| 第二十五回 「キャスター 」 会議室には他に誰もいない。今室内に入れば私達は二人きりになるわけだ。もちろん気のまわし過ぎと言えばそれまでだが、一応彼女に気を使ったつもりである。
とりあえず私達は会議室にはいった。
私は一応名刺を出し(そのシチュエーションで、名刺を差し出すことに随分と抵抗感を感じてはいたが)、「ドンキーです」と名乗った。
彼女はやや申し訳なさそうに私の差し出した名刺を受け取った。
20畳よりやや広い会議室の中央に、14,5人がぐるりと掛けられる会議用の机が据えられている。
「どうぞ。掛けて待ちましょう」と、私は彼女に椅子をすすめた。
彼女は最も下手に近い椅子に座った。つまり、ドアに近い席である。
もちろんドアは閉じていない。
ドアは閉じていない? そうだ。閉じていない。閉じるべきかどうかも迷ったのだ。
こんなとき、閉じないのがエチケットとして当然だろうが、そんな気遣いをする事自体に後ろめたさを感じたのだ。
別に下心などはない。ややこしい感情が錯綜する。
彼女の大きなやや下がりぎみの目が私を見つめている。さて一体何を話したら良いのだろう。
「場所はすぐにわかりましたか」
「はい」
「今日は事務所からですか?」
「いえ、自宅からです」
「そうですか。荷物があるのに大変だったでしょ」
などと、あたり障りのない話をする。が、そんな話題はそう長くは続かない。やがてお互いにもてあまし気味になる。これ以上この状態が続けば、立ち入った話題でも振らなければならなくなると、わたしの態度に落ちつきがなくなってきたときP社の面々がやって来た。
「おはようございます」
もう午後の3時を回っている。お定まりの業界のご挨拶。とにかく、−おはようございます−である。
P社のS氏、GUNちゃん、プロデューサーのSAKA氏、それに今日はスタイリストの女性も同行してきていた。
P社の面々を交えて雑談をしていると、もうひとりの女性キャストが現れた。
華やかさのある可愛らしい女性だ。ショートヘアに大きな目。先の彼女よりはやや小柄だが元気な感じがよい。
私は二人を見比べた。
確かに一方はやや落ちついた感じがし、後から来た彼女の方が元気でライトな感じはあるが、丸顔にショートヘア、大きな目、小さな顎、一見した印象は似ていると言えなくもない。
−これで、キャラクターの違いが出るかなあ。−
私はふと不安になった。
私がそんなことを思っていたのは、後から来た彼女が入り口のドアを開いて入ってきたほんの少しの間だった。
そして次の瞬間、私は、いや、その場に居た誰もが愕然とすることになる。
「おはようごだいばふ〜」
ああ、なんという強力な鼻声だ。こいつ風邪ひいていやがる。
私、SAKA氏、S氏は互いに顔を見合わせた。
「おはようございます・・・なんか、すごい声してるねえ」
P社のS氏が言った。
「あはあ、ずびばへ〜ん。ちょっと風邪いいでひばって」
彼女は悪びれた様子もなく満面の笑みを浮かべた。
ちょっと、って。確かに収録まではまだ2週間ほどあるが、大丈夫なのかア。誰もがそう思ったに違いない。先に来ていた彼女の顔にもやや困惑の色が浮かんだ。
しかし、今ここで鼻声を治せと言って治るわけでもない。
「気をつけてくださいよ。収録までには治しておいてよ」と、S氏は言い、「それじゃ衣装合わせ始めましょうか」と続けた。
「あーい、ひゃんろなおひれきばーふ」
彼女は再び満面の笑み。ううん、確かに可愛い。が、本当に大丈夫なのだろうか。
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