メッセへの道
第十八回 「 ロケーション(5) 」

翌日朝食を終えた私達は早速現場に向かった。
午前中は私達の目的の設備は動かないので昨日の打ち合わせに従って、ムービー班は外観や全景などを中心に、スチル班が設備を撮影することになった。

ムービーとスチルの撮影は全く似て非なるものといってよい。
ムービーは基本的に被写体が動いていなければ意味がないのであるが、一方スチルは基本的に静止している被写体を撮るものである。
動いているものをいかに止めるか、止まった写真でいかに動きを表現するかがスチルの命題と言ってよい。
そのために、斜面を滑り落ちる箱を写すために、被写体の箱を両面テープで固定したりする。そんな対策が取れない場合に限って動きにあわせてカメラを振ったり、シャッター速度を限度いっぱいまで上げて被写体を止める。

私とタケボーはスチルの撮影に立ち会うことになった。
イッペーさんがADのオーさんに
「おれ昨夜見ちゃったんすけど、晩飯の後エビスさんが外から帰ってきて、コンビニで買ってきたパン食ってるンすよ」と語っていた。

私とタケボー、カメラマンの死神博士とアシスタントのエビスさんの4人は冷蔵庫の中に入った。
「バムッ」と重い音を立てて断熱扉が閉まると、冷蔵庫内は外界から切り離される。扉を閉めるときはいつも、もう開かなくなって閉じ込められてしまうのではないかと言う不安が一瞬心のすみをよぎる。静寂ときりっと冷えた空気が孤立感を煽る。
慌ただしく動き出した死神博士の黒ずくめの姿がそんな一瞬の感慨を払拭する。
死神博士はあれやこれやとエビスさんに指示を出し、要求を出す。が、エビスさんの反応は必ず遅れる。
死神博士の様子は変らずに熱い。エビスさんの仕事振りにいらいらしているようにも見えるし、それがいつもの彼の温度なのかもしれない。

少な目の蛍光灯で照らされた冷蔵庫の中は、壁の色の関係もあってどことなくオレンジがかって見える。色相を調整し、ホワイトバランスをとるためにフィルターの選別をする。
短い打ち合わせをしてアングルを決める。ポラロイドカメラを使ってテスト撮影をする。
死神博士は出来た写真を私達に見せ、「これでいいですか?」と確認する。
私達がOKを出すと、もう一度露出を確認し、本番の撮影である。フィルターを交換してまた撮影する。少しアングルを変えてもう一枚。
わずらわしい手順だが必ずこの手順が繰り返される。

入り口側の撮影がひと段落つく頃、それを待っていた様に設備が動き出す。
私達は予定通り出口側の撮影に移った。
死神博士のテンションが上がってきている。彼らは基本的に職人である。自分達の仕事に誇りを持っているし、与えられた条件のなかで自己表現のために全力を尽くす。
だからといってその結果が評価されるかどうかはわからない。それでも彼らはファインダーの中の被写体に自己の技術と感性を表現するために全神経を注入する。
冷蔵庫の中にいるにもかかわらず彼の熱気が、いや、彼の場合殺気にも似たテンションの昂ぶりが伝わって来る。
しかしアシスタントのエビスさんの方はといえば、相変わらずのマイペースだ。

「このダンボール、こう、傾斜の途中で止めてみたいので押して下げておいてもらっていいですか」
死神博士がタケボーにリクエストを出した。タケボーは「いいですよ」と気安く答えた。
そのときの私もタケボーも、死神博士の殺気に気おされていたのか酔っていたのか。大事なことを忘れていた。
この装置はひとつの区画にいくつものダンボールケースを格納する。後ろから入れて前から取り出す。
その区画がすでに満杯であれば、先頭のダンボールを押せば一番後ろのダンボールが供給側の装置の通路にはみ出す道理である。
「もう少し押せますか」
死神博士の言葉に操られるようにタケボーは先頭のダンボールをぐいと押し込む。
そのときであった。

『ドーン』と、大きな音が冷蔵庫の内部に轟いた。
私も、そしてタケボーも一瞬にしてその大音響の意味するところを悟った。
『それで止まってくれ』
しかし私達の願いは通じなかった。
『ガシャーン』
『くそ、止まれ』
『ガ、ガーン』
タケボーが私のほうを振りかえった。明かに動揺している。
『ブーッ、ブーッ』
機械の異常を知らせる警報のブザーが間の抜けた音を響かせた。
「やっちゃった」
「やっちゃったみたいね」

前のダンボールを押し込んだことで通路にはみ出した最後尾のダンボールを、移動していた供給装置が引っ掛けたのだ。
それに続く音はそのダンボールが棚や機械にぶつかりながら落下して行く音。さらには、ぶつかられた衝撃で別のダンボールが飛び出し落下する音、あるいは機械が持っていた荷物が落下する音だ。

なにか事故が起こったことは死神博士やエビスさんにもすぐに分かった。
死神博士からみるみると憑き物が落ちて行く。
「自分のせいですか」と、顔色の悪い男は力なく尋ねた。