【 第4-1章 【鍵の扉】 】
クレアは小部屋に入ったことで先ほどまでの『広場恐怖症(アゴラフォビア)』が収まり、安心した顔に戻っていた。
「そういえば、お名前をまだうかがっておりませんでした」
【鍵の扉】に続く小部屋で一緒になっているリネットが、同室しているクレアに向かってそう話しかけた。クレアはそう言われてハッとした顔になって、申し訳なさそうに言う。
「あ! そういえば、そうだったね。ごめんね、リネット」
クレアは、自分がリネットに顔を合わせようとすると、自分が人を見下しているような、自分にとって嫌な視線になってしまうために膝を床につける。リネットと同じ視線になったところで自己紹介を始める。
「改めて、初めましてリネット。私はクレア・ウーノよ。昔のことについて調べているんだ」
「クレアさん、ですね! 分かりましたのです」
何の疑いも迷いもない純粋な笑みを彼女に向けて、クレアも同じように笑顔を浮かべる。
「今はこんな男っぽくなっちゃってるけど、元々はリネットと同じ女の子だったよー。こんな恋人がいたりするんだから」
自分の恋人の名前が付いているパペットをリネットの前に見せて、遊ぶ。今のクレアは男になっているから声が十分低いのだが、更に低い声で恋人の声を真似る。
「やあ、リネット。僕はマコト。いろんなお話を読んだり、書いたりするのが得意だよっ」
「ふふふっ。クレアおねえちゃんは面白いですね」
そんな二人のやりとりをみて、藤原も仕事で同じようにして子どもたちと遊んであげていたことを思い出した。
「チンッ」
目的の階に到着してベルの音が小部屋に鳴った。三人は扉の前に立って開くのを待つが、「何故か」扉が開かなかった。
「? 開きませんね?」
「おかしいですね……?」
「どういうこと?」
小部屋全体を見回しても特に変わったことはない。何もないからこそ、二人の不安はより煽られていく。
「途中で止まってるから開かないって訳じゃないですよね?」
「そんな、タワーオブテラーみたいなこと……」
「……?」
リネットは一人で開かない扉に耳を当てて、二人の視界の下から話しかける。
「なにか、聞こえませんか?」
「本当……?」
「聞こえる?」
リネットの話から、二人も扉に耳を当てる。しっかり耳を扉に当てていたクレアも、そうでなかった藤原も、その言葉をしっかりと聞くことになった。
『 ハヤク シナイ ト ミミゴト チギッチャウヨ 』
「!!!!」
その言葉が聞こえて、身の危険を感じた二人はすぐに耳を扉から離れた。同時に、クレアは一緒に耳を当てていたリネットも扉から引き離した。
「な、なんなの!?」
しかし、言葉だけでなく、その男か女かも分からないような薄気味悪い声を聞いた二人は正気を軽く揺さぶられる感覚を覚えた。そんな二人の様子も見て、リネットも一緒に怖くなり、震えていた。
二人が扉から離れて間もなくして、扉は何事も無いかのように自動的に開いた。
「あ、開きますね」
「開いたわね……」
開かれた扉の先の部屋は随分と暗く、すぐに見つかる照明は入り口両端に設置された燭台だけだった。その部屋の奥の方はもっと暗く、かなり見辛かった。
更なる試練を目の前にして、藤原もクレアも一度固唾を飲んだ。
「気を付けてください。何があるか分かりません」
「え、ええ……。藤原さんもね」
決心して部屋を出ようとしたとき、自分たちの足元にいるリネットが黙ったまま、先が見えない暗闇を目の前にして震えていたのを見つけた。クレアはその恐怖を少しでも紛らわそうと声をかける。
「リネット、あなたも気を付けて」
そう言って、クレアはリネットの肩にそっと手を置いた。リネットの声はまだ震えていたが、笑顔で返そうと頑張った。
「わ、分かったのです」
「大丈夫。みんなでいれば怖くない」
そう言われたリネットは、幼い子どもが怖いのを紛らわすのと同じように、クレアの服の袖をチョンと握った。クレアと藤原はお互いにアイコンタクトをとると、恐る恐る三人で暗い【鍵の扉】へと入っていった。
