【  第3章 合流  】


 クレアとマルクスが乗った小部屋は、扉が開くと1階と同じようなつくりの部屋に着いた。けれども、1階よりも家具などがあり、先ほどの部屋よりは落ち着く感じがした。二人とも小部屋からから出ると自然と戸は閉まる。二人はその扉に注目したが、【知の扉】のときみたいな水時計ははめ込まれてはいなかった。
 
「ふむ……。この階はあの悪趣味な仕掛けは無いようだな……」
 「そうみたいだね。みんな……大丈夫だといいな」
 
「そうだな。と、言っても我々も大丈夫とは言い難い状況ではあるが……」
 「……うん」
 二人は自身と相手の体を見ながら、今の自分の状況を改めて実感した。
 そうしていると、向かい側にあった扉が開いた。中からは藤原たちが出てきて、二人は一瞬明るい顔をした。
 「あ! ふじわ……っ! 霧島さん!?」
 「皆! 無事だったか!」
 が、すぐにその笑顔は凍り付き、慌てて近寄った。
 出てきた三人は所々から赤い血が出てきており、傷付いていることがすぐに分かった。中でも、霧島の片手に巻かれたタオルは真っ赤になっており、その巻かれ方からして、左手が無くなっていることに驚きを隠せずにいた。
 マルクスは精神科医とはいえ、医者として三人の怪我の度合いを見て「かなりの苦戦を強いられたのだろう」と感じた。
 
「しかし、ひどい怪我だな……」
 
「誰がこんなひどい目に合わせたの!?」
 小部屋から出てきた三人は、自分たちを介抱してくれる男女が、どことなく面影はあるものの、それが誰なのか分からないまま施されていた。
 
「う、うぅ……。どうして、こんな……」
 恐怖を感じただけでなく、さらに自分の体の損失まで体験した霧島。クレアは彼女にかけてあげられる言葉が見つけられないまま、とにかく『生きて再会できた』ことを実感させてあげたく、そっと抱き寄せた。
 「とにかく霧島さんの手当てをお願いします……」
 
「霧島さんの血、まだ止まってない。このままじゃ危険だよ!」
 マルクスも血が止まらない霧島の左手を見て、医者として焦りを感じた。
 
「色々とつもる話があるだろうが、私がマルクスだ。何故こうなっているかは後にして、まずは霧島さんの手当が必要だな……」
 「……!」
 その話し方から大鬼は、目の前にいる男女二人は性別が違うが、マルクスとクレアであることが分かった。彼は自分の応急セットを取り出してマルクスに差し出す。
 
「そちらも無事ではなさそうですが、話はあとです。マルクスさん、道具はありますから治療をお願いします」
 「うむ。お借りします」
 女性となったマルクスは細い指先で、応急セットに入っている医療道具を取り出して正確に治療を施していく。
 「マルクス? 私が知っているマルクスはもっと……イタタ」
 
「え……? え? どういう……?」
 
「あ、ちなみに私はクレアだよ」
 まだ状況が呑み込めていない藤原と霧島に、男となったクレアは二人のそばに行ってそれを伝えた。その後はマルクスの手伝いを、簡単なことを手伝った。
 その話をしている間にマルクスは的確に治療が終わった。あくまでも『応急手当』程度のことしかできないため止血ができただけだった。
 「これでよし、と。霧島さんは早く病院に行くことを勧めるな」
 「す、すみません、マルクスさん……。ありがとうございます」
 「いや。これぐらいどうでもない。それに、君たちにも治療が必要だ」
 マルクスは何の手当ても施されていない藤原と大鬼にも取り組んだ。特に深手を負っている藤原の傷を見て、傷口の接合用テープを取り出した。何十枚も切り取り、彼の傷口が広がらないように等間隔に張り付けていった。
 「これで……よしっ……」
 
「ありがとうございます。ほんと……助かりました」
 「すみません。俺の手には負えなくて……」
 「いやいや。これでも医者ですからね」
 「あと、これでも食べてください」
 「ああ、これはどうも」
 マルクスは藤原が白衣のポケットから出したミルキーを受け取ると包み紙を外してムシャムシャと食べる。その姿はどうみても女性そのものでしか見えなかった。
 「なにはともあれ、とりあえずみんなにまた会えて良かったよ」
 一通り治療を終えて、クレアは三人に笑顔を向ける。けれども、彼女も彼も気付いていた。
 『先に失った』藤原はともかくとしても、霧島と大鬼の腕についていたパぺットも「なくなっている」ことを。
 クレアがそのことを言いだせずにいるのを見て、マルクスが辛い役目を負って三人に聞いた。
 
