多福院始末
12011(平成23)年7月5日。地主の妙心寺の末寺多福院が地代値上げの話し合いがまとまらないという理由で、調停に持ち込み、裁判所から呼び出し状が届いた。昨日、妻が他の4軒の借地人と相談したのだが、今日は僕と妻と二人で弁護士事務所に法律相談に行った。
トラブルの内容は、単に値上げというだけに留まらず、借地の境界線をはみ出して家の屋根が出ているという多福院の主張もあって、問題は複雑である。もともと僕の住んでいる家は、義父の勤めていた日本新薬の社宅であった。その社宅を義父が買い取ったもので、今多福院がクレームをつけている問題というのは、全く住んでいる僕らの与り知らぬことである。昔の京都の家は屋根が塀をはみ出しているなどということは あまり問題にしなかったし、この50年以上の間、全く問題にもならなかった。しかも多福院が主張する借地範囲と範囲外の土地とは、もともと両方とも同じ所有者の土地・建物で、その一部を 所有者の住宅部分、その一部を願い寺にしていたものを、住宅部分を日本新薬が買い取り、土地と寺を妙心寺が買い取ったもので、はみ出した屋根というのは、買い取った日本新薬も 、日本新薬から買い取った義父も、それを相続した僕の妻も与り知らぬことなのだ。
22011(平成23)年7月11日。今日、妻が授業の帰りに、2度目の相談に弁護士事務所に行き、7月28日の裁判所の調停に出す意見書の内容について聞いたのだが、あまり良い話は聞けなかったようだ。というより、調停の場というのは話し合いの場を提供するというのが趣旨のようで、これまで多福院の対応に不誠実なことがあったとしても、そうしたことは調停委員は取り上げないということを再三言われたようだ。
裁判所の調停というのは、ごく機械的、事務的に判断する傾向があるようだが、話し合いの場だというなら、約束を守る、過去の経緯を踏まえるという誠実さは話し合いの基本ではないかと思うのだが・・・・。
社保庁問題や検事による犯罪捏造の問題を考えても、何か「公」そのものが壊れて来たように感じる。そんな環境の中では「誠実」という価値自体、守りようがないのではないかと思う。
どうも妻の話を聞いていると、安価な「相談」は早々に切り上げて、弁護を依頼して欲しいという弁護士の姿勢を感じるのだが。
1911(平成23)年7月23日。今日、調停に出席する4軒の借地人が集まり、妻が出席して情報交換をした。前回の契約書の内容や過去の経緯を全く無視していることを問題にすることと、過去と同様に、値上げをするにしても、固定資産税を元にした一定のルールを持った地代の算定にすることでは一致している。 出席したのは、直接の借地人である妻だけだったが、僕が地代の値上げが、家屋の不動産価値を下げるという可能性を主張すべきだと言い、妻もその話をしたのだが、そんなものを出せば、却って突っ込まれますよという人もあり、反応は鈍かったようだ。 しかし、僕自身が金閣寺の店を作るために不動産の広告を見ていた時、京都のことだから、借地に建てられた物件も少なからずあった。その時、やはり地代がいくらかというのは、その物件を買うかどうかの重要な判断材料になったので、地代が高くなれば、当然需要は減ると感じたのだが、それが損失として主張しない方が良いという意見があるとは思わなかった。
いずれにせよ、各借地人それぞれ考え方は違うのだから、それぞれの判断で主張することは考えればよいのだが。調停は来週の7月28日(木)である。
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1911(平成23)年7月28日(木)、借地地代の値上げ問題の調停で、昼から簡易裁判所に行った。時間差はあったが、一応借地人6軒が顔を合わせることになったので、情報を共有するように話をする。一軒ごとに30分ずつ借地人の主張を聞くという形式で進められたが、何か警察の取調べのような感じである。借地人の主張に矛盾や温度差があれば、それを利用されるのではないかと感じてしまう。調停委員は中立だということになってはいるが、地主の方はプロの弁護士を立てており、借地人の方は皆素人である。調停委員は中立だと言っても、素人の借地人の無知に発する主張は、調停委員がたしなめて黙らせるということが多いだろう。
これからの推移はどうなるかわからないが、そもそも物価も安定しており、寺が支払う税金も変動がない状況で地代を倍に引き上げようとしているのである。もし双方の主張の中間を取るというのが調停委員の含意ならば、地主の方は、値上げしようと考えている二倍要求しておけば良いことになってしまう。それでは茶番ではないか。
