「I & Y のひととき」

2011年度

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8月14日(日)
 立秋は過ぎたが夏本番の暑さはこれからか。今年は6月末に梅雨が明け、直後の、7月前半 の暑さは厳しいものだった。7月半ばから梅雨の再来を思わす曇り空と、じめじめ天気が続き、 7月20日、台風6号が徳島に上陸したが引き返す経路をたどり、潮岬をかすめて東海地方の南 海上をゆっくり東南東方向へ進み、八丈島の南を通過して、三陸沖に再び北上して熱帯低気 圧となった。その間10日ほど。
このところ歴史的にも例の無いことが次々と起こっている。四国徳島に上陸し、その後、南 方向に南下した台風は前代未聞で、観測史上、例が無い経路かと思う。これも温暖化なのか、 異常気象なのか。東日本大震災に始まった天災と人災。福島原発の結末も危惧される。異常 なまでの円高相場。と先の見えない世相ばかり、卓越した先見性を持つ指揮官の出現を期待 したい。

東日本大震災が有った今年のお盆、行方不明者は未だに4,666人数える。身内に行方不明者を 持ったご家族を思うとき・・・切なさが胸に沁みる。
「今からすぐ帰るから・・・」とTelを残し、いまだに(5カ月過ぎて)・・・帰らぬ肉親のニ ュース、その時、そこで難を避ける手立ては無かったのか、生き残れる打つ手は無かったもの か、どのように対策をすれば助かったのか、10分間か20分間、窒息しない呼吸ができる携帯器 具は出来ないものか、連絡通信網が充実してきた今の技術をしても自然災害の前ではなんとも ひ弱わで、打つ手は無いものか。今後の研究課題が有りはしないか・・・。
この世は諸行無情というけれど、人情の中で生活している我々には割り切れない、やりきれない、 くやしさが残る。人の世のはかなさをしみじみと感じます。

 今日 (8月14日)郷里に帰り、父母のお墓参りを済ませた。”父母の 墓前や暑き 蝉しぐれ”
寺の本堂は夏木立に囲まれて涼しく、東の間には新盆のお名前が貼り出され供物が飾られ、 廊下に面した所には「水向け場」が設けられ、例年通り、お盆の中日の雰囲気を醸し出していた。 本堂内は、幾組かの新盆の御親族がお茶の接待を受けて休んでおられ、幾年ぶりかの再会であろ うか、声高の談笑して盛り上がる、賑やかグループもあった。図らずも、堂内で幼馴染のY君に 会った。共に両親は亡くなり、現役世代を過ぎて、世の流れを静観視する年代。20年ぶりの顔合 わせというのに、「お元気そうで・・・」「ああ、まあ何とか・・・」と、立ち話挨拶のみ、と っさの話題が出ず別れた。自分も活力・気力が減退したものだ。と、後でしきりと残念に思う。






7月21日(木)
 変則的な台風6号が四国足摺岬をかすめて北上、(7/19日12:00) 土佐湾に入るや東に方向 転換、湾を横切り、室戸岬を越えてから、また北上して徳島に上陸した。「阿波踊りは、 まだ、始まっていなかった」と、ピーク軌跡を描いて引き返した。紀伊水道を渡り、紀伊 半島の西側海岸沿いに南下、潮岬先端を見据えて、東海岸に出て東進している。 7月の台風 としては記録に残る大型台風で、夏本番となる太平洋高気圧の縁を縫って進行方向を決めて いる、寄り道の多い自転車並みのスピードで、各所に大雨の置き土産で挨拶している。 梅雨明け後のしばらく続いた晴天と、猛暑の連続で、雨が欲しかった天候だったが、台風 の集中豪雨は各所で被害を発生させている。集中した大量の雨は土砂の運び屋である。 四国・近畿・東海の山岳地帯では800ミリ〜1000ミリを超す地域もあり、川の氾濫や山崩れ、 崖崩れ、堤防の決壊、高速道路の通行止めの引き金となっている。