「そちらの部屋に行った全員、パペットが無くなってしまったのか……」
 「……思い出したくはありませんが」
 
「……ええ。……変な水時計がある部屋に出たのですが……キャッ」
 「!?」
 全員の顔がより一層暗くなったのを見て、クレアは自分の腕をいっぱいまで伸ばして霧島と大鬼の頭をそっと抱きかかえた。
 
「……辛かったね」
 「うぅ……七海。私は……」
 思い出して泣き出した霧島の涙を、腕から堅くなった胸板で受け止めた。
 「思い出したくもないとは……? パペットが無くなると具体的にどうなるのだ? 私のパペットには親友の名前が書いてあるのだが……」
 まだパペットが残っているマルクスにとって、二人がパペットの損失によって起こった現象が何なのか、最大の疑問になっていた。
 二人よりも先に、藤原がその問いに答える。
 
「多分、傷つけても失くしてもいけないもの……だったと思いますけどね……はぁ」
 その言葉を隣で聞いていた大鬼は、声を震わせながら話そうとする。
 「自分の目の前であいつが……桜が……」
 
「……ふむ」
 しかし、彼の言葉は最後まで続かず、話の途中で自分の頭を抱えてしまった。その様子をみて、マルクスも何かを決めたようだった。
 
「話したくないほどひどい、相当なことが起こると覚悟する必要がありそうだな」
 「かなり……精神的に参ってきたであります……」
 気分が暗くなっている四人を見て、こういった雰囲気が元々苦手なクレアはどうにかしようと考える。
 
―こういうとき、いつもなら自分はどうしていただろう?
 いつもは何も考えずに過ごしてきた『日常』を思い出し、「そうだった」と心の中で笑顔を作った。
 大きく息を吸ってから声を出した。
 
「大丈夫!」
 あえて大きく、明るい声でそう言った。彼女に全員の視線が集まり、言葉を続けた。
 
「みんなでここから出て、「何もなかった」っていう夢落ちにさせよう! よく、日本のラノベにある終わらせ方にしよう、ね?」
 (和樹、無事だよね? また、ポケモンできるよね……?)
 そう言われて全員がポツリポツリと、いつもの『日常』を思い出そうとする。
 
「大丈夫、大丈夫だよ。きっと悪い夢を見せられたんだよ」
 
「そうですね……!」
 「……そうであることを祈りましょう」
 最後の決定打になる一言は、自分が好きなアニメでしめる。それも変えずに最後に一言話す。
 
「ポケモンの、最初の映画みたいな、みんなが良い方向に向かう終わりを目指していこう」
 「そ……そうですね!」
 その一言に、藤原は「ポケモン好き」としても純粋に嬉しく思い、嬉々として力強くそう言った。
 「仕事上こんな話し方だったからでありますが……普通に話していいですよね?」
 
「もちろん! こんなときに仕事のことなんて気にしてても仕方ないよ」
 全員が少し落ち着いてから、大鬼は性別が逆転しているマルクスとクレアについても話を聞いた。
 「しかし、そちらもどうされたのですか? ……声とか……胸とか」
 
「たしかに」
 
「繰り返すようだが、私がマルクスだ。残念ながら女性になってしまったが」
 「私はまあ、男になっちゃったよ。はははっ!」
 マルクスは、やはりあったものが無くなったことでショックを少し隠せないでいたが、クレアはもう気にしないようにした。
 「どうしてそんな容姿になってしまったんですか?」
 
「向こうには水時計と絵画があったのだが、絵画の謎についてあれこれ悩んでいるうちに水時計が落ち切ってしまってな」
 「そちらにも水時計が?」
 同じ仕掛けが二人の方にもあったことで、大鬼は少し伏目になって、視線をそらした。
 
「んー。それで時間切れ?みたいなのになって、頭痛くなって、こうなってた」
 とても軽い調子で話す二人を見て、逆に呆気にとられた感じがした。
 「お二人とも……素敵ですよ?」
 
「藤原さん、なんか疑問形になってるよ?」
 「い、いえそんなことは……。クレアさんもよりたくましくカッコいいと思います」
 クレアは、自分が冗談めかしく言ったことに対して真剣に言ってくれた藤原に笑いながら、治療したばかりの背中を軽く叩いた。
 