こういう争いは、大抵地主側が近傍類似の地代を根拠にする。そして当然高い例を探し出して根拠にする。地主の方は大抵プロを雇う資金力を持っている。借地人の方はそんな資金力は無い場合が多いから、「高い例」が、そのまま通ってしまう可能性がある。 そもそも地代や家賃などは当事者の任意の契約によって決まる相対的なものだが、両者の言い分の中を取るという様に調停委員の斡旋で値上げが決まって行くなら、物価も税金も上がっていないのに、地代だけが契約更新時期ごとに上昇してゆくことになる。そのように地代は全国的に知らないうちに上がっているのかも知れない。 僕は意見書で地代が大幅な値上げになると、自分の家を売りに出しても、買い手がつかなかったり、その資産価値が大幅に下がってしまうと主張したのだが、地主が同意しなければ売りようがないので、資産価値を云々することは無意味だという調停委員の反応だった。確かにかつては不動産の広告に、時々、借地に立てられた家屋の売り出し広告が見られたが、今は地主の同意が得られなければ、容易に売ることが出来ないので、不動産業者が扱うことも殆ど稀になっている。かつては借地上の家屋は、実質借地権自体が売買されるようなもので、バラックでも立っていれば売れると言われていた。それがいつの間にか全く変わってしまっていたらしい。かつて借地借家法が所有者に相当有利に改定されたと聞いていたが、その改定によって借地人の権利も低下したということなのだろうか。
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1911(平成23)年7月31日( 日)、朝、妻と二人で隣の多福院に行った。一昨年の年末ぎりぎりに、2倍を越える大幅な値上げと、60年前に家を購入した時から有る2箇所の屋根が借地範囲を超えていると主張するような地籍図を突然送りつけてきた。それまで地代は1年分まとめて振り込みにしていたが、この時以来、毎月直接多福院に行って手渡すことにした。そして説明と交渉の場を持ちたいといい続けてきた。しかし弁護士に一任しているので、そのうち連絡があるだろうと言い、殆ど1年近く何の連絡もなかった。その年の晩秋頃になって、ようやく多福院から話し合いをしたいと言ってきて、3回協議をしたが、値上げの合理的な根拠をこちらが確認できる資料として示すことや、従来の固定資産税の倍率で算定する契約方式を踏襲しないという理由、正式な地籍図の提出などについては何も答えないまま、平行線だと主張して一方的に調停に持ち込んだのだ。
この地主である多福院とのトラブルは5年ほど前に新しい院主が入ってから数々あるが、それは追々書くことにして、今回の地代値上げと、うちの家の屋根が借地範囲を超えていると主張する地籍図の問題である。 一昨日の簡易裁判所の初めての調停で、義父が日本新薬の社宅を購入した最初から、屋根は今の状態だったこと。うちの家と多福院は、もともと同じ所有者のもので、その所有者がうちの家に住んでいたこと。同じ自分の家と寺なので境界などという意識はなく建てたこと。その後自分の住んでいる家を売却し、日本新薬の所有となり、寺と土地は多福院に譲渡したこと。それ故うちの2箇所の屋根が借地範囲を超えるような地籍図自体が、うちの家と多福院の建築時の経緯を無視した恣意的に作られたもので根拠がないことなどを話した。 調停委員は最初地籍図の問題は今回の調停の範囲外だと言っていたが、事情を説明すると、うなずきながら聞いていた。これが否定されたら、多福院からうちの家の屋根を取れと言われることにもなり、大変なことになる。
うちの家の所有者は現在は妻と義姉の二人になっているのだが、義姉は同居していないので、僕が義姉の代理人という資格で調停に参加している。今朝多福院に行った時、院主が在宅だったので、義姉の代理人として調停に参加すること、その都度こちらの主張は地代の支払いの時に説明しに来るので、そちらの主張も聞かせて欲しい。ちゃんとしたコミュニケーションをして欲しいと伝えた。院主は、 最初に来月分の地代を渡した時に、「ご苦労様」と言っただけで、その後はいっさい何も答えず、「はあ」「ほう」「はあ」と返事するだけで、最後に「お疲れさま」と言って終わった。以前言い争いがあった時、「君は何歳や?」と聞いたが答えないので、年齢はわからないが、 年長者に「ご苦労様」「お疲れさま」と言う世代なのだろう。
