子どもの「学習意欲」に関する今日的状況

はじめに

 今日の学力問題について「日本型バブル学力」の実態として、次のような特徴が、体育科教育特論Uの中で示された。
○日本の子どもの「学力」は、現在でもトップクラスにある
○日本の子どもたちは、「難しい」内容を「生活に果たす役割」や「学ぶ意味」「将来へ の展望」が感じとれないままに、ひたすら勉強している
○日本の子どもたちは、学べば学ぶほどに「学習嫌い」になっていく
○かつて「高学力」を誇った市民の科学技術への関心度は深刻である
○科学リテラシーが低いなかで科学技術予算の編成に対し、無批判に「承認」してしま う
○いやいや暗記型の勉強をしているので、「学力」は身につかず「はがれ落ち」てしま う
○子どもの学習時間は、学校・学校外とも減少している
○子どもの学習は、新学力観とは裏腹に、速効・暗記型を強めている

 これらの特徴から、日本の子どもたちにほんとうの学習意欲が育っておらず、見せかけの学習意欲だけに終わっているのではないか?という疑問を持った。
 
 そこで、ほんとうの学習意欲とは何か? 家庭や学校において、子どもたちの学習意欲の育て方にどんな問題があるのか? また、ほんとうの学習意欲(望ましい学習意欲)を育てるにはどうしたらよいのか? ということを調べてみたいと思った。

1 学習意欲とは何か

(1)学習意欲の意味

 学習意欲という言葉は、日常用語としてよく用いられているが、明確な定義があるわけではない。意欲というのは、いくつかの欲求の中から一つの欲求を選択し、それを実現しようとする心のはたらきである。したがって、学習意欲というのは、何らかの学習への意欲を選択し、それを実現しようとするはたらきということができる。

 学習意欲の内容として、辰野は、次の六つをあげている。
@常により高い目標に向かって努力する向上心
A集団に所属し、他人に認められたいという社会的・人格的欲求
Bねばり強く最後までやり抜く固執性(持続性)
C他の欲求を抑えて我慢する忍耐力
D人に言われなくても自分から進んでやる自発性
E人に頼らず、自分のことは自分で解決する自主性

 坂元は、学校で「やる気」ある子はどんな子かを小・中・高校生および教師にたずね、その解答を整理して五つのタイプにまとめている。
@探索型:いろいろ探し回る、考える、活動範囲を広げていく
A能動型:何でもやってみる、発表する、質問に自発的に答える
B努力型:予習、復習、練習をよくする、やり遂げる
C責任型:先生の話をよく聞く、始業時間を守る、忘れ物をしない
D協力型:みんなと仲良くやる

 奈良県障害児学校・学級放送教育研究会では、これまでの学習意欲にかかわる調査・研究や市販のテストを参考にして、三つのタイプにまとめている。
@新しいことに自発的に取り組もうとする内発的意欲
A困難なことを最後までやり遂げようとする達成意欲
B計画を立てて実行しようとする計画性と実行意欲


(2)学習意欲と動機づけ



 学習意欲は、心理学の概念に関係づけると動機づけ(モチベーション)の概念に相当する。
 動機づけとは、「人に行動を起こさせ、一定の目標へ方向に方向づけるもの」という意味の概念である。
 学習意欲を内面的にとらえると、ある種の動機づけに限定されたものとなる。
 たとえば、成績が上がればごほうびがもらえるという子どもが、ごほうびをもらいたいために一生懸命勉強している場合、表面的には学習意欲があるように見えるが、内面的に見ればその子の目標は、ごほうびを手に入れることであり、学習行動はそのための手段に過ぎない。したがって、ごほうびが手に入れば、学習行動は生じなくなる。
 動機づけには、外から与えられる何らかの報酬によって行動が誘発される外的動機づけと、内的な動機から行動が内発する内発的動機づけとがある。前者の典型例は、賞あるいは罰によって動機づけられるもので、行動は目標に到達するための手段という意味を持っている。後者の典型例としては、好奇心に基づく場合であり、行動すること自体が目標になっている。
 学習意欲は、その特質から言えば、内発的動機づけに基づいたものとなる。ただし、外的動機づけが学習への動機づけとして有効であることは否定できない。特に低学年児童の場合には、大いに活用されるべき方法である。学習意欲を育てるということからいえば、外的動機づけの乱用は問題がある。用い方として、子どもを学習へと方向づけ、いずれはその子自身の学習意欲として内化されるような配慮が大切である。


(3)学習意欲の理論



<認知的動機づけの理論>
 
認知的動機づけの理論は、次の3つの基本的前提に立っている。
@高等動物、特に人間は好奇心の強い存在であり、情報を求めてたえず環境にはたらき かけている。
A環境との情報的交渉、すなわち情報処理には、最も快適と感じられる最適水準があり、 この水準を維持しようとするホメオスタシス的な傾向がある。
B認知に不協和が生じると、それを低減しようとして情報収集活動が喚起される。