「はは! ありがとー」
 「は、はは……痛い」
 
「うむ。といっても、絵画の謎は恐らく解けたであろう。そこから持ち帰ったのがこの宝石だ」
 マルクスは白衣のポケットに入れていた掌ほどの大きさの赤い宝石を見せた。
 「宝石、ですか」
 
「すごい……」
 
「な、なんか音が聞こえてません?」
 しばらくそれを見てからか、【力の扉】であったことを三人は少しずつ話せるようになった。
 「こちらにも水時計がありましたが……それどころじゃなかったですね。こちらは……謎があったのですが……」
 霧島はマルクスが出した宝石を見ながら、ギュウと自分の左手首を握りしめ、言葉を続けた。
 
「それに必要な人形を破壊されてしまいました」
 「そのときに俺たちも襲われて……ご覧の有様です」
 
「ははは……すみません」
 話し終わった三人を見て、二人は話題を変えようと言葉をかける。
 
「その人形を持ってこようとして命が狙われて、こんなになって、よく生きて戻ってきてくれたよー!」
 「なるほど……。なぁに、なんとかなるだろう。私は自分のマグナムを取り返さないといけなくなったが……」
 「なんとかなればいいのですが……」
 
「とにかく先に進むしかありませんね」
 「行けるところまで進みましょうか」
 五人はお互いに顔を見合わせ、再び出発しようと決めた。


 全員は改めて部屋を見渡した。部屋の奥の壁には石板のようなものが1枚かけてあり、部屋の中央にはベルベット生地の【深紅のソファー】と小さな丸い机が置かれていた。
 また、二箇所の壁がパッと輝き、新たに2つの扉が出現した。今までのことのせいか、出現した扉に誰も驚くことはしなかった。
 
「なんだか、いろいろある部屋ですよね。そしてまた扉ですか……」
 「あれは石板?」
 
「まずは調べてみないと分からないね」
 全員がどこを調べようと話している間、疲れがドッと出てきた霧島がソファーに誘われるように部屋の中央にフラフラと歩き出した。
 「……私、疲れてるみたいだわ」
 その様子を見つけたクレアが少し小走りして、霧島の肩を逞しくなった手でしっかりと握った。
 
「霧島さん、私も疲れちゃったみたい。一緒に行きましょ?」
 「ええ。少しだけ、休みたいわ……」
 霧島のことは(元)女性であるクレアに任せて、大鬼と藤原は石板へ、マルクスは左の扉に向かって歩き出した。


 ソファーのそばへ歩いて行った霧島とクレアは、今までのことがあって、何も危険が無いか注意深く観察した。二人はそのソファーから、何かが吸い取られそうな、異様な雰囲気を感じるのが分かった。さらに、様々なことに敏感になっているせいだろう。霧島は「座ると何か起こる」というのを、なんとなく感じ取った。
 「っく……。これはだめだ……。休む場所は無いということか……」
 
「確かに、このソファ危ないね……。近くの床に座るしかなさそうだね」
 そう言って、その場で乙女座りしたクレアは自分の太ももを叩きながら霧島に笑顔で話しかけた。
 
「よかったら、私がひざまくらするよ?」
 「いえ……。心遣いありがたいのですが、やめておきます」
 一瞬、色々なことが脳裏をよぎったが、一番の理由として、元々女とはいえ、今は男になっているクレアのひざを借りるのは女としていけないだろうと思った。霧島はクレアの気持ちを傷つけないよう、丁寧に断った。
 
「うん、分かった。休みたくなったらいつでも言ってね」
 彼女の内心を露知らず、クレアはパァとした笑顔でそう言った。


 藤原と大鬼は石板の前に着いた。壁にかけられている石板はいろいろなマークのようなものが書かれており、その近くに何か文字が書いてあった。よく見ると、それは【古英語の文章】が綴られている。
 二人で頭を捻りながら訳そうとしたが、やはり自分たちの知っている英語だけでは難しいと感じた。
 「これはマルクスさんに読んでもらうのがよさそうですね」
 
「そうですね。その方が確実かもしれませんね」
 解読を諦め、二人は中央のテーブルに向かっているマルクスに向かって歩き出した。


 一人、左の扉に向かったマルクスは閉じられているその扉に何かないか調べてみた。そこには【鍵の扉】と書かれており、下にあったエレベーターと同じ扉であることが分かった。目を凝らして見てみるが、他に変わったところは見つけられなかった。
 
