【 第2-1章 【知の扉】 】
「何だったんでしょうね……」
「マルクス殿とクレア殿が気になるであります……」
「二人が無事だといいんですけど……」
【力の扉】へのエレベーターに乗った三人は自分たちと別れた二人のことを心配していたころ、二人はこの同じような空間を「何処と無く狭い」と感じていた。
(クレアさんって、キレイな人だな……)
吊り橋効果、というものだろうか。奇怪なことが続いた後で狭い空間にふたりきりになっていたせいもあって、マルクスは不意にそう思った。
一人からの視線を浴びていたせいか、クレアはそれに気づいて声をかける。
「ふむ、大和撫子もいいが……イタリア女性もいいじゃないか」
「……どうしたの?」
そう言われてマルクスは内心驚き、すぐにごまかす。
「ハッハッハ。なんでもないさ。しかし狭いな……」
「本当だね」
深く突っ込まなかったクレアに少し安堵していると、「チン」というベルの音が鳴り、戸が開いた。
「……着いたね」
「デパートのエレベーターか? これは……。全く、馬鹿にされた気分だ」
そうぼやきながらも二人は立ち上がり、部屋の中に入る。部屋は探索するには不足ない明るさが確保されており、正面の壁は【壁画】になっている。
「みんな、無事でいてほしいね……」
他の三人がいないのを、分かっていながらも寂しそうにつぶやいた。
二人が振り返って見ると入り口はすでに閉じられており、扉には大きな【水時計】が埋め込まれていた。
「この水時計、なんだろう? サイズは大きいけど、これきれいだね」
「うーむ。何を示すか分からないが、恐らくは我々の知能を試す何かなのだろう」
マルクスも入り口の水時計をジッと見てみるが、特に変わったところをみつけることはできなかった。
「うーむ……。特に変わったところは無い……か?」
「ふむ……」
「水時計、水時計……」
クレアも本職の学者らしく、水時計をよく観察してみる。
(あの3分の砂時計の大きさはあれぐらいだから、これは……その10倍ぐらい、30分ぐらいを計れるのかな?)
「……ここのタイムリミットは30分だね」
彼女はさらに考えてみる。今の上半分にある水の量はずっと流れ続けている、水時計の液体は『3分の1ほど流れ落ちた』。つまり、あと20分しか残されていない。
クレアはマルクスも何か気付いたことがないか横を見てみる。顎に手を当て、呟いた一言。
「……なかなかの匠だな」
「……」
彼女は何も聞かなかったことにした。
「堪能したし、次は絵画を見てみよう」
二人は振り返って正面にある【壁画】を見てみた。パッと見た感じでは、壁画に合わせて四ヶ所に赤い宝石がはめ込まれているのが分かった。
(なんの絵なんだろう……? 見覚えがあるような、無いような……)
横目で水時計の液体の量を確認すると、水は半分ほど落ちていた。
クレアはそのまま目線を下の方に落とすと、閉じられた入り口の下の方に文字が書かれているのに気付いた。近寄って読んでみると、次のように書かれていた。
< 血潮の結晶は傀儡の心臓 喜び怒り悲しみ宿し 心となりて感情を与える >
それを見て、しばらく考えた。『血潮』と『心臓』。そして『結晶』。先ほど見た赤い宝石のことが頭に過ぎる。
この『血潮の結晶』というのは、あの【壁画】にはめ込まれている赤い宝石のことを指しているのではないか、と彼女の考えが至った。
一方、マルクスは【壁画】をしっかりと調べていた。
「美しい女性の絵画だな……」
絵の意味はよく分からなかったが、四ヶ所にはめ込まれている宝石を指で少し触ってみた感じでは『どれも外せそう』であった。
「マルクスさん、どう? 何か分かった?」
「どの宝石も外せそうだということだけだ」
「宝石……。さっきね、閉じた入り口に『血潮の結晶は~心臓』てことが書いてあったんだ。きっと、心臓となる宝石を探さないといけないんだよ」
「心臓となる宝石? ならばこの4つとも取っていかないといけないか?」
「いや、力の部屋でも何か書いてあったみたいだから、取るのは一つだけでいいはずだよ」
「そうか。ならばこの壁画から「心臓」を連想させる宝石を探し出せば良いな」
