コーヒーの歴史
No.4 日本へのコーヒーの渡来は長崎出島

はじめて日本にコーヒーが入ってきたのは、元禄年間の長崎出島でした。
人々に受け入れられるようになったのは、明治時代になってからです。
日本でのコーヒーの歴史を見てみましょう。

最初、その味と香りになじめなかった日本人

西欧諸国ではコーヒーハウスが次々とオープンして、コーヒー文化と呼べる文学や芸術が開花していたころ、日本は江戸時代で、厳しい鎖国政策の真っ只中にありました。

当時最先端だった飲み物のコーヒーは、長崎出島のオランダ商館設立(1641年・寛永18年)以降オランダ屋敷に持ち込まれただろうと推測されます。

しかし外国人に接触できたのは、役人、商人、通訳、遊女などの限られた日本人。
1776年(安永5年)に記された「ツンベルグ日本紀行」(山田珠樹訳・雄松堂書店刊)には、「二、三の通訳のみがようやくコーヒーの味を知るのみである」とあります。

せっかく出島に入ってきた西洋文化の象徴「コーヒー」も、当時の日本では普及しませんでした。

日本人がコーヒーを飲んだ記録は、1804年(文化1年)に、狂歌師で戯作者・大田蜀山人が「けい浦又綴(けいほゆうてつ)」という書物の中で「紅毛船にて『カウヒイ』というものを勧む、豆を黒く炒りて粉にし、白糖を和したるものなり、焦げくさくして味ふるに堪えず」と書き残しているものが最初です。

これをみると、緑茶と日本酒に親しんでいた当時の日本人には、コーヒーの焦げ臭い匂いと苦い味が、口に合わなかったことが窺えます。

出島には入ってきていたのに一般に広がらなかった背景には、鎖国政策もさる事ながら、新しい飲み物の味に日本人の舌がなじめなかったという事情もあったようです。

1823年(文政6年)に来日し、出島のオランダ屋敷に住んだシーボルトはコーヒー好きだったようで、「江戸参府紀行」という書物の中で「日本人はわれわれと一緒にいるとコーヒーを飲むのが好きである」と書いています。

本格的な普及は、明治も半ばを過ぎてからになります。