老人の力と役割〜未来と子孫のために

 

   理想や夢や 地位や立場が違っても

   ひとり一人が 身の丈だけの役割をもって

   子孫の為に 未来のために 相応の仕事を担うこと

   それが生命の意味だろう


   武士道が教えるように 自律・自裁の倫理をもって

   道理に即して 愚直に生きる

   それが僕の哲学だ


   僕のような平凡な人生でも

   問題解決した体験や 創意工夫した経験が

   少なからず積み重なっている
 

   知識を増やし 技術を高め

   人の心の有様や 組織や集団の本性を

   観察し 分析し そこに見出した真実を

   日々の暮らしに役立ててきた知恵は

   六十の今も生きている


   役に立たなければ捨てればよい

   誰かの役に立つのなら 次の世代に伝えよう

   それが老人の仕事だから

 

 

 


 まず、10年前に書いた下記の文章を再掲載するところから話を始めたいと思います。

 

中年からが本当の人生〜中年からの生き方を考える

 

1.シュリーマンの人生

 古代のトロイ遺跡の発見者として知られるシュリーマンはドイツ北部のバルト海に面するメクレンブルク州で牧師の子として生まれました。彼はロシアに移住し藍の貿易の仕事を始め成功を収め財産を築くことができました。ここまでの彼の人生は成功した貿易商ということでした。しかし彼は幼い時からホメロスの物語に魅せられトロイの遺跡の実在を信じ、いつか発掘したいという夢を抱いていました。そして40才を越してから彼は貿易の仕事をあっさりやめて世界旅行に出かけました。1865年には日本にも立ち寄っています。
 1868年、46才になってようやく彼はギリシア古代史の研究を始めギリシア、小アジアを訪れました。そして翌年、ホメロスの詩編にくわしいソフィアという女性と知り合い47才で結婚しています。
 彼が発掘をはじめたのは48才の時です。それまで神話に書かれていることなどは全く架空の物語だと信じられていました。しかし1870年小アジア北西部ヒッサリクの丘の発掘を始め73年まで行った発掘調査で、彼はこの地が古代のトロイの遺丘であることを立証し、世界中に大きな衝撃を与えました。その後1890年に亡くなるまでにミケナイ、ティリンスなども発掘しヨーロッパ古代史を塗り替えてしまったのです。

 彼が本当の人生を歩み始めたのは46才になってからでした。それまでの彼は社会的な存在は貿易商で、本当にやりたいことは内面に秘められていました。
 人の人生を見ると40才代から全く違った人生を送り始めるということがしばしばあります。心理学者の河合隼雄は中年という年代は、それまで自分の心の中に抑圧していた願望が一気に噴出す時期だといっています。シュリーマンが40才を越えてからトロイへの夢を実現し始めたのもそういう時期だったのでしょう。

 それは丁度花が咲くようなものだと思います、見かけは人生の花は青春のように思うでしょうが、シュリーマンが貿易商をしていた青春時代というのはトロイの夢という人生の花を開くための準備期間だったというのが実際でしょう。
 どんな平凡な人生でも自分の中にこれから開こうとする蕾がある筈だというのが僕の考えです。それは少年時代から青年時代にかけて心の中に取り入れた養分が多ければ多いほどたくさんの花を咲かせるでしょう。その花が咲く時期が中年からなのです。

2.自分の半生を振り返ることから

 「いつまでも思い出なんかに浸らずに、未来を見て前向きに」などという人がよくいます。これはとんでもない間違いです。歴史を持たない社会に発展が無いのと同じように、思い出を大事にしない人が自己実現してゆくことは無いと思います。たとえ悲しい思い出でも、トラウマになってしまったような辛い思い出でも自分の体験は咀嚼し反芻しなければなりません。そうすることによって自分の未来が展望できるのだと思います。過去の記憶は常に現在的な精神空間なのです。その空間が大きければ大きいほど未来に自己実現できるものは大きい筈です。

 そういう意味で自分史を書くというのは良いことだと思います。自分の歴史を書いて行けばきっと新しいものを発見すると思います。そしてそこから新しいものが始まるかもしれません。僕も書こうと思ってコンテンツを作りましたがなまけてぜんぜん進んでいません。まあゆっくり書いて行こうと思っています。

