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雑記帳
翔んでゆく所
家族旅行してきました。
かぼちゃの国
…もといカンボジア。オヤジギャグと思って冷たい視線をくれたそこのアナタ、いえいえ、実際「カンボジア」とはかぼちゃの意味なんだって。語源が同じだから音が似ているのかな?ポルポト政権と、アンコール遺跡で有名な東南アジアの国家です。北緯15度、乾季と雨季のはっきりした熱帯性の気候で、今は乾季真っ只中。国内に東南アジア最大の湖、トレンサップ湖を抱えていますが、それですら雨季と乾季では面積が3倍近く変化するとか。主な産業は、国民の85%が従事する農業と、アンコールなどの観光産業です。
日本からの旅行は、他の東南アジアへの旅行に比べ約2倍近くの費用がかかります。(だから、今回も親が金を出してくれたので行けたんです。自費は厳しい!)ポルポト政権時代の内戦で国土には地雷が多数残り、経済は荒廃しきってしまったことがその理由といえるでしょう。現在、日本からの飛行機は直通はごく少数みたいです。(私達が出かけたアンコール・ワットに近い「シェムリアップ国際空港」から、福岡行きの便が出ているのを確認してきましたが他は知りません)でも、カンボジアの観光客の半分近くが日本人だ、という話を聞きました。やはり日本人の海外旅行は多いんですねぇ。
成田〜バンコク
というわけで私達も、成田から直接カンボジア国内に到達することはできず、隣国タイの首都バンコクを経由してカンボジアへ向かうことにました。
タイは私自身、2回目。初めての海外旅行が、大学1年の秋休みに出かけたタイ・バンコクでした。因みに、日本どころか本州を出たのもその時が初めてで、もちろん飛行機に乗ったのも初めてでした。(未だに日本国内で本州を出たことはありません)
いまいちその必要性の理解できない「国際線のチェックインは2時間前まで」という指示に従って成田空港に到着したのが午後4時半。結構広いとはいえもう6回目しかも毎回2時間ずつを過ごす空港は、ひたすらに暇ですね。食事時でもないですし。
午後6時半過ぎ離陸予定の飛行機は少し遅れて7時過ぎに出発。天気も良く気流もかなり安定して、今までで一番快適に空の旅を楽しめたんじゃないでしょうか。バンコクに着いたのが現地時間で23時半過ぎ(日本との時差は−2時間なので、日本は既に日付が変わって午前1時過ぎのはず)。ぎりぎり日付が変わる前に入国を済ませられたので、入国審査の書類も手間がかからずよかった。
空港を出たところで、迎えに待っていた現地人ガイド(といっても、今夜のホテルまで案内するためだけの役割だけれど)を見つけて、車で30分ほどのバンコク市内のホテルへ。
ここで、今回のツアーでご一緒することになるもう1家族とも顔合わせ。私の母親と同年輩のおばさま二人(後で聞いたことによると、姉妹らしい。よく似ている)と、そのどちらか(結局どっちがどっちか曖昧なまま…)の娘さん。結構可愛い♪旅は道連れといいますが、まぁ、ツレが可愛い女の子ってのはちょいとポイントUP(笑)だからどうした、ってわけでもないですが…(爆)
プロペラ機で行く国際空港
ホテルについて寝たのが午前1時半。でも翌日もカンボジアへの乗り継ぎ飛行機の時間の関係上朝が早く…起床は4時半。3時間しか寝てないですzzz
バンコク空港で出国手続きを済ませ、搭乗ゲートに向かうと…そこにあったのは小型のプロペラ飛行機。乗客は100人乗れるかどうか?うーん。ジャンボジェットしか乗ったことがなかったので、「揺れるかなぁ」とちょっと不安になる。乗り物には未だに酔い易いのです。大人になったら酔いにくくなる、ってよく聞くのだけれど。
そんな不安をよそに動き出すプロペラ機。滑走路を移動していく間はやっぱりかなり揺れました。かなーりブルーになりつつ離陸していく飛行機の中。ん?飛んでしまえばそんなに揺れないものなのですね。ここでも安定した気流に助けられたのでしょうか。途中機内食を食べたり、外国から外国(という言い方も変かな?)を結ぶ、外国の会社の便なのに日本語のアナウンスがあることに驚いたりしているうちに、1時間ほどで目的地シェムリアップ国際空港が近づいてきました。
窓際の席だったので(というか、そもそも座席が真ん中の通路を挟んで2列づつしかない)窓から下界を見下ろしてみたのだけれど…ジャングルですね、これは。あちこち探してみたけれど、街がありません。街どころか、人の住んでいそうな形跡すら、上空からは見つけられません。こんなところに有名な観光地を抱える国際空港が?