全員が部屋に足を踏み入れると扉は閉じてしまった。振り返って扉を見れば、下階のものと同じ【水時計】がそこにあった。30分間のタイムリミットがこの部屋にもある、という恐怖が二人に襲う。
「また……水時計」
「早く、行かないとダメだね」
「そうですね、急ぎましょう」
そうは二人で話すものの、スマホのライトを使っても、入り口の両端の照明でも部屋の奥には光は届かないようだった。まるで、闇が光を吸い取っているのではないだろうかとも感じられた。
「これ、使えないかな?」
藤原はそう呟いて、入り口に設置されている燭台が外せないか力を込めて取ろうとしたが、固定されているせいなのか、外れなかった。
「外せないねぇ」
「うーん。困ったなぁ」
部屋を探そうとも光源が確保できず困っていると、リネットがクレアの服の袖を軽く引っ張った。
「……あの」
「ん? どうしたの?」
クレアはリネットの視線に合わせると、リネットは入り口の扉に指を指して言葉を続けた。
「あそこに何かあるのです」
「入り口に、何かある?」
「でも、よく分からないのです」
リネットに言われた場所をよく凝らして見ると、「入り口の扉の下の方に」何か書いてあるのが分かった。彼女はそれを読みながら口に出す。
「『同族嫌悪 見たくないから 分からない』か……」
「どうかしましたか?」
入り口に近づいて着た藤原に、クレアは先ほどの言葉をもう一度言う。
「入り口の扉に『同族嫌悪 見たくないから 分からない』と書かれていたの」
「どういう意味なんでしょう?」
クレアもこれは分からない、という感じに頭を捻った。自分の視界にチラリと見えたリネット―この文字の発見者にお礼を込めて頭を撫でた。
突然自分の頭上に乗った掌に少し驚いたものの、笑顔のクレアの顔を見てリネットも少し笑顔が戻る。
「リネット、教えてくれてありがとう」
そう褒められて、リネットはエヘヘと笑った。
と、それと同時に、三人は別の笑い声も聞こえてきた。
『ヒヒヒ』
『アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ』
「っ!?」
その声に驚き、クレアはリネットを守るようにして抱き上げた。
どこから聞こえてくるのか、声の主は分からない。かすれたような、ひきつるような、耳触りの悪い笑い声に包まれた。
わめく笑い声から逃れようと耳を塞ぐも、音は全く小さくならない。
ひとつ確かなことは、この声は『自分たちへ向けられた悪意』だということだった。まるで脳を直接かき乱すような笑い声だった。
「つ~っ! これは煩い!」
「一体どこにいるんだ?」
煩わしい笑い声に頭を抱えながら二人は視線を上げた。すると、暗闇の中に二つの目玉が浮かんでいる。目玉はあちこちを狂ったようにぐるぐる見回して、ギョロリとこちらへ視線を合わせてきた。
「な、なんなんだ……あれ?」
目玉に気を取られていた藤原の首筋を、無機質的な感触の手が掴んだ。
「ひっ!!」
『アソボウヨ ケケケケ』
今度ははっきりと、気色の悪い笑い声が耳元で聞こえた。藤原の悲鳴に気付いたクレアも近づこうとした。
「っ!? 藤原さ、っ!」
その冷たい手はクレアの首も同じように掴む。
二人は先ほどの『同族嫌悪 見たくないから 分からない』という言葉が頭に浮かんだ。クレアはリネットを抱きかかえたまま、後ろを振り向いた。
―シュッ!!
その直後、二人がいた場所を『鍵爪』が横通った。
二人は「もし、振り返っていなかったら、自分は当たっていただろう」と思い、全身から嫌な汗を流した。
視線を少し上に上げると、笑い声の正体であろう【ピエロ人形】がそこにいた。ピエロは首を宙に浮かせ、赤い球体に黒い瞳孔の目は焦点が合っていなかった。長い緑色の舌がグネグネと、獲物を見つけたかのように、舌なめずりをしている。
異様なのはそれだけでない。バラバラに動く鋭利な爪を生やしたいくつもの手。その手は地面を引っ掻いて、ガラスを削るような音を立てながら近づいて来る。
藤原は突然のこと、そして、様々なものを見たせいか、感覚が麻痺して理解するまでに至らなかった。
(なんなんだ!?? あれは!!!)