 この理論は、人は基本的に新しい情報や知識を求めよう、疑問や好奇心を解消しようとする積極的傾向を持っているという仮定に基づいている。
 この理論において、特に学習意欲と関連しているのは、認知的不調和が情報収集活動を喚起するというところである。
 認知的不調和による学習意欲で特に重要な点は、不調和の大きさの問題と不調和が起きた場合、その解消に成功する経験の重要性である。
 

<達成動機づけの理論>

 達成動機づけの理論では、アトキンソンの理論が代表的である。
 意欲ややる気の強さは、特に外的動機づけが関与しない場合は、個人に内在する動機の強さとその課題に対する認知のしかたによって規定されるとしている。

 達成動機=(成功動機−失敗回避動機)×(成功の予感×成功の魅力)

やる気のある人というのは、成功動機の方が強く、やる気のない人というのは、失敗回避動機の方が強いといえる。
 やる気の強い者は、能力相応の課題や目標を選択したり、設定する傾向が強いのに対して、やる気のない者は、能力に比べてやさしすぎるか、難しい課題を選んだり、低すぎるか高すぎる目標を設定する傾向が強い。


<有能感の理論>

 好奇心や達成動機づけの意味を含んだ概念として、コンピテンスがある。これは、アメリカの心理学者ホワイトによって提唱された概念で「環境に積極的にはたらきかけ、自分にとって効果的な変化を生じさせようとする能力、その際に感じられる満足感、およびそれをさらに求めていこうとする傾向」を意味するもので、有能感、あるいは効力感といわれている。
 学習に関して成功経験や肯定的評価が与えられる子どもは、学習についての有能感を発達させるが、逆に、失敗経験や否定的評価が与えられる子どもは、学習につての有能感が阻害される。学習意欲を育てることを問題とする場合、評価については配慮が必要である。


<原因帰属の理論>

 ある課題の達成の成功したとき、あるいは失敗したときに、その原因をどこに求めるかということを原因帰属という。これも、意欲ややる気の重要な要素とされている。
 原因帰属の型は、最も単純化すると表1のように分けられる。これは、原因帰属を統制の場と安定性の二つの次元から分類したものである。
 統制の場とは、自分の行為の結果、すなわち成功か失敗かを統制しているものが、自分自身にあるか自分以外にあるかということで、内的統制と外的統制に分けられる。
 安定性の次元では、原因となる要因が比較的安定した変動しがたいものであるか、不安定で変動しやすいものであるかということによって、安定と不安定とに分けられる。
 これら二次元を組み合わせると、4つの要因からなり、それらの典型的なものが表に示されている。
 一般に、達成意欲が強い人の場合、成功の原因を能力や努力の内的要因に、達成意欲の弱い人の場合、その原因を課題困難度(やさしいから)や運(運がよかったから)に帰属させやすい。失敗に対しては、達成意欲の強い人は、努力(努力が足りなかったから)に、弱い人は能力(能力がないから)に帰属させやすい。



<自己原因性の原理>

 有能感および原因帰属と類似した、あるいはそれらを包括した概念として、アメリカの心理学者ド・シャームによる自己原因性がある。
 これは、「人は自己の環境に効果的に変化をもたらしたいとする行動において、自己がその主体でありたいとする傾向」を意味している。
 将棋になぞらえて自己原因性が高い特性を「指し手」、それが低い特性を「コマ」とし、いかにして指し手的な特性を高めるかが子どもの意欲開発の原理であるとし、実際にプログラムが開発され、試行されている。
 
@内発的コントロール:すべての思考、意志決定、活動、知覚、課題解決の試みが個  人の内から発生し、内的にコントロールされているという意識を持つこと。

A自発的目標設定:目標が自己の環境を支配しているのは自分であるという意識に基づ いて自発的に設定されること。

B内発的手段活動:目標達成のための手段的活動が内発的に決定されること。

C現実性の知覚:自己の環境における位置づけ、可能性、能力および問題などについて 正当な認識を持つこと。

D自己責任制:自分の行為や自分の目標達成、要求の充足、課題解決などの結果に対し、 自らの責任であると認識すること。

E自信:自分が成功することや自分の環境を変化させることについて、自分自身の力に 信頼を持つこと。

 このプログラムの内容は、子どもたちの主体的、自主的行動をできるだけ促進し、自分自身の行動に対する責任感を強化することである。


(4)学習意欲の要因



<成功経験>

 有能感や成功動機を強め、失敗回避動機を弱めるためには、成功経験が重要である。成功経験は、単に「やさしい問題」あるいは「低い目標」に成功するというものでは、あまり意味がない。真の成功経験は、ある程度の努力によって達成できたときにもたらされる。
 すなわち、能力に相応した、それよりもやや高い目標に挑戦し、それを達成することである。
 したがって。目標を現実的水準に設定できるような指導や環境が必要である。
 たとえば、個々の子どもたちが、自己の能力によって自由に課題や目標を選べるような学習形態が用意されていることが望ましい。
 また、成功への見通しやそのための努力を促す指導や目標達成のために必要な具体的な学習方法の指導が必要である。
 たとえば、少しの進歩でも評価され、励まされるという配慮や適切な学習方法のヒントを教えるという細かい指導が必要とされる。


