【 第5章 再会 】
悲惨な状況から無事に生還することができたマルクスと霧島は小部屋に「チンッ」とベルが響く音を聞いた。その後に開いた扉の向こうに目をやると、その部屋は今まで入って行った部屋と比べて随分と質素だと感じた。
「あんらぁ? もっとゴージャスなお部屋でお出迎えしてもらえると思ったのに、随分質素ねぇ」
「そうね。……おかげで全然休めそうにないわ」
二人が部屋に入っていくと自分たちの出てきた扉は閉まる。少しして、向かい側の扉もチンッと鳴るのが聞こえ、扉が開いた。しかし、誰も出て来ない。出てきたのは、少女の声だった。
「だ、誰かいませんかー?」
「あら? 誰かしら?」
「だ、誰かいるのですか!?」
少女の切実な声を聞いて二人は小走りで開かれた小部屋の前へ移動した。その小部屋には、リネットと息が絶え絶えのクレアが、そこにいた。
リネットは二人に気付くと目を大きく見開き、口を開けた。
「ぁ……あの時の!?」
「あぁら、可愛らしいお嬢さんとクレアちゃんじゃない」
「リネットさん……あとクレアさん!? しっかりして!」
マルクスと霧島は膝をついてクレアの容態を確認した。医学の知識が無い人間だとしても、今のクレアの状況で生きているのは奇跡的だということが分かった。
しかし、もう一つ二人には分かったこと―疑問に思ったことが出た。
―藤原がいない。
小部屋に彼がいる気配はない。
「あ、れ……? 藤原さんは?」
マルクスは気遣ってか今も理解できていないのか、気にさせないような話し方でリネットに話しかける。
「だめじゃない、藤原ちゃんを置いてきたりしたら」
「そ、それは……」
二人の言葉にリネットは答えきれず、どこか悲しそうな目をしている。
マルクスは精神科医として、答えられない質問の返答を待つのは無意味、やってはいけないと感じて、クレアの怪我を治す方に専念することにした。
「しかし、酷い怪我ね。クレアちゃん、ちょっと診せてごらんなさい」
クレアの容態を確認するために赤く染まったシャツを少し裂いた。背骨までは達していないが、相手は容赦なく斬りつけたことが分かる。また、口からこぼれ出ている血は肺からではなく、また別の原因によって出血したものではないかと考えた。
マルクスは自身の医療道具を取り出し、乾いてクレアの皮膚に引っ付いている血とシャツとに生理食塩水をかけて引き離してから手当を始めた。
彼の適切で正確な処置が功を奏して、多少動き回ったとしてもその傷が痛むことがないぐらいにまで治療することができた。クレアの意識はまだ戻らないが、いずれ戻るだろうと感じた。
「これでいいかしらん♪」
笑顔でそう言ったマルクスのそばで、リネットが治療が終わってホッとした顔をした後、また悲しい顔に戻ったことに霧島は気付いた。先ほどの嫌な予感を感じて、リネットに声をかける。
「……ねえ? どうしたの? そんな悲しい顔をして……」
「それは……」
「ちょっと霧島ちゃん。そんなことよりあなたの手当てもしましょ。クレアちゃんならそのうち目が覚めるわ」
マルクスは先ほどクレアを治療した際に毒物の反応がわずかながら出たことに気付いた。もしかすると毒物が自分たちの体に残っているのではないだろうかと思い、自分たちの治療も始める。
どのような治療をすれば良いかということが分かったマルクスは解毒を手際よく行い、もう毒による体力の減少は起こらないと診断した。
「マルクスさん、ありがとうございます」
「これぐらい、どうってことないわよ~」
「う……うぅ……」
全員の下から呻き声が聞こえた。クレアが顔を顰めてからゆっくりと目を開けて周りを確認する。それを見て安心した三人の表情は緩んだ。
「よかったわ。気がついて」
「こ、ここは……? あ、霧島さん、マルクスさん……」
クレアは目の前にいる人物たち、自分の胴体に巻かれた包帯などに気付いて、気絶する前に起こったことを思い出せた。霧島が大声で、不安な気持ちをぶつける。
「一体何があったんですか!? 藤原さんは!? どうしたんですか!?」
不安のせいだろう。彼女の一文一文が強調されてしまっていた。
