テレビ局のスタジオは予想以上に暑かった。そして何より驚いたのはその狭さと、そこで動き回っている人の数であった。
カメラ、照明、美術、ディレクター、アシスタントディレクター、メイク、音声 ・・・。
― あの背広に開襟シャツの男はなんなのだ? ―
特に仕事もなさそうな連中も大勢みうけられる。
ときどき若い女性が飛んできては、ミタライの巨漢に取り付いてはすぐに浮き出してくる汗を拭いていく。
「はーい。もろもろよろしければあー、本番行きまあーす」
ジーンズにワークシャツ。ヘッドセットを首にかけた、絵に描いたようなアシスタントディレクターが声を張り上げた。
「・・・ 5、4、3・・・」ツヨシは胃がむかむかとしてくるほどの緊張に、今更ながらテレビ出演の依頼など受けるのではなかったと後悔した。
ツヨシはすでに光り始めたミタライの顔に目をやった。ときどき頬が小さく痙攣するようだ。さすがに彼も緊張しているのだろう。そう思うとツヨシもほんの少し安心できた。
ツヨシがあのなぞの暗黒ガスの写真撮影に成功した後、同様の発表が世界各国のさまざまな研究者、観測者によって行われた。
日本ではツヨシが第一発見者となった。
ときに1999年5月。世間は2つの話題で盛り上がっていた。
ひとつはコンピュータのY2K問題。
世代の古いコンピュータが、西暦2000年になると誤動作をおこす。世界中の様々な舞台で活躍するコンピュータが障害を起こす。なにが起こるかわからない、というものである。
一方が先端テクノロジーに関する話題であり、具体的問題点であるのに対してもうひとつの話題はきわめて非科学的話題であった。
ノストラダムスの大予言。
『西暦1999年、7の月。空から大魔王が降り立ち、世界は滅亡する』という、例のあの予言である。
そんな世間にツヨシ達N大チームが発表した観測写真は一大センセーションを巻き起こさずにはおかなかった。
今日、ツヨシとミタライが招かれたテレビ番組も『ノストラダムス・・・』をテーマの中心にした興味本位の番組であった。もちろんテレビの番組はみな興味本位なのであるが。
「つまり、それは猛烈な勢いで地球に近づいてきているわけですね」
番組のキャスターが、日本の惑星研究の大家であるT大の教授に尋ねた。
大家の教授は大家らしいもったいぶった尊大さを保ちつつ、
「いやいや、一概にそう決め付けることは早計ですね。何しろ観測期間が短いですから、果たして接近してきているのかどうか断定は出来ないのです」
彼の態度には番組のスタッフの間にも、― もう、うんざり ―といった雰囲気がありありと見てとれた。
キャスター氏も同様であったが、それを露骨に顔には出さず質問を続けた。
「しかし教授。報告されているデータは、それは確実に接近していると言っています」
「それは、今のところは、っというこでしかないのですよ。明日には遠ざかるかもしれないのですよ。そしてそれを繰り返すのではないかとも思われるのです」
― 何を言ってやがる ―。ミタライの額に大粒の汗とともに不満のいろがありありと浮かんでいた。
「なるほど。では日本の第一発見者であり、それ以来観測を続けていらっしゃる、N大のソウカさんにお尋ねします」
キャスターに話を振られて、ツヨシは急に落ちつかなげにもじもじと座りなおした。
カメラがツヨシの顔をフォローしによって来る。
「ソウカさんとしてはどのようにお考えですか?」
「はあ」
ミタライがツヨシのほうをにらみつけている。
― 言ってやれ ―。ミタライが下唇を突き出している。
ツヨシはミタライの表情にますます圧迫されて硬くなってしまった。
「あのですね。あ、確かに先生のおっしゃるようにまだ観測期間が短いですから、その断定的なことは、その・・・」
キャスターの顔に落胆の表情が浮かぶ。
するとミタライが勝手に割り込んた。
「確かにもう少しすると遠ざかっていくかもしれませんが、今のところ接近してきているというのが事実ですね」と言った。
ようやくキャスターは我が意を得たようだった。
「なるほど。それで、現在の観測結果から予想される最接近はいつ頃になると?」
「この2ヶ月の観測結果から予測すれば、もし地球に到達するとすれば7月中旬と思われます」
ミタライのその発言が意味するところが視聴者に十分伝わるように間を取った後、
「なるほど、7月ですか」とカメラのほうに視線をふった。
「はい、OKでーす」とアシスタントディレクターの声がひびいた。
「チェック入りまーす」
スタジオ内の緊張感がざわざわと解けていった。
ミタライがツヨシの背中を力ませに張った。
―ばんっ―、と見事な音がしたがざわめいているスタジオ内で気づいた者は居なかったようだ。
「しっかりしろ」ミタライがツヨシの耳元で怒鳴った。
「これはお前が発見して、観測してきたことじゃあないか。あんなただえらそうな野郎に好きなように言わせてるんじゃねえよ」
「でも、教授の言うことも一理ありますし」
ツヨシはあいまいな表情でこたえた。
「お前は人がよすぎるんだ。あんなやつ自分じゃ何もしてないくせに。きっとここ何年も寒空に望遠鏡をのぞいて震え上がったことなんてないんだぞ、あいつ」
「それはそうですけど、しかしですよ」
「しかし、なんだよ」
ツヨシはスタジオ内を見まわした。
「こんな興味本位の番組で、7月に最接近するなんて言ったら、混乱を招くだけじゃないかと思いまして」
「・・・。うむ。確かにそれもあるな。まったくこんな番組に出るんじゃなかったぞ。うちの先生にも困ったもんだ。何でも安請け合いしちまって」
結局番組は、ツヨシの観測結果と、なんとか研究家などといういかがわしげな連中の話を糞味噌一緒にして扇動的な論調で盛り上がったあげく、慎重に見守る必要があるだろうなどと中途半端な締めくくりで終わった。
局を出たツヨシとミタライはすっかり疲れ果ててしまった。
「ま、テレビなんてこんなもんってことだ」と、ミタライは今日何度目になったか、ツヨシの背中を―ばんっ―とたたいた。
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