<失敗への耐性>

 過度の失敗経験は、失敗恐怖を強め、失敗回避動機を形成させる。だからといって、どのような失敗経験をも与えるべきでないということではない。実際に、一度も失敗を経験しないということはほとんどありえないことであるし、また、失敗にはそれなりの効用もある。適度な失敗は、反省や奮起を促したり、次の試みに成功するための手がかりを与えてくれることがある。
 したがって、失敗が過度に、あるいは連続的にならないような配慮と同時に、失敗を克服する強さ、失敗への耐性を養うような配慮も重要である。

 失敗の耐性を強めるには、
@いたずらに失敗恐怖を刺激するようなフィードバックや評価とならないような配慮
結果をただ単に否定的に評価するのではなく、なぜ失敗したのか、成功するためには どうすればいいのか、をわからせるような手がかりを含んだ積極的な評価でなければ ならない。

A失敗してもなお成功への見通しを失わせないような配慮
成功したいという気持ちを持たせ続けるという動機づけの効果がもたらされるために は、単に結果が目標に到達しなかったことを知らせるのではなく、目標にどれだけ近 づいたか、あるいは、少しの進歩でもわかるようなフィードバックが与えられるよう な配慮が必要である。

B失敗に対する原因を、自分の努力不足ややり方に帰属させるように促す配慮
 努力することの価値を教えるということ。また、結果のみを評価するのではなく、そ の過程を評価するという工夫が必要である。



<自主性・自発性>

 有能感や自己原因性は、自分自身の力で主体的に課題に取り組み、それを解決したいという傾向を含んだ概念であるが、言い換えれば、自己の行為に対して自らの責任制を認識するという意味で、自己責任制ともいうことができる。
 このような自己責任制を育てるうえで、児童生徒の自主性や自発性ができるだけ尊重され、かつ促進されるような配慮が重要である。
 すなわち、自主的に考えたやり方、計画、目標が認められ、生かされる指導や環境が与えられることが大切である。


<受容・承認・期待>

 人には相手から受容されたい、承認されたいという欲求がある。この欲求が満たされないと、自信を失い、精神的不安定となり何事にも消極的、逃避的になっていく。逆に、この欲求が満たされると、自信が強まり、精神的に安心し、さらに自己を向上させようとする積極的傾向が生じてくる。
 たとえば、「がんばったね」「いい子だね」という言葉かけや頭をなでるというスキンシップが、子どもを元気づけ、意欲的にさせることがよくある。
 このことは、ピグマリオン効果とも関係している。「人は相手に期待されていると、自然にその期待にあった行動をするようになる」ということである。
 どんな子に対しても、「もっとよくなる」という肯定的な期待を持つことが、親としても教師としても重要な姿勢であるといえる。


(5)学習意欲の診断



 学習意欲の程度を調べる方法としては、次のようなものがある。

<観察法>
 
 観察は、外部から学習者の行動を見て、学習意欲の強さを推測する方法。観察の観点としては、たとえば、次の点を見る。
@自発的、自主的に活動するか
A興味を持って学習するか
B必要感を持っているか
C要求水準はどうか
D忍耐力、固執性はどうか

*表面に現れた行動だけでなく、心の中の目に見えない部分にも注意を払うことが大切 である。


<面接法>

 直接本人に話しかけ、あるいは質問し、本人の気持ちを聞き出す方法。観察の観点としてあげた項目について質問する。
・勉強するとき、人に言われなくても勉強に取りかかるか
・勉強しなくてはと思いながら、気乗りしないことがあるか
・宿題がないと、勉強しないか
・勉強が嫌だと思うことが、よくあるか
・どんな教科が好きか

*このような質問をするときには、子どもが気楽に、正直に話せる雰囲気をつくること が大切である。


<質問紙法>

 これは、調査しようとする事項について、あらかじめ細目を印刷しておき、これを子どもに与えて、各自に記入させる。記入の方法については、「はい、いいえ」のどちらかに○をつけるもの、あらかじめ用意しておいた数個の答えの中から正しいと思うものに○をつけさせるもの、文章または語句で記入させるものがある。

*質問の内容は、できるだけ簡単で、具体的にし、答えも簡単に記入できることが大切 である。社会的、道徳的な評価をされると思うような質問はよくない。


<投影法>

 これは、日常生活で押さえつけられている欲求や不満は、何らかの手がかりを与えると、外にうつし出されるという精神分析学の考え方に基づいている。この方法では、あいまいな材料を与え、それを自由に解釈させたり、構成させたりすることによって、その人の内面生活を探ろうというものである。与える刺激としては、意味のはっきりしない図形や絵、未完成の文章、絵の具や粘土、玩具や人形のような、想像を働かせる余地のできるだけ残っているものを用いる。