「ふむ……同じ扉か……」
 反対にもある扉にも同じように調べに行ってみる。反対―右の扉―には【宝の扉】と書かれていた。同じように調べてみたがやはり変わったものは見つけられなかった。
 「……一度、戻るか」
 諦めたマルクスは中央で床に座り込んでいる二人の元に向かった。


 
「あれ? なんだろ、この紙?」
 床に座っていたクレアは立ち上がってソファーなどの近くで見回していると、そのソファーのそばにある小さな丸いテーブルの上に【古ぼけた紙】があることに気付いた。
 彼女は霧島と一緒にその紙を読み始めてみた。
 
『 体の源は生命活動の基礎 魂の源は力を生み出す精気
   代わりを得るならば代償を 椅子に触れその身を捧げよ
   魂と体が集まりしとき 真赤の座具はヒトガタの誕生を祝う 』
?」
 「ええっと? 椅子に身を捧げる? どういうことだろう」
 「なんか、儀式みたいだねー」
 クレアはその紙に書かれたことの意味が今は分からずとも、今まで読んできた空想物語(ファンタジーノベル)のような何かを感じ取って、少し顔をしかめた。
 クレアと一緒に読んでいた霧島もその紙から何か理解をしようと集中させようとした。が、その瞬間。
 「う……やめろっ!」
 再び全身を虫が這うような錯覚に霧島は襲われ、一人慌てふためき始めた。
 「どうしたのっ!?」
 「虫が……虫が足元に……」
 そう言われて霧島の足元、全身を確認してみるが、虫はどこにもいなかった。
 その時、初めてクレアは彼女が【力の扉】で負った一番の傷は、目には見えない心の傷であることが実感できた。
 「……大丈夫。私に任せて」
 霧島をその場に座らせてから、クレアもその隣に座って改めて紙を見直した。
 
(『生命活動の基礎』、それってつまり、<体力>のことか?
 それと、『魂の源』というのは、たしか『健全な肉体に健全な魂が宿る』なんていうあほらしい名言が生まれた元があるぐらいだから、『力を生み出す精気』は<筋力>のことだったはず。
 だから、あの椅子に触れれば<体力>とか<筋力>などの能力を代償として捧げることになるけど、『体』や『魂』の足りない物を補うことができる)
 クレアは立ち上がってソファーの大きさを見た。パッと見た感じでは、家庭用のソファーというよりも劇場にあるような5,6人が一度に座るための大きさに見えた。
 (ここに『魂』と『体』を捧げればヒトガタが生まれる、か……)
 「クレアさーん」
 呼ばれたことに気付いてハッとした。顔を上げれば藤原たちとマルクスがソファーに向かって来ていた。


 
「すみません……。結局何も分かりませんでした」
 合流した3組はソファーの前で円になってそれぞれが見たこと、分かったことを伝えていた。
 「石板には古英語で書かれていたのでマルクスさんお願いしていいですか?」
 
「古英語か……。あまり古い言葉だと分からないかもしれないが、見てみるとしよう」
 「扉には何かありましたか?」
 そう聞かれて、マルクスは左の扉から指さしながら説明をする。
 
「扉は、左側には【鍵の扉】、右側には【宝の扉】と書いてあったぐらいだ。下のと同じような扉だったので、恐らくエレベーターなのだろう」
 「なるほど、石板を読んでもらってる間に、俺、もう一度扉を調べてみます」
 
「もしかしたら、またなにか仕掛けがあるかもしれないね」
 「また……二手に分かれないといけないのですね」
 その言葉に不安を思い出した霧島は辛そうにそう呟く。
 クレアは自分の分かったことを伝えるためにも、改めて手元に持っていた紙を再びチラリと見た。その瞬間、何かが映ったような気がしたが見ることができず、思わず声を上げる。
 
「あっ!? なんだったんだろう……?」
 「どうしたんですか?」
 「この紙、下の階であったようなことが起きた……」
 「クレアさん、どういうことですか?」
 クレアは、他の人たちが見ればまた同じ現象が起こるのではないか、と思って大鬼と藤原にも【古びた紙】を見せた。
 「みんな、この紙見てもらえる?」
 「どれどれ……?」
 「……今は何も見えませんね」
 全員で顔を近づけてみたが、何も起こらなかった。クレアは読み取れなかった自分に落ち込みながら先ほどのことを説明する。
 
