【プロローグ】

 


 誰も気づくことのできないある場所で、『その存在』は決断をしていた。
 ――自らよりも『矮小な存在』に【すべて】を託すということを……。

 

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 「さて、これで明日の準備は大丈夫っと」
 「さあって! 今日はもう寝よ寝よっ」
 仕事を終え、授業を終え、それぞれが疲れを感じていた。いつもよりもぐっすりと眠れそうな気がして、寝る支度を整えた。
 「では、寝るとしましょう」
 「明日は着いたらあれを準備しないと……」

 明日に備えて早々に休む四人の人物たち。睡魔はすぐに訪れ、深い眠りにつく。
 ……。
 …………。
 夢うつつになっているとき、さざ波のように、遠くから声が聞こえてきた。
 若い男の声とも老人のしわがれた声とも聞こえる不思議な声だ。けれども、しっかりと聞くことができた。
 
 『我に力を貸すがよい』

 その不思議な声とともに意識は急速に覚醒した。

 

 

 

  【  第1章 呼ばれた先  】

 

 目が覚めると、そこは小さな部屋だった。天井には白熱電球が少し橙色を含めた白い明りで照らしている。
 自分がまとめておいた荷物は少し離れた場所にあるのを見て少し安心する。が、見知らぬ荷物もある。
 荷物から視線をそらすと目の前には木製の扉があり、その扉にもたれるようにして一人の少年が眠っている。そして、周りには自分と同じようにあたりを見回している人物が三人いた。

 

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 「ん……。朝、じゃないな……」
 自分がよく来ている服装なのを確認してから改めて他の三人を見た。
 「……ここはどこだ?」
 「本当に……ここはどこなのかしら?」
 時折、少女は夢を見る。
 悲しい夢を――
 辛い夢を――
 それでも少女は夢を見る。
 まだ見ぬ夢を見る為に――。
 長い黒髪がその存在を強調するように微かに揺れる。
 冷たく光る赤い双眸は、細められ周囲へと興味の色を示した。