 この時期の台風は思いがけない進路の軌跡をするものだ、あらためて知らされる。気象庁 の台風進路予測は、台風が発生した南方洋上で、西北に進行しはじめた頃発表され、四国近辺 で直角に東方に向きを変えることを予測していた。これだけ大型の台風が直角に方向転換が 出来るだろうか、半信半疑で見守っていたが、見事に的中させた。

近年発達した多くの測定機具や、測定結果の分析技術とか、経験データーの結果であろうが、 千変万化の自然現象であり、最後に結論付け、判断するのは人の頭脳だろう。大自然のなせ る足跡を「よくぞここまで」と感服するばかりである。

 我が家の前の小学校が今日から夏休みになった。お昼時など、いつも聞こえる子供たちの 元気な声がなくなると、静かではあるが少し物足りない。例年ならば7月後半はクマゼミの 大合唱。小学生のころ、夏休みともなれば、蝉の声に引かれ虫籠を持って出かけたものだ。 今年はどうしたことか、梅雨明け後早々、クマゼミの声を聞いたが、猛暑が続くと2〜3日で 姿を消してしまった。梅雨明けが例年より、半月ほど早かったが、昆虫の体内センサーは、 この気象変化を察知出来る能力が有るのだろうか、と関心を持っていたが、異例の早さで 成虫の時期を終えてしまったらしい。
台風6号の雨風が治まった夕闇、これから夏本番はというのに、閻魔こおろぎの未熟な初鳴き を聞いた。6号台風が最も近づいている時間帯なのに・・・この静けさの不思議。




6月13日(月)
 今年は東海地方の入梅が5月27日と観測記録で3番目の早さだった。台風2号の影響で南の海上 にあった梅雨前線が暖かい気団に押し上げられ本州南岸に近づき、異例の早い梅雨入りと なった。大陸育ちの寒気団はちぎれ雲のように本州上空に流れてくる、雷雲発生が意外な ところで起こり、突風が吹いたり、ピカピカゴロゴロと騒がしい。台風2号は東海地方に差 し掛かった頃は、中心部が拡散した格好となり温帯低気圧になった、それでも強い東風と 吹き返しの西風が一日中続いた、ニュースになる被害はまったく聞こえてこなかったのが何 よりである。

 東日本大震災から三ヶ月たった、流された家屋・瓦礫の整理、港内・近海の海中に沈んだ障 害物の撤去片付けはなかなか進まない。最も厄介なのは原発の強い放射能を含んだ汚染水だが 毎日500トンもふえ続けていることだ。この収拾にめどがつかない限り、避難区域の解除は予測 も出来ないだろう。避難民の憤りは察するに余りある。放射能に対する、一般住民は、五感では 感知できず、常識や経験でも対処できない。総てが、国や東電、原子力保安員、専門委員会の決 定事項に従うのみである。財産や土地所有権を無視され、理不尽な避難退去命令を甘んじて受け 止めるしかない。

 原発安全の想定の甘さと、技術・技能のおごりや過信が今更ながら悔やまれてな らない。 地震津波・異常気象など自然現象に対する安全認識の上限は予測をはるかに超えること が多い、想定した防災対策は余裕をもったもの、現場でも臨機応変に追加変更策が講じやすい、 手が打てる懐の深い含みを秘めた構想が必要であろう。

 今年の梅は6月7日収穫を完了した。トータル20kgあった。今年の梅は、果肉の熟れ具合が揃わ なくて、熟れたものだけを先取りした、残りは1週間後の収穫とした。それでも粒が不揃いで 作柄は不良品が多く不出来であった。開花期、寒暖の差が激しかったのが原因か?、
年頭の1月末から開花し始め、途中、開花した花に積雪も有ったりし、2月末頃まで開花期が続いた。 開花期間を例年と比較すると10日間は長かったように思う。その為か実の熟れ状態が揃わず、 大小混在で好ましい出来ばえではない。
梅干しにして親しいお付き合いの仲間に配るのが通例になっているので、今年の梅の出来ばえ では自信がもてなく、失礼になりはしないかと心配でもある。

