| 第十五回 「 ロケーション(2) 」 車は横浜を何事もなく抜けた。ロケ地渥美半島はまだまだ遠い。
私とタケボーは快適に東名高速をとばしていた。特に私は自分で運転をしなくてよいのですっかりリラックスしていた。
梅雨の明けた空は見事に晴れ渡っている。10時を回って外はみるみる暑くなっているに違いないが、エアコンの効いた車内は快適そのものである。
今ごろ会社では皆いつものように仕事をしているのだろう。そう思うと随分と得をしたような気分になった。富士山はあいにく中腹から上を雲の中に隠していた。今ごろの季節はこんなものだ。
富士吉田を過ぎたあたりで、ポケットの中で私の携帯電話がビリビリと振動した。
ロケーションで移動中なのは会社にも言ってある。電話を受けたところで何が出来るわけでもない。無視してしまおう。無視してしまえ。
「くそっ」
結局私は電話をとった。会社の女性社員からで、ある得意先の担当者が連絡をほしいとのことであった。
私はしかたなく得意先に電話を入れた。
今とりかかっているある現場でうちの作業員がどうしたこうした。
電話の向こうの得意先の担当はクレームともつかないようなことをくだくだと並べ立てる。
「はい。はい。そのように言っておきます。いえ、今は移動中で。いえ、来週まで戻りませんので」
私はしばらくは気のない受け答えを続けたが、車窓を上下に分かつ丘の緑と空の青さが、そんなやりとりのばかばかしさを際立たせていく。
「もしもし。聞こえますか?もしもし」
私には向こうの声がはっきり聞こえていたし、『きこえますよ。もしもし』と、相手も通話状態が良好なことを伝えてきていた。しかし私は、「えっ?もしもし」とつづけ、少し電話機を口元から遠ざけ、「申し訳ありません。何かあったらまたご連絡下さい」と言いながら、言い終わらぬうちに電源を切った。
「トラブルですか?」
ハンドルを握るタケボーがサングラス越しに私の様子をうかがい、心配そうに短く尋ねた。
「向こうはそう思ってたらしいよ」
「え?ああ。いますよね、そういう人」タケボーは妙な納得の仕方をしてまじめに頷き、「それはそうと、この辺そんなに電波入りにくいですか?」と続けた。
「いや。きれいに入ってたよ」
私はぼんやりと電話を見つめて、改めて電源を入れなおした。
電波の状態を示すインジケーターが元気よくフルに立ち上がった。
「ははは。かなり悪いみたいですね」
タケボーは今度は屈託のない声を出して笑った。
昼少し前、車は浜名湖サービスエリヤのパーキングに滑り込んだ。
私達が車を降りて間もなく、タケボーの携帯電話が鳴った。
P社のS氏からだった。S氏とGUNちゃん、ディレクターのSK氏は私達から10分ほど遅れて到着した。
電話で連絡を取り合い、先着したもの、遅れたものがやがて集合した。
代理店のS氏、GUNちゃん。ディレクターのSK氏とアシスタントディレクターのオーさん。カメラマンのイッペーさん、カメラアシスタント兼テクニカルディレクターのスギさん。照明のオヤッさんと助手の2人。2人はオヤッさんの息子さんだ。そして、スチールカメラマンと、アシスタント。
私とタケボーがクライアントということになる。総勢13名のクルーである。
私達は昼食を摂りながら簡単にあとの予定を確認し、それぞれ自分達の車へともどった。
その途中。カメラマンのイッペーさんがSK氏に言った。
「スチールの人。なんか熱いっすよね」
それに対してSK氏は、苦笑しながら
「ううん。熱いって言うか、なんか鬼気迫るって感じだな」
確かにスチールのカメラマン氏の風貌は異彩を放っていた。長身痩躯で手足が長くやや猫背。真っ黒なバサラ髪を無造作に後ろでしばっている。
額にかかる数束の乱れ髪が怪しげな妖気を漂わせているようだ。
「あの、ほら、あれに似てません?あの仮面ライダーに出て来る怪人」
「おうおう、あれ、死神博士だろ」
「そうそう、死神博士。それそれ」
イッペーさんはすっかり上機嫌でSK氏の肩を叩き、手を振って自分の車へ乗り込んだ。
これ以後、スチールのカメラさんは、もちろん当人のいないところでは『死神博士』と呼ばれることになった。いっぽうそのころ、S氏とGUNちゃんの間では『博士』のアシスタント氏を『エビスさん』と命名していた。その風貌が同名の漫画家(?)にあまりにも似ていたからだ。
とにもかくにも、ロケ地渥美半島はまだまだ遠い。
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