*反応の結果の解釈や診断は難しいので、これを利用するためには、相当の訓練と経験 が必要である。



2 学習意欲と家庭教育



 学習意欲を育てるためには、家庭における役割は重要である。それは、家庭において学習意欲が育っているならば、学校や地域社会に出ても、何でも意欲的に何でも取り組むことが出来ると思われるからである。
 ここでは、学習意欲を育てるためには、家庭ではどんなことが大切なのか? また、現実問題としてどんな問題が起きやすいのか? そのようなよくある事例を、下山剛著「子どものやる気を育てる10則」から紹介したい。


(1)有能感を育てる



<子ども気持ちを受け止める>
 自分の知っているものを見つけて、「ワンワン」「ブーブー」といってきたら、「ワンワンね」「ブーブーね」と、同じ言葉を返すだけでも、子どもは自分と同じものに母親が関心を向けたことで安心する。わけのわからない絵を描いたり、高ところに登れたとき、母親の注意をひこうと呼びかけてきたら、「何の絵かな?」「○○ちゃん高くなったはねえ」とか子どもの行動を認める反応を示してやることが大切である。


<無力感を植えつけていないか>
 子どもが一生懸命やったことに対して、その努力を認めてやることが大切である。
 幼児がなぐり描きをしたとき、積み木を積んで遊んでいるとき、「なあに、この絵」とけなしたり、「積み木もろくに積めないの」と叱ったりしたら、子どもは絵を描くことや積み木が楽しいものではなくなってしまう。


(2)好奇心をつぶさない



<質問する心を大切に>
 子どもの好奇心の存在を親がはっきりと認識させられるのは、2・3歳頃の質問期である。この時期は、「あれなあに?」「これなあに?」と次から次へと質問をあびせかけてくる。無視して取りあってやらないようでは、好奇心はつぶされる。同じことを何回も聞くこともあるが、「何回言えばわかるの?」「知ってるくせに、うるさいわね!」などと叱ったりしないで、根気よく繰り返して答えることが大切である
<手の出し過ぎはマイナス>
 子どもが好奇心に基づいてやろうとしていることに、「そんことはつまらないからやめなさい」とか、「そうしないでこうやりなさい」などと口を出し、あげくの果ては手までを出して、子どもの代わりにやったりすることが多いのが、やる気のない親となる。やる気のある子の親は、子どもがおもしろがっていることにはあまり口を出さないで、どうしてもうまくいかなくて困っているようなときにも、ヒントを与えるとか、励ましの言葉をかけるだけ、という傾向が見られる。


(3)自立心を伸ばす



<子どもに出来ることはやらせる>
 子どもが自分からやってみたいと言いだしたとき、「まだ無理よ」「やめときなさい」でなく「やってごらん」を原則とする。自分でやり出したことなら、失敗しても成功のステップとなる。くじけそうになったら力づけ、励まし、中途で援助を求めたら、惜しまず援助するが、求められないときには手を出さないで、じっと見守ることが大切である。


<あせりは禁物>
 あせって早くからいろいろなことをやらせようとすると、子どもは失敗の繰り返しでかえって無気力な子になる。たとえば、三輪車にやっと乗れるようになった子に、いきなり補助輪なしの二輪車を与えて乗せようとしても乗れない。無理に乗せようとすると「二輪車なんて乗れるわけがない」と自信をなくしてしまうだけとなる。
 そこで、親は、「今、うちの子は何が出来るか、何をやりたがっているか」をつかんでいなければならない。
「お隣の○○ちゃんは、全部ひらがなが読めるのに」とか、「○○くんは、1から10まで数えられるんだから」といった比較はしない。


<がまんする経験>
 自立心の中には、つらいときにもくじけない強さも含まれるが、今の子どもはその強さが少なくなっている。「サイクリング車買って」といわれたら、すぐに買わないで「お誕生日まで待ちなさい」とか「お年玉を貯めて買いなさい」など辛抱させれば、待つ喜びも味わえ、やっと買ってもらえたものだから大切にする。
 「ピアにを習いたい」とか「剣道をやりたい」と言い出すと、親は「自分で言い出したものだから」ととびつくようにやらせ、子どもの方はすぐに飽きてやめてしまうことがある。
 子どもに任せるということは、責任をとらせることなので、本当にやりたいと思って始めたのなら、少しくらい練習がつらくても、おもしろくなくても、ある程度上達するまで続けさせることが大切である。


(4)ごほうびをプラスに使う



<予告しないで、結果を見て与える方法>
 「お片づけしたら、ミニカーを買ってあげるから」といって片づけさせるのではなく、子どもなりにうまく片づけができたときに、「きれいになったね。はい、ごほうび」とミニカーを渡すなら、自発性を損なわないですむ。
 ごほうびが目当てで始めたわけではないので、ちゃんとやったという達成感を味わえるし、たまたまごほうびがもらえて、親にも評価されたという喜びも得られる。