今回のトラブルは、多福院の院主の個人的な人間性に発するものなのか、その上の妙心寺の方針を反映したものなのかは今の所わからない。ただ、この院主の姉の家である、同じ妙心寺の末寺が管理する借地でも、同様のトラブルがあったと聞いた。そして、この日本を代表する臨済宗妙心寺派の僧侶も、伝統文化の家元と同様に、世襲で受け継がれていることを初めて知った。多福院の背後に何かあるのか、憶測ではなく事実として見えて来るものがあれば、この場で取り上げて行きたい。
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1911(平成23)年8月31日(水)、朝8時半頃、
今月も妻と二人で隣の多福院に地代を渡しに行った。ベルを鳴らすと玄関の内で何かごそごそと話声が聞こえる。しばらくして院主が出てきて「出かけるので、渡しておいて下さい」といって出かけていった。
院主が出て行った時、おくさんが玄関近くに居るのは、その声でわかっていたのだが、玄関はすでに閉められ、インターホンで呼ぶと、「今着替えをしているから出られません」という。「待たしてもらいます。」と言うと、「夕方の6時にもう一度来てください」という。異様な返事である。地代を受け取るだけのことで、着替えをしているから出られない。待ってもらっても出られないから夕方来てくれというのは、言い訳にもなっていない。先月、先々月にも感じたことだが、おくさんはこのトラブルにかかわる気はないのだろう。
前にも書いたとおり、この院主はポスト全共闘の、「しらけ世代」らしい。以前、地代についての話し合いを求めた時、突然話の腰を折り、うちの猫を家から出すなとクレームをつけて来たのだが、僕が「僧侶というのは生命について考える職業ではないですか。」「土地は人間だけのものではないでしょう」「猫を家から出すなという様には、まだ日本の法律はなっていません。」とが主張すると、「お前はアホか」と突然切りつけるように言ってきた。そこで僕が「君は何歳や、長幼の序というものがあるやろ」と言うと、それを否定はしなかったので、年下であることだけはわかったが、その後、妻が近所の人の話を聞いて、そこから僕の少し下と類推がついた。
世代だけで人格を見ることは許されないのだが、しかし人格は教育と時代環境によって形成されることも事実である。僕らのすぐ後の世代は、大管法が成立した後の競争主義と反理想主義が蔓延した時代環境に育っている。この多福院の院主とのトラブルは、単に個人的な資質の問題だけではなく、しらけ世代の思想・価値観とのトラブルだと感じている。
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1911(平成23)年9月7日。毎週、水曜日には生協に注文した品物が届くので、昼前に妻は近所のTさんの家に行っていたのだが、僕が家に帰えってから、妻から生協の集まりでの話を聞いた。 交渉の会合は多福院が提起し、各借地人に連絡しているのだから、多福院の要求を呑んだNさんを加えたということは、Nさんを使って、他の借地人にも影響を与えようとしたことになる。「やらせ」を演出したことになるのだ。Nさんの行動も問題はあるのだが、やはり多福院の院主Z氏のやり方こそ問題だろう。 このZ氏というのは「しらけ世代」のようだと書いたのだが、「しらけ世代」特有の、理想や善意志に対する偏見以上に、育った環境の特殊性を感じる。妙心寺の塔頭の次男か、三男に生まれたとのことだが、一般の人が持っているような社会性からは離れた所で育ってきたのだろうか、普通の人の理解を超えたような主張をする。それらの内容は機会を改めるが、例えば寺の塀越しに見える隣の家の洗濯ものを見えないようにしてくれと、その家の人に文句を付けたという。また二階から挨拶をした人に、「挨拶は上からするものではない」などと言ったらしい。 まるで江戸時代の殿様のような、こうした感覚がどうして出来上がったのか。もしそういう例が他の名刹に生まれた世襲僧侶にもあるとすれば、名刹という寺院の世襲社会の異様さをを感じるのだが・・・・。
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1911(平成23)年9月25日。最近、多福院と合意し契約の更新をした借地人2人から、契約内容を聞くことが出来た。それによるとこれまでの契約内容に加えて、いくつもの抜き差しならない条項が加わえられていた。最も抜き差しならないのは契約が解消した時には、借地上の家屋、施設をすべて撤去せよという内容である。
今僕らが住んでいる家は、ほぼ60年前に日本新薬がTさんから購入し、社宅として妻の両親が住み、その後日本新薬から購入したのだが、そもそもこの家は地主が住んでいた家で
