ハルオとユキの二人はゴールデンウィークの休みを利用して那須に来ていた。
その日がやって来たときに、市中の混乱から逃避するための隠れ家を探す旅であった。
ハルオが運転する車は観光用に開かれた区域をぬけ、農家さえまばらな山村部に入ると、『グリーン・ファーム・パーク』という看板のある小さな分岐点で川沿いの荒れた舗装路から山間部へと入っていった。
殆ど通る車もないのだろうか。おそらく開いたときのままの簡易舗装が思いのほか傷んでおらず先ほどまでの路面よりも快適な走行ができるようになった。
手入れの行き届いていない雑木林を両手に見ながら、ハルオはゆっくりと車を進めた。
いくつか小さな林道と交わってそれを越えた後、『グリーン・ファーム・パーク』のゲートが姿をあらわした。「着いたね」
ユキがダッシュボードの上に身を乗り出すようにして言った。
うん、とハルオは黙ったままうなづいた。
それまでの道中から想像していたのとは違って、案外に立派な構えのゲートに少し戸惑っていた。
ゲートをくぐって間もなく道は緩やかに右に曲がり、雑木林が途切れると彼らの右手に鮮やかな芝の広場がひらけた。そしてすぐに、車が30台ほどはいる駐車場があり、そのむこうに2階建てモルタル造りのたてものがあった。
駐車場には5台の車が止まっていたがどれも行楽の車とは違うようだった。
ハルオは出来るだけ建物の玄関と思しきあたりの近くに車を止めた。
「よし」と、ハルオはサイドブレーキを引き、エンジンを止めた。
二人は手馴れた手つきでシートベルトを外した。
ユキはドアを開けながら、
「荷物はどうする?」と、ずいぶんと弾んだ声でたずねた。
「とりあえず、おいておこうよ」
「そうだね」
二人は入り口の扉を開いて建物の中に入った。
中は採光が行き届いた明るい感じで、左手がラウンジで右手が土産物屋になっていたが客はなく、ラウンジのすぐ手前にインフォメーションらしいカウンターがあったが誰も居なかった。
「ねえ」とユキがハルオの袖をひいた。
ユキの指差した方を見てみると、一人の中年の女性が土産物の棚を整理していた。
「あ、あの、すいません」とハルオは、なにやら自分の声がこの場の平穏を破ってしまうような気がして、おそるおそる声をかけた。
ハルオが思ったとおり、その女性は少し驚いたように振り向いた。
小柄だが芯の強そうな、よく日焼けした顔に微笑んだ白い歯が綺麗な女性だった。
「はいっ、あ、すいません。いらっしゃいませ」と彼女は会釈しながら二人の方へと歩み寄った。ときに卑屈さまで感じさせられるような商売ッ気をみじんも感じさせない雰囲気で、商売人じゃないなと思いながらもハルオは好感をもって彼女が近づいてくるのを待った。
「あの、昨日お電話したヨシモトといいますが・・・」とハルオは告げた。
「はいはい、聞いてます。よくいらしてくれました。そちらで少しお待ち下さい。今社長を呼んできますから」
その女性はこう言って二人をラウンジに案内した後、奥のドアに消えて行った。
二人はラウンジのボックス席のソファーに腰をおろした。
ここ『グリーン・ファーム・パーク』は10年前までは普通の酪農農家であった。バブルの末期に、後背地に裾野の広い山を保有していたことに目をつけた銀行に紹介された開発業者に進められていわゆる観光牧場に転進した。
土地を担保に、業者に進められるままに山を拓いて放牧場を拡張し、馬場と農園を設け、更に申し訳程度の遊具を設備し、倶楽部ハウスとペンションも建設した。
オープン当初はおりしもバブルの爛熟期、こじんまりとしたアットホームな雰囲気がうけてそこそこの客が入った。
しかしバブルが去ってみると、那須の観光の中心からは距離があり、当初は訴求ポイントになっていたこじんまりとした規模がかえって中途半端なものになって客足が遠のいた。借り入れ金がたちまち重く経営を圧迫し、一昨年遊具施設の用地の大半を開発業者に売却した。そして開発業者は昨年、そこを菜園付き別荘地として販売を開始した。場所が牧場の奥にあったため『グリーン・ファーム・パーク』は管理会社として名前を貸すことになった。
結局バブルに躍らされたお人よしの酪農家が、借金を背負わされ、人出に渡したもとは自分の土地の管理人になり、それでも残った借金に四苦八苦しているのだった。
しかし全てを失わなかっただけましだったかもしれない。もっと理不尽な憂き目を見せられている人達が、今のこの国には大勢いる。
そして、このような状況をつくった銀行や、不動産開発業者や大企業はのうのうと税金を使いこみ生き残っている。
そんな理不尽な社会も間もなく終ろうとしているのだった。
5,6分も待っただろうか、先ほどの女性と連れ立って男が一人現れた。
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