<結果としてやる気がでる与え方>
 「3学期がんばって、2学期より成績がよくなったら、春休みにスキーに連れて行ってあげる」とか「今年中にバイエル○番がひけたら、発表会用の洋服を買ってあげる」といった長期間の努力に対するごほうびを約束する。
 最初のうちはごほうびにつられてがんばろうと思うかかもしれないが、やっているうちに自分の進歩がわかって、そのことに喜びを感じるようになることもある。


<賞も罰もマイナス効果に要注意>
 「今度のテストで平均点が80点以上なら、子どもが欲しがっているテレビゲームのソフトを買ってやる」と約束をする。すると、子どもが一生懸命勉強するようになることもある。
 しかし、その場合の勉強は、ゲームのソフトをもらう手段としてやっているのであって、本当にやる気を出しているのではない。
 「成績が下がったら」、映画に連れて行く約束は取り消す」という罰を設定したとしても、同じことになる。
 勉強は目的ではなく、映画に連れて行ってもらうための手段となる。欲しいものを手に入れたり、取り消される約束がなくなったりしたりすれば、勉強する必要もないと考える。


(5)失敗を恐れさせない



<無理な要求をしない>
 朝起きたとたん「さっさと服を着替えなさい」、顔を洗えば「服までビショビショにして」ごはんのときには「よそ見をしているからこぼすのよ」といった調子。子どものやることなすことにケチをつける育て方は、確実に子どもの中に、失敗感を植えつけることになる。
 「うちの子なら、これくらいはできても当たり前のはずだ」「もう5歳になったんだから、ここまでできなくてはおかしい」と子どものレベル以上のことを要求すると、その子なりにうまくやっていても、親からみればまだまだ物足りなくて、叱りつけるということになる。
 完全主義的な傾向の強い人、何でもきちんとやらなくては気がすまないという人は、自分の子どもにもそうあって欲しいと思う。
 そして、いつも子どものやることに満足できないので、無理な要求ばかり押しつけることになる。
 しっかりした、几帳面なお母さんの子どもには、失敗恐怖の強い子、つまり、やる気の乏しい子が多いという傾向が多く見られる。



(6)目標は高すぎず低すぎず



<親が目標を押しつけない>
 「パパもママも学校の成績がよかったんだから、あなたもできるはずよ」などと過度の期待をかけると、子どもも「ぼくはいつも90点以上取れるはずだ」と思い込んでしまう。
 その結果、本当に90点以上取れるならいいが、残念ながら60点、70点だったりすると、親子でがっかりしなくてはいけない。これを繰り返していると、だんだん失敗感が蓄積していく。


<自分で目標たてる訓練>
 「今年中に」、バイエルをやり遂げてしまおう」と自分で決めたのなら、練習にも熱が入るが、ピアノの先生やお母さんから言われてやるときは、なかなか練習する気にならなくて、毎日お母さんのガミガミを聞くことになったりする。
 子どもが自分で目標を決めたのなら、それがひどく高すぎたり低すぎたりしない限り、少々お母さんにとって物足りない目標であったりしても、やらせてみる。
 最初のうちは、子どもも目標の立て方がつかめないかもしれないが、少しずつ慣れてくるようになる。


<結果の評価も本人にまかせる>
 他者から「ダメじゃないか」とか「失敗だったわね」といったマイナスの評価を受けた場合、子どもにとっては、マイナスの評価を受けたにとどまらず、自分が認められなかったと受け止める。子どもは、人に認められたいという強い欲求を持っているので、自分が受け入れられなかったと思えば、欲求不満にもなり、自信もなくす。
 子どもが失敗したときに、「だからもっと勉強しなさいと言ったでしょ」とか「あんな調子じゃ失敗するのは当然よ」というのも逆効果。自分でまずかったと思っているほど、親に反感を持つ。
 これが自己評価だったら、たとえ悪い評価を下したとしても、「今度は、がんばろう」という強さを身につけていく。子どもなりの「よくできた」「まあまあかな」「もう少しがんばればよかった」「ダメだなあ」という判断を大切にし、余計な口を出さない。
 「子どもが失敗したなあ」としょげている場合、「そんなにひどい失敗でもないんじゃない?」とか、「次に、がんばれば挽回できるわよ」といった励ましか大切である。


(7)計画性をつけさせる




<目標を行動に移すために>
 「来年の夏、富士山へ登ろう」という目標を設定したとしても、そのままにしておいては、目標はいつまでも達成されない夢になってしまう。
 富士登山のためには、どういう準備が必要か、まず、情報収集しなくてはならない。どんなルートで、どんなメンバーと登るか? 必要な登山用品は? 服装は? 日程は?費用は? いろいろな情報を手に入れた上で、綿密なプランを立て、準備するものは一つずつそろえていき、体力つくりのトレーニングを進めるなど、細かい過程があって初めて、富士登山という目標が達成される。