どんどん高度を下げていくと、ようやく植物以外の生き物発見。カンボジアで最初に私を迎えてくれたのは、はぐれ野良牛?でした。
滑走路に飛行機が着陸し、狭いプロペラ機を降りると、目の前にあるのは平屋のターミナルビル(これは「ビル」と言うのでしょうか)しかも、日本はもちろんタイでもありえないことに、滑走路を自力で歩いてそのターミナル平屋に向かいます。ターミナルの中でも至極簡単な入国審査を経て、荷物を受け取って、空港の外に出る。時間にして3分程度、距離にして約30m。うーん、爽快感を覚えるほど単純♪
そしてアンコール・ワット
空港の外で、遺跡めぐりを案内してくれるガイドのソティさんがお出迎え。車で一旦ホテルへ向かい、チェックインを済ませ荷物を部屋に運び込んでから、いざアンコール・ワット観光へ。
アンコール・ワットは、11、12世紀ごろを中心に栄えたクメール王国の建設した「アンコール遺跡群」と呼ばれる石造りの遺跡群のひとつで、建立当時はヒンドゥー教、現在は仏教に改宗されている寺院です。アンコールとは都市・街の意味、ワットは寺院を意味しているそうです。このアンコール・ワットに限らず、この付近の遺跡群はヒンドゥー教と仏教が様々に交じり合い、また時によっては競合して弾圧し破壊したといった形跡があちこちに見られます。ここアンコール・ワットも、砂岩を積み上げてできた回廊のほぼ全面に隈なく施された彫刻はヒンドゥー教の神話を基にしたものですが、その中に安置されているのは仏像なのです。
そして、その宗教の歴史を包括したような遺跡には、カンボジアのもうひとつの側面、ポルポトの内戦時代の傷跡も残っています。遺跡の外側は内戦時の銃弾の痕が数多く残されてもいます。
そんなソティさんの話を聞きながら…ってソティさん、女の子に近づきすぎだって(^^;;どうやらご一緒しているご家族の娘さん(安井ミオさんだかミヨさんだか)が気に入った様子。まぁ基本的にカンボジア人は「パーソナルスペース」というものが日本人より狭いみたいな感じは既に私も感じていましたが、それにしても…
別に、私がどうこう言うことでもありませんがね。言うつもりもありませんし(==)
一旦近くのレストランで食事(カンボジア名物アモック)。アモックそのものは酸味が強く正直あんまり好みでなかった…けれど、その他の料理は結構おいしくいただきました。それにしても、このツアー参加者の中で若い男は私一人、というわけでおばさま連中(含私の母)は食べ残った料理を全て私の元へ。そりゃ、あなた方よりは食べられますがね、限度ってものがありますってば。なんか、いつもこんなパターンで、旅行に行くと毎回2,3キロは太って帰ってるんじゃなかろうかと危惧。
クメール文化の中で
カンボジアは暑い国なので、昼食の後の最も暑い時間帯はしばらく休憩を取る文化があります。私達もそれに習って3時くらいまでホテルで休憩をとることに。まぁ朝も早かったので昼寝をするのもありかなとは思いつつも、せっかく観光に来ているのにホテルで暇な時間を過ごすのは少し勿体無い気もしてしまいます。どちらにせよ体力のないおばさま方には必要な休憩かもしれません。
暇だったので、ホテルの設備を少し見てみました。まず、自分達の部屋。やたら広いんです。別にスイートルームとかではなく1つの部屋なんですが、入り口のドアから奥の窓まで誇張でなく20m近くあったと思います。幅は5mもないのに。バスルームを見れば、ここも同じくずいぶん長い長方形。バスタブからタオル掛まで手が届かないんですけど。(笑)
窓から見下ろすと、ホテル専用の綺麗なプールが。あー、水着なんて持ってきてないもんなぁ。残念。暑いし風もないから、プールに入れたらさぞかし気持ちよかったのではないでしょうか。
ロビー近くには小さなお土産屋が。ちらっと外から覗いてみたのですがあまり品揃えは多くなく、特に「カンボジアっぽさ」を感じ取れる土産もの(で、興味を引くもの)がなさそうだったので、中に入って店員にあれこれ勧められるのも面倒だと思いその場を立ち去りました。
