過去の記事

とうとうF1ドイツGPに行ってしまいました。(2004年7月25日)

昨年4月の人事移動によりようやく防災担当から外されて夏休みに外国に行けるようになりました。
まず試みたのがバイロイト音楽祭のチケット申し込みでしたが、見事に失敗。

しかし、今年のF1はおもしろい。というわけで、ホッケンハイムに行って参りました。
シューマッハーの独走で面白くないとか言われているF1ですが、私にとっては久しぶりに面白いシーズンとなっています。早いF1が帰ってきたのです。安全対策や競争が見れるレースも大切ですが、やはり人間が可能な限り早く走るのを見るのがレースの醍醐味ではないでしょうか。ライバルが情けないのなら早く新しい選手を発掘して育てるほうが後のためではと思っております。25歳過ぎた選手が優勝できるチームで2位争いをしているよりも下位チームで劣るマシンで善戦している人を早く勝てるマシンに乗せてあげたほうが面白いのではと。その点今年のウィリアムズとルノーの決断はいいですね。

シューマッハーでもフェラーリに入ってからタイトルをとるまで5年かかったのですから、今の若い選手はもっとひたむきに取り組んでもらわないと困ります。99年までは本当に引退するまでフェラーリではチャンピオンになれないのではと不安に思っていたのですから。
自宅にはフェラーリに入ってからの優勝したレースはすべて録画してあるのですが、やはり96年の3つの勝利が格別です。97年と98年の数々の超人的な勝利もすばらしいですが、96年の雨のスペインGPがやはり一番なのです。91年から95年まで2勝しかできなかったチームで7戦目で初勝利をあげて、1年に3勝したのですから。

2001年以降のシューマッハーはすっかり落ち着いてしまって、あのころのような興奮は味わえなくなりましたが。今日入手したF1速報に今年のモナコのレースの事故は98年のベルギーのような大ちょんぼとか書いてありましたが、周りが見えなくなるくらい自分のことに集中してしまうことも選手のキャラクターとして面白いのではないでしょうか。(個人的にはモナコとベルギーで事故しなければ98年は優勝できたと思っていますが。)

最近、現役時代からシューマッハーに辛口だったヒルがシューマッハーを褒め称えるようなコメントをしていました。やはり勝てないマシンでも勝利を重ねられるような人が育ってないのに、ある選手が独走しているからといって非難するのはおかしいのではないかと思います。ヒルはあの98年のベルギーでの勝者ですが、あのジョーダンで勝っているんですよ。同じ辛口で知られるヴィルヌーブさんは98年に1勝もできませんでしたが、本当に優秀なドライバーならば勝てたはずです。

シューマッハーでさえ92年と93年は非力なベネトン・フォードでセナやプロストやマンセルを追っかけてそれぞれ1勝ずつしているんだし、勝利へのハードルが高いほどレベルの高いいい選手が育つのではと思うのです。

さて前置きが長くなりましたが、2002年の改修でやっと行ってみたいと思えるようになったホッケンハイムリンクに行ってまいりました。以前は森から出てきたスタジアム付近しか見れなかったのであまり魅力的にはみえませんでしたが、改修で一応近代的なコースになったので2002年のビデオを何回も見て席を決めました。以前はニュルブルクリンクに行こうと思っていたのですが、アクセスが大変なのに加えまだ寒い時期の開催なので躊躇しておりました。しかし、ホッケンハイムはDBの駅から歩いて30分ととても便利なのです。

ホッケンハイムの駅へはマインツやカールスルーエからは35分程度なので列車で毎日通えるのです。最初はマインツに泊まることを考えたのですが、既にホテルは見つかりませんでした。(その前にホッケンハイムのホテルにメールを出したのですが満員でした。)そこで反対側のカールスルーエの駅前に宿をとりました。

チケットはホッケンハイムリンクのホームページで取りましたが、ライコネンがコースアウトした1コーナーの前で上から7列目でしたので最終コーナーの立ち上がりから1コーナー後のパラボリカの進入直前まで見ることができました。今回はバトンがアロンソを抜いたコーナーがおいしかったかもしれません。チケットには屋根ありとなしの区分があって屋根付きの座席はどこも既に売り切れていました。去年の鈴鹿のことをいうと高い席にもかかわらず低い位置だったのであまり見通しが良くなくてがっかりした記憶があったので今回は期待していなかったのですが、本当にいい思いをしました。おまけに昼過ぎからは屋根の日陰になったので涼しくてとても楽でした。

老若男女が集まった私のブロックには(ノルトビューネB)には日本人は私以外に日本人はいませんでした。しかし、持ち前のいい加減差で周囲の人と話をしたりして楽しかったです。帰りの駅まで歩いているとき出会った60歳は過ぎていると思われるハイデルベルクから来られた男の人も赤い帽子をかぶり赤いシャツを着ていました。でも1つ心配なのはシューマッハー引退したらどうなるのだろうということです。私も99年にミハエルが事故で休んでいた間はF1を見ませんでしたから。やはりスポーツにはカリスマが必要なんですよ。

