「I & Y のひととき」
2004年度
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
5月
4月
3月
2月
12月18日(土)
今年も12月半ばを過ぎて、年間を省みるときになった。長雨・酷暑・台風・集中豪雨・ 地震災害、今年の世相を漢字一文字で表すと「災」だそうだが、あまりぴったりすぎて 気持ちが悪い。こんな文字は二度と当てはまってほしくない。が、いまの地球の進行方向 はますますこれに接近しつつある。自然現象とはいうものの、30年先には、「あれは人災 だった」と証明されることだろう。
経済界は、景気回復基調とは言うが力強さがなく、ここにきて足踏み状態である。 オリンピックは日本勢の活躍が目立ち、一服の清涼剤になったものの、海外では、イラ ク戦争が泥沼化し、自衛隊もこれに巻き込まれないかと心配になる、アフガニスタンの 復興もままならない。テロ集団も人の命をかけての抵抗であり、その根源は民族集団の 貧富の較差に収斂するように思われてならない。武力でなく意思疎通での解決が最善で ある。が、もつれた道のりはまだほど遠いようだ。
国内では小学生のネット掲示板トラブルで殺害にまでエスカレートした事件、奈良で は小学校帰り少女の誘拐殺害事件がいまだに未解決、俺おれ詐欺の多発、世職に就かな い若者が増え、それを不自然と考えない意識のゆがみ。通信手段や移動手段は多岐にわ たり便利になった一面はあるが、感情の機微が伝わらないメールや刹那言葉は、短絡的 な行動になりやすく、日本古来の勤勉さが軽んじられ、命の重みに対する教育のあり方 にも一考を要する。
転じて、我が家では、妻の手芸教室も私の絵画教室も順調に流れて、適度の緊張感に 生甲斐を感じた充実した一年だったと思える。 特筆すべきことは、長男夫婦に子供が生まれて順調に推移成長していることであろう。 10月には一家そろって奈良の帯解寺に御礼参拝にあがった。奈良公園山頂での夕日と 十三夜の月 (月は東に日は西に) が子供の前途を祝ってくれているかに思えた。 鮮やかな夕焼け、さわやかな月影が強く印象を残った。
来年は万博の年、地球規模の温暖化現象が少しでも解決の方向にむかい「災い転じて 福となす」年となることを祈りたい。
11月16日(火)
10月末から展示会やスケッチ会などで落ち着かない日々が続き、年末年始にかけてまだ続 きそうだ。いま、衣浦東部美術展用の作品「夢送り」を手がけている。
今年の5月頃小学校の運動会で取材したもので「夢リレー」という玉送りゲームがあった。 このゲームは、大きな風船玉を4人で転がして目標の旗を廻り、最前列に戻り列の全員の頭上 を手送りして渡り、最後端の4人がまた旗を廻り最前列に渡す、全員が一巡して終わるゲーム だったように思う。見ていて、ふと、世の流れの縮図を感じた。
人生の大半が過ぎた今、人の世をかえりみるとき、先代の作り出した文化遺産に、我々の 時代の文化を上積みし、次世代の子供たちに受け渡すのが代の流れである。遺産には正の遺 産と負の遺産がある。正負の選択術も無いまま流れとして受け渡さなければならない今の時 代が悔しくもあり、情けなくもある。
自分達が目先のことだけのために求めた「楽の欲望」が、負の遺産となってしまうことが 何と多いことか、近ごろ、その付けが表面化しつつあるように思われる。温暖化現象から発 生すると考えられる大型台風や集中豪雨。人の習性なのか本能なのか、集団をつくりうごめ くイデオロギーの差、宗教・科学だけでは解決しない憎悪と復讐の渦巻くイラクの問題。大 量破壊兵器の最たる核問題。懸命に解決策を模索する人類だが、人の世の人の業。
「夢リレー」のために差し出された手、何本かのそろった手は珠玉のオーラを受け継いだ 純真な心が統合された手である。見えるものと見えないものとが調和された、未来に輝く手 であることを願いながら。