 




5月15日(日)
 風薫る5月と言うのに、原発事故の避難者には緑を渡る風の中にも、放射能が頭をよぎり、 すなおに薫風を体感できない気持ちだろう。震災から2ヶ月が過ぎた。震災を大禍なく免れて 家が残り、田畑があっても、避難命令で帰られない人達の悔しさ、ぶっつけようの無い怒り は、いかばかりのものか。

 地震、津波は天災だが、有ってはならない原発事故は、人が作った発電施設で起こった人災 である。そこから発生した放射能汚染は、半径20km範囲が立ち入り禁止、風向きや山の立地条件 で放射能汚染が規定値を越えた、50km圏をを超えた地域までも避難命令で立ち退きを余儀なく されている。先祖伝来の平和な山村は、一夜にして生活が成り立たない不毛の地と化し、 何時帰宅出来るか期限も知らされないまま、退避命令のもと、無条件に住み慣れた土地を離れ なければならない。農業の作付け不可、出荷停止、酪農家では搾乳した乳を捨て、牛そのもの の世話が出来なく、やむなく処分するなど、保障問題を残しながら・・・ 事故とはいえ余り にも大きな物的・精神的代償である。
 
 原発は出来る事なら廃止したいところだが、太陽光、風力、地熱、などへ移行過程での 過渡的な役割ならば、現時点ではやむをえない発電方式であろうと思われる。

 原子力を利用した発電は安全面を根本的に研究し、見直した対策が必要であろう。どんな 過酷な自然現象にも確実に破壊されない建築構造で、なお且つ、電気的にもその機能が発揮 できる器機の防護策で固め、また、押しボタン一つで炉心を安定させ得る、鳥篭的システム 包囲網でくるむ特殊技術を開発するべきで、二重三重の放射線対策が開発構築されてから 市民権を得るべきものであったろう。現状の原発設備は、事故発生後の対処の仕方について 全く考慮がなく、現場メンテナンス作業者は大変な危険にさらされている。世の中に出るの が早すぎた構造物の感がある。

 発電動作中は空中を飛ぶ飛行機と同じで、緊急事態発生時にはまず軟着陸を考えなければなら ない。時間との戦いであり、自然現象に対する万策を尽くした設置対策はもとより、緊急事態 では自動的に冷却システムが駆動する装置を常設すべきである。重要各部の状態監視が一目出来 るデーター計器、冷却対策用の補助インプット口の設置、定期的なシステム作動テスト、など。

現在の原発システムは未完成な毒牙だらけの、危険な暴れん坊である。安全面で、確実な保障 がされてから、一般普及させるもの、現状技術では汚染ばら撒きシステムの恐れあり。 現状の設置施設を含め、安全基準を世界的な規模で見直し、早急に最低限必要な保安設備基準 を作成し、対策するべきであろう。





4月15日(金)
 四月に入って日差しは一段と明るさを増したが、寒暖の差が大きく、桜の開花は例年より 1週間ほど遅れている。東日本大震災で避難を余儀なくされている被災者の皆様には、一刻も 早い原子炉の安定と、前途見通しが明るく進展されることを心よりお祈り申し上げます。
 このところ、自然現象までもが両極端に変動することが多く「想定外」の言葉が当ては まる出来事が多い。その最たるものが「東日本大震災」「大津波」「原発事故」である。 どれも大多数の人が経験したことの無い、今世紀最大クラスの大事件である。地震と 津波は自然現象で発生事態は、人知の及ばないところであろうが、被害を少なく治める のは対処次第で大差が生まれる。