それから、ロビーの一角にユニセフなどの募金箱を発見。そこの説明書きを読むと…うーん???東南アジアの各地は中途半端に日本語が広まっており、観光客の多いホテルや店などでは日本語の文章をよく目にすることがあります。しかし、その日本語はどこかおかしい場合が多々あるのですね。日本人の私からすると結構笑える間違いを発見することもあり、アジア旅行の妙な楽しみの一つでもあります。
募金箱を見ると…「家のたい人マために〜」えと、家のない人々のために、ってことを言いたいみたいです。このくらいのミスはまぁごく普通。ただ文字の大きさや配置がむちゃくちゃなので至極読みづらい、けれど滑稽な文になってました。これは、実際に読んで見ないとその面白さは伝わらないと思います。
アンコール、再び
午後も、アンコール・ワットへ。今度は先程より奥のほうを見学。アンコール・ワットの写真でよく見る、中央の塔の所(第3回廊)まで行くことに。寺院の中心部ということで崇高さを意図し、写真で見るよりも意外なほど高く急な階段で周囲と隔絶した空間が作られています。しかも、古くしかも近年多くの観光客が訪れるので、石造りの階段はかなり丸みを帯び足を乗せるスペースも充分にはありません。お年寄りや疲れている人、高いところが苦手な人は登らないようにとガイドさん達は常々言っているそうですが、日本人観光客は大抵「せっかく来たんだから」という理由でほとんどの人が登っていくそうです。
私達のグループもご多分に漏れず全員が登って行きました。(私も高いところは正直苦手ですが…)けれど実際困るのは登りよりも降りなわけでして、「せっかく根性」で登ってきたおばさま方、登った途端に「降りる時どうしよう、降りられるかな」と心配しだす始末。「せっかく」登ってきたならもうちょっとここを楽しむ気持ちを持っていた方がいいのに、と思うのは私だけじゃないと思いますがいかがでしょう。
一応、そんな人々のために一部に手摺がつけられた階段もあるわけですが、同じような考えをした人々で長蛇の列。それでも並ぶしかない皆を尻目に私は手摺のない階段をどうにか勇気を振り絞って降り、先回りして高見の見物ならぬ低見?の見物してました。(しばらく膝が笑ってたのは内緒の話)
その後、近くのプノン・バケン山に登って夕日に映えるアンコール・ワット観賞。この山は、平原が続くカンボジア中央部に突如現れる山(3つほどある)の1つであり、またその頂上にはアンコール・ワットよりも古い遺跡の跡があります。高さでせいぜい70m位だそうですがそこまでの道は結構険しく、1日遺跡を歩き回っていたせいもあるでしょう、私はともかく母には相当きつかったようです。母も昔は登山を趣味にしていた人なのですがねぇ。私とて山道では、上り下りする途中で母の様子を時々立ち止まって見守る以上のことは何もできませんでしたけども。
一応、その道を歩いて登る代わりに、象に乗って上までのんびり行くルートもあったのですが、そこは夕日観賞の絶好ポイントとあって、私達が出向いた時間帯には全ての象が出払ってしまっていたみたいです。
シェムリアップの星空
山を下り、夕食へ。その頃にはもう空も暗くなっており、いくつか星も見えていました。日本を離れ南へやってきたのだから、カノープスは絶対見て帰るぞ!と意図していたのですが、無事発見。全天2番目の明るさ、といえども宵の明星や木星、火星、土星も見えていてその次にシリウスがあってやっとカノープスではあんまり明るいようには感じませんね。空が埃のため白っぽかったためか、期待ほど多くの星は見えず。
日本や中国ではあまり見られないからこそ「長寿星」とされる縁起物の星になってますが、こんなに高く昇る分かりやすい星になってしまってはご利益もないかもしれないなぁ、と妙なことを思いつつ。
何度も空を見上げている私を見て、星の話題に。あそこに見えているのが金星ですよ、と指を指したところ、おばさま「あんなに大きいんだぁ」…えっと、それ金星じゃなくて月です。さすがに月くらい分かってるかと思ったのですが(汗)
