| 第二十回 「 ロケーション(7) 」 タケボーと私は再び冷蔵庫に戻った。まるで死体安置所へ入っていくようだ。興奮も高揚感もない、沈鬱とした重圧。
床の片隅に片付けられたダンボールの残骸と菊の花の傷ましい姿が、私達をとがめているようだ。
心配そうに冷蔵庫に入ってきた、S氏とGUNちゃんに手伝ってもらって現状の把握をすることにした。
コンピュータのデータと、各区画に格納されたダンボールの数が合っているかを確認して行く。
異常に気づいた職員数人が様子を見に来た。疑念に満ちた目が冷蔵庫の隅に凝った薄暗がりに揺れている。私達はそんな視線を意識しながら作業を続けた。データとのチェックに20分ほども掛かったであろうか。全てのデータをリセットし、再度システムを立ち上げた頃にはもう昼近くになっていた。
再立ち上げ後の最初の荷物が順調に流れて、所定の場所に順調に納まるのを確認して、私とタケボーはほっと胸をなでおろした。
私達は冷蔵庫を出た。駐車場に出る。天辺にぎらつく太陽を見上げると、背中から冷気とともに緊張感か蒸発して行くようだ。
「もう大丈夫ですか」
ディレクターのSAKA氏が声をかけてきた。
「ええ、どうにか」と、私と同様に肩から力の抜けたタケボーが答えた。
「どうです。飯にしませんか」と、あとから歩み寄ってきたGUNちゃんが言った。
「そうですね」とタケボーは目顔で私に同意を求め、「そうしましょうか。なんか冷蔵庫の中なのに変な汗もかいちゃったし」とシャツの襟元を両手で広げて熱気に近い空気を胸元に入れた。
午後の撮影は順調に進んだ。スチールのクルーに代わってムービーのクルーが冷蔵庫に入った。スチールの死神博士とエビスさんは、「あたりの風景でも撮影してきます」と言って出かけて行った。
こんなときに撮りだめをしておいた写真が彼の財産になる。
例えば、カタログやパンフレットなどにイメージ写真を入れようとするとき、レンタルの写真を使う。この写真の著作権は写真を撮ったカメラマンが持っていて、彼には著作権料が入るのだ。もちろんこのようなレンタルポジは海の砂ほどあるのだから、死神博士が今日撮影した菊花畑の写真がいつ彼に収入をもたらすのかは、本当の神様でさえ分からないのであるが。
VTRの撮影はスチールに比べるとはるかに派手で大掛かりだ。
ディレクターのSAKA氏がアングルを決める。カメラマンのイッペーさんがカメラの位置を決める。カメラアシスタントのスギさんとSAKA氏はモニタを覗きこみながらフレームとアングルをチェックする。その間にオヤッサンたちが照明をセットする。ADのオーさんとGUNちゃんがあたりをかたづける。特にワイドの画を撮るときにはあちらこちらのちょっとしたとっ散らかりや、延びきってのたうつ照明のケーブルや、機材の置き忘れなど、オーさんは自らモニターを何度もチェックしながら注意を払う。
イッペーさんは、カメラテストに余念がない。きれいなパンニングはカメラマンの腕の見せどころだ。パンニングでぶれたり、フォーカスが甘くなったりしてはプロのカメラマンとしては失格だ。
イッペーさんがスギさんに合図を送る。
それを確認し、SAKA氏がオーさんに合図を送る。
「もろもろよろしければあ、本番行きまあすっ」と、オーさんの声が響く。
続いてスギさんが「カメラ回りましたあ」と、告げる。
私たちは息を潜めて見守る。コンベヤの上を、とことこと流れる段ボールがフレームの中に入ってくる。フレームの中央を過ぎたところから、カメラはゆっくりと荷物の動きを追いかける。やがてカメラの動きは止まり、取りきりの画面の中を荷物は流れフレームから切れて行く。
イッペーさんが顔を上げ、満足そうに頷く。
「はい、オーケー」とSAKA氏の声。それに続いて「チェック入りまあす」とスギさんの声が掛かる。作業はいったん止まり、スタッフはその場に待機する。
スギさんがモニターで今のテープをチェックする。予定外のものが映っていないか、フォーカスはきれいに来ているか、反射や影が入っていないか、電気的なノイズはないかなどがチェックされる。問題があれば撮り直しである。
「オーケーです」とスギさんがモニターから顔をあげた。
スタッフの間にほっとした空気が流れる。
しかし、それもつかの間、すぐに次のカットのセッティングが開始される。
冷蔵庫内の撮影になると、クルーの間に一段と緊張感が増した。
そんな緊張感が徐々に熱気に変って来る。ディレクターの要求が厳しくなる。
それに対して、カメラマンも積極的にカットやアングルの提案をする。オヤッサンやオーさん達は、そのたびにディレクターやカメラマンの目的を察しながら、黙々とセッティングをしていく。アクション系のカメラマンであるイッペーさんのアイディアは時に危険でさえあった。
私とタケボーは彼等が暴走しないように気をつけていなければならなかった。しかし、毎回彼等の提案を拒否しつづけるわけにもいかない。
彼等はプロの立場からベストを尽くそうとしてくれているのである。
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