、Tさんが地主から購入した家である。この地主は多福院の檀家だが、住んでいた家はTさんに売り、土地は多福院に譲渡したというのがこれまでの経緯である。 借地人の中のある人から聞いた話だが、3年前に借地人の1人が、老齢で死去した時、その家族が家を改築した。ところがその後、契約を解除し、改装した家も借地権も多福院に引き渡したという話を聞いた。その改装した家は、今多福院が貸家にしてドイツ人に貸しているらしい。くわしい経緯は分からないが、事前に地主の許可も得ず勝手に改装したから、借地契約は無効で、借地権は失うなどという理屈を多福院が言ったのかも知れない。改築した借地人が多福院に売ったというのなら、まだ話はわかるが、どうもそういうことではないらしい。 こうした根幹に関わる貸借契約の条件変更を更新時に地主が借地人の同意なく加えることが出来るのかどうか、今の時点では、僕は法律的なことは知らないのだが、新規契約の時に、こうした条件を納得した上で土地を借りるのなら別だが、もともと、更地ではなく、借地の上に建てられていた家を購入した人が、出ていく時にはその家を全部撤去して更地にして地主に返せなどという地主の要求を受忍しなければならない ような理屈が通るとは、僕の常識では考えられない。 裁判所の調停を受けている借地人は6軒だが、それらの人も、ともすれば地代の値上げの問題以外には目が向かないように見える。ともかく、正確な情報の共有を計って、対処しなければならない。
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1911(平成23)年9月28日。前回「多福院始末(8)」で多福院が作った契約書について少し触れたが、そのうち一番奇矯な内容は「本契約が、合意解約・解除その他の事由により終了した時は、乙は、直ちに自己の費用により建物を撤去し、本件土地を現状に回復したうえで、これを甲に明け渡さなければならない。」という条文である。
新規に更地を借りる時なら、こういう条項はあっても不思議はない。しかし僕の住んでいる家も、竜安寺山門下の他の借地人の家も、もともと地主が建てた家である。その家を買ったのである。その地主は相続税が払えないからという理由で、所有していた貸家4軒を、その住人に頼んで買ってもらい、その後、自分の住んでいた家もKさんに売却し、その後Kさんが日本新薬に売り、僕の義父母が日本新薬から買ったのである。 つまり、こういうことだ。自分の住んでいた家と、貸していた家を住人に頼んで買ってもらいながら、土地を引き継いだ宗教法人多福院は、今になって借地契約が終了した時には自費で建物を撤去しろと言っていることになる。何度もこのことを考えてみたのだが、これは単に「がめつい」というようなレベルではなく、社会的なルールを破壊するようなレベルの要求をしているのではないかということだ。 こんな契約内容なら、誰もその家を買う人はないだろう。繰り返していうが、更地を借りたのではなく、もともと建っている家を、しかも地主が立てた家を買ったのだ。その建物を契約解消時には自費で更地にして戻せというのだ。 だいたい一度の話し合いもせず、地主が一方的に作成した契約書に判を押すか、押さないかという迫り方で契約期間が終わる直前に通告してきて、その後、個別に3分の2の借地人に判を押させて、判を押さない者には形だけの話し合いを開いて、しかも最初に書いたような重大な契約内容の変更については全く触れもせず、話し合いがまとまらなかったと言って裁判所に調停の申請をしたのだ。 7年ほど前に今の住職がやって来て何度か、瑣末な、しかし奇矯なトラブルがあった。それは又改めて書くが、ともかく、この住職の、自分の欲求をごり押し、なし崩しで、強引に通そうとする体質は、まさしく今の世の中に跳梁している「クレイマー・モンスター」だと感じている。 僕に出来ることは、調停や、もしかすれば裁判で、かりに費用がかかっても、損得ではなく道理や筋道を通して、この体験を後輩たちの参考にするために、こうして書くということしかないのだが、Syuugoroの言うように「火の粉を降りかかったら、降りかかった時の自己実現」をしてゆく他はない。
