【 第2-2章  【力の扉】 】

 

 霧島と大鬼、藤原の三人がいる小部屋に「チンッ」とベルのような音がして扉が左右に開いた。
 
「着い……うわっ!?」
 自らの意思で動くよりも先に、何かに押し出されるようにして三人は小部屋から出て行った。その直後に扉は閉まった。
 しかし、三人は閉まった扉よりも自分たちの入った部屋にあったものに視線がしばらく奪われていた。
 「人形がたくさん……」
 
「人形……」
 
「こんなの、おかしいであります……」
 その部屋には、まるでゴミ捨て場かのように、たくさんの人形がぶら下がったり転がったりして放置されていた。頼りの照明である蛍光灯はチカチカと点滅し、時折暗闇に包まれる。その中で見る照明の光でできた人形の影が、まるで異形の怪物のように見えて、不気味さが漂っている。
 しばらくして自分の今いる状況を理解できた人間から口を開けた。
 
「また閉じ込められてしまいましたね……。本当に、ここはどうなってるんでしょう」
 「うう……。なかなか、これは暗いでありますね」
 「足元に気を付けて」
 霧島はいつもの日常での習慣から、スマホを取り出して光源を作ろうとした。彼女が画面を見た時、そのスマホには『電波が3本しっかり立っている』ことに気付いた。
 「あれ? 電波が立ってるであります」
 「え? 本当ですか?」
 「藤原さん、ほんとであります。自分のスマホも見てみるといいであります」
 霧島にそう言われて携帯画面の電波を二人も確かめてみる。見てみると、自分たちの携帯電話も同様に電波が入っていることが分かる。
 「バリサンか……」
 
「バリサンですね……」
 「?」
 二人がつぶやいた単語の意味が聞き取れなかったのか分からなかったのか、霧島の頭上に疑問符が浮いていた。
 今まで考えてなかった『助けを求める』という選択肢ができ、三人の間には少しだけ希望ができた。
 「電話を試してみる価値はありそうですね」
 三人は電話ができることに喜びを感じつつ、部屋全体を改めて確認してみる。
 部屋全体を見回していた藤原は、この部屋にある人形は軽く見積もって何十体……いや、数百体はいるだろうと思った。ここまであると鳥肌が立ってくるのが感じられた。
 人形から視線を外せないまま、藤原は二人に話す。
 
「数百体はありますね。……なんだか気味が悪い」
 閉められた扉には、大きな【水時計】がはめ込まれている。霧島は初めて見る特大サイズの水時計に見とれていた。大鬼はその水時計が30分間計れるもので、全体の6分の1の水が落ちたことに気付けた。
 「素敵ですねぇ……」
 「水時計はだいたい30分ぐらい計れそうですね。あと25分ってところか」
 「そうなんですか? 30分ってことに何か意味があるんでしょうか?」
 30分という時間に意味は見いだせなかったが、大鬼は下の階で自分が見損ねた文字があったはずだと思い出す。
 「【力の扉】になにか書いてありませんでしたか?」
 そう言われて、霧島は懸命に思い出し、【力の扉】に書かれていた文字を口に出す。
 「えーっと……。『歩みを止められぬ愚かな存在よ。女神より授かりし屈強さをもて、“体”を求めよ』であります」
 「“体”って、何のことですかね?」
 「“体”を求める……よく分からないであります」
 二人の会話を聞いて、大鬼も大量に転がっている人形の方に目を向けてみた。
 「“体”か……人形のどれかのことかも」
 「見てみますか」
 全員で人形の胴体や顔を見てみたが、どれも変わったものはなかった。しかも数が多過ぎることもあって、三人は水時計の水が半分になるまで調べていた。しかし、彼らにとって意味のあるものはひとつも見つけられなかった。
 三人は一度扉の前に戻って再び話し合った。
 「どの人形も同じでありますー!」
 「うーん。“体”を求めよ、か……。どういう意味なのか、さっぱりだな」
 「本当ですよね」
 「見つけられない俺たちのことを『愚かな』と言っているのだとしたら、悔しいですけど、言い返せない……」
 「そんなことないですよ! 大鬼さんは私たちが見つけられなかった文章を見つけたり、気にしてなかった文章を別の捉え方をしたりすることができるのですごいです!」
 