 東日本大震災から一ヶ月が過ぎた、福島原発は原子炉の安定冷却が出来なく、外部汲上げボ ンプを使い、冷却水注入による原子炉冷却で、注入した水の出口が分からないまま、放射能 を含んだ汚水をタービン建屋の床やトレンチ溝内に垂流している。当初、海水注入で冷却 をはじめた時点で、放射能汚染された注入水の出口を考えるべきであった。水は圧縮され ない、停滞していたら冷却効果はない、入れた水は湯気として蒸発するが、多くはどこかに 流れ出ていることも考えなければならない。
まずは、注入し冷却して放射能を含んだ汚水がどこから漏れているかを調査することだ。 原子炉・格納容器に異常がないかどうか。損傷がなければ、タービンへの蒸気配管、及び、 復水循環ボンプ配管を通して逆流、復水タンクからの溢れが考えられる。 仮設ポンプでもよい、一刻も早く循環型の熱交換器を伴った冷却システムとしなければ、放射 能汚染は拡大するばかり、高濃度に放射能汚染された水の処理は膨大な量となり、一段と困難 を極める。テレビ映像では湯気として見える、蒸気にも放射能が大量に含まれていること だろう。

原発事故評価では最悪とされる「レベル7」に引き上げられた。原子力安全保安院と原子 力安全委員会の発表である。目に見えぬ放射能汚染は、幾万の避難者を危険にさらし、侵入 禁止とされた膨大な土地を発生させ、住民の仕事、生活圏を理不尽に踏みにじり、夢と希望 を無造作に蹴飛ばしている。電力会社はこのような非常事態発生時である現状を厳しく見 つめ、ネットのライブカメラのように、数十箇所の要所地点を選び、その要所地点地図と 共に、放射能数値を一定時間毎に全自動で測定し、ライブデーターとして、アップロード公開 するべきである。国・市・町村・避難所へ危険度の注意資料として提供してほしい。生の数値 は汚染の増減傾向も分かり、また、避難命令もこの数値データーを規準として発令される よう組織作りしてはどうか。根拠の無い風評被害対策の一助にもなるだろう。過酷な避難 命令にもある程度、納得して対処してくれるだろう。
雨・風に左右されがちな放射能粒子の飛散状況は、非科学的な一律同心円で決められた避 難区域では、旧態踏襲のどんぶり勘定であり、馴れない被災地生活で、先行き状況判断の 見通しも暗中模索、不安といらいらばかりが募る、人の気持ちを無視した的はずれの対策 に思われる。





3月24日(木)
 3月11日(金)午後2時46分ごろ三陸沖を震源とする大地震があった。この地震は三か所の (三陸沖・宮城沖・福島茨城沖)プレートが連鎖し、破壊したもので、東西600km南北 200kmの海底が移動したと見られている。300年に一回程度の超大型の地震となった。 気象庁は地震発生4分後、2時50分ごろ岩手、宮城、福島県に大津波警報(高さ3m以上)を 発令した。現実の津波の到達時刻は、宮城県気仙沼市で3時14分、高さは不明だが沖合で は6mを観測。岩手県釜石市で3時21分、高さ4.1m以上、福島県相馬市で3時50分、7.3m以上。 茨城県大洗町で4時52分、4.2m以上。(潮位計測最大値)
また、地震後、局所的には70cm〜120cmも地盤沈下を起こし、津波の海水が引かない地域 も発生したとか。気象庁はその後マグニチュードM8.8をM9と改められた。 (以上新聞記事 より)
 このたびの東北地方太平洋沖地震大津波で、肉親を亡くし、家財産を失った多くの皆様 の気持ちは想像に絶するものがあります。心よりお見舞い申し上げます。と共に、一日も 早い復旧と、皆様のご健康を祈念申し上げます。


