エステ たくあんの闘病記1

たくあんの闘病記1(2002.1〜7)


たっくん&あんちゃんの持病についてまとめてみました。
今までもこれからも、たくあんの持病と戦うために・・・。

☆ 次のように表示しています ☆

「赤枠」=たくあんの病気の経過などが中心
「緑枠」=私の考察が中心

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(下)古い日記

         

【拓真】脳波検査 2002年7月8日(月) 天気?
今日の午後は、拓真の脳波検査になっていました。主人も午後に休みをもらい、一緒に行ってくれました。

脳波の検査は、眠らなくてはできません。そのため、病院に着くまで、眠らせないように努力していました。何とか眠らずにすんだものの、妙にハイテンションになった拓真は、投薬(飲み薬)されても眠りません。病院中をウロウロしながら、愛嬌を振りまいているのです。主人と私は、必死に眠らせようとするのですが逆効果!1時間半ほど粘った後、しかたなく2度目の投薬(坐薬)がありました。
やっと眠った拓真に、色とりどりの線が付けられます。主人は初めて見る光景に、興味津々でした。
検査中、主人と私は、検査官の方に「〇〇」の波線はどういうものか、波線はどんな仕組みで現れるのかなど、質問責めにしていました。検査官の方は、誠実に答えて下さり、ご自分のお子さんの脳波検査のことも織り交ぜて話して下さりました。有り難いことです。

結果は、8月6日の「小児神経外来」でハッキリすることになっています。その日も主人は休みを取り、一緒に話を聞いてくれる事になっています。1人で聞くのが不安だった私は、密かにホッとしています。ありがとう、takupapa!


【拓真】入院 2002年7月7日(日) 天気?
昨日、拓真は入院しました。今までと大きな違いは「非」熱性けいれんによる入院でした。今は退院し、自分のお布団で気持ちよくお昼寝している拓真です。それまでの経過を記します。

7/6
朝、体がべたついていたので、入浴することにしました。もちろん拓真も一緒にです。気持ちよく親子3人で入り、拓真も楽しそうにオモチャで遊んでいました。
私が先に上がり、拓真を受け取ります。拓真を拭き終わり、オムツを取りに行くために目を離した途端、拓真が倒れました。日頃からよく転び、いつも自力で起きあがっていたので、その時も手を貸さず見守っていました。
しかし、グニャリと不自然に曲がった拓真の手足を戻そうともしません。異変に気づき抱きかかえると、ダラリとした手足が突然震え始め、けいれんが始まりました。
両手足ガタガタ震え、目は白目をむき、口からは泡を吹いている。呼吸が止まり、唇は紫で、顔全体が紫になりかけた時に、けいれんは止まりました。その間、およそ5分間。今までで1番ひどいけいれんだったにもかかわらず、私は冷静に状況を観察するように努め、主人は病院に連絡するという連携プレーが出来ていました。
車で病院に移動中、呼吸を戻した拓真はグッタリしたまま眠っていました。

今までと大きな違いは、けいれんがあったのに、熱がないことでした。つまり、「熱性けいれん」ではなく「非熱性けいれん」だということです。先生の口からは「〇〇」の可能性もあり得ると告げられました。「熱性けいれん」と「〇〇」には雲泥の差があると認識している私は、多少落ち込みつつ、入院病棟に向かっていました。
(「〇〇」内の病名は、以前正式名称を記入していましたが、現在(2004.11.17)は、直接説明できずに誤解を招く可能性があることと、主人ではない近親者に、公表することを嫌悪される方がいるため、公表は控えています。ご了承下さい。)
拓真は、熱がないため至って元気♪良く笑い、よく遊び、良く食べ・・・何で入院したのかさえも忘れるほどでした。ほどなくして、「明日には退院」が告げられたのです。
しかし、「〇〇」の文字が頭から離れず、寝付けなかった私は、久しぶりに「27時間テレビ」を朝まで見ていました。