10月6日(水)
豊橋市東部で5日未明、0時から6時までに202ミリを越す記録的な豪雨に見舞われた。
大脇町の裏山が崖崩れ3箇所発生‥‥‥と今朝の朝刊が伝えていた。身内の家が近くなので 心配になり、見舞いの電話を入れた。幸い妻の実家も、実兄の住宅も被害は無かったそうで 一安心。
それにしても今年の台風の上陸数の多さ、集中豪雨の激しさ(三重県宮川村お見舞い申し上げ ます) を見るとき、今の防災対策に対する基礎的数値を変えなければ対応出来ないのでは、 と考えてしまう。集中豪雨の基準といわれてきた50mm/Hが、今年の雨量は80mm/H、100mm/H、 が随所で発生し、これでは水路などが溢れて当然であり、家屋への浸水も防止できなくなる。 「明日はわが身」の由々しき問題で安閑としてはおられない。
熊の出没があいついでいて人的被害もニュースになっている、今年は台風上陸で山の木の実が 不作となり、おなかを空かせた熊が里に下りてくる。異常気象の連鎖がここまで来たかとやり きれない思いである。
温度上昇した海水が本州近海まで接近しているためと言われているが、根源は地球温暖化が 底流のようで、「温暖化対策」が21世紀の最重要課題となる日も近いのではと危惧される。
9月9日(水)
「古布でハンドメイド」の今日の講座が終わったところである。「お疲れさまでした」会場を 出てくる生徒さんに声を掛ける、皆さん、にこやかでさわやかな顔をされている。お気に入り の作品が出来た喜びと共に、ひとつの難しかった作業を成し遂げた「達成感」が滲み出ている。
生涯学習都市宣言の街として、カルチャー教室が盛んなこともあって、午前の講座が終わり会場 から出てくる人の波、みんないい顔をされて声が弾んでいる。好きなことを学べる楽しさもあっ てだろう。
その講師を担当する妻の立場になると、また別の一面があるようだ。あちらの教室、こちらの 講座と、はからずも、2日・3日と教室が続くと事前の準備作業が大変である。作品開発の試作品 作り、材料明細・作り方の原稿・型紙作り、生徒数だけの材料の準備、時間との競争になる、 助手をお願いしたりはしているものの、午前様になることもしばしばである。「作品を完成した 時の皆さんの笑顔が嬉しくて」と妻はいう。開発試練が厳しいほど、準備時間が長いほど、それ らに比例して「達成感」は味わい深い、その上に結果がついてくれば、また楽しさも倍増する。 生活のなかには、いろいろな感動があるが、「達成感」これにまさる喜びはない。
一段落して夕焼けの雲の下、2階のベランダで今日の出来事を話し合いながら“ビールで乾杯、 今日もハッピー”でした。
8月9日(月)
連日猛暑が続いた7月末から8月にかけて、台風10号、11号が四国に上陸した。 この台風は、通例の西から東に移動して行くものではなく、逆方向、東から西に移動していった。 夏の太平洋高気圧が北上しているためで、地球温暖化現象の走りが引き起こしているのでは、と 気になる。が、目の先この暑さには閉口して、妻と二人、涼を求めて茶臼山高原休暇村にお世話 になった。
ネットで空き室を調べて予約した。当日は11号の余波で雨の中を出発、3時間余りで「面の木峠」 に着く、標高1100mは濃霧の中だった。風は無く、暑さも周囲の物音も白いベールに隠されて、 鶯の谷渡りだけが涼しく聞こえる。津具村を経由して「パルとよね」を訪ねた、「本日定休日」 の看板にがっかり、高原の売店などを見て周り、休暇村へは受付時間30分前に入った。ロビーは 客で溢れており、霧と雨で行き場を失った今日の宿泊客だった。宿泊受付が20分早められて始ま り、受付を済ませて部屋に落ち着く、窓を開けると霧の中から鶯の歓迎の声が聞こえ、霧に隠れ た茶臼山から吹き降ろす涼しい風が流れ込む、「来てよかった、山側の部屋、涼しくていいね」、 お茶のほろ苦さが運転疲れを安らぎに換えてくれた。