ラルフはトヨタと契約しましたが、トヨタがラルフを欲しがるのは当然なんですね。トヨタは旧東ドイツの小さな町まで進出していてその至りつくせりのサービスは好評なんです。友達のフォルカーやヴェックナー兄弟もトヨタの車に乗っていて絶賛しています。そのトヨタの本拠地はケルンにあって、ケルンからはシューマッハー兄弟の生まれたヒュルトミュールハイムや育ったケルペンまで20kmも離れていないのです。ミハエル+フェラーリは別格ですがラルフ+トヨタがそこそこ勝てるようになれば大衆車としてのイメージも格段に上昇すると思うのです。

写真は後で貼り付けます。



F1ドイツGPを観に行きます。(2004年7月23日〜7月27日)

ANAのマイレージサービスで夏休みのドイツ往復の航空券をもらったもののバイロイト音楽祭のチケット奪取には見事失敗。ザルツブルク音楽祭には興味がない。それでは夏のドイツになにがあると言えば、ホッケンハイムのF1GP!
今年のオーストラリアでのシューマッハのレースを観ていたら本当にホッケンハイムに行きたくなりました。(3月11日の深夜のことでした。)残業も少なくなり暇をもてあましだすとろくなことを考えないのですが、早速ホッケンハイムリンクのホームページにアクセスして情報を入手しました。座席の位置と値段を確認した後に2002年のドイツGPのビデオを本棚の奥から探し出し観ること2日。ホッケンハイムのホテルに予約できるかどうかメールを出したが満員でしたので、1996年に買ったDB(ドイツ鉄道)の厚い時刻表を引っ張り出してローカル線のアクセスを確認しました。ニュルブルクリンクへ行くには自信がないけれど駅から徒歩30分のホッケンハイムリンクなら電車で30分くらいのところからならなんとか通えるだろうといよいよホームページからチケット入手へ。
もうチケット発売開始からかなり経っているので屋根つきの席はほとんどの位置で完売でした。(おそらくコーナーが見渡せる高いところの席から売れてるらしい。)ビデオ鑑賞の結果1コーナーとパラボリカの進入の観れる北観覧席Bを選びました。235ユーロで(諸経費こみで255.05ユーロでしたが)なんとなくお買い得のような気分に。なんと言っても航空券がただだから、今回は少々の贅沢も可能です。おまけにもしかしたら片道無料でビジネスクラスが使え、この1年間は荷物の持ち込みはファーストクラスと同じと言うことで腕力と相談ですが買い物もいろいろできます。
チケットを申し込み完了直後に問題発生。ウムラウトがきちんと表示されないのでエンコードを変えたらアクセスが無効になってしまいました。普通はそこで文字化けしてても印刷して控えをとっておくのですが、今回ばかりはうかつにも忘れてました。

それから確認のメールを待つこと数日、しかし19日になっても何の音沙汰もありません。そこで大胆にもホッケンハイムリンクのチケットセンターにメールを出してみました。ところが22日になって郵便が来てました。チケットの入手がうまく出来ていたのです。ここでちょっと問題がありました。4月1日まで入金出来なければ予約は無効になるというのです。ユーロシェックか郵便為替かクレジットカードが使用出来るということですが、とりあえず郵便為替で行こうと今日郵便局に様式を取りに行きました。

ところが今日の18時30分ごろ電話がなりました。我が家で電話というのは珍しいことなんですが、いきなり「英語が話せますか。」と英語で聞かれました。いきなりの電話でびっくりしながらも「Ja!」と答えてしまいました。(ここで「Yes!」と言えないのがなんとも悲しい。英語で尋ねられたんですよ。)ドイツ語でならぴんときたんですが、英語の電話なんかかけてきてこれはまずいことになったと思っていたら、「ホッケンハイムリンクです。」と言われたのでぱっと頭が切り替わり「Ich kann bisschen Deutsch!」と答えてからドイツ語で話すことになりました。
内容はメールで私が申込がきちんと出来ていたかどうかの確認の答えでしたが、今回は前日に請求書が届いていたから、クレジットカードの支払いについての問い合わせに話をもって行きました。後でメールで番号を知らせるということで最後に「Alles gut?」と尋ねたら「OK!」となったのでとりあえずはすぐにメールを出して一応すべて完了です。

ということでドイツでシューマッハーを観るという昔からの願いがかないそうです。今回学んだノウハウはまたいつか役に立ちそうです。
来年もマイレージサービスでただの航空券をもらえそうなんですが、毎年第一希望はバイロイト音楽祭なのですが確率的には不可能なのでもしかしたら来年もホッケンハイムリンクだったりして。季節が良ければニュルブルクリンクかスパ・フランコルシャンかもしれませんが。ドイツ人とツアーで行ったりして。


久しぶりにローテンブルクに行きました。(2004年5月3日)