4度目の入院で、私達夫婦はお互いの役割分担が上手くなりました。言われなくても入院手続きや持ってくるものが分かっているほどです。畳1畳程しかないスペースで24時間以上過ごすのも、昔ほど窮屈さを感じません。慣れているのです。こんなことに慣れるのは、決していいことではありませんし、悲しいことです。
しかし自宅にいたら、24時間拓真とベッタリくっついてコミュニケーションを取ることは不可能なので、これを機に拓真との関係を深めているんだと思うようにしました。

病棟の七夕短冊に「たっくんの病気が早く治り、健康で明るく育ちますように」と書いたのは言うまでもありません。

<明日は脳波の検査です。何もありませんように・・・。みなさん、祈って下さいませんか?お願いです・・・。>


【拓真】退院 2002年6月27日(木) 天気?
今日の午後、拓真が退院になりました。前回の日記以降の経過を書きますね。

6/26
定期の回診により、拓真は「ヘルパンギーナ」という夏風邪のウィルスに感染している可能性があるということでした。
この日の退院になっていましたが、相変わらず食欲が無く、食べても吐くため、1日延期になりました。
吐く原因を知るため、レントゲンを撮りましたが、心配されることはなく「便秘のための嘔吐」のようでした。
高熱はひき、平熱になりました。

6/27
やっと少し食欲が出てきて、嘔吐も無くなったため、退院が決まりました。
ずっと右手に点滴が刺さっていたのが取れ、自由がきくようになるちょ嬉しそうでした。
帰宅し、拓真も私もずっと眠っていました。病院では、熟睡できない2人でしたが、とにかく深く眠っていました。
目が覚め、庭先をお散歩させました。嬉しそうに地面を触る拓真に復活の兆し見え、嬉しかったです。

この入院で私達夫婦は、お互いの大変さと有り難さが身に沁みて分かりました。何かいいことが1つでもあって良かった・・・。


【拓真】入院 2002年6月25日(火) 天気?
1才になったばかりですが、6月23日の午後1時頃「熱性けいれん」を起こした拓真は、そのまま入院しました。今までの経過を書きます。

6/23
朝、拓真の額を触り、熱があるかな?と思った私達は測りました。しかし37.1℃という平熱ライン。昼食を摂るとき、元気にモグモグ食べたので、心配無しと思いお出かけしました。
チャイルドシートに乗っている拓真の異変に気づいたのは主人です。すぐに私が抱きかかえると、熱性けいれんを起こしていました。病院に連絡し、向かう途中、大量の嘔吐を繰り返しました。
病院に着くと熱は38.6℃。すぐに入院の措置がとられました。手には点滴が付けられ、痛々しい姿。後ろ髪を引かれる思いで、拓真の着替え等を取りに帰りました。

入院中、熱は40℃前後を行ったり来たり・・・。熱冷ましの坐薬の効果が薄れると高熱になります。
ウンウン唸る拓真の横で、私は無力さを感じていました。代わってあげたい・・・

6/24
相変わらずの病状です。食欲もなく、機嫌が悪いのです。眠っても体が辛いのか熟睡できないようです。眠ったかと思い、私がトイレに立とうとするとすぐに目を覚まします。夜中もずっとぐずって泣いていました。

6/25
熱も高いまま。退院は明日の予定でしたが、中耳炎も併発し、どうも延長しそうです。
主人が私の体を気遣い、今夜は交代してくれることになりました。拓真は卒乳したため、主人でもOKと言うわけです。
いざ帰宅し、溜まっている家事をし終えて辺りを見回すと、いつも狭く感じていた部屋が広く感じます。入浴してても拓真のオモチャが寂しそうに佇んで見えます。
そう言えば、拓真を生んで、初めて1人で布団に入ることになります。・・・と言うことは、初めて主人が1人で拓真を寝せることになるのです。大丈夫かな・・・?

やはりどうしても気になり、眠れそうにありません。車で20分の病院がかなり遠く感じます。この洗濯が終わり次第、病院へ行くことにしよう!