夕食後、山からの珍客、たぬきの夫婦が餌場に姿を見せた。窓越しに見ているこちらの様子に 反応し、椅子から立ち上がる人の動きで、急いで茂みに隠れ、しばらく出てこない。自然の中 での生存競争は生きることだけで厳しいらしい。
次の朝は晴天に恵まれ早朝散歩、小鳥のさえずりの中、コテージのある遊歩道を一回りして、 ゆっくり朝食。9時30分チェックアウト。この季節、スキーリフトが観光登山用に利用され、そ のゴンドラに揺られて10分間の空中散歩、ゴンドラの下の足元は、白黄青赤の花が咲き乱れて、 花から花への蝶の気分、花園遊覧ぶらぶら足をばたつかせる。涼風と共に運ばれて萩太郎山 展望台へ(1358m)、連なる山々と湧上がる雲の峰がしばし下界のストレスを忘れさせた。
帰りのコースで再び「パルとよね」を訪ねて温泉につかり、地元産のとうもろこしで山里の風情 を堪能した。午後3時の「面の木峠」は薄紫の「マツムシソウ」が満開で赤とんぼと蜜蜂が群れ 飛んでいた。涼を求めた1泊ドライブの旅でした。
7月5日(月)
妻の父母の霊祭を先日終えた。父が亡くなって35年、母が亡くなって32年になることを神主さん のお話で知った。35年間をかえりみるとき、人の世の流れを感ずる。
8人の兄弟姉妹のうち妻は3番目で次女である。家業は長男が継ぎ、お店を株式会社にレベルアップ し手を広げ業績も順調、市のライオンズクラブ会長を歴任して企業評価も高い。他の兄弟姉妹の 皆さんも総て健在で、社会的にも存在感のある立場の人達ばかりである。それぞれの家庭は子供 にも恵まれて活気に満ち、孫が結婚し、曾孫が産まれ、大きな心配事もない。幸せで平穏な生活が 続いている。何か大きな力が働いて今日があるように思える。
父母は、戦中戦後の最も厳しい世相の中で、新家を起こし、8人の大家族を養い、子供の前途を見極 め、高度成長期の入り口、それほど物資・文化の豊かさを味わうことなく、その一生を終えたよう に思う。
その中で、子供の教育しつけには厳しく、人との在り方、社交性と積極性を重要視していたようで ある。自立心を養い、人の心の動きを読みとり対処、その場の雰囲気に機敏に反応する豊かな感性 を身につけさせた。
いまの社会世相と見比べるとき、家庭の安泰も、会社の業績発展も、人の世の世渡り総てに通ずる ものがここに有るように思えてならない。縁あって、8人兄弟姉妹に身近にお付き合い出来る幸せを 噛みしめながら、あらためて、霊祭の遺影に万感を込めて合掌するのでした。
6月7日(月)
昨日東海地方も梅雨に入ったと発表があった。早朝ウオーキングをしていると季節のうつろいがよく 見える。コース脇のお宅の花が、寝ぼけ眼を開かせてくれて深呼吸する。
梅雨時に似合う花は「あじさい」だが、熟れたビワの実が、濡れた濃緑色の葉の真ん中で、黄金の煌 きをみせている、いかにもこの季節にふさわしい。清楚な百合の花やうつぎの白い花もこの時期のう っとうしさを和らげてくれる。並木の夾竹桃がビンクの花をちりばめて夏へのアプローチを感ずる。 バラは盛りを過ぎて、時計草が生垣を彩っていた。
青々とした畑の麦が6月に入ると急に黄ばんで、収穫の時期をを迎え、刈り取りの済んだ畑がモザ イク状に風景をつくっている。路傍の草にも、この時期に実をつけて黄ばみ、春からの営みに終わり を告げる植物が多いのも驚きである。「麦秋」の言葉がぴったり。
堤防の葦の葉影に「よしきり」がさえずり、遠く「ひばり」のバックコーラスと「きじ」の鋭いシン バルが入ると朝早のシンホニーはたけなわとなる。
なじみの顔に逢い「おはよう」と笑顔を交わして元気をいただく。曇り空が急に晴れたかの気分に なる。
5月24日(月)
