【 第8章 ラストダンス 】
リネットに「お母様」と呼ばれたその人は顔は精巧な人形のようで、一目で美人だと分かる。
「おやおや、お前はここまで招待者を連れてきたのだね、えらい子だ」
「えへへ……」
笑顔を浮かべながらリネットの頭を優しく撫でている。
「ふむ。これにて一件落着といったところか!」
「そうだねー。これで私たちも何の悔いも無く帰れそうね」
「リネットちゃん、ここまでこられてよかったな」
「よかった」
クレアはそう思いつつも、部屋の空気に異様さを感じ取っていた。
「そうですね。それで私たちを待っていた理由とはなんですか?」
お母様は全員の声を聞いて「うんうん」と頷いている。藤原の問いについて答えることはなく、リネットの頭から手を離すと5人に向かって話し始める。
「やあ、招待者諸君。先ずはここまでたどり着いたことを褒めてあげよう」
そう言って拍手を送る。しかし、敬意を込めたというよりも、形骸的に行ったようなものだった。
「だが、まぁ……これではまだ想定内でつまらな過ぎるな」
「想定内……?」
「そ……想定内!?」
リネットの頭を撫でている時と至って変わらぬ笑顔で続けて話す。
「そうだね」
視線は分からないが、顔の俯き加減からリネットの方に顔を向けたのが分かった。そして、『提案』を話す。
「ちょっとこの娘を殺してみてくれないかい?」
そういうと、差し出してきたのは「リネット」だった。
誰もがその言葉に驚きと怒りの感情が湧き出てきた。
「……どういう意味だ」
「はっ……?」
「え? いきなり何を言い出すんですか?」
「何言ってるんですか……?」
「この子を殺せば、ここから出してあげよう」
「何だと?」
「ふざけてるの?」
お母様―魔女はからかうような様子もなく、言葉を続ける。
「もっとも、『殺さないのなら、君らが死ぬかもねえ?』」
笑顔を浮かべる魔女の口はとてもにこやかに釣り上がっている。だが、薄く開かれた瞳は濁り切り、正気の人間の目だとは思えない。
「な……何故そんなことを! どんな理由で……!」
「ふ……ふざけるな!!」
「そんなことできるわけがない……」
「別に構わないよ? 殺さないのなら」
自分の『提案』に戸惑う「招待者」たちに、魔女は先ほどと同じことを繰り返した。
「その場合は、君たちが死ぬことになるだろうけどね」
「魔女は狂っている、か……」
大鬼は水に沈んだ階に書かれていた壁の言葉を思い出し、ひとり呟いた。
「……どうして? どうしてこんな事をしなきゃいけないの?」
一向に「殺す」ということを選ばない五人を見て、魔女はしびれを切らした。
「そう……なら」
そういうと、魔女は右手の人差し指を差し出すと、クルッと回した。『提案』のことで戸惑っていたリネットの体が少し浮いたように見えた。
今までリネットがどれだけ母に会いたいかを見てきた大鬼は怒りを爆発させた。
「リネットちゃんはあんたに会いたがっていた! その気持ちを踏みにじるんじゃねえ!」
―っ!!