クレアは自分の左手の先に転がっている藤原の道具を見て、先ほどまで忘れかけていた悲しみに襲われた。右手で咄嗟に顔を覆う。
「……っ」
「まさか……」
「ふ、藤原さんは……私たちの、ために……ひっく……」
次第に涙声に変わっていくクレアの声を聞いて、他の三人も気持ちが沈んでいく。
「まさか……ね? アハハ……嘘だよ、ね?」
クレアはその言葉に答えられなかった。ただ、涙を流すだけしかできなかった。
その顔を見て、女性の気持ちがよく分かるマルクスは子どもをあやす母親のようにクレアの頭を優しく撫でる。
「そう……辛かったわね。今は泣きましょう……」
「嘘だって言ってよ……」
霧島もその光景を見て、ボロボロと涙を流す。今までの異常な現象で精神に負った怒りと悲しみが一気にあふれ出してきた。
「お願い、お願いだよぉ……うわぁぁぁぁぁぁん」
悲しみに暮れるクレア、マルクス、霧島。ふと、リネットはもう一人いたはずの大男、大鬼がいないことに気付いた。
「あの……そちらに行ったもう一人の方はどこなのですか?」
そのリネットの言葉にハッとしたマルクスは、先ほどの【宝の扉】であった大鬼の消失のことを思い出せず、立ち上がった。
「そうよ! 大鬼ちゃんはどこ!? おーい!」
マルクスは本当に思い出せないようで、女性三人を置いて部屋をふらふらとし始めた。
残った霧島はなんとか止めようとした涙をこらえながら伝えようとする。
「大鬼さん……」
「どうかしたの?」
「あんらぁーっ! こんなとこにいたのね!」
マルクスの見た先、全員が視線をその声のした方に向けると、そこには先ほどの試練によって消えたはずの「藤原」と「大鬼」がいた。
藤原と大鬼は何も思い出せないような、どうして全員が悲しんでいるのだろうか分からない状態で、また声をかけた。
「みなさんどうしたんですか?」
「……え? どうして……? あれ? 私、あれ?」
「ほーら! やっぱり先に行ってたじゃない! 大鬼ちゃん、酷いわ! 私たちを置いて行っちゃうなんて酷いわ!」
目の前でギャル声で、喋り方まで女性のようになっているマルクスに戸惑いながらも、その後ろで顔が青ざめている霧島とクレアにも困惑していた。
「霧島さん、どうしたんですか? 幽霊でも見たような顔して?」
藤原は一緒にエレベーターに乗ったはずのクレアの様子を見て必死に何かを思い出そうとするが、記憶に鍵がかかったかのように思い出すことができなかった。
「エレベーターに乗ったはずじゃ……あれ?」
「そういえば甘い匂いのガスを吸って……それからどうしたんでしたっけ?」
クレアも霧島も今までのことで頭が追い付いていないのか、「なぜ、二人はここにいるのだろう」と軽くパニックになり、すぐに声がかけられなかった。
マルクスも同様に思ったが、は何も気にしていないのか、あえてそうしているのか、【宝の扉】であったことを大鬼に話す。
「あら? エレベーターに乗って、暗い部屋でゴハン食べたじゃない」
「暗い部屋? ごはん……?」
大鬼はマルクスのその言葉にどれも思い当たる節が見つからず、困惑した。
「ええ……。そのあとは……いえ、何でもないわ」
霧島は「そこであなたは死んだんだ」ということができなかった。
大鬼の今一番気になる点といえば、その欠落した記憶よりも自分に少しずつすり寄ってくるマルクスであった。
「それより、マルクスさんは話し方まで乙女になってますが……」
「ふふふ、目覚めたのよ♪」
「そ、そうなんですか……?」
その狂気に歪んでいるような、油断していると何か起こりそうな笑顔を見て察した大鬼は数歩後ろへ下がりながらそう言う。
「どうしたの? 怖がらなくていいのよ?」
まるでメヒョウのようにゆっくりと、けれども確実に獲物を狙うように、マルクスは大鬼に向かって数歩詰めて行く。それを見て、自分が標的になっていないと気付けた藤原はその場から避けるように逃げ出した。また、それを止めようと向かった霧島の三人が部屋でワラワラとし始める。
目の前にやってきた藤原を見て、やっと言葉が頭の中で整理できたクレアは彼に話しかける。
「ふ、藤原……さん……どうして……ここに?」
「えっと……? 私はあなた方がどうしてここにいるのかが……?