 その少女に見つめられた若い男は自分が見知らぬ場所に置かれているのを察知して、鋭い眼光で周囲を警戒する。
 「……なんだここは?」
 目が覚めた四人がそれぞれ分からないと――……若干名は「またか」と――思いながら、医者として状況を確認しようと声をかけた。
 「あんたたちは?」
 この状況に慣れているのか、黒髪の少女と帽子を被った中年の男性が先に名乗る。
 「私の名は鬼目 朱天【おにめ しゅてん】。初めましてでよろしいかしら?」
 「……私の名前は宇野歩だよ」
 まだ周囲への警戒が解けない若い男性――桐谷は険しい顔のまま自己紹介をする。
 「……桐谷和義という」
 宇野は、自分から名乗りをしないで名前を聞いたその医者に若干不信感を抱きながら話しかける。
 「そういう君は誰なんだい?」
 「私は雉沢純一だ。初めましてだな」
 魚心あれば――というものだろうか。片方が不審がっていれば、その相手もまた怪訝な顔をしながら言葉を返す。鬼目と桐谷はそんな二人のやりとりに突っ込まず、少し様子を見た。
 宇野が扉にもたれかかっている少年が気になり、その少年を指さしながら三人に話しかける。
 「この中で見知った仲の人たちはいないみたいだね。あの少年に心当たりある人はいますか?」
 そう聞かれて改めて少年を見るが、見覚えはなかった。
 「見覚えはない」
 「いや、私も知らないな」
 鬼目は少年よりも先に自分の荷物、壁に立てかけてある刀のそばへ近寄る。
 自分の荷物らしきものが置かれた場所へ歩を進めれば、確認して彼女は笑う。
 「私の刀よね? 他の荷物は貴方たちの荷物かしら?」
 荷物に視線を移して、鞄が自分のものであることを改めて確認する。
 桐谷は床にポツンと置かれている携帯電話のそばへ行ってポケットに突っ込む。
 「そうだな。携帯くらいしかないが」
 「荷物? ああ、私のものだな」
 「荷物は……寝る前に準備した道具が鞄に収まっているよ」
 それぞれが荷物を手に取って確認した。
 「……寝るときに、変な声を聞いたかい?」
 宇野はふと、目覚める直前に聞いた『声』を思い出した。『声』を聞いたのは皆同じなのだろうか。似たような経験が多い彼はそう思った。
 「……聞いたな。妙な声だった」
 「変な声?」
 首を傾げて、鬼目も答える。
 「力を貸せ! みたいなやつ?」
 「声と言えば……何か聞こえた。『我に力を貸すがよい』だったな」
 「仕事終わりの社会人の睡眠中に酷なことを言うもんだな」
 雉沢の正確な記憶で言われたその言葉を思い出して、桐谷は肩をすくめるようなしぐさをして冗談を言う。
 「……それはみんな共通なんだね」
 考える様子でそうつぶやくと、やはり寝ている少年も同じなのだろうかと思った。視線は自然と少年に移動しており、それを察した鬼目がつぶやくように宇野に話す。
 「その子【少年】も私たちと同じ、巻き込まれ人かしら?」
 「そうだね。そこの子も起こして聞いてみようか」
 どちらにせよ、その少年を起こさなくてはいけない。そう思った彼らは少年の前に立ち、声をかける。
 「もし……もし……?」
 声をかけられた少年は瞼をピクピクと動かすと、ゆっくりと瞼を開けて起き上がる。彼もまた、この状況が分からずに困っている様子だ。
 「うーん……あれ。……ここは?」
 「おはよう、と言いたいがそうとも行かない状況なんだ」
 少年は飲み込みが早く、自分は目の前の大人たちと同じように困っている状況なんだと理解した。
 「……大丈夫か少年」
 「……え? はい。大丈夫です」
 少年は流暢な日本語でそう話す。顔立ちはどこかアジア系であるが、日本人とは違った。
 「気付いたみたいね?」
 鬼目は腰に手を当てながら、腰から曲げて少年の顔を覗き見た。少年ではなく、その周りにいた男性陣たちが、きわどいところが見えそうな姿勢の彼女が視界から外れるように顔を反らした。
 「自分の名前を口にできる?」
 鬼目の言葉を聞いて、周りの人物たちも再び口を開ける。
 「私の名前は宇野歩だ。君の名前は?」
 「僕は……ニコラスといいます。みんなからは、ニコルと……呼ばれています」
 「そうか、ニコル。私は桐谷和義という。よろしく頼む」
 「ニコル君か。私は雉沢純一だ。よろしく」
 「そうなのか。私もそう呼んでもいいかな?」
 「……はい」
 「私の名前は鬼目朱天。よろしくニコル」
 鬼目は微笑んで手を差し出す。扉に凭れこんで座っている少年を立たせるように――。
 「はい、よろしくお願いします」
 ニコルは鬼目からの握手に応じる。彼の手は少し冷たい感じもしたが、体温は平熱並みにあると感じた。
 その横から宇野は『声』について質問をした。
 「ニコル。君は眠る前に変な声を聞いたかい?
 「……声、ですか?」
 ニコルは思い出そうと少し黙り込むが、申し訳なさそうに話す。
 「……いえ、何も聞いていません」
 それを聞いて何かを察したような宇野だったが、それに触れずに話をした。
 「そうか……。君もとても疲れていたんだね」
 矢継ぎ早に聞かれて困ったような顔をしているニコルを見て、桐谷は安心させようと声をかける。
 「……そうか。私も、たぶん他の者も危険な者ではない。状況は把握できていないが、ちゃんと親御のところまで君を送り届けるよ」
 固い言い方ではあるものの、真面目そうな印象を与えるその言葉にニコルも他の三人も安心を感じた。
 部屋の中を軽く見回して、特に何もなさそうであることが分かった。
 「……早く帰るためにも、みんなでここを調べてみないといけないようだね」
 「ええ。この部屋には特に何もなさそうね。次に進むとしたらこの木の扉の向こう側かしら?」
 「そのようだな。この部屋には特に何もないみたいだ。次の部屋に行こう」
 桐谷もまた、彼らが同じように困っている人間であると確認できた。自分の身分を明かすことにした。
 「……そうですね、申し遅れたが私は自衛官です。国家を守る者の一人として貴殿らを守り抜くと約束しましょう。力仕事などはお任せください」
 「ああ、道理で軍隊っぽい服を着ていられると思ったよ」
 「さっきまでジャージだったのですがね……奇怪なものです」
 その話を聞いて、鬼目と雉沢も納得したように首を縦に振る。
 「ジエイタイ……?」
 ニコルはその話を聞いて、頭上に疑問符を浮かべていた。が、それについて誰も気づかないようだった。
 「私は……しがない獣医だ。ケガの治療ぐらいはできるさ」
 「こんなラフな格好だけど、私は大学で准教授しているよ」
 「桐谷さんや宇野さんは立派な方のようですね? 私は住んでいる場所が神社なので巫女をしています。本分は学生です」
 姿勢を正した鬼目は自分よりも頭一つぐらい高い雉沢の前に歩み寄って、口を開いた。
 「純一さんは獣医さんなんだ。皆さん固い職種なんですね」
 「固い、と言っても適材適所みたいなものだから今の職についているようなものだな」
 「適材適所……あながち間違ってないかもしれないですね。私も自分の研究をつき進めたいからやっているようなものですからね」
 宇野はジャケットの襟を正して、改めて全員で目の前の扉を見た。その扉には“磔の間”というレリーフが彫られている。
 「磔の間……物騒だな」
 「磔の間? 物騒な……」
 その扉を見ていたとき、桐谷と雉沢は微かな異臭を感じた。少なくとも一度は嗅いだことのある「血」の臭い。
 「血の匂いが、微かに」
 「血……?」
 「……ああ。確かに血の臭いだ」
 「血、ですか?」
 「血……? ……嫌なフレーズですね」
 鬼目は何か思い出したのか、顔をしかめる。
 宇野は二人の険しい表情から、ただ事ではない何かを感じた。
 情報が足りない。まだ何かここから分かることがないか調べてみる。
 「……何か聞こえるかい?」
 「私は特に……」
 「……後は、水が滴るような音だな」
 雉沢の耳には僅かに「ポツッ……」と何かが規則正しく零れ落ちる音が聞こえた。
 「選択の余地がない以上、この扉を開けるしかないのは分かっているのだけど……」
 ――気が進まない。

 最後まで続けないが、つぶやくようにそう言った。
 血……水が滴るような音……
 嫌なことしか思いつかない。しかし、鬼目の言ったことも確かだと思った。
 宇野はドアノブに手を伸ばし、自分一人が通れるぐらいの隙間を開けた。
 「……私がのぞいてみよう」
 桐谷はいつでも動けるように、ニコルを自身の後ろに隠して身構えた。他の二人も同じように構えたのを確認してから宇野はその隙間に入り込む。
 「……もう、慣れてしまったのかもしれないな」
 どこか諦めたように、ぽつりとつぶやくと“磔の間”へと足を踏み入れた。

 

 

 

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