メッセへの道
第十九回 「 ロケーション(6) 」

私とタケボーはおそるおそる供給側の通路をのぞきに行った。
黄見掛かった照明のしんと静まった冷蔵庫の中に警報音が鳴り続ける。
一見、機械には損傷はなさそうだった。とりあえず警報を切り、安全装置を解除して通路に入り機械に近づいた。

装置の上にひしゃげたダンボールが2個乗っている。格納用の棚の腕に突き刺さって無残な姿をさらしているダンボールがひとつ。棚と機械の間に挟まって、内容物の菊の花を、まるで内臓をぶちまけた死体が自らを弔っているかのようなダンボールがひとつ。
床に落ちてつぶれたダンボールがひとつ。
深い緑色の葉と、白い花びらが散乱し菊特有の鮮烈な青臭さが漂っていた。

「うあちゃ〜」
タケボーが声にならない悲鳴を上げた。
これは困ったことになった。撮影中に機械を壊したなんてことになったら、撮影に協力してくれたお客さんにとんでもない迷惑をかけることになる。なんとか機械だけは無事でありますように。
私達は供給装置に乗り込んだ。とにかく、散乱した菊の花とダンボールの残骸を片付けなければ。

概ね片付けた後、タケボーが手動操作で機械の動きを確認した。
「機械は大丈夫みたいですね」
タケボーの言葉に私はほっと安堵のため息をついた。ついたため息が白く漂い落ちて行く。
「復旧出来そうか?」
「この機械は運転したことないんで、とにかくやってみます」
この機械に関しては基本的に素人ではあっても、元来技術屋のプライドというか責任感が、タケボーにそれを言わせたのだろう。
どうにか機械側の復旧が出来るのに、そう時間はかからなかった。
「どんなふう?」
ころあいを見計らって私は彼に尋ねた。
「いやあ、これでいいはずなんだけど、データーがひとつ、どうしても消えないんですよね」こたえるタケボーの顔に困惑の表情が浮かぶ。
「しょうがない。全クリしちゃおう」
「やっちゃいます?」

いよいよ自動続行がきかないような事態に備えて、制御的なデータを全てクリアしてすべてイニシャルに戻す方法が用意されている。ただし、その原因となったトラブルの直前の状態と、本来正常に完了したときになるはずの状態と現在の状態、データーをリセットした際の状態、そう言うものがはっきりと分かっていないと、リセット後に正常に戻るとは限らないし、はたしてその状態が正常なのかどうかが分からなくなってしまう。
うかつにリセットしたために余計に障害がひどくなってしまったという事例を、私もタケボーも直接経験している。そんなリスクをおかすには、ある種の覚悟が必要なのだ。
この場合決断しなければ行けないのは私の仕事である。
「事務所に行って、棚データもらっておこう。棚卸しなきゃならない。データがとれたらコンピュータも一回電源を切ってもらおう。この上コンピュータにトラブられたらたまらない」
「じゃあ、僕事務所に言ってきます」
タケボーは思いのほか軽快な動作で機械から降りると冷蔵庫を出ていった。

私はタケボーとともにいったん冷蔵庫を出ると、そのまま外に出た。冷蔵庫の中とはうってかわって、真夏の蒸せかえる暑さが、冷え切った身体にジンジンと音をたてるように染み入って来る。
私は日陰をさがして腰を下ろし、胸のポケットから携帯電話を取り出した。
まず担当のサービスセンタに連絡をいれる。万一状態が悪化するようであれば出動してもらわなければならない。
『わかりました。今は全員出払っているのですぐには無理ですが、誰か回れるものがいるか探しておきます。また、連絡下さい』
電話の向こうのサービスマンは慣れきった口調で電話を切った。彼らにとって機械のトラブルは日常茶飯事なのである。私の電話もそんな中のひとつに過ぎないのだ。こちらが期待したほどには熱心に聞いてはくれない。

さらに工場の技術部に電話を入れる。手順の確認である。
『はい、その手順でいいと思います』
制御設計の担当者に確認してもらう。しかし、かれの保証をもらったところでリスクがあることには変りはない。
そのことをその設計者に告げると、彼は『大丈夫だと思います』とこたえた。
「そうじゃないと困っちゃうよ。祈っててよ」
『そうですね、お祈りしてます。なにかあったら連絡して下さい』
彼に礼を言って私は電話を切った。
すっかり身体から冷気が抜けきった私は、額と首筋にじっとりと汗を掻いていた。
見上げると撮影クルーが心配そうに私の様子をうかがっていた。

タケボーが手にコンピュータの出力紙の薄い束を手にして歩み寄ってきた。
私は重い腰を持ち上げた。