突然、リネットが近くにあった『手斧』を手にした。そして五人に向かって襲い掛かる。
「リネットっ!?」
「やめて、お母様! わたし、殺したくない!」
「やめて! リネットお願い!」
「さぁ、『早くやりな』」
魔女は全員が戸惑うその光景をニヤニヤとしながら見ている。
ずっと母を恋しがる姿を見てきた四人も、大鬼と同じように怒りに震えた。
「あんた……それでもリネットの母親を語るつもりなの!? ふざけてる!」
「こんな酷いことをするのは今すぐやめてあげてください!」
マルクスは魔女の表情からして、今のこの状況を楽しんでいることがすぐに分かった。
「(あの顔は……あんな表情をするのは、人と呼べないクズでしかない)」
「リネット! すぐに助けるからね!」
「当然だ! 受け入れてたまるか!」
「帰るんですよ……。リネットはあなたなんかに任せられない!」
リネットは自分の意志とは反している、といった表情をしながら手斧を霧島たちに向かって振るう。
「やめてやめて!」
「こんな提案をする親の言うことなんて、私は受け入れない!」
リネットが握りしめている手斧を叩き落とそうとクレアはリネットに向かって走る。その時、魔女が大きく笑う。
「ハハッ! 「あんたは殺すことに賛成」なんだねぇ」
「!? そんなわけがないでしょ!」
「だって、「あんたはその子に暴力を振るう」だろ? それを賛成以外の何と見るんだい?」
目の前に、自分の意志と反した行動をせざる得ないことに苦しんでいるリネットがいて、それを見て笑う魔女がいる。
クレアの胸の中で、その魔女に向かって怒りが込み上げていく。
「あんた……っ! ふざけないでよ!!」
カッとなったその感情のまま、クレアは魔女に向かって走り出した。
「リネットにはリネットの意志があるのよ! それなのに、あんたは!」
どこかで聞いた「攻撃して隙をつくる」という言葉がクレアの頭に残っていた。きっと、操っている本人が怯めば、隙ができるはず。
「はあぁぁぁぁぁっ!!!」
―バシンッ!!
クレアの怒りの一撃はリネットの母親を捕らえる。だが、……―
「っ!?」
―その拳の先に、人の肉体の感覚がないことに気付いた。
魔女は突然意識を失ったように倒れる。よく見るとそれは人間ではなく、ただのマネキンであった。
「どういうこと?」
するとマネキンは口を開いていないにも関わらず、どこからとも無く声が聞こえてきた。
『意に添ぐわぬというのなら、殺さざるを得ない状況にしてやろう』
「ど……どういうことだ! どこにいる!」
『我が娘よ』
「どこだ! どこにいる!?」
『我が『眷属』よ』
「出てこい! 卑怯だ!」
『そやつらを殺せ』
リネットは何を言われたのか分からないといった様子のまま、クレアたちに相対する。
そして、リネットの横には『藤原』と『大鬼』が立っている。
「ど……どういうことだ!!!」
まるで操られた人形のように、クレアと霧島、マルクスに相対している。
「や、やめて!」
「藤原さん! 大鬼さん! どうして!? ねえ! どうして!?」
「藤原さん、大鬼さん! リネット!」
「…………」
「…………」
「殺したくない! 死にたくない!」
リネットはそう泣き叫んでいる。
しかし、藤原と大鬼は『三人の掛声に『一切』応じていない』。
「どうして……こんなひどいことを……っ!」
「リネットどころか、大鬼さんと藤原さんまでも……!」
藤原と大鬼は、壁にかかっている武器を、普段から使っている得物かのようにして手にして、改めて向かい合った。その顔からは何も読み取れない。けれども敵意をオーラのようなもので表していることは感じ取れた。
三人はこのような状況に恐怖を感じる。しかし、下のクレアのときと同様に『危険な状態』と感じ、三人のアドレナリンは沸騰する。
本来ならばいつも恐怖に慄くところが、全身に行き渡ったアドレナリンによってあまり感じなくなっていた。
恐怖に打ち勝つため、というよりも『助けなければ』と感じるところもあったからかもしれない。
「生きて、帰るぞ!」
「ええ!」
「もちろん! みんなで生きて帰ろう!」
―リネットも含めて、みんなだ。
クレアは深呼吸をした。
『皆様、最後のドレスアップはできあがりましたか?