2年ぶりなんですが今回は天気が良くなくて残念でした。ミュンヘンから3時間ちょっとですが、2度の乗り換えもあってかなり長い移動です。もっと交通の便が良ければ何度も休憩に寄れるのですが残念です。
ここではいつもゲッツさんのペンションに泊まるのですが、いつもお腹をすかせていくのです。いつも駅まで迎えに来てくれるて到着後荷物等を整理したら1階の家族が使う居間か台所に来るように言われます。ここでコーヒーとご自慢の手作りのお菓子が出てくるのです。
食事はいつもシュメルツァーかオクセンという店に行きます。地元の人しかいないけど、ゲッツさんの推薦したとおり郷土料理が楽しめます。注文してからちょっと時間がかかるけど、おいしい料理が楽しめます。今回はオクセンでしたが、ここには半分の量のメニューがあります。普段は一品注文すると、カツレツなら2枚とかいうとんでもない量なんですが、ここでは私にはちょうどよい量でしかも安いというお得なものです。これなら前菜やスープやデザートや飲み物も楽しめます。今回はアスパラガスのクリームスープ、カツレツ(小)、ビール0.5l、黒ビール0.25lでなんと11ユーロでした。

今回はとても特別な用事があったのです。2年前にペンション・ゲッツの日本語パンフレットを作りましたが、どうしたか聞いてみたくて寄ったのです。結論としては駅での勧誘に役立ったと言うので安心しました。私がローテンブルクに行くときはとにかくぼけっとしたいからです。ここに来ると本当に落ち着きます。町は小さいし6回も来るとほとんどのものは見尽くしてしまいます。(博物館はのぞきますが)ただここの景色はきれいなのでブルク公園に行って自然を楽しみます。しかし、いつも不思議に思うのはここで暮らす人たちはどこで働いているのだろうということです。そこでゲッツさんのご主人に聞いてみたら旧市街のはずれに工業団地があるとのこと。駅は終点に見えますが、その向こうに工場があるのです。しかし観光地からは気が付かないようにしてあるのには脱帽です。
ここでは夕方2時間くらい居間でワインを飲みながら話をします。この日のテレビは蜂の一生で定年後蜂蜜作りに精を出されているご主人にはとても興味深い番組だったようです。朝食の蜂蜜はゲッツ家の特製です。
出発前の昼食はゲッツ夫妻と家の台所で食べました。ゲッツ夫人自慢の肉料理です。ここに6回も来て初めて手料理を食べさせてもらったんです。とてもおいしいです。
ご主人から次はいつか来るかと聞かれてまた近いうちに寄りたいなと思いました。



ケルンマラソンに参加しました(2003年10月5日

10月2日からケルンに行ってきました。なぜ2日に出発したかというと3日が統一記念日の休日なのでもしかしたら面白い催し物に会えるかもと思ったからです。それに3日から5日まで友達は休みなのであまり迷惑かけないかとも思ったからです。
今回は予定どおりに到着しましたし、空港での手続きや乗換えがスムーズで1時間は早く到着したので楽でした。ブリュールの駅でヴェルナーが待っていました。ヴェルナーの家で食事をしてからアイスカフェへ行きました。ヴェルナーはアルコールはランナーには良くないと言って飲まないのにケーキとアイスに関しては別な考えのようです。マティアスはアルコールも甘いものもOKという典型的なドイツ人です。ところでドイツのアイスは量が半端ではありません。もしかしたらどんぶり一杯に近いのです。このときはコーヒーフロートを注文しました。なんたって翌日は教会でバッハのミサ曲を聴きに行くので3時間はじっとしていなくてはなりません。お腹をこわしたらたいへんですから。

10月3日は朝アウグストゥスブルク城の庭園に散歩に行きました。もう秋になっていてバラの花も終わりに近かったので残念でした。5月初旬では早すぎて10月初旬では遅すぎるというのも難しいですね。いつか花で一杯の庭園を散歩してみたいものです。ここで失敗が1つ。城のガイドツアーに行くのを忘れていました。12月と1月は締まっているので今回はチャンスだったのに惜しいことをしました。

10月4日はスタートナンバーを受け取りに行きました。朝ライナーと2年ぶりの再会ができました。彼とはアテネで知り合ったのですが、50歳を過ぎているのに未だに2時間50分でマラソンを走ります。そんなにやせていなくてむしろがっちりしています。まさにドイツの市民ランナーでまるで鉄人です。1週間前にベルリンマラソンを完走(スポーツ用品の仮装をして)しているのに今週もマラソンとはどういう体をしているのでしょうか。彼は東京の青梅マラソンに2000年に参加したことがあるとかで、この日はスタッフからもらったウインドブレーカーを着ていました。
最近はいつも友達の家に居候してその日の気分でいろんなところに連れて行ってもらいますので、ガイドブックというものがほとんど役に立ちません。一応万が一のことを考えて地球の歩き方だけはバッグの底に入れてありますが、旅行中開いたことがありません。辞書も一応いつも使っている新アルファ独和辞典と郁分堂和独辞典を持っていくのですがほとんど開いたことがありません。ポケット版の辞書も持っているんですが、これもほとんど使ったことがありません。なぜかというと、いろんなことがありすぎて辞書をひく余裕がないからです。私のドイツ語は文法がでたらめですから、文書を書くときには新アルファの辞典が手放せません。しかし、話すときにはとりあえず言葉をつなげてなんとか理解してもらっています。