<実行可能な計画>
 「今年こそ日記をつけよう」と一大決心してつけ始めるのに、いつも三日坊主というのも、「毎日、気のきいたことを一ページ分書かなくては」などと意気込むからである。一行だけでその日の出来事をメモするとか、読んだ本の題名を書く、「特に書くことなし」でもいい、何でもいいから書きさえすればいいと思えば、案外続くもの。
 そうやって一年間とにかく日記をつけとおしたとすれば、有能感も味わえるし、次の年は書く習慣が身について、一行どころか一ページずつ書けるようになるかもしれない。


<進歩の度合いを知らせる>
 目標に達するために計画を立てて実行していく段階で、その目標にどれくらい近づいているかという進歩の度合いを知らせることが必要。
 少しずつ目標に近づいていると思えば、このくらいできたという喜びがあり、少々苦しくてもがんばろうという励みになるが、全く進歩の度合いがわからないとがんばりがきかない。
 ダイエットをするときにも、効果があらわれ始めるまでに何日か日数がかかると、その段階でギブアップしてしまう人が多い。
 ところが、効果があらわれ始めるまでしんぼうし続けて、少しずつ体重が減少していくようになると、ダイエット計画をやり抜こうという意欲が出てくる。


(8)競争心を利用する



<競争による副作用に注意>
 「お兄ちゃんのくせに」「弟の○○ちゃんだってできるのよ」とか「お姉ちゃんみたいにきちんとしなさい」という言い方をよくするが、これが原因できょうだい仲がしっくりいかなくなることが多い。
 愚兄賢弟といわれるように、いつも片方だけみそっかす扱いされたり、しっかりしているきょうだいをひきあいに出されては、「見習いなさい」「どうしてあなただけ・・・」とやられていると、劣等感と同時に相手に対する憎しみまで持つようになる。


<自分自身を競争相手に>
 険しい山をへばりそうになりながら、登りつめたときの感激、なかなか解けない数学の問題を長時間ねばって解いたときのうれしさ、難しいピアノ曲に挑戦してマスターしたときの充実感・・・。
 どれもこれも苦しい自分自身との闘いがあり、それにうち勝ったときのみに味わえる喜び。そのときの気持ちは、体験した本人にしかわからないが、その貴重な体験は、次の挑戦への励みとなって、新たな意欲を起こさせてくれる。


(9)友達の関係を生かす



 友達関係の中でやる気を育てることに関して得られるものがいくつかある。

<有能感>
 縄跳びや自転車乗り、ドッジボールなど遊びの中で自分の力や技能を発揮することで「力一杯やった」とか「うまくやった」という喜びを味わえる。友達とのつきあいの中には、こうした有能感を味わえる機会がいっぱいある。
 友達と遊びたいという欲求が満たされれば、気分が落ち着き情緒が安定して、やる気も出てくる。


<自立心>
 親子関係では親が保護する立場で、とかく過保護になったり、干渉が過ぎたりしがちで、子どもの自立心を妨げることも多いが、友達関係の中ではそれがない。
 互いに助け合うことはあるにしても、子ども同士でやらなくてはならない。大人の手助けなしで、自分だけで、あるいは自分たちだけでやらなくてはならないので、自立心が育つ。


<自己統制力>
 自我と自我がぶつかればけんかになるので、互いに我慢しなくてはならない。わがままをとおそうとすれば、友達関係が成り立たないので、自分をコントロールできない子は、友達遊びもできない。友達付き合いの中から自己統制力が育てば、やる気(がまんしてやろうとする意欲)も育つ。


<競争心>
 「○○君が逆立ちができるようになったから、ぼくも練習してみよう」とか「△△さんのように私も勉強しなくちゃ」と自発的に考えることが大切である。互いに切磋琢磨していく、いい意味での競争心は、いい友達関係の中から自然に生まれる。


(10)親の接し方



<愛情の量は多いほどよい>
 親がいつも自分のことを思ってくれている、受け入れてくれていると感じられる子どもは、精神的に安定している。精神的、情緒的安定がないと、積極性は出てこない。親がいつでも自分を温かく迎えてくれるという安心感があって、初めて、外へ出て何かに挑戦しようという意欲もわいてくる。


<愛情を態度で示す>
 直接的な肌と肌とのふれあいは、子どもが小さければ小さいほど大切にしなくてはいけない。抱きしめる、頬ずりする、体をなでるといった行為はいちばん効果的な愛情表現で、赤ちゃんでも親の愛情を肌で感じることができる。
 子どもが大きくなるにつれて、スキンシップのかわりに、言葉で表現することが必要になる。そこで、ほめることが重要な意味を持ってくる。「おまえのことを信じているから」というような意味の言葉を口に出し、態度で示してやる。


