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雑記帳
風の吹くまま
今月はあちこちに出掛けることが多かった。順に振り返ってみよう。
11日〜13日田貫湖@静岡
出発の時は丁度台風が首都圏を直撃中。電車がまともに動くかどうかすら怪しかったのだが。そのおかげか東海道線はとてもすいていてのんびりと一人旅を楽しむことができて良かった。窓を伝う雨垂れを眺めながら、詞作でもしようかと思ったのだが、睡魔にはかなわず…(笑)。
JR富士駅よりバスに乗り換えて目的地の田貫湖へ。だらだらと続く山道にややバス酔い。現地についたころには空には晴れ間ものぞく。持参したおにぎりを晩飯にして、湖畔で鴨と戯れながら日が沈むのをのんびり待つ。
夜になったら湖に突き出た桟橋で寝袋にくるまって星空を見上げる。台風一過だけにすばらしいシーイングである。傾いてゆく夏の大三角、星ぼしが無数に集まった構造まで分かるほどの天の川、時折視野を横切る流星…いくら見ても見飽きないとはこのことだった。
日付が変わるころには、代わって秋の星座たちが高くのぼり、東の空にはおうし座、ぎょしゃ座、ふたご座、オリオン座といった冬の星座たちが次々姿を現し、土星や木星もそこに華やかさを添えていく。おおいぬ座がのぼりきると少しづつ空が白みはじめた。刻々と変化する東の空には残念なことに見る見るうちに雲が沸き上がり、富士の裾野から昇るはずの日の出は見られなかったが、朝焼けの中に消えてゆくあけの明星もまたおつなものである。
完全に夜があけるのを待って睡眠をとった。昼過ぎに起き、湖へボートで漕ぎ出してみる。周囲4キロほどというから大した広さではない。ものの10分も漕げば対岸に辿り着いてしまう。小一時間湖をさまよって陸に戻ると、火をたいて晩飯を作りはじめる。何だかんだいって結構手間取り、食事にありつけたのは日が沈む頃。
そしてまた桟橋で星見。だが昨日からの寝不足がたたっていつしか星空の下で眠りにつく。目を覚ますとさっきまでの星空はどこへやら、ぽつりぽつりと雨が落ちてきている。あわてて屋根の下へ退散、今度はちゃんと眠りにつく。
翌朝、時折落ちてくる雨粒は木の下でしのぎながら、湖畔の散歩に出掛けた。遊歩道を行くと30分ほどで昨日ボートで来た辺りまで歩ける。手持ちの双眼鏡で、自分が一夜を明かした対岸の桟橋を見れば、同じく朝の散歩らしき人がいる。また少し歩くと今度は釣人たちが何人か。ブラックバスでも釣っていたのだろう。
昼前に湖を離れ、帰りはJR富士宮駅から身延線に乗り、富士駅より東海道線に乗り換えて家路についた。
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22日須走@富士
この日は日帰りで星好き仲間と富士山の中腹へ。標高でいえば田貫湖より1000メートル以上高い。
午後2時頃、迎えに来た仲間の車にはすでにドライバー氏の他2名と観測機材でほぼ満員。保土ヶ谷バイパスと東名高速を使って御殿場まで急行。電車で御殿場合流の1名を待つ間にダイエーで買い物とデニーズで早めの夕食。5時に駅でその人を拾うも車は一杯、機材と機材の間に無理矢理隙間をつくって入ってもらう。そして標高2000メートルの須走登山口まで一気に駆け上がるのだが…人間5人と機材で満載の車はエンジンには相当負担だっただろう。悲鳴をあげながらもなんとか無事観測地に到着。
標高が高いだけにひたすら寒い。雲海が眼下の御殿場の街明かりを遮ってくれるといいのだが、いささか天気が良すぎるようだ。雲ひとつない。遅れて参加の1名を加えて6人で観測開始。まもなく観測には邪魔者の月が富士山の陰に沈んでいった。20センチスカイセンサーで星雲や二重星を自動導入。便利だ。隣では双眼鏡で変光星観測、星景写真の撮影なども行われていた。ついでに地上を見ると、横浜のランドマークタワーや江ノ島、房総半島まで見えたことも付け加えておこう。
この時須走は気温マイナス10度。真冬の格好でもまだ寒い。3時間ほどで耐えられなくなって撤収するまでに、火星や天王星、海王星も見た。最後に冥王星を見ようとしたらわずかの差で沈んだ後だった。
行きの逆コースで帰ったのだが途中気が付いたら少しだけ眠ってしまっていた…家まで送ってくれたドライバー氏に感謝。
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24日〜28日バンコク@タイ
と、こういう記事を書くつもりでタイ旅行に出掛けたのだが…なんか旅行記を書きたくない旅行だったのである。
確かに、見て廻った寺院や遺跡は素晴らしいものだったと思う。しかしどこにいっても、「自分がバスに詰め込まれて次々と観光地へ送り届けられた」といった感じが否めなかったのである。所詮は旅行会社のパック旅行か。パック詰めである。もう少し外の空気が吸いたい。
何と言っても、現地で日本語が通じてしまうのである。至るところで「さいふ、にひゃくえん」「おみやげ、ぞうさん、せんえん」と声をかけられるのだ。10才になるかならないかくらいの女の子やら赤ちゃんを抱えた女の人、日本だったら会社でバリバリ働いてるくらいの年格好の男性…。
そういえば、店のなかにも人があふれていた。客より店員の方が多いくらいだったし、店のドアあけのためだけに4人の店員がついていたのにはさすがに驚いたものである。私たちのツアーのバスにも、運転手とガイドの他にバスのドアあけ係がずっと付いていた。
早い話が、そうしないと生きていけないのだろう。仕事がないから、私のような観光客にお金を落としていってほしいのだ。私はここに、昨今の資本主義社会の縮図を見た気がして、嫌悪感を覚えた。しかも、まぎれもなく私もその一部だったのだから。
最悪だったのは、民族音楽と舞踏のショーを見に行ったときのことである。いくつかの踊りを見ていくうちに、突然曲調が変わった。何だろうかと良く聞いてみれば、なんと「It's a small world(小さな世界)」であった。しかも、踊り手たちが万国旗を持って踊り始めるではないか。そんな民族舞踏があるはずがない。とても、嫌な気分だった。
どうも長々とくだらないことを書いてしまった気がする。読んでくれた皆様にはたいへん失礼いたしました。
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