でも、みなさんが合流できたみたいでよかったです」
藤原もまた分からない、といった様子で言葉を返す。が、とりあず全員いることに彼は安心を感じる。また、全員の怪我の様子を見て、医者として診なくてはいけないという責務に駆られたようであった。
「皆さん、なんだか怪我をしているみたいですけど……大丈夫ですか?」
「だ、だって……あなたは……」
「え……? 私がどうかしましたか?」
クレアは藤原が何の疑いも持たずにそう言ったのを見て、逆に自分で自分が【鍵の扉】で見たことを疑った。
「……いいえ」
―アレは気のせいだったのだろうか?
クレアは視線を左手のパペットに移した。そのパペットの腕には落とされないように【鍵束】がしっかりと握られていた。自分で握った覚えはなかったが、恐らくはずっと握っていたのだろうということは分かった。
(これは……。さっき見たことは気のせい、だったの……アレは?)
鍵束と藤原を交互に見て、クレアは自分の疑問は解けないものだと感じた。
「やめろ……来るな、来るなあああ」
「いやよ、いやよも好きのウチってあるじゃない」
「マルクスさん、やめてあげてくださいぃ……」
一方、まだ乙女の心でいるマルクスは壁際まで大鬼を追いやっていた。霧島はその後ろでマルクスを止めようと胴体に巻き付いている。が、元々男であったマルクスにとって華奢な体の霧島の制止は無いも当然であった。
大鬼の顔は今までとは違った恐怖によって凍り付いていた。
「やめろぉぉ……」
「んもう、い…け…ず……♪」
『窮鼠猫を噛む』という言葉通りのことが起こった。
迫りくるマルクスの顔に自分の命の次に大切なものが取られると感じ取った大鬼は、その強靭な体でマルクスにビンタをした。
大鬼のビンタはマルクスに直撃し、その躊躇の無い一撃でマルクスは目が覚める。
「わ……
わ………」
「わ……?」
「わらばぁ!」
「はあ……はあ……」
「痛いではないか!」
その一言を聞いて、大鬼も霧島も一安心する。
「ももももも戻った……」
「オカマになる夢を見たような気がするが、きっと気のせいだろう。そういうことにしておこう」
「マルクスさん……大丈夫……そうね。よかった……」
霧島は先ほどまで力が入っていた腕から力が抜け、その場に座り込んだ。
―ガコッ
座り込んだその時、霧島のカバンに突っ込んでいた黄金の箱が金属が軟らかいもの当たったような音を立てた。霧島はその音に気付いて箱をカバンから抜き取り、一通り見回してみる。何か絵が描かれていたり鍵穴があったりしている。
「これを開ければ何か起こるのかしら……?」
クレアは藤原とリネットに介抱されながら、左手に荷物を抱えて三人のそばへ移動してきた。霧島のその言葉を聞いて、クレアは手に持っていた鍵束を取り出して全員に見せる。
「そういえば、これ……さっき手に入れたのだけれど……」
「へぇー、いつの間に手に入れたんですか? すごいですね……」
霧島の【黄金色の箱】、クレアの【鍵束】を見て大鬼も藤原も思い出そうとしたが思い出せなかった。
霧島のそばに行ったマルクスは霧島から箱を借りて開けてみようとするが開かない。
「ふむ……宝箱には鍵がかかっているというのは、いかにもファンタジーな展開だが……」
クレアも自分の持っている【鍵束】をよく見てみた。鍵はどれも形も大きさも全く同じである。が、唯一違っているのは、鍵の持ち手のところに「1,2,6,7」と数字があることだった。
クレアの持っている四本の鍵をみて、マルクスは顎に手を当てて少し考える。
「これはハズレの鍵を差し込んだらダメなパターンだろうか?」
「うーん。よく分からないわね……」
「きっと鍵はきちんと正しい場所に入れるべきでしょう」
「そうですね……おや?」