それでは始めましょう。<最後の足掻き>を――』
――ラストダンスが始まる鐘の音が鳴った。
「いやだいやだいやだ!」
リネットは泣き叫びながら一番、仲が良かったクレアに攻撃をしかける。
その攻撃に、クレアは驚きの表情を隠せなかった。
「リネット!」
「い……いやだ……」
今にも泣きそうな顔をしているリネット。
「大丈夫! すぐに助けるから!」
斧をブォンと、クレアの横を掠める。その刃先がめり込んだ床が一部壊れたのを見て、血の気が引くのを感じた。
「つっ……」
しかし、今一番苦しいのは意識がありながら操られているリネットだ。
「すぐ、助けるからね!」
リネットの後ろでは、藤原がゆっくりと歩を前に進めていた。
マルクスは先ほどの戦闘を思い出してか、苦しい気持ちで拳を強く握った。
「すまない! すまない! すまない! 薄情な私を許してくれ……リネット!」
足元をよく確認していなかったせいもあった。マルクスはリネットという小さい人形を殴りにかかって派手に転ぶ。
あたりもマネキンまみれのせいもあってか、うまく立ち上がれなかった。
「マルクスさん!」
霧島は倒れ込んだマルクスのそばへ駆け寄り、マルクスを起き上がらせる。
「マルクスさん……。気持ちは分かるわ。でも……」
「私は……私は……!」
葛藤に悩まされるマルクスたちを脇にして、クレアは何か解決策がないか探した。
「リネット! 何か、私のときみたいに……」
リネットをしっかりと観察したクレアだが、リネットには糸や操るための道具がくっついている様子ではないのが分かった。また、黒い髪の毛により武器ごと雁字搦めにされているのも分かった。
「っ!(何も、ない……っ!?)」
それを見たクレアの脳裏には、受け入れたくない事実が嫌でも理解できた。
武器を取り上げるにしても『腕ごと』切断しなければ取れない。
また、自分たちにはリネットを呪縛から救う手立てが無いのでは、とも察してしまう。
「(まさか、そんな……っ!)」
クレアが驚いている間にも、大鬼はうつろうつろとしながら、こちらに向かって歩いてくる。彼女は武器を持つ男二人が自分たちの近くに来れば素手である自分たちに勝ち目はないことを理解できた。
「(二人が来る前に、リネットを倒さないとパーティが全滅する……)」
けれども、リネットは倒したくない。
クレアの相反する考えが胸を苦しめる。
「いやだ! 殺したくない!」
リネットの無情の叫びが霧島に届く。その斧は確実に霧島の頭上に向かって振り上げられている。
「避けて!」
「っく! リネット!」
咄嗟に動くことができた霧島は寸のところで避けた。
「やめて!」
霧島が先ほどまでいた床が振り下ろされた斧によって亀裂が入る。
「…………」
藤原はナイフを手に、物言わぬ人形のようにゆらりゆらりと歩み寄ってくる。
「(藤原さん、大鬼さん……)」
「ああああああああああ!!!!!!」
狂戦士(バーサーカー)のように、マルクスは雄叫びを上げながらリネットに向かって走っていく。
クレアも分かっていた。「狂ったように振るわなければ、この戦いに挑めない」。マルクスも苦しんでいる。霧島も、藤原も、大鬼も、リネットも。
しかし、マルクスの理性の一部が自身の拳を当てることを拒むのか、小さい人形には当てることは難しい。
「くっ……どうすれば」
霧島は数歩下がって、藤原たちの標的にならないように間合いを取る。
「(どうすればいいの? どうすれば……っ!)」
今にも泣き出したい気持ちを抑えながらクレアはリネットも助かる方法を考える。
「(あの【魔除けの指輪】、どうして今効果を出してくれないの!?)」
しかし、冷静になれない今のクレアはどうしようもないと思えた。ただ、「何か」あるはず。
「(叩き落としに行く? いや、あんな雁字搦めされている腕はこぶしなんかじゃ落ちるはずがない)」
そう思うがアイデアが浮かばない。
どうすればいい?