「そのとおりですよ、大鬼さん。僕も何か役に立ちたいところですが……ん?」
 ふと、藤原は今まで水時計で気にしていなかった扉を見て『見つけた』。閉じられた扉の下の方に文字が書かれていた。
 「なんだ? これ?」
 扉の前でしゃがみこみ、藤原は口に出しながらそれを読む。
 「『暗き人型は基礎の体 中身は空の器なり 器を満たし人にせよ』。
 つまり、どういうことなんだ?」

 それを言い終わった直後ぐらいだった。
 「チンッ」
 突然、部屋に澄んだベルの音が鳴り響く。
 「おや? なにか音がしたでありますね」
 その音のした方に顔を向ければ、壁の一箇所が開き、そこから明かりが少し漏れていた。
 藤原は顔を元の位置に戻して水時計を見てみた。水時計の水はあと『3分の1』程度しか残っていなかった。それをみて、誰もが不安を感じた。
 「要するに、暗き人形ってものになにかあるわけですか」
 「人にするためには……どうすれば……」
 「……満たせばいいでありますか?」
 じーっと水時計を見つめながらそう言った霧島の発言に驚いた男性二人は、声に出さないものの、思わず一瞬思考を止めて彼女を見た。
 「と、とりあえず中に入ってみるであります」
 三人は新しく出現した部屋に何かないかと思って入ってみる。小部屋は彼らがこの部屋に来る時と同じようなつくりになっており、壁に『スイッチ』があった。霧島はこれ以外にも何もないかと見てみるが、変わったものはない。
 視点が変わってから改めて人形の山を見た三人。大鬼と霧島は部屋の奥に【黒髪の人形素体】が眠るようにその場に座っていることに気付くことができた。
 「あっ!!」
 「あっ! あれは他の人形と違うでありますね」
 「ちょっ、霧島さんに大鬼さん!」
 小部屋から飛び出すようにして二人は部屋の奥へ走っていく。藤原は二人を見て慌てて後から出て、水時計を見た。『水時計の液体は、あと数分もないほど落ち切っていた』。
 部屋の奥にある【黒髪の人形素体】の前に着いた霧島と大鬼。二人も急がねばと思い、大鬼が手を伸ばし、人形を掌に収める。
 ―カタカタッ……
 「……?」
 大鬼だけがその乾いたような音に気付くことができた。自分の持った人形に何か異変が起こったのだろうか? そう思って人形を確認している、その瞬間だった。
 「っ!!」
 「なにっ!?」
 大鬼、霧島、藤原の三人はそれぞれ何かに切りつけられる。元々白かった白衣は切られた傷口から出る血によって赤く染められ、傷口から筋肉までもが」見えるのでないかというぐらい深い傷を負った。藤原は少し気が遠のきかけたが、強い意志でなんとか耐える。
 「ぐっ。皆さん、大丈夫で……っ!?」
 ―メシャッ
 「え……?」
 霧島は突然の腕の痛みのせいで、もう一方の腕の痛みを感じるのが遅くなっていた。彼女がその音がした方を見れば、『左手』が無くなった自分の腕があるだけだった。
 「う? あ……ああああ!」
 一瞬止まっていた思考が動き出した途端に、激痛が今となって襲いかかる。
 霧島の状況を見て分かっていた二人だが、自分たちに向かって敵対しようとする人形が4体。それぞれが凶器を持ち、彼らに近づいてくる。
 その4体の人形たちは『肉切り包丁』を持っており、自分たちを容易く切り刻むであろうということがすぐに分かった。また、そのうち1体だけなぜか『口』から血が付いていた。
 三人は痛みを感じながらも、その殺意を持つ人形を見て、体の奥から冷え切っていくのを感じた。
 医者としての使命を感じたのか、藤原は大鬼と霧島の二人に近づこうと足を向ける。その時、藤原は『あること』に気が付いた。それは、自分も経験してしまった、非常に恐ろしいことが起こる前兆だった。

 (霧島と大鬼さんの腕から、パペットが……消えてるっ!)