大鬼も全員が集まっているところへ行こうと部屋の中央を歩いたときに足で何か硬い物を踏んだことに気付いた。足を退けてみれば、そこには三本の鍵が束になっている【鍵束】を見つけた。それを手に持って調べてみれば、鍵の持ち手に「3,4,5」と数字がかかれていた。大鬼はその鍵束をクレアの持っているものと比べてみると、形や大きさはまったく同じ、クレアの持っている鍵と同じような鍵であることが分かった。
「これで、1から7までの数がそろっていますね」
「なるほど……分からん!」
「そうですね……でも、どれが正解なんでしょうか……」
「私にも分かりません……」
一同が悩んでいると、正面の壁がパッと輝いた。振り向いてみれば、そこに新たな通路階段が出現していた。
全員がそのその通路の出現に呆気にとられていた。そのとき、クレアと大鬼が持っている【鍵束】がリネットの視線に合う。それを見たリネットが恐る恐る声をかける。
「あ、あの……」
「どうしたの? リネット」
「その鍵、読めますよ?」
「読める?」
「うん」
「読める……? どういうことですか?」
リネット以外から見てみればただの数字にしか見えない。
「なんて書いてあるんだい?」
「えーとですね」
リネットが持っている『知識』のおかげで全員は別の読み方でその数を読むことを知った。クレアの持つ鍵束を順に指さしながら読んでいく。
「これは1(フェオ)、2(ギョーフ)、6(ダエグ)、7(イアー)」
次に大鬼の持つ鍵束を同じように読んでいく。
「3(ウィン)、4(ニイド)、5(マン)って読むのです」
「そ……それはまさか……!」
笑顔で読み方を全部言えてにっこりと笑うリネットの後ろで、マルクスは口に手を当てて思い出していた。その言い方に霧島も何か感じ取って聞き返す。
「な……何か分かったの?」
マルクスは鍵束と全員の顔をちらちらと見ながら、興奮気味に話した。
「石板に書かれた詩にあった言葉だ!」
「……! あの、ルーン文字」
「ええっと、確かあのとき何か言ってたわね」
「……ルーン文字」
「? そういうのですか?」
リネットは自分の言った言葉の意味を理解していないようだった。その姿を見て少しクレアは心に引っ掛かるものを感じたが、そのままにした。
「それで、この鍵はどこに刺せばいいんだろう? それにまた階段が出てきましたし……」
「………マルクスさん。箱を借りても良い?」
「ああ、もちろんだとも」
クレアは今までの突然光って消えた文字のことが頭に思い浮かんだ。黄金の箱を手に持って隅々まで眺め始める。
「きっとヒントは何かに書いてあるはずよ。箱などをしっかり見てみましょう」
「箱に何か書かれていませんかね?」
クレアと大鬼の二人で見てみると、箱の蓋の部分に異形頭の男、鳥、羊のレリーフで飾られていることに気付いた。
「なんだ? この男の頭は……」
「なんだろう、この絵……」
(見たことがあるような、ないような……)
二人は今まで見たことのある記憶を頼りにしてそのレリーフの生物は何かを考えた。考古学者であるクレアと、そうでない大鬼は獣医であるおかげだったのか、そのレリーフの生き物が具体的に何であるのかが分かった。
「この変な頭の男のは、『フンコロガシ』ですかね?」
「うん。鳥は『ハヤブサ』、羊に見えるこれは『雄羊』だね」
クレアはそこまで言って、やっと気付いた。
「そうか。これは……エジプト神話の太陽神、ラーのことについて表しているレリーフだわ」
「そういえばフンコロガシが太陽の象徴でしたっけ?」
「そう。すごい! 大鬼さん、あなたも物知りね!」
日本では馴染みがほとんどないエジプト神話のことを知っている大鬼の言葉を聞いて、クレアは素直に喜んでいた。
「ふむ……エジプトか」
クレアは箱に描かれたレリーフを全員に見せながら、講演会を始めていた。
「この変な頭の男はラーの姿。日中はハヤブサで天を舞い、夜は雄羊として夜の船に乗り、死の世界を旅するということを意味しているの」
