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ウチの猫紹介(1)
猫たちの日々(1)へ
2007年9月中旬頃生まれ。同年9月29日に保護。現在、4歳2カ月。雌。三毛の雑種。 しっかり者、あわてず状況を観察する目がある。あまり出歩かず、飼い主に心配をかけないお利口さん。が、人(猫)に譲らず、自分の思い通りにする。飼い主をも自分の思い通りに動かそうとする(;一_一) 敏感で神経質。 子猫の頃は人見知りしたが、最近は家の前を通る通行人や観光客にお腹を見せてなでなで・もふもふを要求。近所の人が教えてくれるまで飼い主は知らなかった(^_^;) 一家の長女として、最近はお局さま的風格がでてきた。
みいと同時に縁の下奥で鳴いていたのを保護。雄。茶白の雑種。 保護当時は、みいより小さく丸一日ぐんなりとなって寝ていたので、この子は育たないかもしれないと思った。が、今や堂々の5,7kg!すっかり中年太り。4月より尿道閉塞になり、療法食の毎日。が、グルメでなく味覚にはタフなので、大体何でも食べてくれる。 超甘えた、超恐がり、フレンドリー。子猫の時はお客さん、大好き。玄関のピンポンが鳴ると、飛んで行って、相手が新聞の集金屋さんであろうと、宅配の人であろうと、セールスの人であろうと、スリスリして足にじゃれつく^_^; 犬のような猫だった。外に出したばかりの時は散歩の犬の後までついて行くしまつ。「人間は皆いい人」と思っていたので、心配したが、外で色々経験を積んだせいか(?)最近はむやみと人に近づいてないようだ。今やオッサン顔の中年だが、心は甘えたの永遠の男の子。
とらです。 2009年5月16日生まれ。2歳6カ月。みいの娘。キジトラ。シロ吉(雄)、なえ(雌)と共に生まれる。父親不詳。
左より、とら、なえ、しろ吉(生後3週間ほど) なえとしろ吉はもらわれて行ったが、なえは1年未満で不慮の事故死。シロ吉は高槻ですくすく育ち現在6kgあるとか。 しっかり母さんに対してこの子はうっかり娘。かなりなお気楽猫。こだわらず、おっとり。責任感希薄でテキトー。母親ほど我が強くないので素直で扱いやすいところもある。布製の首輪をつけているが、この2年間で3ケどこかに落としてきている(写真の首輪も含む)。母親は0。しょっちゅう外を出歩いて、近所の雌ボス猫に追いかけられることたびたび。それでも平気でまた外へ出て行くのは、テキトーな性格のせいか。
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ウチの猫紹介(2)
ももです。2010年5月13日生まれ。とらの娘。
2ケ月半ほど母親と過ごし、事故死したなえのお宅にもらわれて行く。 1匹だけということもあったからか、予定日よりいくらか遅れたのか、とらたちが生まれた時と比べるとかなり大きかった。そのせいか、とらはなかなか生み落とせず、カーペットの上、ベッドの中、押し入れの棚、外へ出てみたり飼い主に訴えてきたりと、あちこちウロウロ。子供が生まれるということを理解していたかは分からない。というのはトイレでも力んでいたのだ。なかなか出ない大きなウンだと思っていたのかも。生まれてからのももは成長も早く、1週間ほどで目を開けていた(普通は10日〜2週間)。カメラを向けると「キャン!」と言って猫パンチを繰り出したり、カーテンの陰に隠れて飼い主が通りかかると突然足を襲う、というような活発なお転婆さんだった。 くりです。本名栗太郎。2010年9月16日午後11時生まれ。 1歳2カ月。雄。キジ白。 とらの息子、次男。4匹生まれたうちの生き残った2匹の一方。未熟児のため全員は育たなかった。長男、四男(勝手にすべて雄と思っている)は死去。くりは一番小さかったので、この子は無理だろうと思っていた。一時は60gまで落ちる(゜o゜)。強制哺乳をしたが、本人(猫)も小さいながらもよく動き、母親のお乳を探しては一所懸命飲んでいた。獣医の言うところでは「(未熟児が生き残るのは)生命力があるかどうか」と。確かに活発な子で、俊敏。ウチの6匹の猫の中で一番賢いと思える。幼い時から甘え上手。小首をかしげながらスリスリする様に単純な人間どもは簡単に籠絡される。社交性・処世術を生まれながらに備えているようだ。
ももです。本名桃次郎。2010年9月17日午前1時生まれ。雄。黒。 とらの三男。生き残った2匹のもう一方。桃次郎は夫の命名。桃太郎にするには「畏れ多い、名前負けする」というので次郎になった。しかし本人(猫)もこの名前は恥ずかしいらしく赤面している。地黒なので見えないが。生まれた中で一番大きくよくお乳の出る場所を確保し陣取っていた(とは言え、80gから70gに体重が落ちたので、くりと一緒に強制哺乳を1週間)。生まれながらに恵まれた環境(?)だったせいか、おっとり、というよりトロ〜い。すでに5kgある肥満体形も手伝っているのか、すばしこいくりと比べると、かなりドンくさい。積極的なくりに対し、一歩引くタチ。見た目は強面だが超ビビリ。飼い主たちが大きな荷物を抱えていたり、大きな声を出すだけで逃げて行く(-_-)。
コビエです。2008年5月頃生まれ。雌。茶トラ。ウチの6匹の中で唯一赤の他猫。 近所の猫屋敷に出入りしていたノラの子供。夏に母猫が次の出産をひかえ、見捨てられて あちこちの庭でうろうろ。このままではノラがまた増えるので、一時的に保護し避任手術をする。その時期が12月だったので外に放すには酷なので暖かくなるまでウチに置いておく。春になり外へ出してもすでにノラの生活の知恵はなく、ウチの家に居つく。が、保護した時期にはすでに人間になつかず、加えて2度のワクチン・避妊の際に追いかけ回して捕獲したせいで人間に対しトラウマ。以来完全室内飼いノラ。
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猫たちの日々(1) 1 長っ!
