| 第五回 「 百聞は・・・ 」 JR山手線恵比寿駅で下車する。
西口を目黒方向に出てロータリーから外れると、軽い下り坂が続く。
ガーデンプレイスが出来てからの恵比寿は今風のお洒落な街として売り出しているが、実際は都心の喧騒の中に埋没しかけた古い住宅街のひとつである。
坂道の両側には古くからの家屋や商店が多い。昔ながらのたばこ屋や八百屋などと並んで妙なバランスを保ちつつ、不思議な感性の飲食店や古物商があったりする。
そんな町並みを旅人のような心地よさに浸りながら12、3分歩くとスタジオE
のビルがある。
今日は、CG合成のスタジオE
を見学させて頂くことになっていた。
事務所を出掛けに片付け仕事に思いのほか手間取り、約束の時間に15分ほど遅れていた。
エントランスの自動ドアを通ってカウンターでたずねると、すでにP社のS氏が着いていた。
「どうも、遅くなってスイマセン」
「いえ、さっき来たばかりですから」
私達は応接スペースに場所をとった。
「あとでディレクターのSKが来ますから、先にちょっと打ち合わせいいですか?」と、S氏が言った。
私達がスタジオE
の事務の女性が持ってきてくれた麦茶を飲みながら、今後のスケジュールのことなどを打ち合わせているとAT社のディレクターSK氏はやってきた。
「や、おそくなってスイマセン」とSH氏が軽く頭を下げた。
「どうも、ごぶさたしてます」
彼とは2回目の仕事であった。
簡単にあいさつを済ませたところへ、スタジオE
のGIMO氏が来て、
「それじゃ、スタジオの方にご案内します」と告げた。
エレベーターで2階に上がる。
「今日はすいません、小さいほうしか開いてないんで」とGIMO氏。
分厚い防音のドアが開けっぱなしになっていた。
10坪に少し欠けるだろうか。天井は4mほどのスタジオは、壁全体がいわゆるブルーバックになっている。
入ってすぐのところに、カメラと大型のモニタが置いてあった。
「そっちのモニタ見ててください」と言って、GIMO氏はどこかへ姿を消した。
まもなくモニタに画像が映し出された。カメラを通したこのスタジオの様子が映し出されている。スタジオの中央に椅子が置いてある。
『それじゃ、いきます』と、GIMO氏であろうと思われる声がインターホンから聞こえてきた。調整室あたりにいるのだろう。
モニタの画面がCGで描かれたスタジオのような風景にかわった。どうと言うこともないCGだったが、その画像がすでに合成画像であることは、実像の椅子がCGの中に取り込まれていることから見ても明らかだ。
『SKさん、ちょっとカメラを振ってみてください』
GIMO氏から言われて、SK氏がカメラを左に振った。すると、それまで写っていなかったCGスタジオの横の壁がフレームに入ってきた。それに伴って椅子の向きも微妙に変化している。
これが今までの合成技術とはまったく違う点なのだ。従来の合成の背景は例えばそれが動画であってもあくまでも2次元の平面画像なので、合成する側のアングル等がかわっても、予め用意されたアングルから変わる事はない。
「ちょっと、GUNさん、入ってみてよ」と、SK氏が言った。
「いいんですか」
GUN氏は持っていたかばんを隅のほうに置くとそう言った。もちろんすでにその気になっている。
GUN氏がカメラのフレームに入ってきた。なんだかとってもうれしそうだ。
実際には真っ青なスタジオの中を歩いているのだが、モニタの中の彼はCGで描かれたスタジオの中を歩いている。
SK氏がズームでGUN氏に寄って行った。
「ほお〜」「おぉ」
見ていたS氏と私は思わず驚嘆の声を上げた。
カメラのズームに背景の映像が完全に同期している。
「GUN、ちょっと歩き回ってみろよ」
S氏が言った。
「えっ、こんな風でいいですか?」
モニタを見ていないGUNさんには自分がどんな風に映っているのかわからない。どことなく遠慮がちにスタジオの中を歩き回る。なんだか身体まで小さく縮込めているさまがちょっとおかしい。
SK氏はGUNさんの動きを追いながら寄りと引きを繰り返した。
「なるほどね、凄いもんですね」
私は唸らずにはいられなかった。
『じゃあ、今度はこれでいきましょう』GIMOさんの声がした。
暫くすると、背景の映像が風景写真に変わった。
抜けのいい綺麗な写真だ。どこかの公園かキャンパスのようだ。中央に胸像が一体映っている。
「これ、スチール?」とS氏がたずねた。
『はい、そうなんですけど。・・・GUNさん、今度は部屋の真中で円く歩いてくれませんか』と、GIMOさんが応えた。
「こうですか?」GUNさんははっきりと顔に戸惑いの色を浮かべながら、部屋の中央を歩き回った。
何しろ彼にはモニターにどう映っているかわからない。しかも他のみんなはモニターのほうばかり見ていて、自分の方を向いているのはカメラだけである。彼にしてみれば自分だけが取り残されてしまった上に自分の行動にまったく自信が持てないでいるわけで、これは結構不安であるに違いない。
「へぇえ」と、またみんなから驚嘆の声が上がる。
歩き回るGUNさんの姿が胸像の陰にかくれて見えなくなったのだ。
GUNさんは何が起きているのかわからずキョトンとして立ち止まった。
「こんなことも出きるんだ」とS氏が言ったのに、またインターホンからGIMOさんの声が
『銅像の部分にマスクがかけてあるんです』と答えた。
「おいGUN、止まるなよ」とS氏が分けがわからず途方にくれているGUNさんを促した。GUNさんはまた不安げな自信なげな表情で歩き出した。
モニターの中のGUNさんが胸像のまえを行ったり来たりしはじめた。
「そこじゃないよ。もうちょっと後ろを歩いてくれよ」とS氏が注文をつける。
GUNさんにしてみればけっこう理不尽な言われようである。
少し不満げに、「こうですか?」といって、先ほどより少し下がったところを歩き回った。
その不満げな顔がおかしくて、わたしは俯いて笑いをかみ殺した。
今度はみごとに胸像の後ろを出たり隠れたりして見せた。
見事としか言いようがない。
「実際背景がスチールですから、よーく見ると違和感が出るんですけど、手持ちで寄りとかパンとかで動かしてやるとほとんど実写と見分けがつかないですね」と、それまでカメラを覗いていたSK氏が言った。
「GUN、かわってやるからお前も見ておけよ」とS氏がまだ何もないところをうろうろしているGUNさんに声をかけた。
しばらく私達は素材を変えながらいろいろと試してからスタジオを辞した。
確かに面白い技術である。素材のクオリティーがよければVTRを背景にしてもよい。つまり、実写の素材とスタジオのナレーターを合成すればあたかもその場にナレーターがいて説明をしているように見せることが出きるのだ。
できれば他のメンバー、特に今回映像を担当するタケボーには見せておきたかった。私はそんなことをちらと思ったが、あとはもうどんな映像がつくれるか夢想するのに忙しく、タケボーのことなど頭から消えてしまっていた。
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