そう言われたおかげか、マルクスは改めてこの【壁画】を見た時、この【壁画】は『女神が林檎を実らせ、気には蛇が絡み付き、林檎に手をかける女性が描かれている』ものだと分かった。また、赤い宝石は「女神のペンダント」「林檎」「蛇の瞳」「女性の髪飾り」に埋め込まれている。
特に何も気付けなかったクレアは再び水時計に目をやる。すると、もう残っている水は『6分の1』だけだった。
「ヤバい……っ!」
クレアと同じように水時計をみて危機感を持ったマルクスが今気づいたことを手短に話す。
「クレアさん。あまり時間は無いが、女性が林檎に手をかけていて、木に蛇が絡み付いているような絵に何か思い当たることはあるか?」
「女性、林檎、蛇……」
「ううむ……」
二人は残り少ない時間の中で必死になって自分たちの記憶を遡った。何か思い出せそうであるのに、思い出せない。その焦りが余計に自身たちを苛立たせていた。
そして、『水時計の水がいっぱいになった』。
「「っ!?」」
その瞬間、二人の脳の血管が切れたような激しい頭痛に襲われて動けなくなる。床に膝を着かざるを得ない激痛に悶え苦しみ、気絶すら許されず死んだほうがマシだとすら思えてくるほどだ。
「ッ?!」
「ぐはっ……うぐ……」
逃れられない苦痛に脂汗を噴き出しながら身体は火のような熱さに纏わり付かれ息も絶え絶えとなる。死を望みたくなるような激痛を受けた二人は、もだえ苦しみながら、意識を失った。
何かが、自分の身体に増えたような、減ったような感覚を感じた。
不意にひとしきりの重苦が止んだ。
「ハァ……ハァ……なんだったんだあれはいったい……」
「ああ、本当に……」
まだ目が開けられず、やっとのことで身を起こした二人はそう呟く。しかし、二人は『異変』に気付いた。先ほどまで聞いていた相手の声がない。それに、自分の声が変わっている。
そして、自分の体の変調に、気付いてしまった。
「?!?!」
「!!!!!」
男であったはずの身体が女に、女であったはずの身体が男になっていた。
「どういうことだ!」
「こっちが聞きたいよ!」
慌てて二人は自分の体を触れるところを触って、少しでも元の身体の名残を見つけようとしたが、どこにもなかった。それどころか、「今まであったもの」が損失していることに気付いてしまう。
「私の……私のビッグマグナムがああああああああああ!!!!」
「(ついてるっ! それに、お胸がっ!)」
自分の胸が固い胸板になっていることにショックを受けているクレアが別のことでショックを受けているマルクスを見た時、その『豊満な胸』を見て、しばらく立ち直れずにいた。
やっとのことで気持ちも落ち着いた二人。
身体のことはひとまず置いておいて、【壁画】を改めて見直した。
先ほどの激痛のおかげなのか、クレアは今まで靄がかっていた自分の記憶をはっきりと思い出すことができた。自分が考古学者である自負もあってか、口に手を当ててショックを受けている様子だった。
「こんなこと、どうして気付けなかったんだろう」
今までのクレアの声と比べれば、格段と低くなっていた。それを聞いたマルクスがフォローしようと口を開ける。
「こんな無茶苦茶な状況だし、正常な思考を保てなくても仕方あるまい……」
話している口ぶりはマルクスそのものである。しかし、その声はイケイケなギャルのような甲高い声であった。しかし、ショックを立て続けに受けているクレアは気にすることなく話を続ける。
「これ、旧約聖書の一節。イブが蛇のせいで知恵の実を……」
「なるほど……ということは、女神より授かりし知恵というのは『林檎』か……」
「しかも、その『林檎』のことを『女神の心臓』っていうのに! ああっ、もうっ!」
男声でキーッと唸っているクレアを置いて、マルクスは『林檎』を象っている赤い宝石のそばへ寄った。そのそばの女性―イヴと同じような格好になりながら手を伸ばす。
「あっ、ちょっと大丈夫?」
時間切れになっていることもあって心配したクレアだったが、マルクスに異変はない。
彼―彼女というべきか―が宝石を取ってみると、それはほんのりと温かみを持っていた。規則正しい振動が、本当に心臓の鼓動かのように手に伝わる。耳に当ててみると脈動するような音が聞こえる。