旅行日程表では、この日の夕食は「カンボジア風カレー」となっていましたが、折からの東南アジア鳥インフルエンザ流行の影響によりメニュー変更。カンボジアではまだ症例は報告されていないみたいですし、一般家庭では今も普通に鶏を食べているとの事ですが、用心のためと不安を感じる人もいるかもしれないとの配慮の結果レストランなどでは鶏を出さなくなっているそうです。
この席でようやくまともにもう1つの家族と話をすることができました。もちろん観光をしながらのちょっとしたやりとり程度は、特におばさま方とはあったのですが、ミオさんと話したのはほぼこれが最初。ここで、おばさま二人が姉妹だとか、ミオさんが私の姉と同い年で私立理系の大学4年生(後に彼女自身が慶応大だと話してくれましたが)だとか、おばさまの一人は兵庫から来たとかいう話をしたわけです。彼女らも、東南アジアはよく旅行しているそうです。
朝日を見にゆこう
翌朝は、アンコール・ワットに昇る朝日を見るためにまた早起き。まぁ昨日よりは遅いものの、朝5時半起きでさえ久しぶり。時差を考えて日本時間7時半としてもまだ早いのは何ででしょう(笑)まぁ、夜も早かったので寝不足ではありませんが。
やっぱり同じく朝日を見に来た観光客は多く、絶好のスポットはすでに三脚まで設置したカメラマンたちがずらりと。私達はその間の人の少ないスペースに陣取ったのですが、どうやら人が少ないのにはわけがあったらしいと気づいたのは日が昇ってしばらくたってから。というのは、私達がいたところからはアンコール・ワットの塔がちょうど太陽をさえぎってしまい、日がかなり高くなるまで昇っていることに気づけない場所だったからです。いい場所で日の出を見終えて帰っていく人々の様子を見てそのことに気づく始末…
私も何枚か写真を撮ったのですが、ここでカメラの電池が残り少ないとのサインが。えー、まだ昨日1日と朝だけしか使ってないはずなのに…
赤い大地、白い空
さて、ホテルで朝食を取ってから、今日はアンコール・ワット以外の遺跡群の観光です。アンコール・ワット以外の遺跡は全て東向きに作られており、午前中に観光すると正面からの眺めが美しい、とのこと。アンコール・ワットは、「西方浄土」の魂を迎え入れるとの考えから西向きになっているのです。(だから夕陽観賞に向いているわけです)
まずはアンコール・トム。アンコールはやはり街の意味、トムは大きいの意味だそうです。確かに入り口門と城壁?の囲む面積は非常に大きい。しかし、門を入ったところであるものはといえば、観光のために作られたまっすぐな道と、外と同じにしか見えないジャングル。中心部にバイヨンという寺院があり、またその付近に小説で有名な「ライ王のテラス」(有名、といいながら私は読んだことがない)があったりともちろん見所はあるのですが。
門自体も非常に雄大というか、荘厳なものなのでした。カメラの電池がなくなりかけていたため写真を撮らなかったのですが…撮っておけばよかったかなぁ。
ここらの道は、観光道路としてほとんどがアスファルト舗装がされています。しかし路肩はジャングル本来の土が剥き出しになっているわけでして、その土がとても赤いのです。日本の「赤土」の色にも近いのですが、乾期のせいか全く水気はなく、「赤土」ではなく「赤砂」といった感じです。風があまりないので乾いた砂でも砂埃はさほどひどくは感じないのですが。
そうはいっても全体的に見ればやはり街もジャングルも埃が結構あるわけでして、車も赤い砂をかぶったまま走り回っていたり(あまり、車を掃除するという意識もないらしい)、空を見上げれば、細かい埃が大量に舞っているせいでしょう、空が青空ではなく白っぽく見えるのです。そういえば昨夜も、星を見ようとして空は暗いのに意外なほど見える星の数が少なかったなぁと思い出しました。
赤い土と白い空の間に緑のジャングルがあり、その奥から突然のごとく現れる黒い石の遺跡、色の対比で見ていくのもまた面白いものです。
いのちのじかん
その後、「東洋のモナリザ」と賞されるレリーフのあるバンテアイ・スレイやプリヤ・カンといった遺跡を見たのですが…一つ一つが素晴らしいものなのだろうな、とは思うのですがそろそろ石の遺跡めぐりに食傷気味。カメラを出すわけでもないので、ただひたすら歩いてソティさんの話を聞き流して、の機械的繰り返しになってきてしまったのでした。もうちょっと新鮮な気持ちで見ていれば、感じ方も違ったんでしょうがねぇ。