<期待効果>
 人は相手から期待されると、自然に答えるようになる。期待することで人を期待どおりに動かすことができる。「おまえは馬鹿だねえ」とか「本当にグズなんだから」というような言い方を繰り返していれば、だんだん親の期待どおりになってしまう。


<子どもを信頼する>
 非行に走る少年少女は、「誰もわかってくれない」とか「どうせ親にも見放されたのだから」という。こんなとき、どんなことがあっても誰か一人、「きっとこの子は立ち直ってくれる」と心から信じてくれる人がいたなら、立ち直るきっかけがつかめる場合が多い。


<子は親の鏡>
 やる気を育てようと思ったら、親自身がやる気を持っていなくてはならない。朝はいつまでも寝ていて、朝食を作らず、昼はテレビばかり見ていてだらだらしているぐうたらママが、子どもに「やることはやりなさい」といったところで、とても効き目はない。 子どもは親のいいところもけっこう身につけている。言葉以上に態度による影響力が強いことを考えて、親自身がきちんとした生活態度を身につけることを心がけなくてはならない。



3 学習意欲と学校教育



(1)学習意欲を失わせる状況



<管理された学校>
 現在、自分の力で問題に取り組める自己学習の能力を発達させることや、個性の尊重が唱えられている。これは、言葉の形骸化と言ってもよいくらい現場では効を奏していない。それどころか、ますます一斉指導、画一化の傾向が強い。学習塾へ行くものが8割にのぼるなど、1日に2つの学校に通っている状況である。
 1日中、何らかの管理の元に置かれて、必死に子どもたちは耐えている。
 親や教師は、成績だけで人生が決定されることに、心の底では不満や否定的意見を持っている。しかし、多少の後ろめたさを感じながらも、現実の社会から逸脱してしまうことを恐れて、その動向に従っている。
 子どもは、過程、学校、塾と言った狭い空間を行き来しながら、やがて、成績がすべてだと思い込むようになる。
 成績の良くない子は、「自分はダメだ」という劣等感に苛まされる。いつしか、友達との競争からドロップアウトしてしまい、努力しようとする気さえ起こらなくなってしまう。
 その上、親や教師から「勉強しなさい」と叱咤されたり、「やれば絶対できる」と激励だれたり、執拗に勉強することが求められる。
 しかし、いったん、無気力に陥った子どもには、親や教師のこうした押しつけや強制は、子どもを机に向かわせることはできても、勉強への意欲を向上させることはできない。


<信頼されていない教師>
 1984年の読売新聞では、「小中学校の教師に信頼できる人が多いと思うか」の質問に、「少ない」及び「どちらかといえば少ない」が合わせて66%もいる。これはアメリカと比べると、日本の教師はあまり信頼だれていないことになる。


<教師の悩み>
 小学2年生の担任教師のアンケート結果(小学館、1985)では、「今の生活に精神的なゆとりがあると思いますか」の問いに、「全くない」と回答したものが、男14.9%, 女21.9%  「少ししかない」と答えたものが、男34.5% 女45.2% にものぼり、精神的なゆとりがないことが認められる。
 また、「教師という仕事をやめたいと思ったことがありますか」という問いに対して、「いつもある」と回答したものが、男1.1% 女6.6% 「ときどき思う」が、男12.6% 女21.2% 「何回かある」男50.7% 女55.7% にものぼっていた。
 教師自身が、仕事に対してやる気を失ってしまっては、子どものやる気を引き出すことなど所詮無理な話であろう。生徒の無気力は、教師の心の反映かもしれない。


<教師と生徒のコミュニケーション>
 図は、教師と子どものコミュニケーションについての報告である。これを見ると小学校では、比較的「担任の先生は、自分のことをよくわかっている」と答えたものが多いが、年々減少してきている。
 これに対し、「担任の先生は規則にうるさい」と答えたものが、中学生になるまで増加に一途をたどっている。「担任の先生とよく話す」や「先生にほめられることが多い」は最初から割合は高くないが、中学生になるとほとんどない。


<楽しくない学校>
 NHK放送局の調査によると、学校に行きたくないと思っている子の理由として、「友達にいじめられる」が一番多い。
 筑波大学児童心理学研究室は、小学校3年生から5年生を対象にして、いじめの実態調査を行った。
 その結果、いじめられれこどの割合は、3年生男子78.1% 女子83.3% 4年生男子83.9% 女子80.0% 、5年男子71.1% 女子81.3% であった。
 いじめは、1対1ではなく、1対多で行われることが多く、一度いじめられる対象になると、教室の中はすべて敵という心理状況に追い込まれることになる。
 それでも、勉強面あるいはスポーツ面で自信を持てるものがあればいいが、何も打ち込めるものがなければ、学校につなぎ止めるものは何もないことになってしまう。