「さっき、この紙を見てたらね、一瞬だけ光ったの。下の階でも<我が眠りの王のため>って書かれてたようなことが、これにも起こった。でも、読み取れなかった……」
 「以前、皆さんがみたというあれですか……」
 クレアは『光る文字は一回だけ、一瞬だけしか出ない』ということが分かり、全員に注意を呼びかける。
 
「何か文字が書かれてたら、注意して見るのが必要かもしれないね」
 「そうですね。気を付けます」
 再び【古びた紙】に何も映らないか、クレアももう一度だけ確かめてみたが無意味だった。
 改めて、その紙から分かったことを全員に話し始めた。
 「このソファ、ヒトガタをつくるためのソファなんだよ。『体』と『魂』をここに置けばヒトガタができる」
 「なるほど」
 
「『体』……破壊された人形のことでしょうか?」
 
「人形……『体』は持ってこれませんでしたし、どうしましょうか?」
 「『体』は<体力>で、『魂』は<筋力>で置き換えられる。だからコレに<体力>を捧げれば『体』が代用できるよ」
 「つまり、このソファーに座ればいいってことでしょうか?」
 
「きっとそういうこと」
 「どちらにしろ、座ってみないことには分かりませんね」
 一連の話を聞いたマルクスは、改めて脈動する赤い宝石を取り出した。
 
「ふむ……。我々が回収したこの宝石が『魂』となるのだろうか?」
 
「心臓は、古くから『魂』と同一視されるからね。きっとその宝石はそうなると思う」
 クレアの話をずっと聞いていた霧島は、思いつめたような顔をしながら一人ソファーに近づいていき、全員に振り返る。
 
「私、座りますね。……持ってこれなかった責任もありますし……」
 そう言った霧島の肩に、クレアがそっと手を乗せて握った。霧島は、一瞬クレアの表情が強張っていたのが見られたが、次の瞬間には穏やかな笑顔に変わっていた。
 「クレアさん……どうしたのですか?」
 「あなた一人が責任を背負い込んじゃダメだよ」
 その言葉に続いて、一緒に【力の扉】へ行った藤原と大鬼も話した。
 
「いえ、貴女に責任はありませんよ。あの時は仕方なかったんです」
 「そうですよ。しかも人形を落としたのは俺ですし……」
 そう言われて、霧島は少し視線を落とし、両目に涙を浮かべていた。
 少し言葉を考えてからクレアも話す。
 
「日本は、良くも悪くも『集団』を大切にするでしょ? 私たちも今の『仲間(パーティ)』を大切にしなきゃ」
 「では、私はどうすればいいのですか……?」
 
「んー、そうだねー……」
 クレアは次に言う言葉は決まっていたが、頑張ってきた彼女を元気づけたいとも思っていた。あえて間をつくって、視線を霧島に合わせてから笑顔で言葉を続けた。
 「みんなを悲しませないためにも、自分のことも大切にすること。以上!」
 「……みんなで座りましょう、ってことですよ。ね? クレアさん」
 「そうそう! こういうときは一蓮托生。みんなで乗りかかった船はみんなで乗っちゃうよ」
 ―目の前に、笑顔で自分を励まそうとしてくれる人、仲間(パーティ)がいる。
 それだけが分かっただけで霧島の目と鼻から、耐えていても出てくる涙がこぼれた。
 
「分かりました。善処します」
 「なら、座りましょうか」
 大鬼はそう言って霧島の頭を軽く撫でてからソファーに向かって歩き出す。四人の姿を見ていたマルクスも一緒にソファーに行き、五人ともが座った。
 すると次の瞬間、全員の体が何か冷たいものに拘束される。
 「っ!!」
 横目で見てみると、ソファーから無数の人形の手が生えて、自分たちの手足がほどけないように拘束している。座っている全員の体から、気を張っていたはずの力が抜け落ちるような、そんな感覚がした。
 そんな一連の現象に、クレアは『魂ごと吸い取られるような感覚』を嫌でも理解してしまった。
 彼女の見える視界は天井しかなかった。壁がなく、隠れられる場所が無い。こんな広い場所で自分が襲われている。「こんな広い場所にいるから襲われるんだ」、「早く隠れなくては」という恐怖が彼女の精神を蝕む。
 「……っ!!」
 ―逃げたい!
 けれども自分の全身が拘束されている以上、逃げられるはずがなかった。逃げたくとも逃げられない。そのことがクレアにパニックを引き起こす引き金となった。
 