ひとつ、興味を引いたのがタ・プローム寺院。王国が栄えた12世紀に建立されたが、後に放棄されジャングルに埋もれ忘れ去られていたものを130年ほど前の植民地時代に発見された、という経緯のため遺跡の保存状態は悪いのですが、その遺跡を覆うように成長したガジュマルの巨木に王国の繁栄と廃頽がみえるように感じられたのです。
アンコールの遺跡群自体、長い間その存在すら忘れられ、植民地時代にフランス人によって発見されたときはどれもここタ・プローム寺院と同じような状態にあったといわれています。遺跡としての歴史的価値の高さからフランスや、現在では日本の協力も多く得て修復・補修されてきた遺跡が多い中、タ・プローム寺院のように発見の状態を保つ、ということもまた価値のあることでしょう。(ガジュマルが遺跡の石の隙間を押し広げて伸びすぎ、木を取り除くと石積みの遺跡が崩壊してしまう危険性があったためでもあるそうです)
ただ、フランス人の発見からすでに130年が経っており、もちろんその間も巨木は成長を続けているわけです。これからあと数百年の後には、今は何とか形を保っている寺院もどうなってしまうのかはわかりません。
水・木・炎・風
その他、スラ・スランという王様のための巨大な沐浴場(泳いでいる子供達がいました。私も泳ぎたい…)や、建設途中で何かの理由で放棄されたタ・ケウ寺院などを見て周ったのですが、先程のタ・プローム寺院以来またカメラを取り出しいくつか写真を撮って歩いていました。気がつけば、朝に出ていた電池の減りを示すサインが元に戻っているではないですか。あれれ?旅行中持たせようと思って写真撮る数を意識して少なめにしてきたのに…
そして遺跡観光の最後はニャック・ポアン。クメール王朝時代の湯治場だったそうです。ここは中心に大きな池があり、そこにかつて観音菩薩像が祀られていたとか。またその池の四方には一回り小さな池が配置されており、中央の池から水をひいています。湯治に来た患者は占い師の指示に従って東西南北どれかの池に入り、病を癒したといわれています。
中央池からの水の出口は、北が象、東が人、南が獅子、西が馬の形をしており、それぞれ水、木、炎、風を司っているとのこと。(本によると水、大地、火、空気となっているものもあります)人の口から吐き出されてきた水を浴びて湯治というのもどうなんでしょうねぇ(笑)
空から
その後、気球に乗ってのアンコール観賞。気球といってもロープで繋がれ、上空に200m上昇して10分ほど止まって降りてくるだけのものではありますが。上空からは夕刻のアンコール・ワットが近く見え、その隣に昨日夕陽を見たプノン・バケン山、少し遠くにバイヨン寺院(と思われるもの。ジャングルに埋もれてほとんど分かりませんが…)反対側にはシェムリアップ国際空港が、滑走路の直線でなんとか識別できます。
それにしても、やっぱりカンボジアは平坦です。プノン・バケン山ですら200mに上った気球からはやや下方に見えますし、それ以外は霞んで空に溶け込みそうな遠くに2つの山が見えるだけです。空気が澄んでいれば地平線が見えたのでしょうが、白い空と遠い地面との境がよく分かりませんでしたが。
今日は一日中歩き回って、まぁその多くがジャングルの中だったので暑さにバテるほどではなかったのですが、結構足が疲れました。私の母など、ガイドのソティさんの足に完全についていけなくなっており、何度も後ろを振り返って気にしてあげねばならない始末。同年輩のおばさま二人はまだそこそこ元気なのに…
夕食は、伝統芸能のアプサラダンスのディナーショー。地元の子供は小さい頃からダンス学校へ行きこのダンスを習得するそうです(もちろん程度の差はあるでしょうが)。ヒンドゥー教の神話に出てくる水の妖精をイメージした女性の踊りや、漁業風景と若い男女の恋愛を織り交ぜた踊り、それに小学校低学年くらいの子供達のトリに扮した踊り(これだけ、何を意図してるのか分かりませんでしたが…)
