| 第二十一回 「 ロケーション(8) 」 冷蔵庫内の撮影が終了した。「オッケーでえす」と、スギさんの声が庫内に響いた。2時間近くは入っていただろうか。初めは心地よくさえあった気温だったが、さすがに身体の芯まで冷え切ってしまっていた。
外に出ると、夏の午後のたっぷりと湿気を帯びた重い熱気が、どんよりと澱んでいる。それでも鎧のように冷気を纏ったわたし達の身体は、容易に暑さを感じないようだった。
冷蔵庫にストックした菊を出荷先別に、等級毎に自動的に揃えていく。
トラックがついて出て行くまで、私達はスチールとVTRの両方の撮影をすませなければならない。
あまり忙しくないうちに、まずスチール撮影を行う。その後、荷物の量が増えたところでVTRの撮影を行うことにした。
死神博士はどうしても出荷場全体を俯瞰する画が欲しかった。あちこちを捜し歩いた彼は手ごろなフォークリフトを見つけてきた。
「運転できるんですか?」と、GUNちゃんが尋ねた。
「いえ。でもちょっと練習すればいけそうですよ」死神博士はそう答えると運転席に乗り込んだ。
その様子を見ていたタケボーがそっと私につぶやいた。
「大丈夫ですかねえ」
「フォークに乗って撮るつもりだな。危なっかしいなあ」
「やめさせましょうか」
「でも、欲しいよな、俯瞰の画・・・」
私は改めてフォークリフトの運転の練習をしている死神博士達の様子をうかがった。
「まあ、しばらく様子を見よう」
私は見てみぬふりをすることにした。
午後3時過ぎ、出荷がはじまった。
VTRのクルーは周辺の撮影に入った。
死神博士がフォークリフトを運転してきた。
自分で運転して、あらかじめねらいをつけていた場所にフォークリフトを止め、フォークでパレットを持ち上げると、機材をその上に上げ始めた。
彼は後ろで束ねた長い髪をなびかせながら、身軽な動作でそのパレットの上に身体を持ち上げた。
エビスさんはカメラマンの熱っぽい動作とは関係ないかのように、ゆっくりと辺りを片付けはじめた。
死神博士はファインダーを覗きこみ、アングルを決めている。その彼がふいと顔をあげてエビスさんにさけんだ。
「おーい、そこアラッテ!」
洗えというのは『かたづけろ』、『きれいにしろ』ということである。
フレームの中に予定外の人が入ってしまうようなときには、『どかせ』とか『かたづけろ』では角が立つ。だから『あらって』という。
素人の私でも何度か現場を経験していれば知っている。
エビスさんは聞こえたのかどうか、相変わらずマイペースだ。
そんな彼の様子に死神博士がいらいらと声を荒げた。乱れた前髪の束が鬼気迫るようだ。
「そこ、アラエッて言ってんだ」
ようやくカメラマン助手氏は死神博士の声に気づいたようだった。が、そのとき私は見てしまった。エビスさんはいきりたつ死神博士に向かってやや小首をかしげ、モデルよろしく微笑んで見せたのである。
これにはぶっとんだ。「ワラッテ」と聞こえたのか。まあ、確かに聞こえたかもしれない。しかしちょっと考えてみろ。なんであんたがそこで笑う必要があるんだ。
さすがの死神博士もあぶなくパレットのうえから落ちそうだった。
「・・・そこの段ボール箱、かたづけてクダサイッ!・・・」
ようやくエビスさんも飲みこめたらしい。そして自分の勘違いに気づいたようだ。
大きな体を小さく丸めるようにして、小走りに指摘された段ボール箱の方へと駆けていった。
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