| 第八回 「 プレゼンテーション 」 出展準備におけるひとつの大きなイベントがやってきた。
P社によるプレゼンテーションである。
準備委員のメンバーは、もちろんそれ以前に何度かの打ち合わせを済ませているので、P社が持ってくる提案の内容はおおむねわかっている。
それでも業者にプレゼンテーションをしてもらうのは、準備委員以外の人達に認知してもらうことが主な目的である。
そして、業者にいくつかの案を提案してもらい、プレゼンをうけた第三者の意見を聞くことによってそれまで自分たちが進めてきた検討が妥当であるか、評価することができるのである。
P社のほかにF社にもプレゼンしてもらうことになっている。もちろんF社はダミーである。F社はP社の関連会社なのだ。
複数社からプレゼンをしてもらい、見積をもらうことで社内の了解がとれるのだ。
P社のプレゼンがはじまった。
プレゼンを行うのはGUN氏と制作のY氏である。
3Dの鳥瞰図をパネルにしたものを使ってブースの説明をする。
ただ、出席者はあまり多くない。
前回、前々回はみなもっと積極的に参加していた。プレゼンテーションを受けること自体がものめずらしかったせいもある。回数を重ねるにしたがって関心が薄くなってきている。
「ふざけろ!後で文句言うんじゃねえぞ。くそったれ」
口には出さない。しかし、ひょっとすると顔には出ていたかもしれない。
たしかにプレゼンの手法、技術はある意味私達の方が進んでいるかもしれない。
私達の大型のプレゼンともなると、プロジェクター、コンピュータ、VTRなど、様々な道具をつかってビジュアルに訴える。
もっとも、私はこのごろこの手のプレゼンはあまり好きではない。部屋を暗くしてプロジェクターを使ったプレゼンは、相手の表情やリアクションを捉えにくく、うっかりするとじきに居眠りを始めたりするやつがいたりする。
他社も同じようなプレゼンをする。
だからどちらかというとこのプレゼンのように相手の顔を見ながらやる方が好きだ。
GUN氏のプレゼンはまだまだだ。僅かだが私達準備委員に依存した気配が感じられる。
当社の若い連中は、このプレゼンを聞いて何を感じているだろうか。
自分がプレゼンする立場になったときのことに思いをいたらせているだろうか。
企画の内容は概ね決まっていて、変えるつもりはない。
それにあわせて、造形もほぼ決まってくるのだから大きく変わりようもない。
他者のプレゼンを聞いて、何か自分の参考にして欲しいのだが。もちろん、オジサン達にはあまり期待していない。
2社のプレゼンは、どちらかというと淡々と進んだ。
一応私達準備委員が選考して後日発表することにした。
私が見ていた感じでは、本命の案よりもP社に用意してもらった2案目の方が他の面々には受け入れられていたようだ。
第2案の方はどちらかというと従来のパターンに近い。本命の案は映像をメインにしてブースの中に来場者を誘導し、映像を見せた後は展示機のスペースに強制的に誘導するようなゾーニングになっている。
ブースの外からは、映像も展示機もブース内の雰囲気も一部しか見えないようにする。一方の案は、ブースをオープンにしている。従来のブースのデザインに近い。
どうしてもイメージが捉えやすい。
特に保守的な人でなくても受け容れやすいものである。
だが、今回はちがうのだ。変えたいのだ。
映像に精力も予算もつぎ込むのだ。オープンにしては効果が出ないのだ。
人は通常保守的なのだ。変化を受け容れるのには自分自信に納得させる一見合理的に見えるような理由が必要だ。
今回の展示会の概要、コンセプトなど一通りの説明はしてあるものの、今日のプレゼンを聞いた人達がその辺をどのていど理解してくれているかが問題なのであったが、そのリアクションを観察していると、どうやらあまり理解してもらっていなかったようだ。それでも、彼らは自分が理解していないことには気づかない。
それまでの経験だけで構成された概念を普遍的な概念であると勘違いしてしまう。
そんな彼らを説得しなければならない。これはムータンの仕事でもシンちゃんの仕事でもない。全体の企画に責任を負っているのは私なのだ。
私ははっきりと暗澹たる気分に侵されていくのを感じていた。
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