ダンスを見ているうちにデザートを食べ損ねたのですが、まぁそんなことはどうでもいいか、と。
カンボジアナイト
ホテルに戻り、これで今日の観光メニューは終わり…のはずだったのですが、翌日の午前中が空き時間になるということで、市内のマーケットに行ってみようと話していると、そこまでの道をソティさんがバイクで案内してくれることになりました。
今日までバンで遺跡巡りをしていたわけですが街中へ、しかもバイクで出るのは初めて。なかなか面白そうと思い連れて行ってもらうことにしたものの…
ソティさん、ミオさんと話をしていたと思うと彼女も一緒にバイクへ。どうやら、私はソティさんがミオさんを誘い出すダシに使われたみたいです(笑)最初に彼女を誘って、彼女が「さすがに一人では行けない」と言ったために私をついでに誘ったのだとか(--メ)
カンボジアでは、車を運転するのには免許が必要ですがバイクには必要がないらしいです。なので12,3歳やそこらでバイクに乗っている子供もよく見かけますし、さらに1台のバイクに2人や3人乗りは当たり前、私が見かけた最大数は大人3人子供2人の5人乗りや、大人2人子供4人の6人乗りまでありました。
私達も、ソティさんの運転で私とミオさんを乗せた3人乗りで出発。ミオさんスカートだったので横座り。市内を走り、センターマーケットとオールドマーケットという二つのマーケットまでの道を教えてもらい(夜だったのでマーケット自体は閉まっていましたが)、その後ソティさんのおごりで地元の人々が集うSOKSANナイトクラブでビールを飲みました。つまり、ソティさんがミオさんを飲みに誘いたかった、ってことですね。
ミラーボールの回る店内、バンドの演奏で歌手が流行歌から懐メロまで様々な曲を歌い、観客は踊ったり場合によってはステージに上って歌ったり。こんな雰囲気の店には、日本にいても縁がないです。ビールが入ってご機嫌のソティさん(25歳だそうで)、私にも踊らないかと誘って来ましたが…私が踊ると盆踊りになりそうなので遠慮しました(笑)ここでのダンスも、アプサラダンスと同様柔らかい手首を駆使した踊り方なのです。
1時間ほどで、私はともかくミオさんをそう遅くまで連れ回すわけにもいかないということでホテルに戻りました。カンボジアのビールは薄いのかな?でも飲みやすいことは確かでしたね。ソティさんご馳走様でした。
街
カンボジアでの3日目は、午前中が自由時間。市内を歩いてマーケットに行ってきました。私は、アジアのマーケットの雰囲気がとても好きです。活気があり、日本、特に私の住むような都市化した地域にはない人と人の触れ合いのある商売の温かみが、好きなのです。
シェムリアップのマーケットは、観光客相手のお土産店よりも地元の人々向けの食品や生活雑貨の店の方がやや多い感じでした。私達が出かけた時間帯は特に、観光客が出歩くにはまだすこし早い時間帯だったようで、朝に開いた食品店への地元民の買い物が一段落し、人々が朝食休憩を取っているようでした。
ここで、私はアジアに来たときに買うことにしている地元の人々の服を1枚ゲット。10ドルでアジアンテイストたっぷりなシャツを求めました。アンコール・ワットがプリントされたTシャツなんかよりこれのほうが、日本で着るにはインパクトありますしね(^。^)
その他、ガラス製のきれいな器を1つ(1ドル)、ヤシの木でできた小さなスプーン10本とフォーク10本、合わせて7ドルで購入。
ただ、カンボジアは自国の産業があまりなく、売っているお土産品の多くがタイ産や中国産だったようです。日本の友人たちのために何か買っていこうかと思ったのですが、「これがカンボジア土産だよ」とあえて言えそうなものがなく、断念。
ホテルとマーケットの行き帰りの道は、インターネットカフェが数多くありました。また、高校と小学校も1つづつありました。高校は皆バイクで通っている様子。門の中に大量のバイクが停めてありました。(バイクはホンダ、車はトヨタが多いみたいです)因みに、街中を歩いている人は、観光客も地元の人もほとんどいません。地元の人は殆どバイクか自転車で、観光客は車やバイクタクシーで移動しているみたいです。時々レンタサイクルの店もあり自転車に乗っている西洋人もいくらかいましたが。
