メッセへの道
第二十二回 「 ロケーション(9) 」

エビスさんがどたばたと現場をかけまわり、死神博士がシャッターを切る。
死神博士にもとめられてタケボーが確認をする。
スチール撮影は30分ほどで終了した。
すぐさまVTR班に交代する。出荷が終わっては撮影が出来ない。
時間の勝負になる。
スタッフ達の動作は、決してきびきびと動いていると言うのとも違うし、ばたばたしている様子もないが、そこにそうすべきことがあって、それをそれぞれが十分知っていて、しかもお互いがそのことを十分に理解し、何か不足があれば誰も何も言わなくても誰かがそれを補うことによって、作業はなんとなくスムーズにてきぱきと運んでいく。

準備の間、私とタケボーは外の日陰に腰を下ろして休憩していた。
そこへ、女性職員がつつと近づいてきた。朝事務所で最初に取次ぎをしてくれた女性である。まだ若い。20歳を過ぎたかどうか。顔立ちも悪くない。
そんな彼女が私達の前まで来ると立ち止まり、「あの、あそこに停まってる車、エルグランデでしょ。みなさんが乗ってきたんでしょ」
彼女の言っているのはタケボーの車の事である。
「はい、そうですけど」とタケボーが少しとまどったように応えた。
「いいですよねえ」
若い女性にお気に入りの車を誉められて、タケボーはうれしそうだ。さらに彼女は、「ちょっと中見せてもらっていいですか?」といった。
何と言う展開だ。車は偉大なる武器であることに間違いはないようだ。
「ああ、じゃあよかったら乗ってみます?」
こら、タケボーよ、何ということを言うのだ。

女性職員はぱっと顔をほころばせた。
「えっ?いいんですかあ」
その表情は恥じらいとか遠慮とか、気後れとかそういった情緒とは無縁のものではあったが、それはそれで屈託のない愛らしさにあふれているともいうこともできた。
タケボーは立ちあがり、ぽんぽんと尻の土汚れを払った。払ったズボンの汚れを確認するように上体だけをひねったときに、あがった左肩にいつもと違う気障な気取りが漂っていた。
私は半ば放心し、そんな彼と彼女を見比べた。
「そのへんひとまわりしましょうか」と彼もまた屈託なく声をかけた。更に彼は私を見下ろしながら、「ちょっとひとっ走りしてきます」と言うと、さっさと彼女の方に歩み寄って行った。

「あ、え?え?」
私は呆然とそこに座り続け、彼らの後姿を見送っていた。
いったい何が起きたのか。
彼らが駐車場の方に姿を消してまもなく、白のエルグランデがさっそうと通り過ぎていった。

ひとり取り残された私は、ジーンズのポケットからくしゃくしゃになったセブンスターのパッケージを引っ張り出し、暑さにねばる口に煙草をくわえた。
なんという寂寥感・・・。絶対皆に言いふらしてやる。そのときに私の頭に浮かんだのはそのことばかりであった。

私とタケボーの身の上に起こった大事件などとは関わりなく、出荷場ではVTRの撮影が始まっていた。
今度は死神博士にかわってイッペーさんがフォークリフトの爪に乗ったパレットの上にカメラをセットした。VTRは動の映像である。ディレクターのSAKA氏はリフトでせりあがっていく画が欲しいという。
死神博士が運転席に乗り込んでイッペーさんが乗ったパレットを上昇させて行く。

本来フォークリフトを運転するには免許が必要である事はすでに述べた。
「頼むから事故だけは起こさないでくれよオ」と、私は画の出来映えよりもそのことが気になって仕方がなかった。
なにしろ運転しているのは死神博士なのだから。

しかし、私の心配にも関わらず撮影は順調だった。
それにもまして私には心配事があった。
・・・ひとまわりって、いったいどこへ行ったのだ・・・
タケボーのことである。