コーヒーの歴史
No.3 カフェが育んだコーヒー文化
1615年のベネチアを皮切りに、ヨーロッパ全土へとコーヒーは浸透していきます。
それはものすごい勢いでしたから、当然各地で摩擦が起きました。

ローマでも、イスラム教徒の飲み物をキリスト教徒が飲むのはどうかと、
賛否両論が持ち上がります。
当時の法王クレメンス8世は「悪魔の飲み物といわれるのにこんなにおいしい。
これを異教徒に独占させておくのはもったいない」と、
コーヒーに洗礼を施してキリスト教徒の飲み物として受け入れました。

イギリスではコーヒーハウスが数多く作られ、紳士の社交場として人気を博しました。
男たちはここで政治を語り文学を論じ、ビジネスを展開しました。<br>

当時コーヒーハウスに入れるのは男性だけで、中には家に帰らずに入り浸る男たちも現れる始末。
そこで1674年にはコーヒーハウスの閉鎖を求める主婦たちの嘆願書が出されています。

フランスにもトルコ・コーヒーが伝わります。トルコの大使が1669年にルイ14世に献上したのが始まりです。<br>
コーヒーはフランス上流階級をも魅了してやがてサロンが数多く作られ、
新しい文学や哲学や芸術も生まれました。<br>
その波は一般市民にも及んで、あふれるほどの街角のカフェを生み出していきます。

特に1686年に誕生した「カフェ・プロコプ」にはヴォルテールやルソー、
バルザックなどの文化人が次々に集い、知的サロンとしてにぎわいました。

やがてイタリアでエスプレッソが、フランスでドリップ式が考案されて、
コーヒーを飲むスタイルも変化していきます。

これだけもてはやされたコーヒーですから、その栽培に興味を持った人たちもたくさんいました。
13世紀にはメッカへの巡礼者たちが大量の生豆を持ち出し、
それが各地に植えられ、17世紀にもインド人のババ・ブーダンがイスラム巡礼の際に、メッカからコーヒーの実を盗み出して南インドのマイソールに植えています。

また、18世紀の前半にはフランス海軍の将校ド・クリュー自分の飲み水を注いでコーヒーの苗木を守り、フランス領マルチニーク島に運んだという話が残っています。
これがやがて中南米へと広がって行きます。
こうしてコーヒーの栽培も世界各地に拡大していったのです。