突然の敵の襲撃に、二人とも恐れおののく。しかし、こんなところで怯むわけにはいかなかった。
しかし、「笑い声がまだこだましており、集中するのが少し難しかった」。
(あいつ……ヤバイわね)
「だ、だいじょうぶですか?」
緊急事態を感じたリネットはクレアの腕を解き、地面に降りた。
改めて三人はピエロと対峙する。ピエロは相変わらず不気味な舌や手でこちらを狙わんとする仕草である。
「ど、どうしましょう!?」
「わわ私に振られても!」
どう行動しようか決めかねている二人を見て、リネットは何かを決心したように小さな手をギュッと握る。
リネットはピエロに向かって走り出す。
「こ、怖いのです!」
二人はその光景に何も言えず、驚いた表情で見守るだけしかできなかった。
リネットは助走をつけたその勢いでピエロに向かって頭突きを炸裂させようと目をしっかりと瞑る。が、それが逆効果だったらしい。狙いがそれてしまった。
「ああっ!」
やっと出てきた声が、リネットがケガをせずにいられたことに安堵したような声だった。
「リネットッ!」
攻撃してすぐに反撃されないか、二人はすぐ不安に駆り立てられたが、それはなかった。なぜなら、リネットからの攻撃にピエロ人形は「全く動いていない」からだった。
「なんだと……?」
「どういうことなんだろう?」
その一瞬の疑問が一歩を踏み出すことを鈍らせた原因だったかもしれない。
ピエロ人形は獣のように素早く飛び跳ね、クレアに近づいた。
クレアは自分の身を守ろうと両腕で顔を庇おうとする。が、自分の左手についているパペットが視界に入る。自分の大切な、思い人。
(マコト……ッ!)
本来なら胴体に喰いこむ攻撃ではなかったかもしれない。しかし、クレアはそのパペットを守るために自分の背中をピエロ人形に見せる。
「うぁっ!」
「クレアさん!!」
鋭利な爪から逃れられず、クレアの背中は引き裂かれる。鮮血が彼女の服を赤く染めていく。
「がはっ! はあっ、はあっ!」
彼女は初めての激痛に床に膝をつけた。
―死ぬかもしれない。
そんな痛みは彼女の意識を途切れさせようとした。が、最初にパペットを失って辛い思いをしたけどもずっと頑張ってきている藤原の声が大きかったのだろう。クレアはギリギリのところで意識を保つことができた。
痛みに耐えている彼女をみて、穏やかな性格であるはずの藤原に湧くはずのない焦りと怒りがこみ上げてくる。クレアのそばでもう片方の手を上げたピエロ人形に、藤原は怒りを込めた拳をつくる。
「クレアさんから離れろ!!!」
ピエロ人形は藤原の攻撃を避けられず、その胴体にがこん、と受けた。生身の人間であればよろめくような威力だが、ピエロ人形はまだケタケタと笑っている。
今の状況に慌てているのは藤原だけでない。リネットもまた何かしなければと思い、ピエロ人形を注意深く見た。そして、何かに気付いたらしく、二人に向かって叫ぶ。
「ふたりとも、『首に何かあるのです!』」
「首??!」
「ありがと!」
リネットの言葉に答えた直後、ピエロ人形が藤原を襲おうと爪を振り下ろす。
「!!!」
しかし、藤原は直前に反応することができ、寸前のところでその爪を全て避ける。
「あぶなっ!」
クレアはリネットが言っていた「首に何かある」という言葉から、ピエロ人形を注意深く観察する。そのとき、暗い部屋の中ではあるものの、僅かな光源でチラリとピエロ人形の胸のあたりで何か光ったのが分かった。クレアはそれがピエロの首から【鍵の束】が吊り下げられているからだと気付けた。
(あれは!)
クレアは自分が気付いたことを叫びたい、と思ったが痛みのせいですぐに声に変えることができない。
リネットはその小さな体でピエロ人形に頭突きを食らわそうと懸命に動く。が、当たる気配がなかった。
しかし、どうしてだろうか? 『ピエロはまるで気づいていない様子』のようだった。
(なんでだ?……もしかしてっ!)
