メッセへの道
第十一回 「 オーディション(1) 」

その日ムータンは朝からそわそわと落ち着かない様子だった。
何かと面倒なことばかりが多く、損な役回りといってもよい準備委員のリーダーであるが、そんな彼がずっと待ちに待っていた日がやってきたのである。
ナレーターとコンパニオンのオーディションの日がやって来た。
私が椅子を回して様子をみてみると、一番壁際の席でにやにやと、これでもかといわんばかりににやけている彼の顔があった。

「まいったなあ。打ち合わせ、キャンセルになってしまった」
実は彼としては全く不本意なことながら今日という日に得意先との打ち合わせの予定が入っていた。彼の満面の笑みはこの予定がキャンセルになったせいであった。

−おや?−
私は思わず首をひねった。
元来が根回しやらが得意の調整型の彼のことである。まず第一にこんな日に打ち合わせの予定を入れてしまったこと自体が彼らしからぬことである。
その予定がこの土壇場で、文字通りのドタキャンとなった。
はたして本当に得意先のほうからのキャンセルであったのだろうか。−いや、これはあやしい−。
私ではなくとも多少なりとも事情を知っているものは皆そう思ったに違いない。

オーディションは午後の遅い時間から行われることになっていた。
すっかり手狭になってきたオフィスで行うので、できるだけ関係のない社員の仕事の邪魔にならないようにとの配慮である。
今回の展示会には、ナレーター2名、コンパニオン3名の採用予定である。
ナレターに6人、コンパニオンに12名の応募があった。
開始前、私、タケボー、シンちゃん、ムータンの4人にP社のS氏とGUN氏の6人はオーディションを行う応接室で段取りの打ち合わせを行っていた。

「ナレーターはやっぱり声の質とか態度とかを中心に見てください。コンパニオンはやっぱりやる気とか、チームで仕事ができそうかとかというあたりを見てください。シンさんの彼女を選ぶわけではないんで、あんまりルックスにこだわって失敗すると、現場で困るのはシンさんですから」
S氏がメンバーに釘を刺した。現場の進行担当はシンちゃんである。
戦力になるはずの女の子が、文句が多くてチームワークを乱したり、穴をあけて出てこなかったりして現場の足を引っ張るということは決してありえないことではないのだ。そこで困るのは彼である。
「はいっ、オッケっす」と、シンちゃんは殊更まじめな表情を作って頷いて見せた。
−しかし−、
『本当にわかっているのか知らん』
かなり怪しかった。まずこの応接室を面接会場にし、会議室を控え室に設定していること自体、きわめて不謹慎な下心によってなされた決定である。

応接室は高さのない応接テーブルに深いソファーが置かれていて、一度に12人が入れるようになっている。
女性たちはクライアントのスケベ心を知ってか知らずか、−いや、おそらくは充分に心得ていて−、ミニスカートをはいてくる。特にナレーターは、知的なキャリアっぽさを見せるためにタイトめのスカートをはいてくる場合が多い。
それを踏まえての、ムータンとシンちゃんのセッティングである。
すでにムータンはどっぷり深々とソファーに沈み込んでいた。

オーディションの時間が近づいて、すでに何人かの女性が集まってきていた。
事前の打ち合わせが終わって、GUNちゃんが「ちょっと控え室の様子を見てきましょう」と立ち上がった。
するとシンちゃんが
「あ、じゃ俺もちょっと見てきます」と立ち上がった。
「ん?」と私が視線を向けると、
「一応、担当っすから・・・」と口を尖らせながら二、三度頷きながら出ていった。
少しすると部屋の外から彼の声が聞こえてきた。どうやら会社の女性に、会議室にお茶を出してくれるように依頼しているようだった。

『おやおや』と私は頭を掻いた。これで社内の女性の彼に対する好感度が何ポイントか下がったに違いない。
会社の女性たちも、オーディションにくる女性たちには充分に関心がある。
『今年はたいしたことないわね』とか、『ちょっと、派手なおねえさんが多いんじゃない?』などととかくかしましい。
彼女達にすれば、お茶を持っていければそのときにゆっくり観察できるわけであるが、それを男性社員に指示されるのは決しておもしろくないものだ。
少しして、GUNちゃんが戻ってきて、
「それでは、ナレーターの方からはじめましょう」と、オーディションの開始を宣言した。