【プロローグ】
「お疲れ様でありました!」
「また明日ねー」
「ちょっと仮眠してくるねー」
「では、寝るか」
「じゃあな。また明日」
同じとき、違う場所でそれぞれが思い思いのことをしてその日を過ごし、何の関係もない五人。彼らが深い眠りについたと同時に、慣れた手つきで魔法陣を空で描く人物がいた。
このとき彼らは、深い眠りの次に起きることを知るはずもなかった。
【 第1章・目覚め 】
深く眠りに落ちた者たちは、ふと奇妙な感覚に襲われて目を覚ました。
「……?」
そこは見慣れない円形の部屋に、床一面が赤い絨毯が敷かれており、真上には大きなシャンデリアが煌々と部屋を照らしていた。ところがその照明以外に家具らしい家具はなく、先へ続く上り階段だけが目に入る。そして、床に寝転がる人物たちも視界に入った。
「な……なんだここは? 私のフカフカベッドはどこにいってしまったんだが……」
黒人の大柄な男性の一言と同時ぐらいだろうか。軍服のような恰好の女性と白衣をまとった男性―菓子の箱が見え隠れする―も声を上げる。
「う? うーん…。よく寝た?ってここどこですか?」
「え……ここ、病院じゃない……? 確かに仮眠室で……」
「あ、あれ? 俺は確か昨日は家で寝たはずだが……」
厳つい、大柄の白衣をまとった男性も今自分の置かれている環境についていけず、少し混乱している様子だった。
「えっと、あなた方は……?」
まずは現状の確認が必要だと思い、菓子を白衣のポケットいっぱいに詰めた男性、藤原智が恐る恐る起きた人物たちに声をかける。
その一言で、他の人物たちもハッとして、自己紹介を始めた。厳つい男性たちが続けて話す。
「俺は大鬼蓮といいます。目が覚めたらなぜかこんなところにいました。あ、俺は獣医をやっています」
「おっと、失礼。私はマルクス・モーフィアスという。精神科医をやっているよ」
事故でケガを顔にも負っている獣医の大鬼蓮と、サングラスをかけている黒人の精神科医のマルクス・モーフィアス。二人の後に軍服―正確には自衛隊の制服―に身を包んだ華奢な体つきの女性がピシっと敬礼しながら自己紹介をする。
「ッハ! 他にも人がいたのでありますか!? 私は霧島椿、陸上自衛隊所属であります!」
その途中で目覚めた、赤毛の短髪で、眼鏡をかけた女性も慌てて名前だけを言う。
「え? あ、私はクレア・ウーノよ」
一通りの人物たちの自己紹介を聞いて、藤原も名乗った。
「私は藤原智と申します」
『医者をやってます』と言いたかったのかもしれないが、今の自分の服装を見て、あえて言わなくてもいいかと思った。それに医療従事者も多いから尚更と感じた。
そんなところからか、この場にいる人物たちはあることに気付いた。
自分は眠りについたはずなのに、服装は寝巻きなどではなく医者なら白衣、自衛官なら制服などであること。また、荷物も普段持ち歩いているものを持っていた。
さらに、彼らはある『違和感』に気付いた。
自分の片腕に人形―どちらかといえばパペット―が付いているのだ。
「なんだこいつは?」
大鬼がそのパぺットを凝視して、そう呟いた。他の人物たちも同じように凝視してみると、そこには「それぞれの母国語」で「親近者」の名前が書いてある。それは、同僚であったり、友人であったりしているためか、その場にいる人物たちは皆、驚きを隠せずにいた。
「!!!! なんだこのパペットは! どうしてここにスミス君の名前が書いてあるんだ!」
「七海? どうして私の友人の名前が?」
「和樹……? なんで……?」
「柴…桜、どうしてあいつの名前が?」
「あら、マコトそっくり! かわいいけど、なんでこんなときに?」
全員が確認していると、突然全員の口が勝手に開き、まるで操られたかのように言葉を合唱する。
「「「「「 ようこそ 試練の塔へ 生きて帰りたくば 上へ昇ることだ 」」」」」
その言葉を言い終われば全員、また自分の意志で口を動かすことができた。驚いた霧島が最初に口を開けて言葉を発した。
「どどど、どういう事ですか!? 口が勝手に」
このような不可解な力で操られたせいか、特に大鬼は正気を大きく揺さぶられた。
「なんだよ……なにが起こってんだよ!!」
(そういえば……)
ふと、多くの人物たちが騒ぐ中で冷静になっていたマルクスはひとつ、気になることに気付いた。―気付いてしまった。
自分は日本に住んではいるものの、やはり母国語の英語の方がきれい喋れる。
―しかし、どうだ?