藤原は今までのリネットの攻撃とピエロの行動を考えることで頭がいっぱいになっていたのかもしれない。
ピエロ人形が自身の前に来ていたことに気付けたのは、鋭い三本の爪を振り上げたその直後だった。
「しまっ……!」
藤原は避けられず、ピエロ人形の鍵爪に深々と胸が抉られた。
「うがっ!!」
その直後、藤原は口からも血を流しながら、その場に仰向けで倒れ込んだ。
「藤原さんっ!」
クレアは藤原の出血がひどく、傷口から血がドクドクと流れて床に血だまりができ始めているのが見えた。それを見て、クレアの早鐘がどんどんと大きな音で鳴り始める。痛い背中よりも、藤原を助けなければと頭が働く。
―けど、どうやって?
様々な思いが頭をかけめぐり、なかなかクレアは行動に移せずにいた。すると、リネットはクレアに向かって大声で言う。
「クレアおねえちゃん! 『あいつのスキを作るのです!』」
その一言で、今まで点在としていた「分かっていたこと」が一つの道筋としてつながった。
(そうか! リネットは『人形』だからピエロは『自分と同じ』ものを見ようとはしないのか!)
クレアは拳をつくって、ピエロに向かって走り出す。
「リネット、頼むわよ!」
「はいなのです!」
走りながら目標を定めたのが悪かったのか、小さい対象だからなのか。クレアの拳はピエロに当たらなかった。その後に果敢に鍵を取りに行ったリネットも途中で転んでしまい、取ることはできなかった。
ピエロの爪は一度、クレアに向けられようとしていた。しかし、その鋭利な鍵爪は彼女の傷付いた背中を追うのをやめる。ピエロはまるで食指が動いたかのように、人差し指を上下に揺らすと、自分が瀕死に追いやった『藤原』にその爪を向ける。
ピエロはのっそりと藤原に近づいていく。走った勢いがしばらく収まらなかったクレアと立ち上がったばかりのリネットがピエロの居場所に気付いたのは、ピエロが2本の鍵爪をゆっくりと藤原に突き立てた直後だった。
「藤原さん!!!」
―ザシュ!
ピエロ人形の鍵爪は、まるでピアノの鍵盤をひとつずつ叩くかのように振り下ろされた。藤原の『死』が決まるその音をクレアはしっかりと聞いた。
「う……ぐ……………」
そして、藤原の胸から血が流れ出る。その突き刺された場所から出る量は先ほどよりも少ないのかもしれない。しかし、その鍵爪は間違いなく、死の烙印を押した。
そのとき、藤原の体に異変が起きた。
藤原の遺体がみるみる硬化していき、全身が石膏のようになってしまった。しかし、それが幸いしてか、ピエロ人形の鍵爪は藤原の胸に突き刺されたままだった。ピエロ人形は固まった藤原から鍵爪を引き抜こうともそれができなかった。ピエロ人形の『動きが止まった』。
(フジワラ……さん……?)