「なんだか変わってますね。エジプト神話なんて全然知りませんでしたよ」
「私も全く馴染みがないな」
「で、この箱に描かれたそれが何を意味しているかですね」
「クレアお姉ちゃん、物知りさんです!」
リネットからそう言われたのが嬉しかったのか、クレアは頼まれてもないのにも関わらず、自分の知っていることを立て板に水を流すように話し続ける。
「フンコロガシは家畜の糞を丸めて、その中に卵を産むのよ。孵化する時、なにもないところから出てくるから『新たに生まれ変わってくる』と人々に考えられたの。
だからフンコロガシは『不死身』『復活』というイメージが持たれているのよ。
映画でいうなら、ハムナプトラで少し取り扱われていたかしら」
一同はそのマシンガントークを聞いて、感心したような声を出す。
「本当に、クレアさんは物知りですねぇ」
「復活……ねぇ」
「ほう……」
「……なるほど」
「太陽も、毎日死んでから浮かんでくるから『不死身』と考えられたのかもしれないわね。
こういう知識を持ってラノベとかアニメとか見ると、とっても楽しいわよ」
知識人が趣味にのめり込むとここまで喋りつくしてしまうものである。
今までに分かっていることをまとめようと全員頭を捻り始めてみた。
「不死身とかそういうキーワードが多いのは何故なんでしょうか?」
「人々が死に対する恐怖を持っていたから、というのが大きいわね」
「確かに死ぬのは怖いですけど……うーん。なんだか混乱してきました」
「それは誰だって死を恐れるに決まってるわね」
クレアも「この箱を開けるための鍵は、描かれているものと関係している」と思うが、なかなか答えが見つけられずにいた。
全員が部屋の中央で考え込んでいると、リネットが全員に向かって声をかける。
「あの……これからどうするんですか?」
その言葉で全員が一度顔を合わせた。
言われてみれば、これからどこに進むかなど、何も考えていなかった。
マルクスは自分たちの正面に開いた通路階段を見ながら話し始めた。
「そういえば、あの階段の様子を見ていなかったな。私はちょっとそっちに観に行ってみよう」
「私も一緒にいっていいかしら?」
「私もついていきます。また上れないとあれですし……」
「俺も行きます」
「私はもう少し、この箱を調べてみるね」
クレア以外の四人は階段を調べに行った。階段はほとんど一直線上に進むようなつくりになっている。一見して変わった様子はない。マルクスは一番の階にあった階段と同じような、全員でないと上れない階段かどうかを確かめるためにつま先でツンツンとつつく。すると、その階段は普通の階段と同じようにつつけた。
「む? 特におかしな様子はなさそうだな」
「上りますか?」
「ここで考えていても仕方ないですし、上りましょうか? クレアさんならあの箱と鍵の謎が解けそうですが……どうします?」
「だが、上った先で箱の中のものが必要になることも考えられるぞ。その時は今のようにゆっくり考えている暇はないやもしれん」
「確かに……。この先にまた、水時計があるかもしれませんね……」
部屋の中央であぐらをかきながら、クレアは七本の鍵とにらめっこをしていた。
太陽は、どの国においても「皆に同じように照らす」というイメージがある。だから詩の中身を考えたときに6(ダエグ)『等しく降りそそぐ喜びと安楽 皆に愛されし創造主の栄光なる光』が正しいように見えた。
もう一つ、1(フェオ)『全てのものには悦びとなり 栄光をつかむため望まれる宝』の「宝」という言葉にもひっかかりを感じていた。
クレアも分からないものに対して少しずつ苛立ちを感じていた。そして、最後は躍起になる。
(うーん。あー! これはこんなにも考えてたってしかたない! もう6(ダエグ)を使う!)