彼は『この宝石は心臓そのもの』だと確信した。
「今のところ問題ないようだ。本当に心臓のようだぞ、この宝石は。温かく、脈打っている」
「え? 宝石なのに心臓みたいに?」
石がそのようなことを起こすなんてことはありえない。クレアも分かっているつもりであったが、目の前でその現象が起こっている。学者である以上、起こっている事実は受け入れなくてはいけない。彼女はこの事実について行けない自分に少し呆れたように話した。
「本当に、この世界って不思議よね」
二人は改めて部屋全体を見回して、もう次に進まなくてはいけないと思った。マルクスが赤い宝石を持ったまま、二人は開いた小部屋に入り、動くのを待つ。
……が、一向に動く気配がない。
「?」
互いの頭上に疑問符を浮かべながら小部屋を見てみると、壁にスイッチがあった。そのスイッチをしばらく見ているうちに、「ここに来る時に乗ったエレベーター的なやつにも同様のスイッチがあるのを」思い出した。さらに、クレアはそのスイッチが「起動スイッチではないか」と思う。
「マルクスさん、このボタン押せばまたエレベーター動きそうよ」
「ふむ……そういえば乗ってきたエレベーターにも、そんなスイッチがあったな」
「押しちゃう?」
「そうだな。戻っても透明な何かに襲われるかもしれんし、また合流できるとも限らん。押してしまうとしよう」
「じゃあ、私、押しちゃ……」
場所が場所だったせいだろう。マルクスは目の前にあったスイッチを自然な流れで押した。それを見たクレアはなぜか怒り出す。
「あーっ! 私が押したかったのにー!」
男の姿、男の声でそう言われても中身はやはり元の女性そのものであった。
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【 第3章 合流 】
< おまけ > 【知の扉】から上階へ向かうエレベーターにて
「あぁ……。マルクスjr.よ……。どこへ行ってしまったんだ……」
自分の体が改めて変わってしまったことを嘆くマルクスをみて、クレアは別の視点で嘆いていた。
(どうしよう、マルクスさん、私より美人だよぉ……)
服が気絶する前と違ってゆるくなってしまったマルクスを少し心配しながらも、そのスタイルの良さに(元)女性としてショックを受けざるを得なかった。
マルクスは少し身長が縮んだが、その分がほとんど胸に移動したらしく、豊満な胸へと変わっていた。「サングラスをかけても顔の形に合わないからずり落ちる」ということで外されたその顔も整っており、身長と顔、恰好からして、女性雑誌のモデルで写っていてもおかしくない。
それに比べて自分は……と見る。身長が少し伸びたが、少しだけあった胸は厚い胸板に変わり、今まで無かったところに新しい部位がついてしまった。顔はあまり変わっていないようだが、顔以外が男になってしまったという感じが余計に悲しさを増やす。
こんな、男になってしまった自分でも恋人の真は愛してくれるのだろうか?
クレアの悩み事はそこに行きついた。しばらく思考はぐるぐると彼女の頭の中を駆け巡り、マルクスも気になるまでに大きく呟いた。
「マコトぉ、私、男になっちゃったよ。男になった私を、マコトは愛してくれるかな?」
「クレアさん……危ない人に見えますよ……」
「だってぇ、もう私にとってマコトは大事な存在なんだよ? そのマコトから嫌われちゃったら、私、悲しいな……」
床を見つめながら、クレアはその真からもらったペンダントを指先でつまむように転がした。
その様子に、さすがのマルクスも咎めることはできなかった。
「なんとか無事に元の体に戻って帰りたいものですな……」
励ましの一言になればと言ったそれは、マルクス自身に対しての励ましでもあった。
どんな状況になろうとも、いつもの生活に戻りたい。
そんな思いがあったのかもしれない。
クレアはその言葉を聞いて、うっすらと微笑む。
「……うん。みんなで帰って行こうね。無事に、元の通りに」
―チンッ
エレベーター内にベルの音が響く。
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【 第3章 合流 】