 少年時代から現在まで自分が何に興味や関心を持ってきたのかを思い返して見ると、いろいろなことがあるでしょう。そしてその中にやり残したことがたくさん見つかるんだろうと思います。読書ということを考えてみても、たとえばぼくはSyuugoroというペンネームを使っているように山本周五郎が好きですが、まだ彼の作品の半分も読んでいません。映画が好きな人、スポーツが好きな人、音楽が好きな人、どんな人でも遣り残していることが無数に残っているはずです。その中からこれは一生続けたい、残したいと思うものがあれば、これからは整理しながら、評価を加えながら完成させて行くことに意義があると思います。

 これまで日記を書きつづけてきた人であれば、今度は自分が生きてきた時代のいろいろな出来事を書き加えて日記を編集してゆくことも意義あることだと思います。そうして出来た自分史は、たとえ平凡な人生であっても自分自身の体験から発しているものであれば固有な価値を持つものになると思います。そんな自分史が何十万と日本にあふれても決して無駄にはならないと思います。きっと自分しかみていなかったアングルというものがあると思います。

 

3.感受性がなければ何も始まらない

 年を取ると感受性がだんだん失われて行くという話をよく聞きます。しかしそれは本当でしょうか。
 たしかに経験すること多くなればなるほど、参照するべきデータが増えるわけですから、「このくらいの雨なら川は氾濫しないだろう」というように良い意味で騒いだりしなくなるでしょう。しかしそれは決して感受性が鈍っているわけではありません。長生きした芸術家の作品を見れば、年を取るごとに傑作を生み出して行きます。そして大抵最大の傑作というのは晩年の作品です。
 感受性というのは、機械の働きと似ています。つまり、使わなければ錆び付いてしまって動かなくなるのです。反対に使い込めば使い込むほど、神業のような働きをします。

 もし、中年からが本当に人生の花を開かせる時だとするなら、その時、自分の感受性は人生の中で最も高まっているときでなければなりません。その為にも日々新たな目で物ごとを見、関心のある本を読み、芸術にふれ、そしてなにより思索していなければなりません。それが自分の過去の経験と結びついたら、間違いなく人生の中で最も豊かな時を迎えることでしょう。

 中年までに人の社会的な地位は大抵決まってしまいます。有名大学を出て、社会的地位の高い職業につく人と、学歴もなく、人に言うのを躊躇してしまうような仕事をしている人と、人生の勝負は決まったかのように思えます。そう見えるからこそ、子供の進学に血眼になり、たとえ裏口ででも名門大学に入れる伝でもあれば、形振り構わない親も出てくるのです。悲しいことに今の日本の社会は、よほどのことでもなければ大器晩成型の人を受け入れるようなことはありません。

 しかし本当に醜いアヒルの子が白鳥になる時期は中年なのです。たとえそれまでの人生が東大卒のエリートと中学校卒の町工場の工員という差があったとしても、エリートが白鳥になり、中学卒が醜いアヒルのままかどうかはわかりません。もしエリートが自分の感受性を、社会的地位を得るのと引き換えに青春時代に捨ててしまっており、中卒の人が、人の評価に動かされずに、自分の感受性を持ちつづけていたら、そしてその二人が一緒に旅行をして、その後に日記でも書いたとしたら、間違いなく中卒の人の方が人が読んで何かを感じることの出来る文章を書くでしょう。エリートがいかに見せかけの上手な文章を書こうとも、感受性を失った人間に何が生み出せるでしょう。

 感受性を持ちつづけるなら、生み出すものの社会的な価値がどうであれ、どこまでも生きた物を生み出し続けるでしょう。たとえそれが何かの形をとらずに、自分が感動したことを人に話すということだけでも、それが話を聞いた人の糧となり、その人の自己実現に影響を与えたなら、それは確実に社会的な価値を生みだしたということになるのです。

 自分にとっての人生のゴールは、他人の持っている可能性ではなく、自分の持っている可能性を最大限実現出来たかどうかということです。それを実現する為の羅針盤となり、レーダーとなるのが感受性なのです。
 人生の後半戦、中年からの人生は、感受性を持ちつづける人と捨てた人と、同じ生き物とは思えないような差をつけて行くでしょう。それまでの差は単に相対的な差にしか過ぎないのですが、それからの差は絶対的な差になって行くと思います。つまり人として生きているか死んでいるかということです。
 それは、角度を変えて言えば「自己限定」する人とそうでない人という差で表われます。自分の社会的地位や評価が定まって、それ以上人との競争で獲得出来るものがなくなった時、多くの人が目的を失い目先の快楽を追うだけの人間になってしまいます。そういう人間はいかにエリートであろうと精神的には死んだも同然です。
 そんな人には目もくれず、ひたすら自分の持っているものを形にし続けている人は、どんな形であれ、社会に価値を生み出しつづけているのだと思います。