初めて会ったときから優しそうな顔をして、穏やかそうな、人が良さそうな印象があった。誰かを傷つけることができないような、そんな雰囲気も感じ始めていた。
そんな人が良さそうな藤原さんを、ピエロが殺した。
(ピエロが、ピエロが、ピエロが……)
クレアの目に涙がたまる。そして藤原を殺したピエロ人形への怒りの感情が爆発する。
「藤原さんを、藤原さんをぉぉぉっ!!」
クレアの怒りの拳は、見事にピエロの胴体に入り込む。藤原に突き刺さった鍵爪は折れ、ピエロ人形は拳と一緒に床に倒れ込む。クレアのその思いが通じたのか、ピエロ人形は動かぬ人形となった。
しかし、クレアの怒り―次第に悲しみ―はそんなことでは済まなかった。ずっと泣きながら、床に倒れた動かない人形に何度も殴りかかっていた。
「よくも……よくも……っ!!」
手を上に上げようとしたときだった。自分のそばにあった、石膏化した藤原の死体が、白衣とお菓子類などの「持ち物」を残して急激に脆くなって崩れてしまった。それを見て、クレアは何かを思ったのかもしれないが、感情がうまくコントロールできず、呆然としていた。
「クレアお姉ちゃん……」
鈴を転がすような声が聞こえる。クレアはその声の主に泣き顔を向けた。
リネットも何といえば分からないような顔をしていた。「大丈夫だよ」が今のクレアの口から出ることはありえなかった。
「うっ、うううっ!」
今までの感情が一気に出て、リネットに抱き付いて泣いた。泣きわめく時間はないと分かっていながら、今はただ、泣くことしかできなかった。
少ししてから、【鍵の扉】に設置されていた水時計の液体が2分の3たまり、「チンッ」というベルの音が部屋に鳴り響いた。その音がした方を見れば新たな小部屋の明かりが「入れ」と言わんばかりに煌々と輝いているように見えた。
クレアは改めて自分の足元を見た。そこには藤原の持ち物と、ピエロ人形の首元から落ちた【鍵束】があった。彼女はその【鍵束】と藤原の持ち物を拾い上げた。
「藤原さん、あなたはこんな鍵のために命を落とす必要はなかったのに……っ!」
また少し、涙が出そうになってこらえようと目に力を入れた。
「……はやく、いくのです」
オドオドしたような声でリネットがそう言った。クレアは今はそんなこと、と思いながらも先ほどの【知の扉】で体験した時間制限のことが分かっていた。クレアは立ち上がって、リネットの方に体を向けた。顔は、残念ながら笑顔が作れなかった。
「……ええ。行きましょう」
【鍵束】と藤原の荷物を左手で持って、右手でリネットの手を引いて小部屋へと入って行った。
クレアは部屋の中にスイッチがあるのを見つけて押すと、扉は閉まっていく――
――ガコンッ
鈍い音が小部屋中に響いた。
「っ!?」
慌てて振り返れば、扉が半開きになり、最後まで閉まらなかった。その扉の隙間を上から下へと視線を落とす。
そこには、仕留めたと思っていたピエロ人形が扉の隙間で挟まり、こちらに無理やり乗り込もうとしていた。
『アソボウヨ モット モット アソボウヨ ヒヒヒ』
脳に直接響くような、気味の悪い言葉が聞こえる。今の壊れかけの人形の姿がより一層気味悪さを引き立てている。
「く、クレアおねえちゃん!」
恐怖を感じたリネットがクレアをギュッと掴む。クレアもそれに応えるかのように右手でリネットの頭を抱え込む。
先ほどまでの悲しみが一気に怒りに変わった。
「あんたなんか……あんたなんか、大っ嫌い!!」
クレアはそう言い終わるかどうか、ピエロ人形の顔面を踏みつけるようにして扉の外へ押し出した。扉は挟まっていたものが無くなり、ピタリと閉じる。
クレアとリネットの二人は怒りなのか恐怖なのか分からない感情で粗い息遣いをしながら扉を睨み付け、上へと上がっていくのを感じた。その直後の、少し安堵したそのときだった。
『 ドウセシヌノニ 』
一瞬だけだった。しかし、その不気味な声が聞こえてクレアは冷たい何かに心臓が鷲掴みされたようだった。
クレアはそんな肝を冷やしたような感覚を感じながらも、リネットと共に上階へと上がる。が、――……。
「ブフッ!」
突然こみ上げてきた咳を手で覆った。そのときクレアは、自分が「赤黒いものを吐いた」という事実を知った。
量としては少ないが、体がフラッとする。ぎりぎり意識があるかないかの状態であった。
背中を切られ、大切な仲間―藤原を失った。彼女の体力も精神も限界を迎えていた。
「あぁ……ううっ……」
クレアの異常に気付いたリネットが意識が朦朧とし始めたクレアに呼びかける。
「クレアおねえちゃん、しっかり! おねえちゃん! おねえちゃん!」
その呼びかけに答えようとするが言葉が出せなかった。クレアはその場で膝をついて床の上に倒れ込む。すぐそばで聞こえていたはずのリネットの声がだんだんと聞こえなくなっていく。
『 ドウセシヌノニ 』
その言葉が脳内で自動再生された。
―自分は死ぬのか? いや、そんなことイヤだ。
「私は……死なないよ」
誰にも聞こえないような声でそう呟くと、クレアは意識を失った。
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