雑談

星空を楽しみましょう。

  
一家に一冊天文年間。630円ですが、手元に置いておくだけで一年中夜空が楽しめます。どんなテーマパークも星空にはかなわないと思うのですが。 サン=テクジュペリの「星の王子さま」。ドイツ語で読みました。原題は「小さな王子」。おとなは、だれも、はじめは子どもだった。(しかし、そのことを忘れずにいるおとなは、だれもいない。)   


(14.03.10)
古いヨーロッパがなんで悪い。新大陸の大国と極東と欧州の島国はもっとよく考えてみたらどうだろう。

宗教は異なってもすべての信仰のある人々は、「対立するところに幸福はなく、テロリズムと戦争の論理に人類の未来の保証はない」と宣言すべきである。
「平和のために働く人々は幸い、その人々は神の子と呼ばれる」(マタイ5,9)
教皇ヨハネ・パウロニ世(2003.2.23)

私たちはあらゆる戦争に反対する基本的な立場をはっきりと表明します。なお更イラクへの大量破壊兵器に対処するための予防的な武力講師は、例え国連による決議があったとしても軍事力による正当防衛に当てはまりません。
また、戦争が回避されずイラク攻撃が行われれば,一般市民を含む多くのかけがえのない生命が失われます。地域紛争とはいえ武力衝突および経済制裁によって、苦しんでいるイラク国民をさらにくるしめることにもなります。この攻撃は中近東全体をも不安定にします。私たちはイラク政府に対し大量破壊兵器の開発と放棄をすること、さらに核保有する世界各国を含むすべての国家に対し完全に破棄することをここに強く求めます。
広島長崎宗教者平和会議参加者一同(2003.2.20)

戦争は人間の仕業です。戦争は人間の生命の破壊です。戦争は死です。
ヨハネ・パウロ二世

暴力を断ち切る英断こそ人類の叡智が生まれる。
ガンジー

戦争で一番不幸になるのは国民です。2003年10月に旧東ドイツの町を訪ねましたが、みんな平和を望んでいます。フォルカーの故郷ファハを訪ねた時に、大国のエゴがいかにむなしいかよくわかりました。今までに正義のための戦争というものが本当に存在したでしょうか?もし日本が分割統治されて家族、親戚、友達、恋人に会えなくなったらどうしますか?もし日本が報復攻撃の対象となったら、どうしますか?
上はフォルカーにもらったファハの記憶の道というパンフレットから。西ドイツから見たファハの町。下は2002年10月にできるだけ同じ方向から撮影したもの。 上はヴェラ川に架かる橋。かつては国境でした。川の手前側の岸は東ドイツ、対岸の橋の右側は東、左側は西ドイツだった。統一後に橋には「統一の橋」というプレートが取り付けられました。 上はファハ(東ドイツ側)の岸に残っている監視塔と国境の壁。(右側中央)
下は国境の家と呼ばれた右の白い部分が東、左側の灰色の部分が西ドイツでした。実はフォルカーのおばさんの家でした。


(14.05.30)
最近ジグマリンゲンのホームページを作成中です。この町は1998年にブロッケンでフォルカーと出会うまでは全く聞いたこともない町でしたが、今ではすっかり気に入っています。フォルカーはドイツでの初めての友達(ゲッツ夫人はペンション経営者なので例外)なんですが、本当にいい人です。1939年11月4日生まれで私の生年月日1963年11月2日と近いので2001年は二人でアテネマラソンに行きました。彼が紹介してくれたヴェルナーの会社のマラソンツアーで多くの人と知り合いました。総勢86人でもちろん日本人1名。
最初はみんな不思議に思っていたんでしょうが、マラソンの後からはいろんな人から声をかけていただきました。ヴェルナーからはまたの参加をということです。マラソン日の夕方の完走パーティで折鶴をくばるつもりで滞在中に暇を見つけて鶴を折っていたんですが、抜群のタイミングでくばることができました。私は寒けがしたんで売店でトレーナーを買っていたパーティに遅れました。ちょうどヴェルナーが平和の象徴として金色に塗られた月桂樹をくばっていた後に、私が折鶴をくばりたいと言ったらみんな気に入ってくれました。これは何かと聞かれたので、これは日本では平和のシンボルだって答えておきました。
その後夕食に出かけたんですが、同じツアーのグループの人たちが声をかけてくれたのでパーティに一緒に参加させていただきました。ただ私はダンスが出来ないのでちょっと恥ずかしい経験をしましたが。(自分がダンスを出来ないので、日本人はダンスを知らないのかって聞かれた)このときのグループの人たちとは住所の交換ができなっかたので残念でしたが、ヴェルナーのツアーの常連かもしれないのでまたいつか会えるといいなって思っています。(みんな滞在日数が違うのでばらばらで帰国したため名刺を渡す機会がなかった。)
帰国後に広島の折鶴の話(原爆の子の像)を調べなおしてヴェルナーに英語の記事を送ったのですが、親切
なことに彼が参加者全員にこの記事を送ってくれました。別に最初から演出を考えていた訳ではなく、偶然が重なってのことですがみんなには自分のことをよく覚えてもらえたと思います。折鶴を折ることを思いついたのはフォルカーのお孫さんたちに折り紙の本をプレゼントとしたからです。それで千代紙をスーツケースにいれていたんです。折鶴がたくさん折れたのは集中豪雨でホテルから出ることができなっかたためです。30年ぶりに鶴を折ったのですが、なかなか思い出せなくて大変でした。私は旅行前になんとか思い出したのですが、フォルカーのお孫さんはすでに折鶴をマスターしたとのこと。やはり年を取ると頭が固くなっているのでしょうか。ジグマリンゲンの小学校で折紙が流行ると楽しいだろうなって思っています。