今、自分は『日本人のようにきれいに喋っている』。
―なぜ、ここまで喋れるのか?
「まるでピュアジャパニーズになった気分だ……」
マルクスは一瞬だけ背筋に寒いものを感じたが、今の状況では深く考えるのはやめておこうと心にしまい込んだ。
しばらくして落ち着いたのか、藤原は立ち上がると唯一の上り階段に近づいていった。少し決心をつけてからその階段に足をかける……はずだった。
「あ、あれ? え? あれ?」
藤原がどんなに足をかけようとしても、階段を踏む足は煙を踏んだようにすり抜けてしまい、一向に上がれない。
「おかしいな……上がれない」
その光景に他の人物たちも気付いたのか、それぞれ声をかける。
「階段があるように見えるのに上れないのか?」
「ええ……。そのようです」
「藤原さん……冗談はやめてくださいよぉ……」
藤原の言葉を打ち消したいのか、霧島も階段に向かった。藤原の隣に立って、霧島も階段に足をかけたが、同様に上ることができなかった。
「……どういうこと? どうして上れないの?」
「まさか、そんなはずは……」
「えー! こういうときは……どうしよう?」
霧島に続いて大鬼も試したが、同じ結果であった。
ふと、階段の壁面に視線を変えたとき、<上り階段:全員用>と書かれていることに気付いた。
「全員用、か……」
「? 大鬼さん。全員用……とは?」
「全員用?」
「私たち全員ってことなんでしょうか?」
今までのことを考えると、自分の考えは霧島の予想と同じなのかもしれないと思った。大鬼は階段の壁面に指さして話し始める。
「ここに全員用と書いてあります。全員で足並みをそろえて上らないといけないってことかもしれません」
その言葉に全員が頷き、賛成した。
「なるほど。……物は試し、やってみましょう」
「そうですね」
「んー。そうだね」
「マルクスさん、試してみましょう?」
霧島にそう言われ、強面のマルクスも首を縦に振った。
「ふむ、ではせーので踏み出すとするか……」
「了解しました!」
「なら、俺が合図します」
そのやり取りの間に全員は横一列に並び、右足を一歩後ろに引いた。それを見た大鬼は合図を出した。
「いきますよ? せーの!」
「えいっ!」「よいしょ」「ほいっと」「とーう」「ほあちゃぁ」
全員で階段に足をかけると、今度は階段として通常に機能した。ただ階段を上るだけならば何も感じないだろうが、先ほどまでできなかったことができるようになった喜びは何よりも大きかった。
「ちゃんと踏めるな」
「上れますね。大鬼さんの推測は正しかったようです」
「すごいっ! すごいよっ! ラノベの世界に入ったみたいだよ!」
「幸い、皆で仲良く地下監獄入りするなんてことにはならなかったようだね」
「……これは」
先ほどまで一緒に喜んでいた霧島だが、ふと気になって、自分一人だけ階段から足を離した。しかし、全員の踏んでいる階段は抜けることなくそこに存在している。先ほどまで踏めなかったものが踏めるようになっている。自衛隊故か、現実的な思考が呼び起された。
「どういう原理なんでしょうか……?」
その一言に、隣にいた大鬼も同様に思った。しかし、自分の知っている知識では何一つ分からなかった。
「分からない……。こんなものは見たことも聞いたこともない」
「考えても分かんないことは仕方ないよ」
全員の動揺を感じてか、マルクスはもう一歩踏み出して上りだした。
「それじゃあ、上るとしよう」
それを見た藤原や他の人たちも納得したように頷いた。
「そうですね。とにかく行きましょう」
「うん。先に行こう」
「そうですね。行きましょう」
一同は一段ずつ、確実に上に向かって歩き出した。こんな非常事態であるのに、日本のアニメ好きの考古学者のクレアは少し楽しそうに壁などをみながらついていった。
階段は螺旋階段になっているのか、ぐるっと回る感じを受ける。そしてそのまま階段を上ると両開きの扉が全員の前に現れた。
「なんの部屋ですかね? 開けてみましょう」
「何があるんだろうね?」
「開きます? いいでありますか?」
前3人の会話を聞いて、大鬼が確認を進める。
「中になにがあるか分かりません。一応、音を聞いて確認しましょう」
先ほどの的確な推測をした大鬼の慎重な姿勢に全員が賛成した。
何があるか分からない。そう思って自分たちの持つ五感を最大限に活用させた。しかし、訳の分からない場所であったせいもあり、『特に変わったことがない』と思い込んだ。
ところが、次の瞬間。
―ジャキッ!