「い、いや……何もない……。やだ、どこかに隠れたいよぉ……」
 霧島もまた、これまで起こった現象で精神が限界を迎えていた。
 起きたら訳の分からない場所にいて、見ず知らずの人たちと一緒に行動し、人形に襲われ、親友の惨たらしい死を見せつけられた。
 ―こんな場所にいてはいけない。自分はこのまま、このソファーに殺される。
 隣でパニックをしているクレアに続いて、霧島もパニックになる。
 「だめ……みんな、このソファーはやっぱりダメッ!」
 
「え? ジェットコースターの安全装置じゃないんだから……取れないよ」
 突然暴れだしたクレアと霧島の様子に、他の三人はただ声をかけるしかできなかった。
 
「ああ……。みんな、このソファーに殺されちゃうんだ」
 「クレアさん! 霧島さん! どうしたんですか!?」
 
「怖い怖い怖い。嫌だ……死にたくない……っ!」
 クレアはただただ逃げたい一心でソファーで強く体を前後させたり足を強く蹴り上げたりするせいで、ソファー全体が揺れた。けれどもより一層拘束が強くなっているような気もする。
 
「二人共お、落ち着くんだ……。落ち着いていられない状況なのは分かるが!」
 マルクスも流石にこの状態で落ち着くはずはないと分かっていながらも言葉をかける以外の方法が思いつかなかった。
 不意に、マルクスが手に持っていた宝石が手から抜け落ち、ソファーに落ちた。
 するとその瞬間、ソファーから強い光が放たれて五人は思わず目をつぶり、何も見ることができなかった。
 
「まぶしい!!」
 「うっ!」
 
「イヤ! なにこれ!」
 
「次はなんなのっ!?」
 
「くっ! やはりサングラスはしておくべきだったか!」
 しばらくすると、閉じた視界に入る赤色が黒色に戻っていく。
 ―光が収まったのか?
 恐る恐る、閉じた瞼を開ける。
 椅子はもう先ほどのような発光をしていなかった。
 ソファーの真ん中に座っていた人物―クレアの膝の上に何か乗っていることに気が付いた。
 「…………」
 小さな女の子が座っている。
 少女がゆっくりと動き出した。長い睫毛を持ち上げ、赤い瞳で全員を見渡した。サラリとした黒髪を揺らしながら小首を傾げ、最初に発した言葉。
 「ごきげんよう」
 小鳥が囁くような挨拶であった。
 「……君は?」
 
「こ、こんにちは……?」
 
「ごっ……ご機嫌よう。お嬢さん……」
 男性陣は自分の膝丈程度しかない身長の少女に声をかけていた。
 全員は今だ拘束が解けていない状態で、このような突然のファンタジーをみて、キツネに抓まれたようにキョトンとしていた。
 少女はクレアの膝から降りると、ソファーの座席部分をポンポンと叩く。
 
「やめてください!」
 すると、全員の拘束は解除された。クレアは慌てて立ち上がった。けれどもその足元にいる少女を目の前にして、何かすることができなかった。
 
「外れた……」
 
「……助かった、の?」
 霧島はそう言うとソファーが再び襲ってこないかと、何度も確認をする。
 
「腕は……もう出て来ないかな……」
 少女は五人の様子を気にすることなく、一度軽く膝を曲げてから自己紹介を始めた。
 「はじめまして、わたし『リネット』といいます」
 リネットはその言い方や動作などのどれをとっても、浮世離れした天然さと優しさを持っているのが分かる。また、大鬼の膝丈ぐらいしかない、とても小柄な女の子である。
 フランス人形のような赤いドレスを身に纏い、黒壇の黒髪、肌がとても白いことから、『白雪姫』をも想起させられそうであった。
 自己紹介をされた一同はリネットに視線を合わせて子ども向けの言葉で自己紹介を始める。
 