トレンサップ湖クルージング
今日の観光は、ミオさんの一家と別れて別のガイドさんに連れられ、シェムリアップの南にあるトレンサップ湖へ。(ソティさんはミオさんたちのガイドに付いて行きました)出発後しばらくは舗装した道路が続いていたのですが、シェムリアップの市街を出ると、まぁ当然のごとく舗装のない道路になるわけでして、車はガタガタ揺れているわけです。するとガイドさんの話もよく聞き取れない…(この日のガイドさんはソティさんほど日本語が上手でなかったせいもありますが)周りを見ても、ときどき木の枝を組んで作った家いくつかが見える以外はひたすらに草原。正直、暇です。
このあたりは、雨季になると水が増えて面積の広がったトレンサップ湖に沈む地域らしく、大きな木も育たないようです。だからしっかりした民家も建てられないわけですが…そのわりには、結構な数の家に不釣合いな気もする電化製品がみえます。テレビのアンテナがある家も多いのです。こんな家で、雨が降ったらすぐ電化製品濡れてしまいそうだけど???(因みに、このへんは自家発電が普通だそうです)
しばらく走ったところで車を降り、船に乗り換え。10人ほどが乗れる観光用エンジンボートです。ボートを運転するのは15歳ぐらいの少年でした。乾期で川が浅いため時々、船底が浅瀬に引っかかりその度に船から飛び降りて人力で押して脱出させるという…ご苦労様です。
しばらく行くと川幅が広がり、多分このあたりからトレンサップ湖といわれると思われる所(季節で大きさが違うので、どこからが川でどこからが湖かよく分かりません)に到達。ここは水上生活者が数多くいるとの事。実際、見渡す限り大小さまざまな船が。さらにしばらく船を走らせ、ついたのは「サムリット淡水魚展覧所」なる場所。場所、といってもそれも船なので、時期によって場所を変えるらしく探すのに少し手間取っていたようですが。
ここは、トレンサップ湖に生息する魚やワニを水槽に飼っていたり、漁の技術を紹介したりする施設です。それから展望デッキに上ればトレンサップ湖が360度見渡せるという…見渡せても、ひたすら湖です。湖にいくつか船が浮かんでおり、遠くにかすかに山が1つだけ見えるという、なんというか見所のない施設ですが。
30分ほどその施設でボーっとして、また船で陸に戻りました。ただ、その施設でもらった“カンボジアに住む日本人が作ったカンボジアのガイドブック”は結構面白かったです。旅行会社などが作るガイドブックとはまた視点が違うんですね。
カンボジアの暮らし
その後、カンボジアの民家の家庭訪問。民家といっても、先程言ったような木の枝で組んだ家ではなくもう少ししっかりした、ちゃんと角材になった木で建てた家です。どうやら、そこの家の息子さんだかお孫さんだかも観光客相手のツアーガイドをしているそうです。
高床式の家の柱と柱の間にハンモックが吊ってあったり、裏庭でワニを飼っていたり、ソニー製の巨大なコンポがあったり、LastSAMURAIのビデオCDがあったりと、なかなか興味深い所です。とはいっても広くはないので長時間楽しめるところではありませんが。
その家で、いくつか写真を見せていただきました。殆どは、そこの家のガイドさんが観光客をガイドしているときに撮った写真のようでしたが、時々プライベートで撮ったと思われる写真もあり、その中にはいくつかソティさんが写っている写真もありました。日本人相手のガイド同士ということで、友好があるのかな?それとも、小さな町だからたまたま知人だったということも考えられなくはありません。
その家を辞去してから、まだいくらか時間が余っていたので、そこからもう4回目のアンコール・ワットへ。
今度はガイドなしで、しかも一人一人単独行動でアンコール・ワット散策です。とりあえず、ガイドが教えるような王道コースでないところを片っ端から歩いてみました。途中、現地の人から何か言われたけれど、当然その内容は分かりません。「ここは立ち入り禁止だ」とか言われてたのでしょうかね…?
