地域紹介:Soul Inspiration!
島原市
松倉重政が島原城を築城したときに始まる。 以来、松平7万石の城下町として島原半島の政治、
経済、教育文化の中枢的地位と役割を果たしてきた。 その間、「島原の乱」が起こり、また、国内三
大難山と言われる眉山が大崩壊し、山崩れと津波によって島原領内でも多数の住民が死亡すると
いう大災害に見舞われた。この2つの大きな動乱と地変を経て明治維新を迎え、明治4年(1871)廃
藩置県によって、旧城下町は島原村、島原町、島原湊となり、その後、大正13年(1924)に島原町
となった。 昭和15年4月長崎県下で3番目に市制を施行し、昭和30年には三会村と合併し、また、
平成18年1月1日に有明町と合併した。(島原市のHPより。)
[自然]
☆雲仙普賢岳
標高1359m。1990〜1995年の火山活動で、平成新山が形成。
(2003.10.7(土) 撮影)
[史跡
☆島原城
有明海に臨み、雲仙岳の麓に位置する。城郭の形式はほぼ長方形の連郭式平城。高く頑丈な石
垣が特徴である。本丸は周囲を内堀で囲まれており、二の丸と橋一本で繋がれている。橋を壊せば
本丸を独立させることが出来た。また、天守は5層5階で「唐造り」と呼ばれる破風を持たない独立式
層塔型であった。江戸時代は島原藩の政庁であり藩主の居所であった。成立当時の島原藩は4万
石であったが、石高に比べると極めて立派な城である。1876年(明治9年)に天守・御殿以下建造
物は悉く破脚された。現在は本丸に天守・櫓・長塀が復元され、城跡公園となっている。
(2006.10.9(月) 撮影)
☆旧島原藩薬園跡
幕末における小藩経営の薬草園とはいえ、「日本三大薬園跡」の一つに数えられ、奈良、鹿児島の
薬園跡に比べても、よく遺構をとどめた第一級の史跡。
(2006.10.9(月) 撮影)
![]()