この日の受付会場もここはどこだろうかという感じです。受付の後でシューマッハーのカートセンターへ行きました。ここで突然ライナーが私を案内することになりました。当然ライナーとは面識はありましたが、ほんとに少ししか話したことがないのです。私がアテネにいたのはたったの4日間でみんな日本人の私がなぜ一緒にいるのかも不思議だったのでしょう最後の夜まではあまり話をすることはなかったのです。
それにもかかわらず、ライナーは私をケルン近郊のケルペンという町まで案内してくれました。シューマッハーのカートセンターはケルペンの郊外に新たに建てられたもので、彼が少年時代を過ごしたケルペン−マンハイムのカート場(彼の実家のそば)に行く時間はなかったのが残念でした。しかし彼の少年時代からの歴代のマシン(カート、フォーミュラ・ケーニッヒ、F3、F1等)が展示されていました。少年時代に撮られた写真やフィルムも見ることができました。受付の人に来週はスズカに応援に行くんだと話したところ、ガイドツアーの間スズカの話が出るたびにこちらの方に話題を振ってきます。今度はヴェルナーに自転車を借りて、この小さな町を訪れてみたいと思います。なんと行ってもヴェルナーの家からケルペンまでは20kmぐらいですから。

夕方はヴェルナー、マティアス、ライナーと私の4人に地元のランナーのローター、エンゲルベルトと彼の妻ぺトラでパスタパーティをしました。ローターは海外マラソンは経験豊富でホノルルマラソンのTシャツを着ていました。来年の11月には必ず日本に来るとうれしそうに言っていました。

10月5日いよいよケルンマラソンの日です。ところが朝から右足のふくらはぎがつりかけて目が覚めました。今年は夏場に調子が良かったので相当練習したのですが(7月224km、8月270km、9月222km)、肝心なところで思いがけないことになってしまいました。重い荷物を抱えて移動したことや急に寒くなったことも原因かもしれません。天気予報はチェックして準備していたのですが、急に寒くなったのでそれほど寒さ対策は不十分でした。
この日はまずケルンの聖堂前のゴール地点に荷物を預けて、隣の駅にあるスタート地点に移動します。多くの人は歩いていましたが、地元の人たちに連れられて列車で移動しました。この日はランナーと同伴者は公共交通は無料ですから。朝から雨で気温は低くまるで10月20日くらいです。残念ながら11時30分スタートは15度程度という情報を信じて寒さよけのオイルを持ってきていませんでした。とにかく寒さに弱い私には待つ間がとてもつらいのです。ビニールシートを前日もらったので体に巻いていましたが、2時間も待つにはあまり効果がありません。やっとスタートの時刻が来ましたが、ここのスタートは変わっていて自己記録によってゾーンがあって500人ずつくらいが一定の間隔でスタートします。私の順番が来るまで16分。すでにシートはスタート時点で捨ててしまっていたので体が完全に冷えていました。スタート前に雨は止んで素敵なコースを楽しんで走らせてもらいましたが、結果は4時間3分。練習時の好調さはどこへ行ったのでしょうか。今年の5月の猛暑と10月の寒さ。ラインラントのマラソンは本当に疲れました。

さて以前ならこれで1日が終わりとなったのですが、さすがラインラント。サッカーの試合が待っていたのです。ゴールが駅前なので着替えてすぐに列車でレーヴァークーゼンへ移動しました。ファンショップでユニフォームを買ってから入場口へ並びました。荷物のチェックが長くてキックオフには間に合いませんでしたが、試合は3:0でロストックに完勝しました。コーナーの前から5番目の席だったので選手が本当に近くで見れました。
試合が終わって選手の出入口へ行きベルント・シュナイダー選手に買ったばかりのアウェイ用の白いユニフォームにサインをしていただきました。ちょっと遅れてイヴリンさん親子と再会しました。2万人しか収容できないスタジアムでいつも試合を見れるのは彼女のおかげです。来年の5月はミュンヘンでミュンヘン1860との試合を見る約束になっています。

今回もいろんな人に会いましたが、本当に楽しかったです。

次は記事は、「マティアスとヴェルナーが日本にやって来た。」です。
とうとう本当にドイツの友達が日本にやって来ました。しかも河口湖マラソンを走りに。11月27日から12月3日、東京−河口湖−京都と珍道中のお話です。



(15.08.09)
ケルンマラソンに申し込みました。
8月7日にケルンマラソンに申し込もうとしたところ、6月27日で定員の17,000人になりましたので締め切ったとのこと。7月9日現在で500人のキャンセル待ちのランナーがいるそうです。締め切りが8月31日と思っていたのに、参加人数に制限があるとは。7月は224kmとかつてないほど走りこんだだけにショックでした。