「初めまして。僕は藤原智だよ」
 「リネットちゃんか。俺は大鬼蓮だ」
 
「可愛らしいお嬢さん、私はマルクスだ。君は……いつの間にここへ?」
 「『ついさっき』なのです」
 リネットはマルクスの質問の答えになっているようでなっていないことを伝える。先ほどまで何もなかったのに突然発生するわけがない。そう分かっていても他に説明のしようがないためにこれ以上深く質問することはやめた。
 クレアはしゃがみこんだマルクスを見つけて、その腕に自分を隠すように抱きつく。やっと隠れられる場所を見つけたクレアも、まずは挨拶をした。
 「うぅ……。は、初めまして……」
 ソファーを一通り確認し終えて、霧島も少し気が落ち着いた。彼女もリネットに自己紹介をする。
 
「私は霧島椿です……。もう大丈夫かな。早く、この建物から出たいわ……」
 「本当によかったのです。あのまま座っていたら「食べられていた」ところです」
 
「食べられていたって……もしかして椅子に……?」
 その問いかけに、リネットは首を縦に一度振った。それを見て一同は冷や水をかけられたように、全身の血の気がサッと引くのが分かった。
 「食べられる!? やっぱり! このソファは危険だったのよ!」
 
「あぶないところだったのか……。君が助けてくれたんだな」
 「そうだったんだね……。助けてくれてありがとう」
 「どういたしましてなのです」
 リネットはお礼を言う藤原と大鬼に対してニパーとした笑顔でそう返す。その笑顔に、二人も思わず笑顔を返していた。
 マルクスは、先ほどからのクレアと霧島の様子から、精神分析を試みる必要があると感じた。
 
「クレアさんと霧島さんは少し落ち着く必要がありそうだな……」
 藤原はリネットに対して、いつもの仕事のときのように、子どもたちが受け取ったら喜ぶアンパンマンチョコをひとつ取り出して差し出した。
 
「ふふっ。お礼にこれをあげるね」
 それを見たリネットは、食べ物と認識できてかできなくてか、知らないような様子で藤原に断る。
 「ごめんなさいです。わたしは……」
 そう言って、リネットはアンパンマンチョコを受け取らなかった。
 
「チョコは嫌いかな?」
 藤原はいつものような反応にならず、しょんぼりとしながら菓子を白衣のポケットに片付けた。
 その後ろから、おどおどした様子をしながら霧島はリネットに尋ねた。
 
「こ、この建物から出る方法は知りませんか? 私、出たいの……。早く、この建物から出たいわ……。いつか、殺されるんじゃないかって恐怖が……」
 霧島の質問の答えになっているようでなっていないことをリネットは答えた。
 「お母様はわたしにおっしゃったのです。『あなたを組み立てた者たちを案内しなさい』と」
 「案内……?」
 リネットは言葉を続ける。
 
「わたしはお母様につくられました。けれど、わたしがお母様に話しかけることは叶いませんでした」
 先ほどまでの笑顔が少し曇り、俯き、少し寂しそうな声で話した。
 「わたしはお母様に会いたい。会って、今度こそお話したいのです」
 「そうか。教えてくれてありがとう」
 「……もしかして、リネットちゃんは出口を知っているの?」
 その問いについては首を横に振る。大鬼はそれを見て、別の質問をする。
 「お母さんはどこに?」
 それについて、リネットは何も答えなかった。しかし、別のことを答えた。
 「わたしは“鍵のための鍵”だと言われました」
 一同はその言葉の意味が分からず悩んでいたが、そのあとの光景で納得した。
 リネットはそう言ってから【鍵の扉】の方へ行き、扉に触れた。すると戸が左右に開いた。同様に【宝の扉】にも行って、同じように戸を開けた。
 全員がいる位置から扉の先を見ると、先ほどと同じような小部屋があり、中には『スイッチ』があった。
 リネットが戻ってきてから一同はどうするか話し合った。
 
「また二手に分かれる必要がありそうですね」
 「とりあえず、ここから出られるならなんでもいいかなー」
 「急いで出ましょう、こんな場所にずっと留まりたくないわ」
 発狂しているクレアと霧島の二人は考えるどころではなかった。
 
「二人とも大丈夫ですか?」
 藤原はクレアと霧島にそう声をかけるものの、この先はどうなるか分からないのは自分も同じであるため、分岐についても同時に考え始めていた。
 
「ふむ……。僕はどっちにしようか……」
 
「では、皆が考えている間に石板を読んでくるとしよう」
 マルクスは一人だけ石板に向かい、その前に辿り着いた。
 先ほどの霧島たちのやりとりを見て感じた胸の高鳴り、高揚感を思い出して、フッと軽く笑った。
 「さて……。動転してすっかり忘れていたが、石板を読むとしよう」
 石板に注目すると、少し分かりづらい表現もあったものの、次のようなことが書いてあることが分かった。

