[戻る]

食いしんぼうの妖精


 女の子が道端に座って、傍らにあるバスケットに手を伸ばしています。
「うふふ。」
 中からおいしそうなパイをつまむと、そのままパクっとひと口ほおばりました。
「うん、おいしいっ!」
 思わず笑顔がこぼれます。誰しもおいしいものには幸せな気分になれるものです。
「離れたところにおつかいへ行くのにおやつも持たせてくれないお母様が悪いのよ。」
 つまみ食いなんて悪いことだとは、わかっているのです。手に持った食べかけのパイを見て心の中で謝りながら、それでもおいしさにニッコリして残りを食べてしまいました。
「こんなにあるんだもの、ひと切れぐらい大丈夫よね。」
 持ってきたバスケットはお婆さんへのお届け物で、採れたてのラズベリーを使ったパイとジャムが入っています。
「あら?ここに置いたはずなのに。」
 左側のちょっと平らな石の上にバランスをとって置いたはずのバスケットが無くなってしまいました。慌てて辺りを見回すと、ちょっと離れたところをバスケットがひとりで勝手に逃げて行きます。
「そんなぁ、逃げないでー。」
 慌てて後を追いますが、羽でも生えているかのようにバスケットは遠ざかって行ってしまいます。
「ごめんなさい、つまみ食いなんてして悪かったわ。謝るから逃げないで。」
 やがてバスケットは茂みの中へ消えてしまい、どこへ行ったか分からなくなってしまいました。
 もう、どうしていいのか分かりません。目からは涙が止めどなくあふれてきます。
 いつまでもこんなところで泣いていてもどうしようもありません。とぼとぼとお婆さんの家へ向かうことにしました。
 しばらく行くと、前から誰かやってくるのが見えました。お婆さんです、お婆さんが来てくれたのです。
 走ってお婆さんのところへ行くと、泣きながら正直にバスケットの話をしました。すると、お婆さんはやさしく言いました。
「それはね、おまえがあんまりおいしそうにパイを食べるから、妖精さんもそのパイを食べてみたくなったんだろうさ。」
「妖精さん?でも、妖精さんの姿は見えなかったわ、バスケットがひとりで動いていたのよ。」
 お婆さんは、ポンと孫の頭に手を乗せて、目を細めました。
「いたずら者のレプラコーンは、自由に見えなくなれるのさ。いたずら者で、食いしんぼうだからね。さあ、私の焼いたパンをお前の家へ持って行くところだったんだ。一緒に帰ろう。」
 うん、とうなずくと、女の子はお婆さんと手をつないで歩き出しました。

1996-10-31 滝本飛沫
[戻る]