クレアの目の前にもその言葉が出てきているような気がした。
『 クレアおねえちゃん! 』
笑顔で自分にそう言ってきてくれるリネットが脳裏で思い出された。その直後、いろんな場面のリネットが走馬灯のように思い浮かんだ。
笑顔で挨拶をした時。驚いた表情で誘導した時。悲しんでいる自分に声をかけた時。恐怖に顔を凍らせている時。起きた自分を見て喜ぶ時。自分の言葉と行動に嬉しく思ってくれた時。
「(……ああ、そうだ。どうして自分はそんな簡単なことに気付かなかったんだろう)」
クレアは目から一筋の涙を流した。
けれども泣くのは今なんかじゃない。リネットを助けてからだ。
そう思って、リネットの前まで走って行ったクレアは彼女と向き合った。
「……リネット!!!」
泣かない。そう決めていたが、泣き出しそうなリネットの顔を見て、やはりクレアも次第に涙目、泣き声で言葉を紡ぐ。
「リネット、ごめんね……。今の私、あなたに何もしてあげられなくてごめんね……。
私、あなたを助けてあげたい、待ってる人になってあげたいとか言ってるのに、何もしてあげてない」
クレアはリネットにそう説得するが「変化は見られない」。
―っ……。
ただ、ほんの一瞬、ピクッと止まるのが、クレアは分かった。
「リネット……」
大鬼もまた三人に近づき、確実に追い込まれていく。
クレアの目の前にいたリネットは、クレアではなく、先ほどから攻撃を仕掛けているマルクスに斧を向けた。
「いやだ! いやだ! やめて!」
「あああああああああ!」
マルクスはギリギリのところで回避する。そして、彼自身の本音も暴露した。
「私は! 私は……死にたくない!」
今までの恐怖からしてもその通りだろう、と霧島も感じた。
そう叫んだマルクスは、避けたそのときに悲痛な表情のリネットを見た。
「……すまない」
藤原は、そのマルクスの本音を聞いたからだろうか。体がビクンと震えた。
「…………。ううっ……!!」
まるで今まで覆い隠していた靄が晴れたかのように、藤原は「魔女の指令を振り払う」。そして、正気を取り戻した。
「アレ……? 私は何をして……」
それは大鬼も同様だった。
「……は! 俺はいったい……」
『な、何!? 呪縛が解けただと!』
魔女の動揺の声は誰の耳にも聞こえた。
呪縛を解けたのを見て、霧島は今まで押さえつけていた感情があふれ出た。
「大鬼さん! 藤原さん!」
涙を流しながら二人の解放を喜び、そう叫んだ。魔女は想定外のことに驚きながらも始末させるために命令をリネットに強くする。
『ば、馬鹿な!? こんなことが!
我が娘よ! 早くそいつらを始末しな!』
「わ、私は……わたしは……! うわああああああああああああああああ」
「リネット!!!」
リネットの断末魔のような叫びを聞いて、クレアは胸を痛めた。
「(ごめん……ごめんね。私、何もできてなくて、ごめん……)」
藤原は直前のことを知らないため他の三人のような激情状態にはなれないが、リネットを倒さなければ自分たちが倒されることを察知した。
「……これで」
先ほどまでの魔女の呪縛によって持っていたナイフはそのまま手に握りしめていた。そのナイフを握る手を強くして、自分の悲しむ表情を感じないようにしてリネットと対峙する。
「ごめんね。だけどみんなを死なせたくないから!」
そう言って、藤原は一思いにリネットにナイフを振るう。
「ヒィ」
しかし、怯えるリネットを見て躊躇する。それを見て同じように驚いたのはクレアだった。
「リネット……っ!」
刃物が当たらなくてよかった。口には出せないがクレアはそう思った。
「あれは……?」
霧島はリネットが最初にいた位置にあった「黒の棺」に吸い寄せられるかのように近寄っていく。
「黒い……棺?」
何か蠢く影を見たような気がした。その直後のことだった。
近づいた霧島を、棺から伸びた黒い髪が霧島を「拘束」する。
「っ! 放せ!」
「!?」
「なっ!!!」
その霧島の声に驚いて全員がそちらに注目する。
黒い髪が霧島の全身に巻き付き、縛られているのが見えた。
「霧島さん! う、でも……」
クレアはすぐにでも助け出したいと思ったが、目の前のリネットが気になって足が動かせずにいた。それはマルクスも同じだった。
「うぅ……私は最低だ……」
マルクスも悩みながらリネットに向かって殴りかかる。
その拳の軌道は間違いなくリネットに入るはずのものだった。しかし、「その手はリネットに届くことはない」。
「なんだ……この壁は!」
殴った本人であるマルクスだからこその表現であった。リネットの周りに直接物が触られないように見えない壁ができているようだった。
クレアは先ほどの呼びかけで見られたわずかな変化を覚えていた。
もしかすると、助けられるのではないか?