  『“イアー(Ear)” 凍えた肉体は土に身を委ねる 約束の終焉を迎えし忌まわしき場』
  『“ウィン(Wynn)” 悲痛知らぬ者には必要なきもの 至福を知り得し者が享受せし心』
  『“ギョーフ(Gyfu)” 与うるとは恩恵かつ栄誉なり まったき追放者への恵み』
  『“ダエグ(Daeg)” 等しく降りそそぐ喜びと安楽 皆に愛されし創造主の栄光なる光』
  『“フェオ(Feoh)” 全てのものには悦びとなり 栄光をつかむため望まれる宝』
  『“マン(Man)” 喜びの中では頼もしきもの 哀れむ神に試される存在』
  『“ニイド(Nyd)” 時に心を締め付ける渇き 時に人の子らを助け救う願い』

 (……なんなんだ。これは?)
 マルクスはふと、この「古英語」の授業の時をした学生の時まで、自分の記憶が遡った。
 「古英語」。日本で言う「古文」並みか、それよりも訳すのが大変な文章だ。その「古英語」の先生が言っていたのは、「ルーン文字」のことだった。
 『 私たちの使っている英語は元々古代ヨーロッパから派生したものです。また、古代ヨーロッパで誕生した言葉の中にはルーン文字もあり…… 』
 あれは長々とした説明だった。現代において役立つはずがないと思っていた。けれど、今のマルクスはその日の授業の言葉が鮮明に思い出されていく。
 
「そうか。この文章は……」
 目の前にある詩とあの日の記憶が結びつき、彼の体の中は何かで満たされたかのような高鳴りを感じる。
 「なるほど……これはルーン文字を意味した詩か」
 彼は分かったことをしっかりと覚えて、全員のところへ戻ってきた。
 「マルクスさん、何か分かったんですか?」
 
「ああ。内容は……かくかくしかじか……となるな」
 「なるほど、わからん」
 
「なんだか難しいね」
 「そんなこと言われたって……早く行きましょうよ!」
 
「あと、そのルーン文字は暗号や詩などで、呪術のシンボルにもなっているようだ」
 「へぇ……」
 「それがここに……」
 「……もういいよね? さあ、先に進みましょうよ」
 マルクスの得た収穫は、残念なことに理解できる人物がとても少なかった。
 「ルーン文字……」
 少し落ち着いてきたクレアはマルクスの話を聞いて、藤原の背中に隠れるようにして話した。
 「日本のアニメや漫画、その文字好きだよね」
 「う……うむ」
 アニメ好きのクレアだからこそ突っ込みたくなったのか、それだけを言うと再び藤原の白衣に縋るようにして顔を隠す。
 強迫観念に囚われている霧島はマルクスの腕をつかみながら早くこの間から出たい様子を表した。
 
「二手に分かれるとしよう」
 「では、僕は鍵の部屋に行きます」
 「俺は宝の方に行きます」
 
「では、私は宝の部屋に」
 「私は宝の部屋かな……」
 「どっちでもいいよ!」
 クレアは少し切れ気味になってそう言った。
 その直後ぐらいだった。突如、部屋全体に「甘い香り」が漂ってくる。
 「なんだ? このにおいは……」
 
「甘い匂い……!? きっとこれは毒ガスよ! みんな吸っちゃダメ!」
 「えっ!?」
 
「なっなんだと!」
 全員がその匂いに気付いた瞬間、このガスを吸うことになる。
 「いけない! みなさん、早く移動してください」
 リネットが焦って言ったその言葉に、「急がなくては」と思った。藤原は全員に大声で叫ぶ。
 
「早く別れましょう!」
 
「予定通り行くぞっ!」
 クレア以外、全員決めていた扉に向かって走り出した。
 【鍵の扉】には藤原とリネット、【宝の扉】には霧島、マルクス、大鬼が走っていた。
 クレアは先ほどまでしがみ付いていた藤原の白衣とリネットを追って【鍵の扉】に向かって走り出す。
 「広いとこ、こわーい!」
 リネットも含めて六人となった一同は、それぞれ小部屋に入るとすぐにスイッチを押して戸を閉める。そして、それぞれの小部屋は三人を乗せて、更なる試練の間へと送っていった。

 

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