いくつもの鋭い針が両壁から飛び出すように生えてきた。そして、そのまま一同を押しつぶすように迫ってくる。
それを見た瞬間、一同は『死』という一言を頭に描かざるを得なかった。
「痛いっ! あれ、見てるだけで痛いよ!」
「まずいぞ! ここまでではお陀仏だ。扉の先に行くしかない!」
「い、急いで中に入るであります!」
「ッ!! は、早く!」
『我先に』。全員が慌てて部屋の中に駆け込む。すると後ろはズゥンと重たい音と同時に両壁が押しつぶすように一気に閉まり、戻り道が絶たれた。
慌てていたためか、全員に所々切り傷ができていた。しかし、それ以上にその光景を見てそれぞれが自分の生命の危機を感じた。
「くっ……トラップか。えげつないな」
「うぁ……。まだ、生きてるよね……私?」
先ほどまで浮かれていたクレアも少し顔を青ざめ、自分の冷たくなった指先を温めようと手をこすった。
「ちぃ……」
「っく。注意を怠っていたであります……」
他の人物たちも自分自身のケガを見るために体を手に当てた。
藤原も同じように自分の体に手を当てて、そして『あること』に気付いた。
「……っ!」
先ほどまで何も感じなかった指先から寒気のようなものが一気に全身に広がっていくのを感じた。それと同時に、藤原は突然幻覚を見た。
「戻る道も絶たれてしまったであります……。これからどうするでありますか?」
21歳。まだ若干の幼さが残る彼女は絶たれた道を見て少し絶望を感じた。同じ女性として感じたのか、クレアがその言葉に答える。
「……こういうときは、前に進むしかないね」
自分の感じた恐怖を拭い去るためかのように言った。
「ただし、警戒は怠らないようにしましょう」
彼女の言葉に続けるように大鬼が釘を刺した。その言葉を聞いた一同は頷いていた。医師でもあるマルクスが全体を見回してケガをしている様子を見て口を開ける。
「その前に、全員手当が必要じゃないか?」
「あ、ああ。そうでありますね」
その言葉でハッとした大鬼と霧島。大鬼は自分の仕事鞄から応急手当セットを取り出す。
「道具ならあります。すぐに手当てしましょう」
「状況を把握しきれていないせいか、正しい判断ができていないようであります」
自分の不甲斐なさに恥じてか、顔を少し赤らめていた。その言葉に、全員が「自分もそうだよ」などと優しく声をかけ、気にさせないようにさせた。
「みんな、ボロボロだね。HP回復は冒険の基本だしね! 私は手当ヘタだから、お願いします」
手当をしてくれる大鬼に笑顔でそう言ってわざとおどけた様子を見せた。
「……? 藤原殿?」
先ほどから言葉を出さずに固まっている藤原に気付いた霧島。その彼がかなり狼藉していることに驚きを隠せなかった。
「ど、どうしたでありますか!? 藤原殿?」
「ウソ、だよね……和樹……ね? タダの……だよね?」
霧島の言葉に他の人たちも藤原の異変に気付いた。声をかけようとしたとき、全員、藤原の左手からパペットが無くなっていることが分かった。
「大丈夫ですか? それにパペットも……」
「……パペット、無くしちゃったの?」
「パペット? ああ、この人形のことでありますか?」
大鬼とクレアの声に気付いて目線を一度二人に向けるが、伏目で両手の平を上に向けた。
「ハイ……。無くしちゃいました……。探さないと」
「待ちたまえ。戻る道はもう無いぞ……」
「さっきの針と壁でペシャンコでありますね……」
マルクスと霧島の目線を辿るように藤原も完全に閉まっている出入り口をみた。泣きはしないが、何か感じたようで、無くなったパペットの名前「和樹」とつぶやく。藤原の内心を知ってか知らずか、それぞれ声をかける。
「さっきからどうしたでありますか? 人形を落としただけでありますよね?」
「……まずは傷の手当をしましょう」
「そうだな……。傷の手当てをしながら、藤原君。君が何を見たのか……教えてはもらえないだろうか?」
傷心に浸る藤原のことを知ろうと、精神科医の本能みたいなもので感じたマルクスがそう尋ねたが、彼は何も答えることができなかった。