そんなわずかな期待を胸に持ちながら再びリネットの前へと躍り出た。
「リネット。ごめん、ごめんね……。みんな一緒にいれば怖くない、ても行ったのに、あながを怖がらせてる」
本当は、誰もそんなつもりはないのに。クレアの胸は辛い気持ちでいっぱいになる。
「あなたが一緒にいれば私もみんなも、みんな怖くないって思った。なのに、なのに……っ!」
出て来る思いは『恐怖』だけだ。ゴメンナサイ。だから……――。
「リネット……。私は、私はあなたを助けたい!」
――謝ることしかできない私にできることはそれしかないの。
クレアは見えない壁に阻まれながら、リネットに手を伸ばそうとする。
しかし、声を掛け続けたが「変化は見られない」。
「霧島さん!」
大鬼は黒い髪に拘束される霧島を助けに行こうとする。が、霧島のことだけしか見えていなかったせいで「無防備」になっていた。何かが突然、大鬼に組み付いた。
「!?」
それは、さきほどまで『お母様』と呼ばれていた「マネキン」だ。
大鬼も瞬く間に棺と同様に黒い髪で拘束されてしまう。
「くそ! 放しやがれ!」
拘束を黒い髪に任せた「マネキン」はリネットに対してこう命令する。
『コロセコロセ、コイツヲコロセ』
大鬼はそうなってたまるものか、と全身を使って拘束から逃げようともがく。が、黒い髪は丈夫で抜け出せない。
リネットの顔は恐怖で凍り付いていた。なぜなら、自分の意志とは関係なしに拘束されている大鬼に向かって歩かされ、その斧を振り上げたからだ。
「い……や……」
大鬼に近づいたリネットはその斧を振り下ろす。当然、大鬼は回避行動が「一切」取れない。
―グシュッ!
「ぐあああ!」
リネットの斧がついに大鬼を捕らえ、殺そうとする。しかし、大鬼の鍛えた肉体が意識を飛ばすことを許さなかった。痛みを感じる。本来流れ出るはずの血が流れ出て来ないのを感じる。自分の肉体は、一体どうなっているのか、分かる由もない。
「ちくしょう……」
「……迷っていられない」
みんなを守るためだ。藤原はあたりを見回し、リネットを倒すための武器を探す。しかし、武器になりそうなものはないと感じた。
マルクスはまだ自分の体力に自信を持っていた。黒い髪と戦おうとして、黒い棺の前へ行く。
「やるなら私をやれ! そこに隠れているんだろう!」
黒い髪はこの棺の中から出てきている。そんな卑怯な真似をするなら自分が相手になってやる。
マルクスはそう挑発するが、それは虚しかった。分かったのは、棺の隙間と言えるところには黒い髪が覆われていることぐらいだった。
「(だめだ分からん。うううう……)」
霧島はその拘束を逃れようと足掻くが、元々力が無いのか拘束は取れない。
「ふざけないで!」
拘束される霧島と大鬼。その大鬼は攻撃を受け、危険な状態。
状況を打開しようと攻撃対象を変えるマルクス。
もっと大きな武器を探して、みんなを守ろうとする藤原。
「(謝ってもリネットが変わるわけじゃない。でも、他に何を言ってあげられるんだろう)」
このまま謝って、リネットを助けられるのか?