彼女は右手に持っていた6の鍵を【黄金の箱】の鍵穴に入れて、回しこむ。
……
………
…………
―ガチャリ
「っ!」
錠が開く音が耳と手に伝わってきた。クレアははやる気持ちを押さえながら箱をそっと開ける。その中には「銀の指輪」がひとつだけ入っていた。それ以外には何もなかった。
「これだけ……?」
クレアはその指輪を手に取ってよく見てみた。指輪には何かの記号が表面に33、内側に3つずつ刻まれているということが分かった。
「なんだろ、これ……?」
一緒に指輪を見ていたリネットに視線が行って、クレアはリネットにもしっかり見せてみる。
「リネット、あなたはこれが何なのか分かる?」
そう訊かれて、一生懸命考えようと目を強く瞑ってうーんと唸ったが、申し訳なさそうな声で答える。
「……ごめんなさい、分からないのです」
「ううん。ちょっと聞いてみたかっただけだから、気にしなくていいわよ」
そう言って、クレアはリネットの頭を、リボンの髪飾りを崩さないように撫でながら笑顔をつくる。
「あなたが鍵の文字を読んでくれたからすごく助かったわ。本当にありがとう」
「えへへ……」
「それじゃあ、みんなのとこへ向かいましょうか」
クレアは立ち上がり、鍵を落とさないようにズボンのベルトに通してからリネットと一緒に階段の前にいる全員のもとへ向かった。
「おーい」
「あ、クレアさん。箱はどうなりましたか?」
クレアはそう訊かれて、左手に握っていた指輪を全員に見せた。
「この箱にはこの指輪だけが入ってたよ」
「指輪か……それは重要そうだな!」
「きっと重要アイテムだと思う。そんなキーポジションのアイテムね!」
「そういったものは、もう他にはないですかね?」
階段の前で全員で部屋全体に目星を行った。少し歩きながら、霧島とクレアは、こげ茶色の壁に、黒い文字で書かれた<乱雑な文章>を見つけた。
『 魔女め 奴は狂っている 私は死を選ぶしかない 』
「……なんなの、この文章」
呆然とする霧島とクレアに気付いた他の人々が近づいて行こうとする。
「何かあったのですか?」
「え、それほん……っ」
藤原は上手く踵が返せず、部屋の隅で盛大に転ぶ。
「う、うわっ!!」
その声に驚いて全員が藤原の方を見た。「いてて」とつぶやく藤原に、いち早く駆け寄ったマルクスが手を差し伸べる。
「藤原さん大丈夫かい? 気を付けるのだ」
マルクスはの手を取ろうとして、藤原も手を伸ばした。
藤原がこける瞬間を見ていたマルクスは、壁に手を擦りあてるようにして転んだ様子を知っていた。だから手の甲に掠り傷があるだろうと思っていた。
普通はどこかしら傷を負って、血が少しでも出るものだ。が、不思議だ。
『血が一滴も垂れていない』。
この以上にいち早く気付いた藤原は手を引っ込め、マルクスに言葉をかける。
「マルクスさん、大丈夫ですよ。ただの打ち身です」
「……そうか。無理はするなよ」
差し出した手を引っ込めて、マルクスは藤原が自分の力で立ち上がるのをただ見守った。藤原は立ち上がり、恥ずかしそうに大勢の方へ歩いて行った。
「大丈夫っ!?」
「はい。あはは、心配かけちゃってごめんなさい」
マルクスは藤原の手に確かに掠り傷があったのを見つけていた。しかし、そこから血は一滴も出ていなかった。
(…………一度死んだ者は、何か『変化』が起こっているのか?)