それでとりあえずは他の大会を探してエントリーと宿泊の手配を済ませようといろいろ準備しました。その週は他にいい大会がなく翌週のエッセンかミュンヘンを目指すことにしました。なぜ10月前半にこだわるのかというと、今度の職場は12月の中旬に阿知須町である駅伝大会に参加するので4km弱の距離を全力で走る練習を始めなければならないからです。
ミュンヘンは標高が高いので空気がやや薄いかもしれないし実は来年の秋の参加を予定していたので、ちょっとためらいました。それに大きな年ではホテルを見つけることが困難ではないかと思いました。ただジグマリンゲンのペーターの兄弟が2人いて、ミュンヘンを走りたかったらいつでも泊めてもらえるという約束はあったのでペーターにメールを書きました。
もうひとつのエッセンは第1回が私の生まれた1963年で41回目というドイツで最も古い市民マラソンです。ケルンやデュッセルドルフからも近いのでいつか走ってみたかった大会です。
今回は11月末に来日して河口湖マラソンと京都の下見をするヴェルナーとは絶対に会わねばならないのでエッセンにしようかな、あるいは1年早いけどミュンヘン走ってケルンによって帰ろうかなという感じで後は友達の返事を待ってみようと思いました。

ここまでは、当たり前の話ですが、さすがにあきらめの悪いことでは有名な私は主催者にメールを書きました。今まで多くのドイツのマラソンに参加したこととやたくさんの友達がいて毎年一緒に走ることを楽しみにしていることやスポーツを通してドイツのランナーと友好関係を築きたいこととか書きました。
ブリュール(ケルンから15分)のヴェルナーとマティアスには自分のミスでエントリーに失敗したので、ケルンに行けなくなったことを謝るメールを出しました。彼らも10月の再会を楽しみにしていましたから。
ところがその日の12時過ぎてヴェルナーからメールが来ました。ケルンマラソンの主催者に電話してスタートナンバーを特別に世話してもらえるように交渉してみるというのです。ヴェルナーはマラソンメッセの展示で出展したりしているので主催者の関係者は何人か知ってかもしれません。しかし締め切ってすでに1ヶ月半経っているのでちょっと無理だろうなと思いました。この時点でドイツは17時、私がメールを出したのは日本時間の20時(ドイツの13時)、もしも運が良ければ9日の17時には(日本時間)どうなるか分かるだろうと思ったものの、自分のミスの大きさに眠れぬ夜となりました。

翌日台風と前日のショックでよく眠れなかった私は、何とか仕事を終えて17時ごろ職場でメールの確認をしました。するとドイツから2通のメールが来ていました。1つはヴェルナーから、1つはケルンマラソンからでした。ケルンマラソンからのメールには「あなたは私たちからスタートナンバーを受け取った。けれども私たちはあなたからの申込書が必要です。」と書いてありました。ヴェルナーのメールにはケルンマラソンからの返事として「私たちは松井氏だけを1つの例外とします。私たちはできるだけ早く彼の申込書を必要とします。」と書いてありました。

とにかく、道は開けました。なぜ参加を特別に認められたかは分かりませんが、予定通りにケルンマラソンを走れるのは事実です。金曜日にPDFファイルで申込書を送りましたが、添付ファイルをうまく遅れなかったようです。今日(土曜日に)FAXでもう一度送りました。時差と週末の休みの関係で主催者からの到着の確認のメールが来ていないのでちょっと不安ですが、なによりもヴェルナーや関係者の暖かい友情や援助には感謝するばかりです。

追伸 NS
8月11日にスタートナンバーをいただきました。

(15.06.29)
6月21日に河口湖マラソンの下見に行ってきました。11月30日の河口湖マラソンにヴェルナーとマティアスがやってくるのでアクセスや宿泊等の調査に行ってきました。今回は埼玉での2週間の出張で金曜日と土曜日は外泊の許可がでたので新宿からバスで河口湖へ行きました。バスで2時間ちょっとで行けるのは本当にうらやましいことです。とりあえずは観光船で河口湖を1周しました。初めて近くで見る富士山には圧倒されました。次はカチカチ山ロープウェイで天上山公園に登りあたりの風景を楽しみました。今までなぜここに来なかったんだろうかと不思議に思いました。
そして夕方6時45分から河口湖を1周走ってみることにしました。標高830mくらいの高地でどれだけ影響があるか体で知りたかったからです。幸運にもほとんど上り坂がなく平坦なためシュヴァルツヴァルトマラソンの時のような苦しさは感じませんでした。本当はもっと早い時間に走りたかったのですが、この日は前日から急に気温が上昇して20km以上の距離を走る自信がなかったからです。それにちょっと一服のつもりがうたた寝をしてしまい6時30分に目を覚ましました。当然途中で日が暮れて真っ暗になったのでずいぶん心細い状態で道を確認しながら走りました。なんとか2時間かかって1周走ってきました。

