プロフィール
| 2002年12月31日ジグマリンゲン・ジルヴェスター・ラウフの記事です。 | |||
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| 内容は今年の大晦日の走ろう大会は国際的な訪問を受けました。例えば39歳の○○さんはこの大会に参加することを主な目的として遠い日本から旅をしてきました。この日本人選手にとってはこれがドイツでの初めてのランではなく、すでにヴュルツブルクとドレスデンのマラソンに出走しています。ここは大変楽しい彼は特派員とのインタビューで話し、特派員にすぐれたドイツ語で答えました。(これは大げさです。)しかし、この大会で楽しんだのは彼だけではありません。ジグマリンゲンや周辺のランナーたちも年の明けるのをスポーツで楽しみたかったのでしょう。老いも若きも、男も女も。みんなもう一度だけベストを尽くそうとしていました。もしかしたらクリスマスの間の食事の後で(贅沢な食事が続いた後でという意味です。)再び何かのトレーニングをしたかったのかもしれません。 |
| 氏名 | ジークムント(siegmund) | ![]() |
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| 住所 | 山口県吉敷郡秋穂町 | |||
| 1990年 | 1 | 錦帯マラソン参加 | ||
| 1991年 | 2 | 錦帯マラソン参加 | ||
| 1992年 | 3 | 錦帯マラソン参加 | ||
| 1992年 | 4 | ホノルルマラソン参加 | ||
| 1994年 | 5 | シドニーマラソン参加 | 愛犬のコマです。春駒という立派な名前が付いているのですが、コマと呼びます。(父親は鉄駒というらしい。)1995年の最初のドイツ旅行の出発前日10月25日に我が家にやって来ました。 |
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| 1995年 | 6 | フランクフルトマラソン参加 | ||
| 1995年 | 阿蘇スーパーカルデラマラソン100km参加 | |||
| 1995年 | 7 | 福知山マラソン参加 | ||
| 1996年 | 8 | 指宿マラソン参加 | ![]() |
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| 1996年 | 9 | ベルリンマラソン参加 | ||
| 1997年 | 10 | ホノルルマラソン参加 | ||
| 1998年 | 11 | ブロッケンマラソン参加 | ||
| 1999年 | 12 | シュヴァルツヴァルトマラソン参加 | ||
| 2000年 | ジグマリンゲン・ジルヴェスターラウフ(12km)参加 | 1995年10月31日ローテンブルクのペンション・ゲッツにて。この日からドイツとの本当の付き合いが始まりました。 | ||
| 2001年 | 13 | アテネマラソン参加 | ||
| 2002年 | 14 | ヴュルツブルクマラソン参加 | ||
| 2002年 | 15 | ドレスデンマラソン参加 | ||
| 2002年 | ジグマリンゲン・ジルヴェスターラウフ(12km)参加 | |||
| 2003年 | 16 | デュッセルドルフマラソン参加 | ||
| 2003年 | 17 | ケルンマラソン参加 | ||
| 2003年 | 河口湖マラソン27km参加 | |||
| 2003年 | ジグマリンゲン・ジルヴェスターラウフ(12km)20回記念大会参加 | |||
| 2004年春 | ニュルンベルクマラソン参加予定 | |||
| 2004年秋 | ミュンヘンマラソン参加予定 | |||
| 将来 | 北京マラソンに参加したい 定年後はボストンマラソンに参加したい |
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| 趣味 | マラソン、音楽鑑賞、ドイツ語会話 | |||
| 連絡先 | siegmund@cello.ocn.ne.jp | |||
| 参加してみたいドイツのマラソン | ミュンヘン、ハンブルク、エッセン、ライプツィヒ、ドレスデン(春)、フュッセン、フライブルク、ボン、レーゲンスブルク、カールスルーエなど | |||
私の住んでいる町、秋穂町はボストンマラソン優勝者浜村選手が生まれた町です。そのおかげで、小さい頃からマラソンという競技にはなんとなく憧れていたような気がします。そのころはまさか自分が42.195kmを完走しようとは思っていなかったのですが。
私のドイツ人の親友であるフォルカーの「タイムはもはや重要でない、むしろ成し遂げることが最も重要である。」という言葉が故障の多い最近の自分には心の支えになっています。
なぜ山岳マラソンがすきなのか、なぜ外国で走るのかという問いに対して、私は日本の市民マラソンの現状の情けなさを理由にあげます。(とくに交通の便が悪いこと。)
フランクフルトやベルリンマラソンなどの平坦な記録の出やすいマラソンを走ったあとでドイツで最も過酷なブロッケンマラソンに参加したくなった理由とかを書いてみたいと思っています。
また、ドイツ旅行のなかで出会った人々のこと、友達のことについても書きたいと思います。
私はドイツ語を大学1年生のとき必修科目として1年間勉強しました。しかし、卒業までの3年間ですべてを忘れてしまいましたが、ある動機で卒業を期に再びドイツ語の学習を始めました。ある動機というのはクラシック音楽を聴きに行くためで作曲家ゆかりの地を訪ねることでした。
それから半年後にひょんなきっかけで走ることを始めました。走るからには憧れのホノルルマラソンを走りたいと思うようになりましたが、それはこれから5年後の話です。
1990年に嬉野の自動車道路の開通記念マラソン(ただし10kmの部)に参加したとき、自分のレースが終わってマラソンの部のゴールを見ていました。するとゲストランナーのフランク・ショーターが楽しそうにゴールに向かっているのを見てマラソンを走ってみたいと初めて思いました。
1990年の5月に岩国市の錦帯マラソンで初マラソンを完走してから2001年のアテネマラソンでやっと13回のマラソンを走ることができました。とりわけホノルル、ベルリン、アテネの3つのマラソンをすべて完走できたことは(参加できたことは)とても幸運だったと思います。あとは浜村さんが優勝したボストンマラソンですが、今は参加できないので定年退職後になりそうです。それまで、ずっと走れることができればいいなと思っています。
ドイツのマラソン事情がなぜうらやましいか?たくさんの大会がいたるところで主催されていること。しかも、観光地のなかや市街地で制限時間5時間くらいでエリートランナーと同じ大会に出場できることなどです。
とくに大きい駅の近くからスタートできることは前日の催しへの参加や完走パーティへの出席を可能にしています。ベルリンマラソンの前日の催しの親善ランで戦前のオリンピックコースの最後の6kmをたくさんの人たちと走ったこと(カトリン・ドーレもいました)や、ブロッケンでの完走パーティなどです。
このページを通してたくさんの人と知り合うことができたらいいなと思っています。
siegmund(メールお待ちしてます)
このページと平行してドイツのオペラハウス訪問記を作成しようと思っていますので、興味のあるかたはよろしくお願いいたします。(ミュンヘン、ベルリン、ドレスデン、フランクフルトなど)http://www8.ocn.ne.jp/~siegmund/
また、オペラハウスの来日公演についても特集します。(とくにヴァーグナーの演目について)