クレアは藤原の頭をそっと腕で抱えて自分の頭に近づけた。突然のことで、藤原は慌てて声を上げる。
「ちょっ、えっ!? クレアさん!?」
まるで子どもをあやす母親のように、優しく彼女は藤原に言葉をかける。
「……家に戻ったら、みんなで代わりのパペット作ろう」
その言葉はそれ以上の意味を持たず、ただパペットを無くした彼のために言われた。そう話した彼女の微笑みを見て、藤原はキョトンとしてしまう。むしろ、悩んでいた自分を恥ずかしく感じるぐらいだった。
藤原は少し照れながらクレアに言葉を返した。
「……はい。そうします」
獣医である大鬼の手当によって、彼らの全身にできた傷を見事に治すことができた。しかし、自分自身には「これぐらいでいいだろう」と思ったのか、止血程度で済ませる。
手当が済んだ彼らは今自分たちのいる部屋を改めて見直した。
さっきの部屋を1階とすれば、この2階は1階と同じ絨毯張りの床、照明であるが、左右にそれぞれ1つずつ扉があり、自分たちの正面に張り紙があった。
「ふむ、分かれ道ときたか」
「……おや? あれはなんでありますか?」
マルクスが張り紙を見に行ったのをついて行くように、藤原以外の人物たちは正面の張り紙を見に行く。
その張り紙には『限ラレシ時ノ中 迷エシヒトガタ 母ヲ求ム』と書かれていた。入り口で待っている藤原を気に書けた大鬼は気付けなかったが、その張り紙を注意深く見ていた一同たちは一瞬だけ発光した文字を見た。
『 全ては我が眠りの王へ 』
「っ!?」
しかし、その文字を読み取ったときには文字は瞬く間に消えてしまった。
「全ては我が眠りの王へ……?」
「え? どこにそれが?」
「……? 意味が分からないであります」
「同じく、全く意味が分からないな」
その一瞬のできごとに驚いている一同を見て、藤原も彼らに向かって歩き出した。けれども、その一歩一歩を踏み出す度に先ほどの幻覚が見えてくるかのようだった。
(和樹……早く確かめたいよ……)
無言のままでいた藤原も、がやがやとしている彼らの近くに着くと言葉をかけた。
「何かあったんですか?」
藤原が近づいてきたことに気付いたマルクスが先ほど見たことを説明する。
「うむ。ここに張り紙があるが、一瞬文字が浮かび上がってな」
「変な張り紙と文字が一瞬浮かび上がったであります」
「全ては我が眠りの王のため、らしいよ」
一度に3人からそう言われ、うまく聞き取れなかったが、最後の一言だけは聞き取ることができておうむ返しをする。
「眠りの王……?」
大鬼は再び文字が光らないか目を凝らしていたが、そのようなことはもうなく、読める文字を見返していた。その文章の中に、心に留まる言葉があり、つぶやく。
「迷エシヒトガタ、か……。まるで、俺たちみたいだ」
「ヒトガタ……。人形のことだったかな? ある人の代わりを務めるための人形」
大鬼のその行為に何か思ったのか、マルクスももう一度張り紙を見直す。それでやっと、先ほどから心に引っかかっていた言葉がどれだったのかが分かった。
「私が気になるのは、この『限ラレシ時ノ中』という部分だ。これは暗にタイムリミットがあるといっているのではないだろうか?」
「……確かにそういう捉え方もできますね」
「かもしれませんね。だとすればここで悠長に悩んでる時間が……」
大鬼のその言葉に一同は顔を強張らせて、頷かなくとも目を見ただけで分かった。
「急がないといけない……みたいですね」
「そうだね。早く次の行動に行かないとダメだね」
一同の不安にいち早く感じたマルクスはこのまま不安を煽らせてはいけないと思い、全員に声をかける。
「自分から言い出しておいて難だが、断定は良くないだろう。あくまで可能性の一つだ」
言い出した彼の言葉を聞いて、安堵することはないが次の行動をしなくてはいけないという考えに至った。
霧島はまだ確認できていない左右にある扉を見ながら全員に尋ねる。
「扉は左右に1つずつありますね……。どうするでありますか?」
「まず見に行こう」