(15.05.25)
祝レーヴァークーゼン残留決定!昨夜のラジオ中継を冷や冷やしながら聴いていました。シュナイダー選手は出場停止でしたが、みんながんばって残留を決めました。今年の10月も試合を観戦したいものです。

(15.05.07)
デュッセルドルフマラソンに参加しました。(15.05.04)

10回目のドイツ旅行から帰りました。今回は行きの飛行機が欠航という緊急事態から始まって、ひったくりに財布を盗まれたりと散々な目に会いました。しかし、この程度でめげるはずはありません。また秋も行ってきます。

(15.04.20)
就職して17年目にして初めての人事移動でしばらく更新できませんでした。
5月2日から10回目のドイツ旅行に出かけます。今回は3泊5日と短いですがマラソンありサッカー観戦ありと中身は濃いです。

(15.03.09)
タイトルページに写真をUP。お城ばっかりですみません。お城(要塞も含む)、教会、劇場を訪ねるのは大好きなんです。劇場とオペラハウスはもう一つのページ「オペラの旅」に特集しますが、お城と教会はこちらに載せようと思います。
プロフィール、マラソン・フォトギャラリー、雑談のページが大きくなりすぎたので、分割しました。雑談のページに天体観測のコーナーを作ろうと思っています。

(15.03.07)
今日からF1GP開幕です。シューマッハの前人未到の4連覇6度目の総合優勝なるか。
1991年からずっと応援しているので、楽しみです。今年は10月にケルンに行った時にシューマッハのカートセンターを訪ねてみたいです。1995年にはケルンでタクシーの運転手に聞いても誰もわからず(めんどくさかったのかもしれない)断念しましたが、今回はヴェルナーがいるので何とか頼んでみようと思います。ヴェルナーの住むブリュールからケルペンまでは20kmぐらいです。F1は94年と95年のパシフィックGP、97年と98年の日本GPを観戦に行きました。そのうちシューマッハのページも作るかもしれません。
1994年パシフィックGPの写真

(15.03.04)
プロフィールのページにマラソン・フォトギャラリー製作中。随時UPしていきます。

(15.01.13)
ジグマリンゲン・ジルヴェスターラウフ12kmに再び参加しました。(14.12.31)

(14.05.21)
ジグマリンゲンのホームページ(日本語)の作成を開始
http://www.sigmaringen.de/html/frame_tour.htm (ドイツ語はこちら)
日本語のページが完成したらここに貼り付けます。
フォルカーと知り合う前までは名前も知らない町でしたが、とても気に入っています。
ジグマリンゲン城と聖ヨハン教会の見学だけでなくドナウ川の河畔をのんびり散策してみてください。
ドイツの河川は本当に素敵です。日本ではお城のみ有名ですが、ぜひ訪ねてみてください。

(14.05.15)
ホテル・シェーンレーバーのホームページ(日本語)を追加
Hotel Schoenleber - Wuerzburg

(14.05.12)
ペンション・ルート・ゲッツのホームページ(日本語)を追加
Pension Ruth Goez - Rothenburg ob der Tauber

(14.05.11)(14.05.11)追加変更
ヴュルツブルグマラソン
ヴュルツブルグへ行ってきました。シュナイダー夫妻は甥の結婚式のため当地に来ることが出来なくなったので再会できませんでしたが、新しい友達ができました。
ジグマリンゲンの人でフォルカーのジョギング仲間のペーターです。彼と私とは同じ年齢で夕方一緒に食事しました。場所はガンジーというインド料理屋でドイツでカレーを食べるのは何か不思議でした。
年末にはジグマリンゲンに滞在する予定なので再会できそうです。

ヴュルツブルクマラソンは大変よかったです。
新緑のマイン川に沿って走るのはとても気持ちよかったです。
特にゴールが近づくにつれ古い町並みとマリエンブルク城が迫ってくるのはとても感動しました。同じコースを2週するのですが、景色が良かったので苦痛になりませんでした。
運営についても自らマラソンランナーであるリットマンさんを中心にしてとても親切でしっかりしていました。とても2回目の大会とは思えない運営でした。エイドも多く(2.5kmごと)距離表示も1kmごとです。距離表示については日本のマラソンは考えなおしてほしいです。誤差があってもいいから表示してほしいです。ランナーにとっては1kmごとのラップデータは次のマラソンへの重要な資料ですから。
今年は参加人数もたくさん増えていますし交通事情もいいためすぐに1万人を超える大会になるような気がします。また参加者の皆さんに土曜と日曜は市の交通機関は無料というのも粋なはからいです。市長さんに感謝。とにかく前日足に負担をかけないで観光できたのは助かりました。

前日の早朝ラン(10時から)は主催者代表リットマンさん自身の先導で3km走ります。残念ながらそのときは彼がリットマンさんとは知らずご無礼いたしました。あまりに若いので気が付きませんでした。参加者にはケーキとコーヒーがもらえます。参加料金ですが小切手でと書いてあります。しかし35ユーロに4,000円の銀行手数料があまりに高額なのでメールで交渉したのですが、リットマンさんの好意により受付時に現金で支払うことを許されました。私の経験では外国人のエントリーに対しては地方のマラソンはこういう交渉が成立する可能性が高いのと思います。