自分の日本語のことも含め、確証がない今、不確定なことは言わないようにしようとマルクスは思った。彼も藤原の後を追って全員のところへ入って行った。
全員が集まったところで、クレアは思い出したかのように指輪に描かれた記号を全員が分かるように見せた。
「この指輪、何かの記号が33、内側に3つずつ刻まれているの。なんだと思う?」
「ふーーーーむ」
「なんでしょうね?」
全員で眺めてみるが誰も分からないような様子だった。
「ダメだ! さっぱり分からん!」
「よく分からないですね……」
「俺も分かりませんね」
「私にも……こういったことは本当に分かりません」
「うーん……」
クレアも改めてじっくりと見直してみる。
「鍵はルーン文字が関わってましたが、それは一体何なのでしょうね?」
「ルーン文字……」
霧島のその言葉で、その記号と数字の意味にクレアはピンときた。
「あ、そうか。これもルーン文字なんだわ」
「またルーン文字ですか?」
「ええ。この文字はルーン文字の魔術文字、いわゆるシンボルよ。このシンボルが33、3つとあるのは、ケルトの神聖な数「3」からきているからなの。北欧では3とその倍数には秘められた呪術的な力があるとされて、指輪にその数だけルーンを刻んで“魔除けの指輪”にされたという伝承が今もあるの。
だから、これは魔除けの指輪なのよ」
「そんなものが実際にあるんですね? 興味深いです」
その話を聞いて少し疑いの目を持っていたが、今までのことを考えるとそれもありえない話でないように感じた。
「魔除けねえ……。これから何かあるのかもしれないわね」
「魔除けなど迷信だと思っていましたが……今は信じざるを得ないですね」
マルクスはクレアの指輪を持っている手をギュッと握らせ、言葉を続けた。
「魔除けということは、これから先何かあればその指輪が助けてくれるやもしれん。クレアさん、大切に持っていください」
「ええ、そうね。ここにいたら嫌でも不幸が降り注いできそうだからね」
「降り注ぐのは、太陽の恵みであることを祈るよ」
傍らに持っていた空き箱を開ける決め手が「太陽」であったことから、クレアはジョークとして鼻で軽く笑った。
「……まったく、マルクスさんの言うとおりですね」
「本当にそうですね……じゃあ、先を行きましょうか」
一同はその言葉に頷いて階段を上り始めた。
最後に階段を上ろうとしたクレアはもう一度部屋を見回した。自分の手には藤原の荷物と中身のない黄金色の箱、宇野真のパペットに魔除けの銀の指輪。
クレアはパペットの手で指輪を持って、魔除けの指輪を右の薬指にはめた。
「……マコト、私も頑張るからね。だから、指輪をはめる手の方はちょっと待っててね」
自分のベルトに鍵の束ふたつがあるのも確認してから、クレアも階段を上り始めた。
全員が階段の中ほどまで進んだ時だった。下の階からゴゴゴ、という、水が流れ込むような音がし始める。後ろを見てみれば、階段の下から少しずつ水が迫ってきているのが分かる。
そのとき、改めて全員が「もう後戻りができない」ということを実感した。
この「試練の塔」に待っている者は誰なのか。まだそれが分からないまま全員は上へと上って行った。
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