【拓真】入院→退院 2002年5月31日(金) 天気?
はじめに・・・。今回の入院で、お見舞いして下さった方、電話やメール、掲示板などで励ましのお言葉を頂いた方に、心から感謝しています。
今回の入院も前回(3月17〜19日)同様、主な理由は「熱性けいれん」でした。その経過等を報告いたします。

5/27
朝、火傷のガーゼ取り替えに行ったとき、発熱していることに気づき、ついでに薬を処方してもらい帰りました。
お昼寝から覚めた頃、ちょうど上の階のさくらちゃんが遊びに来てくれたので機嫌良く遊んでいました。1時間程遊んだとき、拓真が私にすり寄ります。オッパイかな?と思って横抱きをした途端、けいれんを起こしました。出産予定日間近のさくらちゃんママに無理を承知でお願いし、病院まで連れて行ってもらいました。
病院に着く時は治まっていましたが、火傷のガーゼ換えも毎日行う必要があるため、入院することにしました。
けいれん止めと熱冷ましの坐薬を投与し、何とか眠っていました。

5/28
・・・が、午前0時、目覚めました。薬で解熱している拓真は機嫌が良く、環境の変化に興奮して眠りません。仕方なく午前2時まで、待合室のオモチャで遊ばせていました。 7時くらいから、徐々に熱が上がり、2度目のけいれんを起こしたかと思うと、熱は40℃を超えました。再びけいれん止めと熱冷ましの坐薬を投与しました。
熱が下がると、途端に元気になり、愛嬌を振りまく拓真に、他の方から「どこが悪いの?」と疑問視されるほどでした。・・・が、薬の効果が薄れる頃、再び40℃を超えて、ハァハァ辛そうです。この状態を繰り返しながら、結局、熱冷ましの坐薬を4回投与されました。
この日も、環境の違いに興奮気味の拓真は眠りません。看護婦さんに「お母さんが子どもの睡眠をコントロールできないといけません!」とお叱りを受けつつも、どうすることも出来ず、精神安定の薬&坐薬を投与され、何とか眠りました。

5/29
この日も熱冷まし坐薬を投与して元気になり、効果が切れる頃40℃の高熱を繰り返しました。

5/30
昼間もほとんど眠らず、夜も興奮状態で機嫌が悪く眠らない拓真に、午前2時前、精神安定の坐薬が投与されました。拓真は眠りたくないのに眠たくなる葛藤で悶絶します。私の髪を引っ張り、私の顔を掻きむしりつつ、薬の眠気には勝てず、やっと寝ました。
・・・が、この日はうだるような蒸し暑さ。拓真はほんの1時間半程しか眠らず、大泣きします。周りの迷惑が気になった私は、外でお散歩をしつつ眠らせました。真夜中に乳飲み子抱えてウロウロする母親は、通りすがる運転手に不審な目で見られました。やっと4時過ぎに寝てくれました。
この日は、大分熱が安定し、高くても38℃まではなりませんでした。しかし、初めて点滴する事にしました。痛々しい姿がかわいそうでたまりませんでしたが、私達の疲労もピークでした。
珍しく22時頃眠たくなった拓真を、恐る恐る寝せました。何と!すんなり寝てくれ、精神薬を投与せずに、翌朝までぐっすりでした♪

5/31
やっと環境になれてきたのか、生活のリズムが戻った頃、「退院」と言われました。最後に注射を打ってもらい、拓真より私が喜び勇んで帰宅しました。

なかなか眠らず、問題児だった拓真でしたが、健康が1番幸せなことだと再認識した5日間でした。
今日はゆっくり眠るぞ〜!