「アート同好会」の展覧会に合わせて、2代目社長からの依頼をうけていた肖像画を描くことにした。 40年来懇意にして戴いている会長さんの肖像である。描こうと決めただけで、もろもろのことが彷彿 とよみがえって頭をめぐる。
十数名の社員をもつ小規模ながら堅実な経営で偉業を成し遂げた初代社長である。ご健在ではあるが 数枚の写真をモデルにして制作に入った。お顔をじっと観察し、描いていると、過ぎ去った一過性の 場面が頭をかすめては消えて行く。時間を忘れる楽しいひとときである。ご高齢からの風格とともに、 人の心の機微を読み取る洞察力を秘めた「何事も容赦しないぞ」という眼光と、人間性に満ちた慈愛 のまなこを兼ね備え、凡人にない鋭さと優しさとが交錯している性格が観てとれる。
企業経営者としての資質は、社会情勢の先見性が重要だ、とはよく言われるが、それと共に、従業員 の心が読めなければ、人を動かすアメとムチの使い分けが・・・そのような眼をされているのをひし ひしと感ずる。さて、その個性が描けたかどうか、いささか心配。
4月29日(木)みどりの日
今年もゴールデンウイークの幕開けとなった。暑くなく寒くなく、年間で最も緑が美しいこの季節。 昨日は西寄りの風が強かったから大気の塵が飛ばされて残雪の山がよく観えるだろうと、絵のモチーフ を探しながらドライブに出かけた。目的地は南アルプスの展望台とも言える「しらびそ高原」風もなく 快晴の空、残雪が程よく残った荒川岳、大沢岳、聖岳、上河内岳、茶臼岳と続く南アルプス連峰は期待 通りの雄姿をもって迫ってくる。モチーフをデジカメに収めた。小鳥のさえずりと芽出しの樹間を渡る そよ風が別天地を演出する木陰で昼食をとる。観光客も徐々に増えて20台ほどが駐車場に並んでいた。
エコーラインを「下栗の里」に向かい、途中、隕石が落ちたクレーター跡や、聖岳兎岳が横並びに見える ビューポイントを取材し「はんば亭」で車を止めた。特産のジャガイモと天然椎茸を求めながら「天界の里」 ビューポイントの道順を教えてもらう。車を路肩に止め、杉林の急斜面を備え付けのローブづたいに200m ほど辿ったところで視界がひらけ、空中都市が現れた。緑の尾根の斜面にぽっかり浮かんだ夢の楽園、ま さに童話の世界だ、インカの遺跡のような風景に息をのむ。村全体が山の尾根に密着していて日本のチロ ル村の言葉がぴったり、羽があったら上空を旋回してみたい。
しかし、しばらく観ていて感じた。斜面ばかりの畑、坂ばかりの道、雪に閉じ込められる冬、この厳しい 山郷の大地に根を張った生活・・・気概と逞しさ、郷土愛を兼ね備えた人達だろうと、敬愛の念が湧くの を覚えるひと時だった。
3月6日(土)
長男夫婦に初めての子供が生まれた。男の子であった。私達の子供が男二人の兄弟だったので長男 は女の子が欲しかったようだ、が30代後半の子供である、やはり男の方がよかったようにも思う。 誕生した赤ちゃんを見ていると、目元口元はパパママに似ているようにも見えるが、日に日に顔形 が変わり、私達にも似ているようで可愛いさが倍増する。
この子の人生はどうなんだろう、10年後、20年後、30年後は?、と遠い未来に想像をめぐらす。 ただ、ただ、「幸せであってくれ」と祈るばかりである。
2月11日(水)建国記念日
2,3日前の寒さがうそのように暖かな一日で、庭の梅のつぼみが急に大きくなった。3輪4輪ほどが ほころび始めた。例年、よく実をつける木なのだが去年の夏、貝殻虫が発生し強く剪定したので、 花付が悪く、樹勢も衰えて花も小さい。それでも春に先がけて見せてくれる素朴な花は、可憐ながら も逞しく凛としたものを感ずる。春の希望と物事の終始とが混在したこの季節の花、別れと出会い の多い人生の分岐点も連想されて・・・しみじみと感慨を覚えて心に滲みる。
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