(14.05.25)
5月23日に博多の博多座にミュージカルを観に行きました。タイトルはラ・マンチャの男。主演は松本幸四郎、ヒロイン役は松たか子。最近は行きたいオペラがないので隣の福岡県へミュージカルを観に行きました。いい舞台でした。二人ともうまかったですね。松さんがあんなにいい声をしているなんて驚きました。いい声というのは表現が悪いけど彼女よくファルセットを使うので音域が狭いのかと思っていました。またどちらかというと癒し系の曲が多いと思っていたのであんな強い声を持っているのにも驚いたのですが。やっぱり生の舞台が一番です。

ドイツへでは地方の劇場ではオペラと半々くらいでミュージカルをやっています。ジグマリンゲンに行ったときに、近くのザルガウの多目的ホールでフィガロの結婚を観ました。小さな体育館と劇場を合わせたような施設で設計のよさに感心しました。やはり、小さな町の施設では音楽だけではやっていけないのでしょう。

今、秋穂町の隣の山口市で情報芸術センターのことが話題になっています。将来合併予定であるだけに気になっているんですが。ただ一言だけ言わせてもらえるなら、箱ものを作る時代は終わっています。これからはどれだけ個人でものごとができるか挑戦する時代だと思います。
確かに税金で文化にお金をかけてくれるのはうれしいのですが、受益者の数という面では芸術は効率の悪い事業ではないでしょうか。維持費の高額なことにいつも批判が集中しています。新国立歌劇場についても完成記念の公演には行きましたし、大変喜びました。しかし、維持費が50億円近いとか最近の日本人の起用法を聞く限り手放しでは応援できないような気がします。先日ヴュルツブルクに行きましたが、ここのマインフランケン劇場からあの名イゾルデのヴァルトラウト・マイアーが出ていることとかを思うと複雑な気持です。
でもスター歌手を聴きに行くことも楽しいことですが、それは民間の団体の海外オペラの引越し公演で充分だと思うのです。ドイツに行っても一部の劇場を除いてそれほど日本より優れているとは思えません。たった一晩1,400人程度の観客のために巨額の税金を使うことについてとても複雑な気持です。
国際交流にしても贅沢な視察団とかがヨーロッパの観光地を訪問しているのを聞くともっと考え方を変えるきだと思います。石原行革相がイタリアに高速道路の施設を視察に行った話はフォルカーも知っていて、10月のドレスデン行きはアウトバーンとその施設を案内してもらえるということになっています。よく在日ドイツ人の講演会で高速道路の有料制度について批判的な意見を聞きますが、とにかく実際に見てこようと思います。フォルカーが高速道路の料金よりもガソリン税や自動車税の配分方法が問題だと言っていましたが。ドイツではこれらの税金の半分が公共交通の補助金に使われているそうです。

最近ドイツの小さな町ジグマリンゲンやゲッツ夫人のペンションのホームページを作り始めたののもひとりの人間があらゆる組織の援助も受けずにドイツでなにかやれないかということへの第一歩です。みんな喜んでいますし、ドイツの人たちと何かを一緒にやれるってことが重要だと思います。
スポーツでフルマラソンを走ることが出来るのは幸運でした。他の種目では選ばれた選手しか参加できませんので。スタートのときは誰も相手にしてくれませんがゴールした後はみんな一つの趣味を共有できる仲間として扱ってくれます。前日のアトラクションと完走パーティにはできるだけ出席することにしています。

私の経験からもまず自分の興味がある国へ行ってみること、2番目にそこで友達を作ることが大事ではないかと思います。だから友達ができたら、できるだけ翌年に会いに行くようにしています。そうすればメールも頻繁にやり取りするようになるし、お互いをより知ることができます。確かに旅行の回数の割に観光が少ないのですが、友達はたくさんできました。ただ、フォルカーに会わなければホーエンツォレン2つの城(ヘッヒンゲンとジグマリンゲン)を訪ねることはできなかったでしょうし、ドイツ人の文通相手(メル友)が何人もいるということにもならなかったでしょう。

今年のドレスデンマラソンの計画では往きは空路で大阪からフランクフルト経由でからドレスデンに行きます。ドレスデンの近郊に(ケーニッヒシュタインのすぐ近く)、友達がいるので3泊します。市内観光の外に郊外の散策にご案内するということで(もしかしたらマラソンのトレーニングか?)
マラソンの翌日はフォルカーの生まれ故郷のファハというところに泊まる予定です。ファハはアイゼナッハの近郊で昔の東西国境の小さな町です。アイゼナッハには伝説の城ヴァルトブルクがあります。またそこはバッハの生まれた町でもあります。途中でツヴィッカウというシューマンが生まれた町にも寄れたらいいのですが。ヴァイマールの劇場が400年記念ということでここにも泊まりたいんですが。
あとは上司が何日休みをくれるかなんですが。7日休めたらいい計画ができます。給料5%カットでもいいから有休を使わせてもらえないかな。

(14.05.19)
最近なぜドイツではマラソンが市街地で可能なのか思いつくところがあったので、とりあえずメモしておきます。
土曜の16時から月曜の朝までデパートやお店は休みだから。週休2日で土曜の午前中で買い物を済ましているので、日曜日は交通がもともと多くない。たぶん郊外でレジャーをしているか家で過ごしているかだけど。ドイツの日曜日(祭日も)は寂しいけど日本でも月に1回くらいはいいのでは。