 

 霧島と大鬼はパペットが壊された瞬間、走馬灯を見る。時間としてはほんの僅かである。
 二人の目の前には、それぞれパペットに書かれていた名前の人物が立っている。霧島には親友の『斉藤七海』、大鬼には自分の意志を理解する同僚『柴桜』。
 「七海さん! どうしてここに……?」
 「なぜだ……なんで、お前がここにいるんだ!」
 霧島も大鬼も、自分の大切な人と認識すると足が自然とその人物の方へ向かう。
 「ここは危険ですよ! 早くここから出ましょう」
 切羽詰まった声でそう言われても七海はその言葉を気にせず、いつも霧島に向ける表情でゆっくりと言葉を紡いだ。それは、大鬼の前にいる桜も同じであった。
 『 ど う し て 』
 「え?」
 『 ど う し て 殺 し た ? 』
 「!?」
 「こ、殺した!? 一体何を言っているんですか!?」
 相手はそれを答えることはなかった。
 七海と桜は、霧島と大鬼の前で、目から、耳から「ごぼりっ」と赤黒い液体を溢れさせて自分たちの方を強く強くつかんだ。
 『どうして どうして 苦しい 痛い イタイ イタイ 』
 『イタイイタイイタイイタイイタイイタイ……』
 「七海さん! しっかりしてください!」
 もはや、垂れ流される液体は腐ったオイルのような異臭とどす黒さを主張している。
 「桜! 今診てやるから落ち着け!」
 叫びを聞かされ、自ら大切な人を落ち着かせようと肩を掴み返してガクガクと揺さぶった。が、しかし、そのまま後ろに飛ばされて地面へ転がった。
 ―バァンッ
 不意に相手の片腕が弾け飛び、その衝撃を受けたために飛ばされた。
 弾け飛んだのはその片腕だけではない。
 みるみるうちに、もう片方の腕が、足が、捻じり切られたように失われていく。そして、苦しみの絶叫を聞かせる黒い液体まみれの肉体は頭部の上半分が削り取られた瞬間に『はっきり』と言った。
 その言葉は、霧島と大鬼の耳にしっかりと残った。
   オ マ エ ノ セ イ ダ  

 

 断末魔とともに白昼夢は終わり、二人は現実に戻される。
 ―あれは夢だったのだろうか? それとも……。
 どう考えても、今の自分たちに確かめるすべはない。が、あまりにも惨たらしい光景を見て、正気で居続けられるはずがなかった。
 「違う……。違う違う違う……。私はそんなこと……う、うわぁぁぁぁぁぁ」
 「……う、嘘だ……」
 「お二人ともどうしたんですか?! まさか……」
 敵視している人形が目の前にいるにも関わらず叫び、うろたえる二人。藤原自身が体験したことは『間違いなく誰にも起こる事』だというのを、他人で確認することができた。
 藤原は二人を気にしながらも、水時計を見た。彼の目に映ったのは、『水時計の水は一杯になっていた』光景だった。
 水時計の水が落ち切った瞬間。壁の隙間から勢いよくガスが噴き出していく。ガスは瞬く間に部屋に充満し、三人は否応なしに吸い込まざるを得なかった。ガスを吸引してしまった三人は頭がクラクラし、目の前がぼやけ、思考もあやふやになっていく。
 「ゴホゴホッ! なんだこれは!」
 「違う。私は……どうして……」
 「頭が……クラクラして……」
 意識も曖昧になってきたころだろうか。全身がぞわぞわとした感覚に襲われ始める。体を見ると、自分の皮膚一面に蛆のような細い、小さな幼虫の大群が這っていた。
 一番意識をはっきり持っていた大鬼はその蛆虫は幻覚であることに気付けたか、幻覚とは思えないほど生々しい虫の蹂躙に恐怖を覚えないはずはなかった。
 「虫、いやだあああああ」
 「来るな……寄ってくるんじゃない!」
 「落ち着いて! ただの無害なやつだ!」
 恐怖のせいで、片腕が無くなったせいでショックを立て続けに受けている霧島を落ち着かせようと大鬼は歩き出す。
 しかし、大鬼自身もそのガスにやられていた。手に思ったような力が入らず、掌に収めていた【黒髪の人形素体】を床に落としてしまった。
 「……しまった!」
 動きが鈍くなっている大鬼よりも先に動き出したのは敵対していた4体の人形たちであった。人形たちはその手に持つ肉切り包丁で床に落ちた【黒髪の人形素体】に向かって振り下ろす。【黒髪の人形素体】は殺意を持つ人形たちの包丁によってバラバラに壊された。
 「…………」
 人形たちは何も言わない。しかし、三人に襲ってきそうな雰囲気はなかった。けれども、そんなことは幻覚を見続けている三人の意識には入ってくることはなかった。
 