4.中年の仕事

 中年は生理的にも心理的にも大きな転換期です。それはある人にとっては少年・青年期に暖めていた夢を実現するために行動を起こす時期にもなり、またある人にとっては青春時代に獲得したものを体系化する時にもなります。
 中年になって過去の経験が蓄積されればされるほど、自然とそれを振り返り、今までの仕事を整理しようという気持ちが起こります。芸術家の仕事をみるとその心理がよくわかります。モーツァルトは36才で死んだので、まだ中年にはなっていなかったのですが、死期を感じたこともあってか、自分の作品の整理をしてリストを作っています。彼の最高傑作が死ぬ前の2年ほどの間に集中していますが、過去の自分の作品を振り返るという作業がそれを生み出していったと考えていいでしょう。
 夏目漱石は中年になって胃潰瘍で死に直面した後、急速に作品が内面化してゆきます。『行人』『三四郎』『こころ』『明暗』など日常の欲に惑わされる人間を描き、利己心から脱出しようとして自殺する人間を描きながら人格の完成とは何かを模索し続けます。これも青春時代からの人生と思想の遍歴を集大成しようとする意欲が生んだ仕事と言えるでしょう。
 ベートーベンの第九交響曲は中年の仕事の最たるものでしょう。青春時代の夢を実現したという意味では、第九交響曲の構想は30年前にさかのぼるといいます。そして青春時代に獲得したものの体系化、総合化という意味では彼が作品の中で実験したすべてのを含み、そしてそれらすべてを超えた構築性を持っています。
 ピカソの『ゲルニカ』も同じようなことが言えるでしょう。ロートレックの影響を受けた「青の時代」といわれる頃からキュビズムの創始の時代を経て表現的にも思想的にも最高の傑作といわれる『ゲルニカ』を生んだのは58才の時でした。
 ブラームスは深い愛情をたたえたセンティメンタリストでしたが、晩年の第4交響曲とクラリネット五重奏曲を聴けば第1交響曲に見られた、ベートーベンを意識して構えたような感じがまったくなくなって、ただただ自分の心情を流れるように吐露しています。
 共通していえるのは、青春時代に偉大な先人の作品を学び意識し、影響もされた作品から脱皮し自分自身の作風を確立しているということです。中年という時代は明らかに自分の作品を完成させる時なのです。

 そんな天才の生き方なんか平凡な人間には関係ないなどとは言わないで下さい。生み出すものは、それは比較にもならないでしょうが、生きる心構えは学ぶことが出来ます。いかに小さな花でも、自分の青春時代に蒔いた種が実を結ぶ時なのですから。こうして僕が書いている文章も平凡なサラリーマンが自分の人生で蒔い種から小さな花を咲かせようとしているしているわけです。

 中年が過去の経験を整理し体系化する時期だということは、会社の仕事なのでも全体を見渡すような業務で力を発揮するということを意味しています。それは単に管理職という仕事に適しているというだけではありません。現業の技術的な仕事でも経験と全体を見渡す能力は様々な形で生きるでしょう。
 最近の中年をターゲットにしたリストラの嵐には憤りを感じますが、おとなしく黙っているのではなく、これまでの経験があるからこそ、こんなことが出来るんだという成果を見せることが出来るような仕事をしたいものです。

 

5.老人の仕事

 

 わたしたちもやがて老人になりますが、老人には仕事はないのでしょうか。僕はそんなことは無いと思います。人間は死ぬまで社会的にも価値を持っています。それは形にされなければなりません。

 老人の最大の価値はやはり経験でしょう。もちろんまだまだ作品を生み出すことも出来るでしょうが、それでも経験を伝えることが最も大きな仕事だと思います。
 昔は三世代が同居するのが当たり前でしたから、孫の世話、とくに生活の知識、技術、情操を与える役割の大きな部分を老人が担っていたと思います。
 おじいさんは小遣いをくれるし、怒らないし、面白い話をしてくれるということであれば、小さな子供にとっては最も夢を与えてくれる存在だったでしょう。

 昔はそういう語り継ぐサイクルがあったのだと思います。それが核家族の時代になって壊れてしまった。そして新しいスタイルが出来ないままになってしまっている。さらに悪いことに家庭から父親が消えてしまった。このことも大問題です。多くの父親が100年前と同じような労働時間で働いている。さらに通勤時間が加わるからもっとひどい。毎日家には帰っているのに、父親の姿を見ることがないという状態です。
 それならばますます祖父母の存在は大切になってくるのですが、孫とコミュニケーションする機会を持っている人は本当にわずかのようです。