クレアの中でそんな疑問が湧いた。心のどこかで「もう助けられない」と考える自分もいた。助けられない。そんなことを認めるのはしないとずっと決めていた。
けれど、もし、自分があの一撃を食らえば?
死んでしまうことは間違いない。
そしたら自分がずっと言いたかったことを、もうあの子に『伝える』ことができないじゃないか。
「リネット……」
クレアは、リネットが自分の力で抗えないのを分かっているため、斧を振るう怪物となっているリネットにも、いつもと変わらぬ様子で近づき、寄り添うような手の動きをした。
「ごめんね。あなたは優しい、いつでもみんなに笑顔をあげられるそんな優しい子なのに、こんなことさせて、ごめん」
どんなときでも笑顔を自分たちに向けてくれた。
クレアの胸の中にあるのは、リネットへの『感謝』だった。
「いつも、私のことを好いてくれて、ありがとう……」
あなたは、いつまでもあなただから。言葉を続ける。
「私、あなたがどんなことをしていたとしても、私はあなたのことをいつまでも好きよ」
突然涙が堰を切ったようにあふれてくる。まだ駄目だ。自分が言いたいことを言い終わっていない。
涙をぬぐって、まっすぐにリネットの顔を見た。
「リネット、一緒なら怖くない。怖くないから……っ」
クレアはもう涙目でリネットに語りかける。それが、意味があるかどうかは分からない。それでもクレアは『何度も何度も説得』を試みる。
「クレア、さん……」
すると、リネットに「変化」が訪れる。
――静止する。
胸が張り裂けそうな苦痛に涙を湛え、全員に顔を向ける。それは、恐怖を堪えるような悲痛さを思わせる笑顔だ。
「ありがとう……なのです……」
「リネット……?」
「わたしは……」
「そんな悲しい笑顔、あなたに似合わないよ」
クレアはリネットのその笑顔に首を横に振る。リネットは、その悲しい笑顔のまま言葉を続けた。
「『貴方達を殺すくらいなら……』」
――ザシュ
目の前の光景を、クレアは認識できなかった。飛び込んできた感覚は、霧島とマルクスの悲鳴だった。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「ああああああああああああ!!!!!」
「っ!!?」
やっと、目の前の光景を受け入れた。
小さな体が武器を振り上げたかと思うと、我が身へ凶器を埋めた。自らを動けなくするため。
「なん……だと……」
「そんな……」
何度も、何度も。深く、より深く。痛みに嗚咽を漏らしながら決意と手に力を込める。
「リネット! リネット! やめて! そんなことやめてえぇぇぇっ!!!」
もう誰も傷つけないために、大好きなクレアさんを守るために、自分だけが傷つくために、少女は『死』を選んだ。
――カシャン
陶器が割れるような軽い音が虚しく響く。
少女が床へ、力なく倒れ伏した音だった。
「あぁ……。私は、私はなんてことをしようとしていたんだ……。こんなことを……こんなことを……」
「や……して……どうして!!? どうしてどうしてどうして!どうして…うぅ…うわぁぁぁぁぁ」
『死』を選んだのは魔女ではなくリネット自身だ。
だからこそ、全員がリネットに死を選ばせてしまい、身が裂けるような後悔を全身に受ける。いっその事、業火に焼かれてしまう方が楽なのではとも感じた。
「う、うわぁぁぁぁぁぁ」
今もまだ拘束が破れない霧島と大鬼は、無力な自分にも怒りを覚えながら抗った。
「私が、私が無力だった……無力だったせいで!」
「くそ! くそ! くそ!」
マルクスは自分のしてきたことに絶望感を感じ、その場で項垂れた。
「あぁ……私は……」
「………………」
その隣で、藤原も呆然とするしかなかった。
叫び終わって、自分のさせてしまったことに後悔して、クレアはそこに倒れるリネットしか目に映らなかった。
クレアはリネットのそばへ駆け寄り、リネットを抱き上げた。
「リネット……リネット。ずっと一緒にいる、て言ったのに……。私、あなたのことが好きって言ったのに……」
何粒かの涙がリネットの顔、服、何もない空洞へと落ちていく。
