エーテルの降る夜に

第四回 「気配」
『7月18日
あれから快晴の日が続いている。今日は朝一番に水汲みをした。
水がめには昨日の残りがあったのであまり無理せずに汲んできた。
畑の手入れ。鶏小屋造り。
昨日の疲れがあるのか、あまりはかどらない。

今日気づいた。電気はなくなってはいない。電池式の置き時計は動いていたからだ。でも、電球はつかない。電力は来てない。電線を伝わる間に失われてしまうのか。

3時頃、なんだか気配がおかしな感じだった。何がということもない。
なんとなくおかしい。
街の様子が気になってしかたない。
なんの事はない。3日にして人が恋しい。

何度か街にでてみようかと考えた。そして、何度も考え直す。
考えてはいけない。』

なんなのだ。居たたまれなくなるほど寂しくなってしまった。
ハルオは自分でも気づかぬうちに膝を抱き寄せていた。
この感覚はなんなのだ。
たった数行の日記もどきの文章を読んだだけで、なぜこれほどに感情が騒ぐのだ。

ハルオは自分の感情をもてあましていた。
これほどの感情の起伏は経験がなかった。
コンピュータの画面をまじまじと見つめた。
このホームページを読んでしまったことが原因なのか。もしかしたら、自分の精神が病んでしまっているのではないのか。

強く首をひねる。ボキボキと骨が鳴った。少し落ち着いたような気がする。ベッドで眠るユキの背中が視界の端をかすめた。
嬉しかった。たまらなく嬉しかった。
そそくさと、だが彼女を起こさぬように気遣いながら、ハルオはベッドにもぐり込んだ。

翌日、ハルオが目を覚ましたときベッドにユキの姿はなかった。
彼女の姿を探した。
彼女は、昨夜彼が座っていたところに、あのときの彼と同じように膝を抱き寄せて座っていた。

「なんだ、読んだのか?」
ハルオは声をかけたがすぐに返事は返ってこなかった。
彼はベッドの中からしばらく彼女の様子を覗った。
数分の沈黙の後、彼女は
「なによ、これ」 と、少し怒ったようにつぶやいた。
相変わらず目は画面に向けられたままだ。

彼が黙っていると、ようやく彼女は顔を上げた。
「変だよ、これっ」
彼女の頬が上気している。涙ぐんだのか。目が赤く潤んでいる。
透き通った額の中央に、桜の花びらが浮き上がったように見えた。
彼の額にあの焼けるような感覚がよみがえった。

彼はベッドから這い出し、彼女が見ていた画面をのぞいた。

『7月19日
昨日から続いていた妙な気配が、姿を見せた。4時頃のことだ。
東の山の向こうに幾筋かの煙が立ち昇った。街のほうだとすぐにわかった。何が起こっているかもすぐに察しがついた。予想できていた。だから俺はここのいる。
暴動になっているはずだ。
あれから4日。何の情報も伝わっていない。それでも少し頭を働かせれば何が起きているかはわかる。原因はわからないにしても。

現代のような工業社会で電力の供給が止まればどうなるか。
あらゆる内燃機関が機能を失えばどうなるか。
情報が途絶えてしまったら・・・
おそらく、一般の家庭にはもう食料と、水がない。

コンビニやスーパーが略奪にあっている。そこにだって、たいした量は置いていない。農協、農家、酪農農家。的は広がっていく。

もう、すっかり暗くなったというのに、東の空だけ不気味に赤く明るい。
こわくて震えている。これからが地獄の本番だ。

明日はこの別荘地の入り口まで行ってみる。出来れば入り口を隠すとか、塞ぐとか

わかっていた。こうなるに決まっている。この田舎町でさえこうだ。
東京ではどうなっている。夏美はどうしている。』