 自分の家族に限定せず、地域で老人と子供のコミュニケーションが出来る空間を考えなければいけません。時折そんなニュースも聞くことがありますが殆どは臨時的な行事で常時存在している空間ではありません。学習塾やおけいこ事と同じように、日常生活に組み込まれた違う世代とのコミュニケーションのための場、そういうものがなければ子供たちの知識はどこまでいっても紙の上の知識で終わってしまいます。

 語り継ぐ仕事というのは、社会的に見ても重要な意味を持っていると思います。例えば南京事件を体験した兵士が事件を忘れたいと考えるのも無理はありませんが、一人一人の証言は歴史の真実を明らかにする為に重要な意味を持っています。僕の叔父は台湾で、罪もわからない中国人を、度胸試しに兵隊に殺させるのを見ています。

 何十万でも何百万でも証言が多ければ多いほど歴史は明確になるでしょう。兵隊に行かなくとも戦争中、戦後の混乱期の体験一つ一つが貴重な証言です。マスコミが取り上げる事実だけで歴史は見えません。エリートの生活体験から時代を語っても庶民の生活体験はわかりません。庶民の生活を歴史に残すにはどうしても庶民の証言によらなければならないわけですから、老人が自分達の世代の庶民の目で見た歴史をまとめるために集まるというのは非常に意義のあることでしょう。

 豊中市の1950年代の様子は、その時にそこに住んだ人しか証言できません。その人が証言しなければ永久に歴史から埋もれてしまうのです。

6.第ニの人生

 

 冒頭の言葉を除いて、これまでの文章は50歳の時に書いたものです。ここからが本番、60歳になった現在の僕が考えている老人の生き方です。文体も「です・ます」体から、「だ・である」体に変えます。その方が今の僕の心境にあっているからです。

  釈迦が生きていた頃の古代インドでは、釈迦の属する貴族階級のライフスタイルとして、40歳になって出家するという考え方があったようだ。王子であった釈迦が出家すると言い出した時、王家の家族らは出家するなら、しきたり通り40歳になってからで良いではないかと反対したという。
 40歳になったら出家するという当時のインド人のライフスタイルは、死への準備という意味もあるだろうし、若い世代に仕事を譲るという意味もあっただろうが、それ以外に仕事の実権や財産の管理などから離れた立場で、為すべき役割が老人にはあるという考え方でもあっただろう。今の時代なら60歳で会社を定年退職するのだが、その後の生き方を考える上で興味深い風習だと思う。

 この古代インドのライフスタイルを知った時、僕は僕なりにこう考えてみた。「利益にも出世にもならないが、社会の存続と発展の為に無くてはならない仕事」というのは無数にある。それを請け負うのに最も相応しい世代が老人ではないかと。
 個人的な夢という面から考えると、「生活のために諦めたが、若い頃からやりたかった仕事」というのもあるだろう。そもそもやりたかった仕事なんだから、現役世代と同じ仕事とをするにしても、採算主義や効率主義などに影響されない緻密で入念な仕事を心がけるだろう。或いは豊富な人生経験から来る滋味も加わるかも知れない。それは確かに文化の進歩に寄与する筈である。

 老人の時間感覚というのは、悪くすると無為に時間を過ごしてしまうという悠長さがある。しかしそれは裏を返せば持続力にもなる。菊池寛の『恩讐の彼方に』の 話ように、旅人の安全のためにどうしても作らねばならないと思い立った洞門を掘り続け、完成させた持続力だ。老人にとっては、仕事が日常化、習慣化してしまえば、仕事にかかる時間の長さというのは苦痛にはならないということだ。伊能忠敬の隠居して後始めた 天文学と日本地図作成の旅などは、その典型だろうと思う。「老いの一徹」という心境は、僕にも少し芽生えてきた感じがする。

 

 

7.千年木は枯れる日までその幹を太らせ続ける。

 

 老いることが価値を失うと考えるのは、惨めと言うよりは人間の本性を見誤まっている。年を取ることは価値である。本来人間は千年木が枯れるまで幹を太らせ続けるように、死ぬときまで成長し続ける能力を持っている。 脳の研究者が、脳細胞は死ぬまで学習し続けると言っていたが、つまらぬ自己限定をしなければ、頭がボケない限り、死ぬまで人間は成長するはずだ。その経験の蓄積は、決して若い人間が手に入れることの出来ないものだ。そして老いを迎えて、死が近づいたとき見せる姿がその人間の真の姿なのだ