会場は家畜市場でステージがせり台というのもいかにもドイツらしくて良かったです。会場では食事もできま
す。スポンサーのレストランの人たちが作ってくれるのでとてもおいしいです。となりのテントではメインスポン
サーのスポーツアリーナという運動具店の販売コーナーや健康食品の販売がありました。

ヴュルツブルクはロマンチック街道の起点でもありフランクフルトからも近いので(時間は1時間20分、料金はICで22.8ユーロ)なので5月の連休に参加するにはとてもいい大会だと思います。
マラソンの後はロマンチック街道を南へ向かうのもお薦めです。とくに翌日にローテンブルクかフュッセンあるいはミュンヘンに簡単にいくことができます。私はヨーロッパバスを使ったことがないのですが、バスで南に向かうのがいいと思います。ローテンブルクで一泊して翌日はフュッセンで一泊とか。最後はミュンヘンで帰りにハイデルベルクに寄れば一応メインの観光ルートは達成できます。

私はローテンブルクに行きましたが、今回5度目にもかかわらず春の景色は初めてだったのでとても楽しめました。とくに野うさぎが麦畑で遊んでいるのを列車から見れたのはとてもうれしかったです。また、リスが公園で遊んでいましたし、鳥もたくさんいました。10月の暗い落ち葉の季節とはまた違う生き生きとした雰囲気がとてもきにいったので、また来年も5月の旅行を計画しようと思っています。

私の結果は散々なものでした。92年以来の春のマラソンでしたし、2000年の秋に痛めた右のかかとのけが加え2月中ごろからの花粉症で練習量が増やせず体重が5キロ以上オーヴァーしていたので完走できことで満足でした。(完走とは歩かなかったことをいうのですが)久々に初マラソンのときを思い出しました。
ちなみに私のベストタイムは3:28:57(フランクフルトマラソン1995)ですが、今回は4:09:04でした。どうしても、昔の調子で前半を走るため(1:50くらい)後半がどうしても遅くなってしまいます。
最初はゆっくりゴールは力強くと書かれた旗がありましたが、ドイツのランナーの力強さには驚きます。本当にイーブンペースで走る人が多いので後半は恐ろしいほど抜かれてしまいました。
30歳の後半で走り方を変えて歩幅を狭めたのでどうしても後半になってピッチが遅くなるとどうしてもタイムがあがりません。ただし痛めているかかとのこと考えると今のままで改良していくのがベストのような気がします。また65歳までマラソンを走りたいというライフワークを達成するには長い目で見ることも必要です。
しかし、ドイツ滞在中に花粉症が治っていたのには驚きました。また最近かかとが治ってきたので一安心。次回10月のドレスデンマラソンは体重を落として頑張りたいと思います。


宿泊はフランクフルトはヴィースバーデン、ヴュルツブルクはシェーンレーバー、ローテンブルクはペンションゲッツです。
フランクフルトについては駅前のホテルをいつも利用します。いつもはホテル予約サービスhttp://www.hrs.de/で検索して駅から近くて安いところを選びますが、だいたいヴィースバーデンかカールトンが多いです。私は列車での移動が多いのでやはりトランクをもって歩く距離が長くなるのは苦手です。また、初日の夕食は駅のインビスで食べるし、翌日の出発はきりきりまでホテルにいるので(荷物の見張りが必要ないので)やはり駅からの距離は近いほうが便利です。それに、到着日の夕方に翌日の列車のチケットを買いに行きます。
ホテル予約サービスはドイツ全国の加盟店のすべてを検索できます。ちなみにヴィースバーデンは43ユーロでした。

ヴュルツブルクのシェーンレーバーは日本びいきの宿として紹介されていて日本人もたくさんいます。ガイドブック等に書いてある日本びいきのご主人というのはなくなったゲルト・シェーンレーバーさんのことで現在は息子さんのヨアヒムさんと奥さんのザビーネさんが経営されています。二人とも親切で私のつたないドイツ語会話にも付き合ってくれました。前から居られる従業員の方も親切で、友達と食事をする予定のレストラン(インド料理)が地図に載っていないので尋ねてみたところとても親切に教えてくれました。宿泊料金は58ユーロでした。このホテルは駅から500mくらいで町の中心地にあります。マクドナルドのすぐ向こうです。ここは名所のほとんどを徒歩でいける上にマリエンブルク要塞へのバスの停留所もすぐ近くです。ヴュルガー・シュピタール等へも近いのでとても気に入っています。

ところでドイツへ行って一番嫌なのはすぐに「イングリッシュ・プリーズ」と言われることです。せっかくドイツ語会話の練習に来ているのにとても残念です。自分のお気に入りの宿はできるだけドイツ語で話してもらえるところというのも評価の対象にしています。さすがに6ヶ月ぶりにドイツ語で喋るのに最初からうまくは行くはずないのにと思うのですが。フランクフルトからライン地方にかけては特にそういう傾向があります。
バイエルンにいるとみんなドイツ語で話せて(しかもゆっく)とてもいいと思うのですが。