で、「せっかく」来たのでもう一度第3回廊に登ってみることに。一度登ったことで慣れたせいか、今度はスムーズに昇り降りもできました(笑)なんか、第3回廊を見るためではなく、昇り降りするためだけに来たような気もしなくもないですが。
そして帰国
午後5時ごろ、空港へ向かうために車へ。車に乗って動き出した時、気がつくとすぐ前に走っているのはミオさんたちの乗る車。まぁ同じ飛行機に乗るから同じ時間帯に空港へ向かうのは当たり前ではあるけれど…まったく別のところに出かけていたはずなのに、2台が並ぶほど一緒の時間になるとは。後で聞いたら、そちらの一行も余った時間にアンコール・ワットに来ていたそうです。
空港に到着する頃には、周りを見ると多分同じ飛行機に乗ると思われる観光客を乗せた車が何台も連なっていました。シェムリアップの空港はさほど便数が多くないだけに、飛行機が出る前だけは集中的に客が集まるのでしょう。観光が終了する夕刻の時間帯に飛行機が集中しているせいもあるかと思います。
この空港でもチェックインは搭乗の2時間前。小さな空港なので成田以上にやることがありません。土産物屋も2回は見て…仕方ないので今更のごとくガイドブックを端から読み直ししてました。
来たときと同じようなプロペラ機に乗り込み、手荷物をしまったり座席ベルトを締めたりしていると…「すみません奥いいですか?」との声。振り向けば、それはミオさんでした。隣の席が見知らぬ西洋人とかだったりすると窮屈だなぁと思っていたところなので、ミオさんなら良かった良かった。
離陸時にはもう外は暗くなっており、窓の外を見ていたミオさんが「全然明かりがないですね」と言ったことから会話が始まって、結局1時間強のフライトの間ずっと喋りっぱなしでした。途中、それぞれの大学での専攻について話したのですが、どうやら結構似たようなことを専門にしているらしく。学科名もよく似たところですし。
そんなこんなで話をしているうちにバンコク空港へ到着。外を見ると電灯の明かりが数多く。うーん、シェムリアップと比べると大都会に来た感じです。今回はそのまま成田行きのJAL便に乗り継ぎなので、入国審査などはなし。ということは、ここはバンコクだけれどもタイ国内ではないわけで…カンボジアを出国してから私は一体どこにいたことになるんでしょう。
乗り継ぎのカウンターを探すのに少々手間取りましたが何とか手続きを終え、カンボジアでは買わなかった母の仕事場への手土産を見繕って、あとはシェムリアップ空港とは比較にならないほど多いお土産屋を覗いたりして時間をつぶしてました。本屋で見た日本の観光ガイドがなかなか素敵。「(ランドマークタワーの)展望台からは、天気がよければ富士山や北朝鮮に実戦配備された核弾頭も見えます」そんなバカな!
23時45分発の成田行きJAL便に乗って帰国。飛行機の中で寝るのはまだまだ慣れません。眠さに意識朦朧としながら、横須賀線直通総武線快速電車に乗って帰りました。
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