 なるほど老人には若いときの外貌や性的魅力、快楽を与えるスポーツや遊びの能力など、外面的な価値はすべて衰え消え去ってしまうだろう。そして新しい知識や技術を吸収する力は、とても若者にはかなわない。老人の 過去の学歴や肩書きも何の役にも立たないだろう。

 老人の真価は、すべて彼の人生経験とそれによって培われた固有な知識や技術、そして内面的な価値のみである。しかしそれらの価値は若い人が、どれだけ書物を読んでも、どれだけ明晰な理解力を持っていても得られないものなのだ。
 老人の持っている歴史的経験、社会的経験、人間的経験、内面的経験は、失われてはならないのに今の時代が失ってしまったものを知っている。そして若者が 短慮や浅薄な判断、好奇心や功名心から火遊びをすることの危険性を見抜くことが出来る。そうした老人の知恵が埋もれてしまった時、時代は狂気へと向かうのだ。それを若い世代に伝えることこそ老人の仕事であり、 その役割を果たすことこそ老人の存在する意味となるだろう。落語に出てくる隠居の小言というのはいつの時代でも理にかなった役割なのだ。

 しかし100年生きても、損得や自己保存、勝ち負けや目先の快楽、世間的な価値だけを追いかけるような即物的な生き方を幸福だと思って生きてきた老人には何も語るべきものが無いだろう。そして彼は年老いた時に自分には何も無いことに気づくだろう。若い時の絶望や自己喪失は自己実現のステップになり得るが、年老いてからの自己喪失は救いようがない。
 結局幸福な人生というのは、どんな人であれ、自分の固有な能力と可能性を開花させ、思想的、内面的な成長を実現するところにしかないのだ。

 

8.何を伝えるべきか

 

 僕が次の世代に伝えなければならない、最も大きなものは人間の「善意志」の歴史だろうと思う。「善」というのだから、人と社会に利益をもたらすことには違いないが、僕なりにもう少し厳密に定義すると、人や集団、社会、人類が内在している成長、進化の可能性を実現すること。それが僕の考える「善」である。単に誰かの利益ではない。単に仲間の利益ではない。単に現下の社会体制の利益や存続のためではない。人の利益を図ることが、人の成長、進化を阻害する場合、僕の定義からすれば、それは「悪」である。社会体制を維持することが、社会の発展を阻害することがある。その時、社会体制を防衛しようとする行為はやはり「悪」である。その観点からすれば、法を逸脱する「善」もあれば、法を遵守する「悪」もある。それが僕の考える「善」と「悪」である。

 「人や集団、社会、人類が内在している成長、進化の可能性を実現すること」というのは標語的に言えば「最大多数の最大自己実現」ということだ。「最大自己実現」であって「最大幸福」ではないということだ。「幸福」というのは主観的な感覚だから、「自己実現」など、しんどいことはせず、家族や組織や肩書きや世襲や既得権にぶら下がって、遊んで生きる方が幸福だと思う人も多いだろう。そんなものを僕は「善」だと言わない。僕が「善意志」と考えるのは、人や集団、社会、人類の「最大多数」が「最大自己実現」出来るように行動する意志である。それは、ある人には「不幸」なことかも知れない。しかし地球の誕生以来、生命は進化する本性にしたがって存続してきた。人間もまた同じである。滅んだ人種や民族もあっただろう。滅んだ国もあっただろう。しかし人類は進化し続けている。それが生命の本性だろうと思う。

 人のために、民衆のために、社会のために、その成長と進化のために、或いは遭遇した問題を解決するために、学び、思索し、発案し、実行し、業績を残した、有名無名の人々が、奈良時代の行基のように、古代から無数にいるだろう。僕の両親、祖父母、曽祖父母の代の家族、親戚の中にも、偉人伝にあるような業績からすれば万分の一だとしても、無名ながらそうした活動をした人を見出すことが出来る。父母の昔話の中の、そうした人々の逸話は僕の記憶の中に最も大きな印象と感動を与え、僕の行き方にも影響を与えている。

 「善意志」の記憶は、確実に次の世代の「善意志」を醸成するだろう。自分自身に語るほどのことがなくとも、自分の見た人、知っている人の善意志を伝えることだ。それで少しは自分も良いことをしたことになる。