 この度の大津波は人智をあざわらうかのように、堤のバリヤを乗り越え、厄介な負の置 き土産を残していった。福島原発第1発電所、1号2号3号炉 (4号5号6号は点検中にて停止中) は地震の振動で自動停止をした。
直後の大津波は炉心冷却用、及び、使用済み燃料棒冷却プールの循環ポンプを呑みこみ、 その機能を奪った。非常用のジーゼル発電機も動かなくなり、緊急炉心冷却システム (ECCS)が動かなくなった。中央制御室も停電し発電所は制御不能となった。
原子炉は自動停止したとはいえ,臨界状態が止まるだけで、燃料棒余熱を幾年かの単位で 冷却し続けなければ完全停止にならない。その間、循環ポンプを動作させ、温度管理・ 放射能管理をしなければならない。建屋内天井近くには使用済み燃料棒を収納してある 水槽があり、ここも3年間冷却し続け温度管理・放射能管理をしなければならない。
今回の津波では、放射能を含む循環ポンプ系と熱交換器を介して冷却する放射能を含ま ない外部海水循環ポンプ系の二系列の循環ポンプが共に停止し、これを駆動する緊急予備 発電機も海水を被り、その機能を失った。
水を循環させることが出来なくなった建屋内部の使用済み燃料棒水槽は、次第に温度上昇 し蒸発、燃料棒が露出すると、水素を発生して建屋内に充満、水素爆発を起こした。1号 3号4号建屋が次々爆発を起こし、上部を吹き飛ばし、放射能を大量飛散させる大事故と なった。

 原発事故としては最も基本的な冷却装置にかかわることで、地震津波対策は、原子力発電 を扱う上で安全の第一歩、想定する対策の範囲内でカバーできた事故と思えてならない。 たとえば、循環ポンプ回路を二重に設置しておき、切り替えて使用する。循環ポンプ・非常 時発電機などは、海水を被っても耐えられる密閉構造とする。設置場所を地震津波に耐えら れる構造とする。絶対必要とする重要機器は交換予備を確保し、高台の安全施設に保存する等、 対策はいろいろ出来る。今回の事故は、原発の「安全神話」も一挙に吹き飛ばしてしまった。 放射能と言う危険物は、ばら撒いてからでは手の打ちようが無く、社会的な大問題にも連な っていく。





2月13日(日)
 2月の身近な大ニュースは、前例の無い政令指定都市、名古屋市でのトリプル選挙であろ う。市民による市議会リコール署名運動が成立し、「市議会解散に賛成か反対か」の投票。 名古屋市長の任期半ばで辞任した、出直しの市長選。愛知県知事選。の3色同時選挙である。 その得票結果は下図の通り。現在の中央政治に対する政党離れした民意の縮図を見た思い であった。

  名古屋市長選     愛知知事選        リコール住民投票
当河村たかし 前 662,251  当大村 秀章無新 1,502,571    得票数
 石田 芳弘民社国216,764   重徳 和彦無新  546,610   賛成 677,796
 八田ひろ子共   46,405   御園慎一郎民社国 487,896   反対 251,039
 杉山  均無新  23,185   薬師寺道代み新  324,222    
       土井 敏彦無新共 141,320    
      
 今回のトリプル選挙を巻き起こした市長候補河村たかし氏、その意気に賛同し、自民党衆 議院議員を辞任して、愛知県知事候補となった大村秀章氏。民主党、自民党が、それぞれ擁立 した対抗候補者には、その党主に近い側近幹部が応援に駆けつけた、中央政治の与党、野党か らの応援演説は華々しかった。
「ナチスの独裁政治の再来だ、ヒットラーの手法だ、議会制民主主義を危うくする、財政難の この時期の減税は子孫に付けを回すやりかただ」と、川村・大村派を非難ゴーゴーに厳しく まくし立てるものだ った。

