くのでご寛恕を願いたい。

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件の書き直しペーパーだが、まだ書いている。先方からは「二点書き加えられたし」というコメントだったが、読み直し、書き直し、書き加えしているうちに欲が出てきて、他の論点までも大幅に補強している。いい加減なシロモノより少しでもましな論文の方が双方にとってハッピーであろうし、今回のペーパーは会議の編集本の一編であるから審査・修正の厳格な雑誌投稿とは異なり、大幅加筆というルール違反にも目をつぶってもらえるであろう、という甘い予断がある。いけませんね、これでは。

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ところで、人様の前で論文発表や口頭発表をする目的の一つは、「いまのところ、わたしにはここまでしかできません。わたしは現時点でこんなにも愚かなんです」と能力の限界を示すことだと近頃強く思うのである。イチローがオール・スター・ゲームという晴れの舞台を前にして「自分の能力未満のプレーをしないこと」を目標にあげていたが、私は強くこれに共感する。

イチローは自らの高い能力に自信をもっており、その高いレベルにある技術を披露するまでもない場面が数多くあるなかで、どこまで自分を追い込んで能力と技術をさらに向上させていけるか、という次元の話をしている。高校球児が「一生懸命頑張ります」と宣誓するのとは全然違うのである。

もちろん私は自らの能力に対してイチローほどの自負を持ち合わせていない。また、強烈な自負心を雄弁に物語るイチローの言葉にどこか傲慢不遜の匂いを嗅ぎ取る向きもあろう。しかしながら、自らを過大評価も過小評価もすることなく、リミットいっぱいまでパフォーマンスするというのは、当たり前のようだけれどもとても難しい。そしてこれはスポーツに限ったことではない。個人的作業の場合には、さらに孤独と独善との戦いが加わわり、妥協の誘惑に足をすくわれそうになる。そして他人に言い訳するより自分に言い訳する方が容易い。

来る9月から来年3月にかけて、人様の前で愚かさを晒す機会が多いので、少しでも見所のある愚かさを晒せるように精進する次第である。

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阪神タイガース優勝までのマジックナンバー
43



2003年7月18日(金)

自分で企画を打ち出しておきながら、後半戦が始まったとは露知らず、加えていきなりタイガーズが勝ったとも知らずにいたので、初っ端から頓挫するところだった。危なかった。

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ここのところ、私のIBMノートブックがまた機嫌を損ねており、日本語版OSのほうがセーフモードでしか立ち上がらない。さらにはマウスを認識するのを放棄したらしい。放棄するなよ。

そんなわけだから英語版OSで作業することになるのだが、困っている。コンピュータにMSワードがインストールされていないことがこんなに不便なことだとは思っても見なかった。いや、困ったよ、まじで。



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阪神タイガース優勝までのマジックナンバー
45



2003年7月14日(月)

昔からそれほど熱心に関わってきたわけではないが、これほどまでになるとやはりほっとけないわけで、便乗企画といわれようが、勝てば官軍なのかお前はと罵られようが、やっちゃいます。

ス・優勝マジック日記

文字どおり、阪神タイガースの優勝マジックが減るたびに日記を更新するというこの企画。更新日が明々白々なので、「ちっ、まだ更新してねぇのかよ」と舌打ちしていた読者諸氏の精神衛生の向上にも貢献するという、まったくもって読者フレンドリーな企画だとおもうが、いかがであろうか?

優勝マジックとは、「蛍光燈のようについたり消えたりする」(星野監督)ので、この日記もついたり消えたりします。けっこうスリルありますね。

オールスター明けの後半戦開始をかつ目して待てしばし。

どうでもいいが、タイトルが電波少年化(古いね)している。


* 本誌は基本方針として、筆者の恣意的な判断基準に則って主観的に取捨選択された事実のみを記述しています。フィクションの場合は「妄想」と明記します。あらかじめご了承ください。それでは楽しんでいきたまえ。チャオ。

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