「二人とも、落ち着いて……っ!」
 おぞましさに全身をかきむしりたくような衝動を抑えきれずにいると、ふとその感覚が消えた。改めて自分の手や腕などを見てみると虫は一匹も見当たらなくなっている。
 「……消えた、のか?」
 「……あれ? どうし……て?」
 自分たちのことが落ち着いてから三人は自分たちに殺意を向けていた人形を探してみる。しかし、どの人形も元の動かぬ人形になっており、どの人形が襲ってきたかなんて分からなかった。
 「ただの人形になってますね……」
 体に受けた傷はあのどれかの人形からつけられた。そう思うと全身がぞっとする。藤原は痛む腕を押さえながら、部屋全体を呆然と見ていた。
 「(これは現実なのかな……)」
 大鬼は自分の両手を見ながら、幻覚の中で死なせてしまった大切な人を思う。先ほどまで簡単に外れなかった柴桜そっくりのパペット。今はそれを失くしてしまっただけだというのに、ここまで心に穴が開いたような虚しさを感じるのか、と思っていた。
 「…………桜」
 「! い……たい、痛い痛い!」
 突然の霧島の叫びに大鬼と藤原の意識は現実に戻ってきた。彼女を見れば、引きちぎられて無くなった左手首を押さえつけ、涙を流しながら「痛い」と何度も叫んでいた。
 「霧島さん!? 手が!」
 「椿さん大丈夫ですか?! なんてひどい……」
 「今、手当します。動かさないでください」
 大鬼が自分のカバンから救急セットを取り出すその間、霧島は痛む左手を少し離した。ズキンズキンと脈と合わせて伝わる痛みに耐えながら、腰にぶら下げているカバンからタオルを取り出して大鬼に差し出す。
 「タオルを使って。止血の足しになるかもしれない」
 霧島の痛みを耐える顔、血まみれになったタオルを見て、大鬼は何も言わず無言で受け取った。
 再び左手首を押さえる霧島は痛み以外にも頭の中を駆け回る恐怖や悲しみにも耐えるように声を漏らす。
 「フー、フー……。七海さん……」
 早く止血しなければ。大鬼が焦る気持ちを抑えながら医療道具を出そうとした、その次の瞬間だった。
 「っ!?」
 道具を持った自分の手に、先ほどの蛆虫がまた現れた。その虫たちは手から医療道具、床、自分の首などへ広がっていく。もう治療を行うどころではなくなった。
 「な、なんだ!? また虫が!!」
 「虫……ですか?」
 「大鬼殿!」
 こんな集中できない状態で治療を施すのは殺人行為だ、と考えた大鬼は道具を床の上に置いた。ポツリと一言、言葉を選ぶようにして言った。
 「すまない、霧島さん……」
 「僕が代わりにっ!」
 そう言って、慌てて藤原がタオルを持って霧島の手首に巻こうとした。が、藤原も再び全身を虫が這うような錯覚に襲われる。
 「また虫だー!! いやあああ」
 「藤原殿も、どうしたでありますか?」
 「僕にはできませぇぇん!」
 二人が何に恐れているのか、痛みのせいであまり深く考えられない霧島は自ら止血しようと左手首に視線を合わせる。
 「っく!」
 再び全身を、手首がもげたあの直後と同じような錯覚に襲われる。その傷口から虫が湧いて出てきているかのような感覚までする。
 「こいつら……またか!」
 霧島は痛みに耐えながら立っていたこともあった。虚脱感と疲労感など、様々なものを感じてその場に座り込み、下を見つめた。
 「……だめです。行動を起こそうとすると、さっきの虫が現れて集中できません」
 全員が虫の幻覚によって集中できないことが分かり、誰がいうわけでもなく、小部屋へ向かって歩き出した。大鬼が小部屋のスイッチを押すと戸は閉まり、上へと上がりだした。
 三人はエレベーター独特の、一瞬だけ自分自身が下に引っ張られるような力のせいもあってか、力なく壁にもたれかかり、ただ無言で過ごしていた。

 

 

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