――パァァァァ
全員が絶望に浸っていると、突如、リネットが光りだす。
「っ……!」
「なんだ……」
正確には、クレアがつけた『指輪』からだ。ただ眩しいだけでなく、柔らかい光を発しながらリネットを包み込む。
「光ってる……」
「……?」
「……ひ、光……?」
リネットを包み込んでいた光はゆっくりと消えていった……するとどうだろうか。
「……?」
再び目を開けたリネットは自分に何が起こったのか理解できずにきょろきょろと自分たちを見ている。
「あ……あれ? わたしはなにを……?」
「リネット!」
リネットの復活に一番早く気付いたクレアはリネットの肩を握り、子を心配する母のように笑顔で泣きながら尋ねる。
「あなた……あなた、どこも、痛くない?」
「あぁ、神よ……」
「…………良かった。本当に……」
「信じられない……」
「……リネット?」
誰もがその光景に涙し、奇跡に胸を震わせていた。
しかし、リネットは先ほどのことがあってか、全身はボロボロであった。それでも彼女は生きている。胸に今まで感じたことのない幸福感があった。
「良かった。リネット、良かった……」
いつの間にやら動き出したマネキン―魔女が、高笑いをしながら言葉を放った。
「面白い、自分を殺そうとした化け物ですら救うのか! 気に入った、気に入ったぞ!」
その言葉の後に再び魔女は頭に引っかかるような高い声で笑い続ける。全員は険しい表情をして、魔女を睨み付けた。
「リネットは化け物なんかじゃない! 化け物はあんたの方よ!」
クレアは立ち上がって魔女にそう言い放った。
しかし、魔女はそんな言葉をどうでもいいような視線で振り払い、こう言った。まるで、その言葉の方が素晴らしいかのように。
「貴君らを名誉ある生贄に選んでやろう!」
「ふざけるな! できるもんならやってみやがれ!」
「生贄になってたまるもんですか!」
「私たちは貴様の食べ物ではない!」
魔女はこの部屋にあるマリオネットを動かし、五人に向ける。また、拘束されている霧島と大鬼は拘束するその力が強くなって、自分たちの力では「振りほどけない」ほどに締め付けられているのが分かった。
「っ……」
「霧島、さんっ……!」
「……そうは、させません!」
リネットは強い意志を思った声でそう言うと、ボロボロの体から力を振り絞ってどこかへ走り出した。
「っ!」
どこからあんな力が出てくるのだろうか、とクレアは不思議に思いながらリネットを見送るしかできなかった。自分たちに襲い掛かってくるマリオネットを振り払うので精一杯であった。
「リネット……!」
リネットはそんな混乱する中で、小さな体が役立って目的の場所へとたどり着く。そこには、『一体の古びた木偶人形』がある。リネットはそれを掴みあげた。
「今度は……私が守るのです!」
すると、魔女は先ほどまでの余裕は無くなったかのように、悲鳴に近い声を上げた。
「や、やめろぉぉぉぉぉぉ、それは!!」
マリオネットからの攻撃も急に止んだ。誰もが「リネットが持つ木偶人形」に意味が込められているからだということが分かった。
全員がそちらに目を、耳を向ける。
リネットが大乱闘の中、「何か言っているの」がわかるだろう。
そして、マルクスだけが確かな耳でこう聞こえた。
『 バ
イ
バ
イ 』
「やめろおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
マルクスの叫びで誰もがハッとした。
「え? え?」
「くそ! 離しやがれ!」
ほどけないと分かりながら大鬼はもがいた。
魔女がマルクスが聞いた言葉に気付いた時はすでに遅く、その木偶人形は床に叩きつけられ、砕け散った。
「待って!!!」
「リネット……っ!」
クレアは間に合わせようと走り出した。
終わりは、とても静かなものだった。
リネットによって古びた人形が砕かれると、魔女も、リネットもただの人形に戻ってその場で倒れた。
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