 民主党王国といわれ、先の衆議院選では、15小選挙区を独占した愛知県である。今回は中央 政権からの応援も空しく、総てで惨敗。これこそ、民意を無視した、庶民生活の現状把握が出来 てない、政権へのしっぺ返しであろう。菅内閣に見え隠れする民主党のマニフェスト違反に対 する具体的な民意のフラッグ表示である。
自ら、自分の給料を半減して、市会議員給料を800万に削減を迫る説得力は、有権者の民意を鷲 づかみするものだった。国政の民主党の事業仕分けも、今の厳しい税収時期に見合った緊急性を 加味した事業種分けだったろうか、また、公務員給料のあり方にも及ぶ、大鉈を振るう緊張感を 持って迫るべきだろう。一に雇用、二に雇用、三にも雇用、と民主党党首選挙のパホーマンス は何処へ行ったのか。現状政治のあり方を見るとき、有権者の、裏切られた不満と憤りを如実に 現した数値結果だったと思われる。

 海外に打って出れる程の規模でない企業の経営者のやり場の無い閉塞感、景気の衰退。円高に よる利益減少、中国・韓国・その他、輸入品との価格競争のきびしさ、大企業は安い賃金を求め て海外工場移転が止まらず、国内の仕事場減少となり、雇用口の減少に結びついている。 サラリーマンの仕事場も、価格競争の矢おもてに立たされ、ストレスも多い。仕事場の減少は 給料ボーナスの頭打ちに、新卒者の絶対的雇用口数を減少させている。こうした民間の苦しさ、 不満が解っていない現行政治。今、一番痛みを感じない職種は、景気に左右されない公務員であ る。天下りがどこ吹く風でまかり通る。「税金を払う人が苦しんで、税金で暮らす人が痛みを 感じない世の中」だと、河村さんの言葉。税収が少ないから消費税を上げようとする短絡的な 無策な政治、有権者は誰もが見抜いているのに・・・。





1月23日(日)
 正月気分も消えて、菅2次改造内閣が発足した。自民党の要職を経験した与謝野馨氏が、 菅さんの声かけになびき経済財政相に抜擢された。多くの人が想定しなかったものと思わ れる。政府与党も、人材不足をさらけ出した、なりふりかまわないところに追い詰められた、 覚悟の策と見て取れる。財源を消費税に求める第一歩として、余りにも見え見えな唐突さが 目立つ。菅さんの苦慮した、真剣な現状打開策は解るが、政党政治が主流となっている議会 制民主主義、与謝野氏も視るに見かねて同意参加だろうが、政治の世界は、人脈の信頼が、 絡み合って成り立っているもの。先ずは成り行きを静観しよう。


 今年新成人になった女子大生の来客があった。式典をすませた晴れ着姿を見せてくれた。 人生で一番華やかで美しい年代である。この子が小学生の頃、校舎の3階窓から、我が家の ベランダで洗濯物を干している妻に「おばちゃーん」と屈託のない声で呼びかけてくれた子 供であった。

 二十歳の記念写真を、と、食卓椅子に腰かけたポーズで5~6枚を撮った。和装の晴れ着姿、 馴れない堅苦しさも見せず、背筋が伸びて姿勢が好く、表情には変な気どりもテレもなく、 総ての写真が堂々としている。禅の修行で悟りを開いたか、剣の達人を思わせる眼の表情 である。8年ぶりの再会だったが、その身体の成長は想像の域を超えなかったが、精神的な 成長ぶりに驚かされた。ちなみに、中学・高校でのクラブ活動を聞いてみた。中学は剣道部、 高校はテニス部、剣道部では女子は一人だけだったそうである。男子に勝る女剣士だった かも?・・・とふと思う。
 しかし、何枚撮っても同じ味のものしか撮れない。目が動揺しないのだ。二十歳の娘さん とは、およそ考えられない沈着冷静な精神状態の気配が漂う。カメラマンとしては多様な 表情の変化を映像にしたかったのだが、なんとも声掛けも出来なく、もどかしい雰囲気 だった。

 現在彼女は、近郊の自宅から通学することが出来る国立大の情報処理科に入学、2年生で である。