(2)やる気を起こさせる学習方法




<発見学習>
 発見学習は、自分の力で問題解決の方法を発見させる学習である。特徴をまとめると次の5つになる。

ア 学習課題の把握:問題となる場面の中から、発見すべき課題を子どもに把握させる

イ 仮説の設定  :与えられた資料に基づいて、課題解決の仮説を立てる

ウ 仮説の練り上げ:直観的に立てられた仮説が、筋の通ったものであるかどうかを検          討する

エ 仮説の検査  :資料を用いて仮説と照合したり、実験したりして検証する

オ 発展とまとめ

 この方法は、発見すること自体が、報酬となることから内発的動機づけを高めること ができ、やる気を起こさせるのに有効である。


<仮説実験授業>
 
仮説実験授業を提唱したのは、板倉聖宣である。
 この方式で、まず大切なことは、生徒の知的好奇心を引き出すのに適当な問題を選択することと、その配列の仕方である。
 
適切な問題となる条件は、次の3つである。
@科学上の基礎的概念
A常識的な考え方によるものでない
B回答の正否が簡易な実験で明らかになる

 問題には選択肢が与えられる。
 子どもたちが今まで持っていた認識と、ズレの生じるような例を与え、「おやっ」と感じさせることが、学習に対するやる気をもたらすと考えられている。


<適正処遇交互作用>

 子どもによって、興味、関心が違い、好き嫌いや、得手不得手も異なるように、ある子どもにはある教授法が有効であり、別の子どもには、他の教授法がうまくいくといった考え方がある。このような学習者の適性により、指導方法に対する効果が異なる現象は、適性処遇交互作用と呼ばれている。
 例えば、積極的な子どもと消極的な子どもを比較した場合、積極的な子どもは、従来の講義法の方が、視聴覚機器を用いた授業よりも成績がよいという結果が報告されている。
 また、科学的興味の高い子には、説明的方法が、興味の低い子では、発見的興味方法が効果的であることが認められている。
 子ども一人ひとりの性格や能力の差異を考えて、学習方法や材料に多様性を持たせることが望まれる。


<教育工学の利用>

 学習のペースが個人によって、かなり差があることが明らかな場合には、CIA(Computer Assisted Insutaction) を利用することが有効である。CAIは、学習末端装置、学習末端制御装置、中央処理装置、補助記憶装置からなり、学習者は、自分のペースで課題に向かうことができる。また、反応の直後に正しいか、誤っているかの結果がフィードバックされるため、強化を与えることもできる。


<オープンエデユケーション>

 わが国の教育システムは、他国と比較すると、知識や技術の習得の強調、同調性、画一主義中心のプログラムを骨子としている。特に、高学年になるほどその傾向が強い。
 しかし、近年、こうした教育に対して批判がなされ、オープンエデユケーションの導入が要請されている。これは、「情動の安定」のうえに「やる気」が育つという立場をとっている。
 「押しつけ」の教育ではなく、自己選択の自由が認められるため、自分のしたいことを自分で決定することができる。また、自分の適性や興味についてメタ認知することができるなどの特徴をもつ。




おわりに


 学習意欲とは何か、学習意欲を育てるためには何が大切か、ということを調べていくうちに、いろいろな大切なことがよくわかった。その中で、次の3つは特に重要であると思われた。
<評価の仕方>
 現在の教育システムにおける評価のあり方、学校現場での評価のあり方、家庭教育での評価のあり方は、良い状態であるとはいえない。評価で最も大切なことは、子どもに学習意欲を起こさせることである。学習意欲を起こさせるどころか、やる気を失わせるような評価が無意識のうちに行われているような現状があり、そのような評価を仕方がないとして黙認しているところもあるように思われる。子どもにやる気を起こさせる評価について論議され、教育システム、学校現場での評価、家庭教育での評価が、学習意欲を育てるものへと変わっていくことが望まれる。
<動機づけの工夫>
 動機づけの理論は様々であり、どのような方法が良いか悪いかは、一概には言えないかもしれない。しかし、様々な考え方や理論を知った上で学校現場で教育を行うことは大変重要と思われる。現職の教員は、日々の仕事の忙しさに追われ、じっくりと考える余裕がないのが現状であるかもしれない。しかし、そんな現状の人こそ、自分自身への学習への動機づけが必要であるように思われる。
<人との関わりの中でのやる気>
 クラスでいえば、みんなで教え合い、励まし合う中で学習意欲(やる気)が育つことであり、職員室でいえば、みんなで研修し、情報交換をしながら技量を高め合う中で意欲(やりがい)が高まることになる。みんなで支え合ってよりよい方向を求めていこうとするときに,ほんとうの学習意欲が育っていくのではないかと思われる。



参考文献・引用文献

下山剛2001『子どものやる気を育てる』サンマーク文庫
下山剛 『学習意欲の見方・導き方』教育出版
杉村健1985『小学生の学習心理』教育出版
高野清純1988『無気力』教育出版
辰野千寿1977『学習意欲の高め方・改訂版』図書文化

体育科教育特論Uレポート