ローテンブルクはゲッツ夫人のペンジオンです。駅から無料の送り迎え付きで23ユーロです。駅から1km、町まで1kmくらいあるのですが、石畳をトランクを引いて移動することを思えばはるかに楽です。とくに今回は雨が多かったので送迎無料は助かります。ゲッツ夫人は片言の英語しか喋れませんが大変親切です。ご自慢の自家製のジャムと蜂蜜が朝食に出てきますがとてもおいしいです。私のいたときもご主人が蜂蜜を取りに行く準備をしていました。冬に行ったときはゲッツ夫人は台所で今年のためのジャムつくりに忙しそうでした。私は今年で5回泊まっています
私が到着すると手製のケーキとプリン(コーヒー付き)、夜は居間でご主人と3人でフランケンワインを飲みながら過ごします。なぜかテレビ番組はいつもバイエルンの民族衣装を着た人たちの歌謡ショーです。

ローテンブルクを出発するときのことですが、ゲッツ夫人は客を待合室で待っていました。たぶん客を送って行くと列車で到着する客を待っているのだろうと思っていました。そして若い女の子が2人降りてきました。ゲッツ夫人が何か私に言うのですが、実は私に宿が決まってなければ夫人の宿に泊まってもらえるように日本語で交渉してほしいというのです。よく考えてみれば私も最初はこうして出会ったんだなって思って引き受けましたが、ひげをのばしていたんで人相悪かったかな。なんとか交渉してゲッツ夫人の車に乗ってもらいました。ただし、部屋を見て気に入らなかったら町まで車で連れて行くという約束ですが。あとで電話で聞いたんですが二人ともゲッツ夫人のところに泊まられたようで安心しましたが、日本ではあまりない交渉の仕方なのでちょっと心配でした。(行ったら断りにくいし。)もしもゲッツ夫人の宿が気に入られたのならどうぞ口コミで宣伝してください。
フランクフルトの空港から電話をしたときに日本語の案内を作ってあげるからという約束をしました。私は知らない人に声かけるのは苦手ですから。2人の日本人はとてもきれいな人だったのですごく恥ずかしかったです。

食事はシュメルツァーとオクセンがゲッツ夫人の推薦です。今回はシュメルツァーに2回行きましたがご主人は気さくな人で料理はとてもおいしいです。メニューにフランケンの郷土料理というのがあってお薦めです。1998年に行った時はまだ出来たてのワイン(たぶん発酵中)をサービスしてもらいました。オクセンはちょっと日本人には入りにくいような雰囲気がしましたが(ドイツ語できれば大丈夫)、料理はおいしいです。どちらも店でも日本人と会ったことがありません。地元の方が多いと思います。

テディベア100歳
ローテンブルクにはテディランドという有名なぬいぐるみ屋さんがあり、そこでテディベアを買いました。今年はテディベアの生誕100年に当たるということで今年限りの限定商品が出ています。耳のタグも白地に赤字となっており専用の包装箱に証明書が付いています。すでに日本では通販で39,000円で売られています。
ちなみに数件のぞいたところすべて定価です。テディランドは通常の品は割引がしてあるので期待していたのですがここでも定価でした。もしかしたら工場の店では安いかもしれませんがギーンゲンまで行くには時間がありません。価格は定価で249ユーロ。空港で税金の払い戻しを23ユーロ受けたので合計226ユーロでした。しかし、44cmあるのでもって帰るのが大変でした。送料も航空便はすごく高くてドイツで安く買うメリットがほとんどなくなります。ただ空き箱をもらって梱包をしなおして送ると容積と重量が小さくなるので安くなるかもしれませんが。
1996年に一度買ってみたところ船便で送ってきましたが、どうも船便で2ヶ月近くかかるのをドイツの人は理解していないみたいです。マラソンのゼッケン受取りの書類なんか帰国後に届いたこともたびたびですから。
しかし1999年の鳩時計といい変なものを買うと後が大変です。特にフランクフルトの空港は手荷物の多いことに対して厳しいのでいつもひやひやします。

(14.04.20)
平成14年5月3日から5月8日までドイツに旅行に行きます。ヴュルツブルクに滞在します。現地でシュナイダー夫妻(ドロテー&アンドレアス)に会う予定です。またジグマリンゲンのランニングクラブの人たちと会えるかもしれません。
目的はもちろんヴュルツブルク・マラソンで前日のミニマラソンにも参加する予定です。マラソンの翌日からローテンブルクのゲッツ夫人に会いに行きます。
今年はテディベアの百年記念の年なので記念のベアでも買って帰ろうかと思っています。

今日(4/20)南アフリカのケープタウンに滞在中のヴェルナーから葉書が来ました。
現在マラソンのツアーを主催中です。