ニュウ〜!
鼻も長過ぎ
2 戸棚大好き
猫は囲まれた空間が好き
3 寒い時は
やっぱり
猫だんご 「ウフッ」
4 母娘だけれど
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猫たちの日々(1) 1 長っ!
ニュウ〜!
鼻も長過ぎ
2 戸棚大好き
猫は囲まれた空間が好き
3 寒い時は
やっぱり
猫だんご 「ウフッ」
4 母娘だけれど
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猫たちの日々(2)
5 兄弟?
6 お昼ね中
7 母へのあいさつ(生後4,5カ月の頃)
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猫たちの日々(3)
8 お気楽トラ
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猫たちの日々(4)
10 モモの夢
11 木またたびハイ
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トラはいつも椅子の上で、こんな格好で熟睡しています。
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クリ太郎はうちの猫の中では一番ハンサムだと言われています。
黒猫のモモ次郎です。
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ペットの行方
最初の1年は、ひもを付けて外に出してやっていた。しかし、猫というのは木登りをする。足場さえあればどこまでも登ってゆく。子供の背丈くらいは軽々とジャンプする。散歩に連れて行っても、犬のようにまっすぐは歩かない。少し隙間があるとどこにでも入って行く。 1年半の間、家の中で飼い、時々ひもを付けて外に出してやるというやり方で育てたのだが、猫は犬のようには行かない。ネコ科の動物特有の狩の習性だろうが、動く物に猛烈に反応するし、家の外に出たがる。結局、1年経って放し飼いにすることにした。 世の中は、「飼い猫は部屋飼いが常識」という風潮になっている。僕ら全共闘世代の子供時代には考えられなかった風潮だ。犬については、僕らの子供時代でも、人を噛むということがあったから、ひもに繋いで散歩に連れてゆくのが常識だったと思う。しかし猫は人に危害を加えるということはないし、狂犬病もない。結局、他人の家に入ってウンチやおしっこをするということが、「放し飼いをするな」という風潮を作り出したのだろう。その風潮に逆らって、ミーとチャーを外に出すようになってからまもなく 、去年春頃にミーが3匹の子猫を生んだ。二匹は人に貰われ、トラという名を付けた一匹はうちに残った。そしてそのトラが今年の5月の連休明けに一匹だけ子猫を生んだ。 2010年の5月29日(土)、今日で生まれてから2週間半になる。
2
僕は僕なりのペット(猫)に対する倫理観を持っている。飼い主責任の第一は生まれたペットの子供に責任が持てない場合は避妊・去勢をすること。飼い主責任の第二は野良猫に餌を与えないこと。餌を与える場合は自分の飼い猫として育てること。これは無責任な繁殖をさせないということで、子供を産ませないということではない。
その上に立って言いたいことは、土地は人間だけのものではないということだ。人間以外の無数の動物たちにとっても同じ土地に暮らす権利があるということだ。 「ペットの避妊・去勢は常識」というのも異様な感覚だ。ペットの幸福を考えるなら、子供を産み、育てるということが最大の幸福であることは言うまでもないことだ。しかしペットを飼っている人も、ペットに子供を産ませ、その子育てを体験している人は殆どいない。それはペットの供給源が、殆どペットショップで買うか、野良猫を拾うということによっているから、ペットに子供を産ませても貰ってくれる人が見つからないからだ。
飼い猫が生んだ子供というのは、飼い主との間に、最も豊かな、最も親密な愛情関係を作る。それに対して、野良猫は生まれてすぐの猫でない限り、2ヶ月も野良の親猫に育てられたら、もはや人間を「よそ者」としてしか感じられない感覚をすり込まれてしまう。 人間の家で生まれた猫は、人間を家族だと思っている。危険を感じたり、不安を感じたりすると人間の傍によってくる。人間と一緒に寝たがる。人間に擦り寄りスキンシップを求める。 ペットショップで買った猫がどうなのか僕は経験が無いので知らない。しかし、飼い猫が子供を生んでも貰い手が無いというのに、ペットショップで子猫が売れるというのは顛倒した話ではないか。
僕は、恐らくは、物のように子を産まされ、物のように育てられ、売れ残ったら遺棄されてしまうようなペットが、人間の家庭で愛情に包まれて生まれた子猫よりも、人間と豊かなコミュニケーションを築けるとは思えない。 |
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