【拓真】脳波検査結果 2002年4月5日(金) 天気?
3月20日の脳波検査結果がようやく出たとの知らせを受け、その説明を聞きに先日入院していた病院に行って来ました。

結果は、「異常なし」です。\(^o^)/しかし、これが2回目だったということと、入院中にもけいれんを起こした(短時間に2回のけいれん)ということで、予防のための坐薬を処方してもらうことになりました。これは、熱性けいれんを頻発する患者や短時間に数回起こす患者に処方される坐薬です。37.5度以上になると、おしりから挿入しなければなりません。
今月、ディズニーリゾート旅行する際にも、忘れず携帯しようと思いました。

やっと、異常なしの結果が出て安心できたtakupapa&takumamaでした


【拓真】脳波検査 2002年3月20日 天気?
午後から脳波の検査に行って来ました。昨日退院した病院に行きましたが、何だか随分前のような気がしました。
小児科の受付を済ませ、待合室にいました。今日は乳児検診があっていたらしく、たくさんの乳児で賑わっていましたが、双子や三つ子の割合が高かったのが不思議でした。1〜2ヶ月と思われる乳児を見て、拓真もこんなに小さかったのかなぁ〜と懐かしく感じていました。
脳波の検査は眠った状態でなくてはなりません。お薬を処方され、すぐに服用させました。小児科待合室では、興奮状態で眠りそうになかったため、脳波検査室の静かな所で、やっと寝かせ付けました。検査技師の方に写真撮影の可否を聞くと「どんどん撮ってください!」と快諾してくれました。
小さな小さなセンサーを頭、耳、手にたくさん付け、検査開始です。技師の方のそばで、白い紙に書き出される無数の線を見ていました。この線で脳の様子が分かるってすごいなぁ〜と妙な関心をしているうち、約10分の検査を終えました。
検査終了と共に目を覚ました拓真は、びっくりして泣こうとしました。その時、技師の方が「おりこうさんやったねぇ〜」等と優しく声をかけて下さり、頭に付いていた粘着質の薬(?)を拭いて下さりました。 小児科に戻り、来週の木曜か金曜には検査結果が出ることを確認して帰宅しました。

検査結果が気になります。私が幼い頃も熱性けいれんを起こし、いつも脳波に異常がありました。拓真がひきつけを起こすようになった今、やっと親の心配や愛情が分かったような気がします。


【拓真】初めての入院 2002年3月17〜19日 天気?
拓真が生まれて初めて入院しました。その経過等をまとめて書きます。

3/17
午前1時に目が覚めた拓真は、機嫌が悪く、オッパイを含ませても飲もうとしません。久しぶりの寝あせがり(寝ぐずり)だなぁと思い、3人でのドライブに行きました。車に入るとすぐに寝付きます。しかし、帰ってきてベットに寝かせると同時に大泣き・・・。結局午前4時くらいまでに、3度のドライブを決行しました。

6時過ぎ、やっと寝付いた拓真の横で、私達は熟睡していました。しかし、拓真の歯の「カチカチ」という音と、主人の「拓真!」と言う声が同時に聞こえてきて、飛び起きると、ひきつけを起こしていました。意識はなく、体はガタガタ震え、目は白目をむき、呼吸が不規則で、しだいに止まっていきます。顔は紫になり、私は抱きしめながら、拓真の名前を呼ぶしかありませんでした。その間、主人はかかりつけの病院に電話しましたが、日曜のため診てくれません。結局、救急車を呼びました。(通報 am8:35)
救急車が到着しても、日曜のために受け入れ病院が決まりません。救急車の中で、ひきつけを続ける拓真を抱きしめながら、とても長い時間のように思えました。やっと、拓真が大泣きし、呼吸が戻ったとき「国立佐賀病院」への搬送が決まりました。(am8:55)
救急車の中で、私の胸で抱かれながら眠る拓真を見て、ただただ涙が溢れていました。

病院に着いて(am9:15)、一通りの診断の後、入院が決まりました。担当の先生が「パジャマで来られたのですね」と私達に言われたとき、初めて自分たちの身なりに気づくほど、気が動転していました。すぐに主人はタクシーで、3人の着替えなどを取りに帰りました。入院病棟で、入院の支度を待っている間、私のパジャマ姿を見た看護婦さんが「お母さんも入院してるんですか?」と尋ねられました。やはり、せめて着替えを持ってくるくらいの余裕がないといけないなと思いました。