見に行く、という言葉で左の扉へクレアとマルクス、右の扉へ霧島、藤原、大鬼が近づいて行った。
左の扉を見ると【知の扉】、右の扉は【力の扉】と書かれていた。霧島は物音がしないか扉に耳を近づけたが、何も聞こえなかった。
「こちらには知の扉と書かれているぞー」
「こちらは、力の扉でありますね」
「知恵くらべと力くらべ、かな?」
扉には取っ手や蝶番の類がないことを不思議に思っていた一同は、その扉の下の方に書かれた文章に気付くことができた。
【知の扉】には、<後戻りなど叶わぬ悲しき存在よ、女神より授かりし知恵をもて、“魂”を求めよ。>
【力の扉】には、<歩みを止められぬ愚かな存在よ、女神より授かりし屈強さをもて、“体”を求めよ。>
それを読み終わったかどうかのタイミングで、扉は左右の壁に引っ込んでしまった。あまりにも突然のことであったためか、その光景を見ていた人物たちは皆、驚きの声が出せずに呆然として見ていた。
やっとのことで大鬼が言葉を絞り出した。
「開いた……」
そのままのことを言ったまでなのだが、全員にはそれすら言えずにいた。
「ど、どういうことでありますか!?」
やっと驚きの声を出せた霧島の問いに、誰も答えられなった。ただ、普段からゲームやアニメに親しんでいるクレアと藤原には、ゲームのアクションのひとつかのように感じられた。
「……ドラクエを体験してるみたいだよ」
「ポケモンでもこんなの……」
ゲームでのアクションを思い出した二人の言葉を遮るかのように、マルクスの耳に、開いた扉からズルリッという音が聞こえた。
「おい、何か音が……」
一体何だったのだろうかと考えを巡らせるマルクスだが、その思考でさえも遮るように、鋭い風が突っ切った――
「うわっ!」
「きゃっ!」
――マルクス『の後ろにいたクレア』を。
一瞬だけ藤原のことが脳裏に浮かび、クレアは左手のパペットを庇うように腕を抱え込んだ。
「クレアさんっ!」
開いた扉の向こう、小部屋に突き飛ばされた二人は何に突き飛ばされたのか分からずにいたが、背筋を凍らせるような音が耳に入る。
『グルル……』
一瞬であったが、それはまるで、猛獣に似た唸り声だった。
「大丈夫ですか!」
「っ!?」
自分たちの反対側で起きた異変に気付いた霧島は慌てて拳銃を抜く。しかし、先ほどの唸り声が聞こえどその姿は全く見えず、ひとつ確実なのは『見えない怪物がこの部屋にいるということ』だった。霧島は銃を構えてあたりを見回すが『何もいない』。
「何が……いるんだ?」
「くそ! なにがいやがる!」
「ど、どこでありますか!」
クレアは自分を突き飛ばしたその存在を見たわけではないが、「マズイ」ということだけが真っ先に思い浮かんだ。
「みんな、ヤバいよ! 早くこの部屋から出ないと!」
「ぬわー!」
彼女がそう言い終わる前に、見えない獣は次にマルクスを【知の扉】につながる小部屋へと弾き飛ばす。
「マルクス殿!」
そして、見えない獣は次々と、大鬼たちを【力の扉】につながる小部屋へと吹き飛ばしていく。
「うわ!」
「キャー!」
「つっ!!」
五人がそれぞれ小部屋に入ったのが分かったかのように、小部屋の出入り口は狭まっていく。
―ガチャン
ふたつの扉は閉まり、上へと上がっていく。それぞれ、この小部屋は『エレベーター』みたいになっており、『行ける階が異なる』だろうと思った。
「別行動となってしまったようだな……」
「……そうだね」
突き飛ばした存在が分からずにいたクレアは、不安を消すために自分の恋人に似た姿のパペットを右手でギューッと自分の胸に押し当てた。
「別れてしまいましたか……」
「何があったんだ……」
一方、【力の扉】に突き飛ばされた三人も一瞬のできごとを思い出そうとした。
「さっき、獣のような唸り声が聞こえたであります」
「まるで、見えないない何かに突き飛ばされたみたいだ……」
自分の体に当たった『あれ』を表現するには、それはとても不明確な言葉だが、それが一番確実な言葉であった。
<NEXT> 第一の試練 【 知の扉 】 <クレア・マルクス>
【 力の扉 】 <霧島・藤原・大鬼>