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10月2日(日)、今日は夕方調停に呼ばれている6軒の人がWさんの家に集まって話しをした。そのため店は夕方から休む。まあ、店は僕の書斎・図書館になっていて、殆ど誰も客は来ないのだが。 一軒ごとに事情も違えば、考え方も違うので情報交換という域を出ないが、それでも明日調停に出席する人が3人いて、これまでに出席しているXさんから、その様子を聞きたいという要望があり、まずXさんの話を聞いた。Xさんの話では調停委員は相当地主の多福院の意向に偏っているという印象を受けたという。そして、竜安寺駅前の通りの 一番高い地代に合わせて新しい借地料金を決めて値上げしていることや、借地の広さが明らかに10u広く 計算され、その分高い金額を請求されていることなど不正とも言える問題を指摘したそうだが、調停委員は「10uくらい大したことはないでしょう」などと問題にしなかったらしい。
僕は
これまで、調停という制度はあることは知っていたが、調停委員というのは法律の専門家だとばかり思っていた。ところが全く法律を知らない人が平気で選ばれているらしい。しかも企業の経営者など、
本能的に有力者、強者の擁護をする人が「土地の名士」として選ばれているのだという。そして調停委員の任命は、調停委員の推薦で裁判所は追認するだけだという。資格などは必要とせず、「社会的な良識を持った人」というのが基準だそうだ。 現在の調停制度がどういう弊害をもたらしているのかは、今の所わからないが、遺産相続や離婚問題、そして僕の家の場合のような借地・借家の契約問題など、殆どの人は遭遇する可能性を持っているだろう。ともかく実態をよく調べなければならないようだ。 また、今回の契約更新騒動は、相当以前から計画、準備されていたもののように感じる。しかも単に多福院の問題ではなく、妙心寺の政策ではないか、更には京都中の貸地を持っている多くの寺院が同じような、つまり平成4年に改訂された借地借家法以前の旧法時代に契約している借地人を可能な限り排除して、地代収入を増やそうとしているのではないかと感じている。 全国的に寺の檀家数が激減し、法事などの収入もそれに応じて激減しているという話がニュースになっているが、その減収を地代の値上げで補おうとしているのではないか。いまや多くの寺院は「法事サービス企業」或いは「観光業」になり下がっているのではないか。その営利企業の減収の穴埋めを借地人や借家人にさせようとしているのではないか。 いずれにせよ、最善を尽くして、尚僕ら夫婦がどういう目に逢わされるかを見届け、誰かの参考になれば良いということだ。
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今日で3回目の相談になるが、僕は、もう相談ではなく、代理人として交渉してもらう方向で考えていたのだが、弁護士と話をしていると、結局その必要はないということに落ち着き、調停は僕ら夫婦だけで進めることになった。 多福院が作成した、うちの家の屋根が借地をはみ出したことになる地籍図については、地代の根拠になるものだから、裁判になれば提出せざるを得なくなる。調停でも他の借地人も要求すれば、調停委員も、地主に提出するように言わざるを得なくなるだろうとのことだった。しかしそれでも地主が拒否すれば裁判になる。 地代の値上げについては、普通はその根拠になる鑑定の文書を出すものだが、調停委員の1人は鑑定士がなるので、それで済ませているのだろうという。弁護士とはそこまで話が出来なかったが、「値上げの合理的根拠」となる資料は出させる必要があるだろう。 現在の契約書の特約条項が、地代を固定資産税の2倍を基準として算定するとなっている内容を地主が破棄し、他の妙心寺の塔頭の所有している土地の地代に合わせて坪単価で算出している問題については話が出来なかった。その他の条項については、地主側が新しい契約書を出してくれば、問題がある条項を交渉すればよいとのことだった。 契約が解除された時には、借地人が自費で建物を撤去しなければならないと、すでに契約更新を行った借地人の新契約書に明記されている条項について、僕ら夫婦の住んでいる家はもともと地主が建てた家で、そんな要求は不穏当ではないかと聞いたが、弁護士は家を買った以上は、借地契約が解消した時に、所有者が処分しなければならないことは民法に定められており、経緯がどうであれ自費で撤去せざるを得ないとのことだった。そんなことを義父が知っていたら借地上の家を買ったりしなかっただろうと僕が感想を言ったら、法律を知っているかどうかは問題にならないと、まあ至極当然の答えが返ってきた。