入院をして約2時間後(am11:33)に2回目のひきつけを起こしましたが、看護婦さん達が迅速に対応して下さり、数秒で止まりました。その後、ナースステーション横の重病用(?)病室に移りました。救急車内で37.6度だった熱は、この頃、39.2度になっていたのです。左足に点滴(電解質溶液+抗生物質)用の管、右足に心拍数と血中酸素濃度を計測するセンサー、胸には心電図用のセンサー3本を付け、ダイアップ坐薬を挿入された拓真は、ずっと眠り続けていました。私は、翌日の明け方まで、浅い眠りを繰り返し、拓真の様子を観察していました。

3/18
大分動きが出てきて、離乳食もパクパク食べれるようになりました。熱は平熱〜微熱程度で、明日には退院してもいいだろうということでした。
そして、病室は6人部屋に移りました。
夜になると、泣きながらグズグズ言い、なかなか寝ないため、他の患者さんに申し訳なく、結局翌日の午前5時過ぎまで、抱っこしたままで眠らせました。

3/19
朝7時まで、ほんの少ししか眠れなかった私は、主人が来てくれた後眠っていました。看護婦さんが点滴の交換に来られたとき、起きようとすると「寝てていいよ。本人もきついけど、お母さんもきついよね」と優しく言ってくれました。疲労が重なり、弱音を吐きそうになっていた私は「そうか、拓真はもっときつかったんだ」と思い直すことが出来ました。
昼前、退院が決まり、午後1時頃に退院できました。今は私の膝の上で気持ちよさそうに眠っています。明日は脳波の検査のために、また病院に行きます。お薬は4日分もらってきました。2泊3日の入院でしたが、お医者さんや看護婦さん達の誠実な対応に頭の下がる思いでした。安心して任せられるなと思える病院でよかったと感謝しています。でも、家庭用のベビーベットを一回り大きくしたようなベット(私は足をのばして眠れない!)に母子2人で眠るのは、これで最後にしたいね、たっくん♪


PS:入院を知ったりっくんファミリーが、お見舞いに来てくれました。りっくんに院内感染するかもしれない心配を押して、不安だらけの私達を励まし、いつもの笑顔を見せてくれた時、何だかホッとしました。本当にありがとう♪


【拓真】けいれん 2002年1月11日 天気?
今日は博多に行く予定でした・・・が・・・。 夜中の2時頃、拓真の様子がおかしいことに気づきました。だっこすると、顔が熱いのです。熱を計ると37.7℃でした。かかりつけの小児科は、迷惑かけるかなと判断した私達は、県立の救急病院に行きました。いつもは、車の中だとすぐ寝るのに、ぐずって寝ません。きつそうに潤んだ瞳で私を見上げています。代わってあげたい・・・と思っていました。
自宅に帰ってきたのは、午前4時。再度熱を計ると、38.5℃です。すぐに処方してもらった座薬を挿入すると、やっと寝付きました。

朝10時頃、また顔が熱くなっています。計ると37.8℃。今度はかかりつけの病院に行きました。やっぱり、拓真は病院で機嫌が良く、ニヘラ〜っとしていました。

しかし、昼の1時半頃、様子が急変しました。焦点が定まらず、時々白目をむき、呼吸が乱れます。たまに、何秒か呼吸停止するのです。これは、「軽いけいれん」だと思い、再度病院を訪れました。 到着したときは、症状が止んでいた上、お昼休み中でしたが、診て下さりました。病院で熱を計ると38.7℃。さすがの拓真も、笑顔が見られませんでした。

帰宅後、座薬を挿入し、今は落ち着いて寝ています。 訴えるような目で私を見つめ、小さい体に何種類もの薬を入れて必死に闘っている拓真と代わってやれず、辛かったです。