ハルオとユキがともに件の異形のホームページを読んだあの日から3日が過ぎていた。
あれ以来、ユキはハルオのアパートに棲んでいた。
あれを読んだ日のうちにユキは身の回りの品を、ハルオのアパートに持ち込んだ。
ハルオよりも彼女の方が、抵抗なく事の成行きを受け容れた。ユキは、「絶対に予言に違いないわ」と言っていた。
ハルオはそんな風に受けとめ切ってしまうことには抵抗があった。
彼がそう言うと、ユキは「それじゃ、あたし達の頭がどうかしてしまったって言うの?」と食って掛かった。
「ハルオだってわかってるでしょう。あれから、あたし達絶対おかしいわよ。二人とも、そろってノイローゼにかかっているとでも言うの?」
ユキはこのことになると、以前の彼女からはとても考えられないほどに感情を昂ぶらせるようになった。
それはハルオにもわかっていた。額にあの感覚が走ると、例の異常なまでの焦燥感が心と身体を包み込む。
その焦燥感がどこから来るものなのかも、彼にはわかりつつあった。
そこにあるのは、生への欲求、死への恐怖。しかもそれは、彼ないしはユキの個の欲求を超越している。種の欲求。彼はそう思っていた。−(本能が感応している)−、そう考えていた。
それでも彼は認める事を拒んでいた。
「あれが未来の日記で、これから起こる世界の破滅を予言しているというのだろう?」と、ハルオはユキにたずねた。
この3日で何度もかわされた会話であった。
「そうよ。あのホームページをはじめて読んだときのあの感じは、衝撃っていうのかしら。絶対普通じゃなかったもの。そうでしょっ」
そう言って、ユキは小さなテーブルに両肘をつき、両手で顔を覆いながら、「・・・ふうっ・・・」とため息をついた。
「そうじゃなかったら」
ほっそりと形のよい指の間からくぐもった声が漏れる。
「そうじゃなきゃ、あたしは妄想狂かノイローゼよ」
そして、顔を上げた。悲壮感さえ宿した目であった。
「急にがまんできないほどお腹が空いて、セックスだってそうよ。ハルオだってそう、まるで、サカリのついた獣みたいに。
そうしていないと、不安で悲しくて・・・どうにかなってしまいそうなのよ」
「わかってるんだ。俺だって同じだよ。だけど、予言なんて荒唐無稽って言うか、その、ばかげてるって言うか・・・」
「だったら、あたしたちは二人揃って病院に行かなきゃいけないわよ」
ハルオの中でもほとんど確信に変わりつつあったが、『予言』という言葉に抵抗があったのかもしれない。
「いいよ、仮に未来の日記だとしても、それが何時のことなんかわからないじゃないか」
「そんなことないわよ。=
これが、ノストラダムスの予言した恐怖の大王だったのだ
=、って書いてあったわ。つまり今年よ、今年の7月よ。あと3か月後のことだわ」
「だったらどうしようって言うんだよ」
「・・・逃げるの。・・・ここにいちゃいけないわ」
「逃げる?」
「そう、あの日記の人と同じように」
「なんで」
「なんでって。わかってるじゃない。東京なんてどうなっちゃうかわかんないのよ。とんでもないパニックになって・・・」
さすがにハルオはあわてた。ユキは、エーテルによって世界が破滅してしまうということを既成事実のように話している。
「ちょっと待ってくれ。なにもそこまで・・・」
突然ユキが腰を浮かせ、ハルオの胸元につかみかかった。
そして,必死の面持ちで激しく首を振った。
「そうじゃない、違うの。あれが本当に予言なのかどうかなんて、いつ起こるかなんて、東京がどうなっちゃうかなんて、みんなどうでもいいのよ」
呆然とするハルオの胸にユキは顔をうずめて続ける。
「そうしなくちゃいけないの。そうしないと・・・、このままじゃいけないの。このままじゃ、本当にどうにかなっちゃうの」
この数日間ユキはハルオ以上にこの状況にストレスを受けていた。そのストレスがこの彼女の激しい感情にあらわれていた。ハルオはそれに気づいてやれなかったことを悔やんだ。
ユキの肩が震えている。
「わかった、きっと俺達はここに居ちゃ行けないんだな。その日までに・・・、準備をしてここから逃げよう」
胸の中で彼女がうなづくのがわかった。
「なあ」
「うん?」と彼女は顔を上げた。
「腹減らないか?」
「うん」
「なにか食いに行こう」
ハルオはそう言って、しかし、そのまま彼女を抱きしめ押し倒した。
翌朝、そろって部屋を出た。
昨夜食事を摂りに行ったのは、結局深夜を過ぎていた。
桜並木に出て、二人で頭上の花を見上げた。
「満開ね」
「うん」
「お花見は今度の週末で終わりね」
ユキはハルオの顔をかえりみた。
「ああ」
返事をして彼女を見つめ返した。
互いに相手の表情が、久し振りに晴れやかなのに気づいた。
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