多福院は新契約書に、3ヶ月以上地代を滞納した時や、繰り返し地代の支払いを遅延した時、無断で家屋を売却した時、無断で家屋の改築・改修を行った時、天災によって家屋が倒壊した時には、催告なく契約は解除すると書いている。また地主は家屋を買い取りしないとわざわざ別項を設けて書いている。 弁護士は、契約期間を定めて、地代を支払っている限り、借地契約は成立しており、そのほかの問題は法律に定められているから、さまざまな義務や自動解約が書かれた契約書などは本来必要としない。地主がそれを出してきたら、承服出来ない条項は、その時争えば良いとのことだった。 ともかく、現実を見つめて、その中で出来ることを考えるほかはない。そして、読者に言うべきことは借地上の家など決して買わないほうが良いということである。すでに借地上の家を保有している人は、家を出る時には、ともかく買い手を見つけるか、貸家にするなどの実体を作って地主と交渉するほかはないようだ。50年前とすっかり世の中は変わり、知らぬ間に地主の権利が膨張していたということだ。
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10月17日、18日に妻が関係者に送ったメールを転載します。これまでも、これからも、多福院の院主や妙心寺の関係者がこのホームページを見る可能性があっても、一切公開する形で調停に臨んで行きます。そして仏教というのは一体何なのか、僧侶とは一体何なのか、宗教法人とは一体何なのかということまで考えて行くつもりです。 ---------------------------------------------------------
皆さま
《追伸》
皆さま |
10月30日。昨日、妻が地代を払いに行ったが留守だったので、「帰宅されたら連絡してください」というメモを玄関の戸にはさんでおいたのだが、何の連絡もないので、妻がもう一度隣の多福院に地代を払いに行った。今日は院主が家に居て、地代は渡したのだが、受け取るだけ受け取って、すぐに玄関の戸をびしっと音を立てて閉めたので、妻がもう一度戸を開けると、院主は「何や?」という構えた表情になっていたという。妻が「領収書をください。」というと、奥に入って持っては来たのだが、前回の調停の多福院の言い分についてのこちらの考えを書いた手紙を地代を入れた封筒に入れてあるので、「手紙を読んでおいてください」と言うと、「見た、見た」といかにも横柄な言い方で答えたという。昨日のメモのことと勘違いしたのだろうが、 妻は、院主の態度は子供じみているようだが、ますます敵意と悪意を大きくしているように感じたようだ。こちらが筋を通そうとしていることへの「逆恨み」だという他はない。 こちらの主張は
@こちらは地域情報誌「リビング」に載っていた等持院の借地上の物件の広告にあった地代を示し、それと同等の坪360円が穏当な額であると主張していること、 Dそして調停が始まってから多福院が出してきた理由は、どれも3回の話し合いには出なかったものばかりで、いかにも「後追い」の理屈でしかないこと などである。
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2011(平成23)年11月28日(月) 今日第3回目の調停があった。前回等持院の東に、借地上の住宅が売りに出ている広告を見せ、その地代が坪364円になっていることを示して、多福院が要求する坪480円への値上げは高すぎること、現行は坪240円になっているが、この地代が決められた時から、固定資産税、路線価、物価などの客観的な指標に大きな変化はないのだから、新地代は、値上げをするにしても現行の240円と等持院の例の360円を参考にしたものになるのが穏当だろうと主張した。
しかし1991(平成3)年、20年前の借地借家法の改正によって、10年で契約期間は終了するという条項が入っった為、地代は大きく変動することになったようだ。つまり借りる時は市場原理が働いても、契約更新する時には市場原理が働かない。というのは自分の家を借地に立てている人が、契約条件が合わないなら契約を解消するというようなことは簡単には出来ないからだ。 旧法の時に契約している人は20年経っても契約は解消されず、借地権は存続すると一応は保護されているけれども、裁判所の指定する鑑定士が、旧借地借家法下で契約した家の地代だけを抽出するのかどうかがはわからず、旧契約書の固定資産税の2倍という特約条項など、他の根拠もあるから、弁護士に相談してから返事しますと答えておく。
またこちらが480円を動かせない合理的な理由を示せと言って来たのだが、それに対して多福院は先に契約した人が480円で契約しており、整合性を欠くと主張している。
とにかく、実りの少ない調停だった。しかしそれでも、僕としては、調停の場で最後まで筋を通して、こちらの方は、あくまで調停で解決したいという姿勢を貫きたいと思っている。 |