【 第1章・最悪な眠りと目覚め 】
居酒屋に陽気な音楽が流れる。その音楽に負けないぐらいの笑い声、陽気な声が『御津門中学』と書かれた座敷から漏れ出てきた。
久しぶりの旧友との再会に誰もが喜びを噛み締めるだろう。
その場を楽しそうに見ながら酒を嗜む鹿波と井伊。酔ってクラスメイトたちに絡みに行っている小鳥崎。絡みに来たクラスメイトにさらに酒を勧める宇野。彼らの席は不思議と近いところに当たった。
「いやー懐かしいなぁ」
鹿波は井伊と一緒にビールをちびちびと飲んでいると、へべけれ状態になっている榊原がやってきた。
「よー、お前ら~飲んでいるか~」
そう訊かれて、鹿波と井伊は飲みかけのグラスを上に上げて見せた。苦笑いしながら井伊は榊原に話しかける。
「見ての通り。きついのは仕事に触るから飲まないけどな」
そう言ってからまたビールを一口飲むと、隣の席で絡み酒をする小鳥崎の声が飛び込む。
「なんだ~? 私の酒が飲めないのか~?」
若干引き気味になっているクラスメイトを置いて、小鳥崎のテンションは変わらないままだ。
それを見ていた三人――榊原に、宇野が肩に腕を回してオーダー表を持ってきていた。
「おう! お前、まだ飲み足りないんじゃないの~? わっはっはっ」
「ははは、そうだ!そうだ!さぁ、今日は無礼講だ~」
榊原は宇野の持ってきたオーダー表を楽しそうに一緒に見始め、まるで子供みたいにはしゃいでいた。そんな姿を見て、鹿波も冗談っぽく話した。
「テンション変わらないなぁ。言っとくけど、僕の前で飲酒運転とかしないでよ、今日は休日なんだから」
そう言っても聞かない二人を見て、軽く息を吐くとつぶやいた。
「同級生を逮捕したくないからね」
「しかし、まあ、昔は早く大人になりたいと思ってたけど、今になると、学生時代に戻りたいと思うな」
ビールをまたちびりと飲みながら、井伊は鹿波に、自分自身に言うように言った。
「社会人って、面倒くさいわ」
それを聞いた鹿波は何も答えない。何かあったのだろう。それぐらいしか思いつかないが、聞いて何になるわけでもないから黙っていた。
そんな二人を気にしない宇野は大声を上げる。
「なあなあ、このテキーラ一緒に飲むやついる?」
「お、いいね。逝っちゃう?」
「いや~、テキーラも日本酒もガンガン逝っちゃおうよ」
「そうだ。ビールも追加して」
「だな。ピッチャーで頼んでおこう」
……そんなこんなで時は流れていき、酔いの勢いで小鳥崎、鹿波、宇野、井伊の四人は眠ってしまう。
「ビールビールっと……うあ……」
「くあーっ! この一杯が」
「……zzZ……」
「割れた皿が一枚……二枚……」
四人は目が覚めた。
しかし、目が覚めたその時は『見知らぬ場所』にいた。
「んあ……ここは……?」
「ん……? 俺、いつの間に……?」
「……はっ、私は割っておりませ……あれ? 夢か……」
「……飲み屋、じゃないな。どこだ、ここ?」
そこは、豪華な屋敷の玄関ホールのようなところ。天井からは豪華なシャンデリアが吊り下がっており、大きな柱時計と美しいいくつかの絵など、いかにも豪邸といった趣きだった。
「誰か、ここに連れてきたのか?」
「少なくとも私の主の館には見えませんね」
「……どっかのホテルかな?」
井伊は自分たち以外にも誰かいないか見回してみるが、人はだれもいない。あるのは自分たちのそばに置いてある荷物と、玄関ホールに似つかわしくない『不自然にある』クローゼットだった。
「俺たちだけ、か」
鹿波は自分のカバンに近づき、中に入っている携帯電話を探した。
「まぁ酔いつぶれてワープとかざらだし」
鹿波以外も、自分たちの荷物を手に取って、外との連絡手段をとろうと携帯電話を探した。が、それはカバンの中に無いことが一目で分かった。
『部屋の中央』……『そこに不自然にある』クローゼット。その近くに『四人の携帯電話やスマートフォンなどが』『破壊されていた』からだ。
「あ! あぁぁぁぁああぁぁぁぁぁ!!」
「ん……あっ!! 俺の携帯が!」
「ああ、ああ……私のイケメンたちが……」
「げ! 二、三日中のスケジュール、メモってたのに」
「お姉ちゃんの写真んんんんん!!」
「鬱だ……」
「まだバックアップしてないのにぃぃぃぃぃ」
それぞれが壊れた携帯電話をみて驚いている中、鹿波以外は一生懸命今までのことを思い出そうとした。
今日は2016年5月15日。中学3年生の同窓会があった。酒を飲んだ瞬間、自分たちは眠ってしまった。……そこまでは記憶している。
鹿波は、『自分がなんでここにいるのかさえ思い出せない』。必死に思い出そうとするが出てこない。スマホが壊され、大事な姉の写真を失ったことも合わせて『恐怖』を感じ、軽いめまいを覚える。
「うぅ……」
「ここは、一体どうなっているんだ?」
一同は気を取り直して玄関ホールから吹き抜けの向こうにある2階と合わせて見回した。
玄関ホールの真ん中にクローゼット。1階には6部屋。2階には3部屋見える。また、自分たちから見て右手奥の部屋の扉の前には「黒い箱」が置いてあるのが分かる。
屋敷のどこからでも見える大きな柱時計は12時を指したままで『動いている気配がない』。もともと動いていない感じにもとれた。
屋敷勤めしているせいか、小鳥崎はそういったことに気付くのは誰よりも早かった。
だから、時間を示す時計の類がないこの現状で『精確な時が図れない』ということにも気付いた。
「時計は……ダメね。動いてないわ」
「とりあえず、誰かいないか探してみようか」
鹿波の提案に全員が首を立てに振った。
「ああ、そうだな。俺たち以外にも誰かいないか探してみよう」
「……まあ、他の面子がいるかもしれないしな」
「もしかしたら、ここがどこだか分かるかもしれない」
一同は他にもいるかもしれないという希望と出る手がかりを探すためにあたりを見回した。
玄関ホールの壁にいくつか絵がかけられている。絵に聡いわけではないが、鹿波はそれらの絵が気になった。
「絵には詳しくないけど、どれほどの価値があるのかな?」
それを聞いて、小鳥崎も壁にかけられている絵にも注目してみる。
それらの絵は手がかりでも、有名画家の模写でもなかったが、この玄関ホールにあっても見劣りしない「それ相応に高い」ことが分かった。
「ふむ……なかなか悪くないですね……」
「小鳥崎は色々と詳しいんだな」
絵のことを鑑定する小鳥崎を見て、宇野は首をかしげながらそう言った。宇野にはどの絵も「高そう」と思うぐらいだった。
「詳しいというよりも、良い品をみていればそれとなく良し悪しができてくるという感じですね」
「はぁー。何人もの声優の声を聴いていたら新米でも上達するのかどうか聞き分けがつく、というやつか?」
「……何か言いたげですね?」
「まさか! 小鳥崎の鑑定眼に感心しただけだよ」
小鳥崎は冗談めいた井伊の声を聞きつつ、クローゼットから変な音がしないかも気にしていたが、そんなことはなかった。
クローゼットをジッと見ていた小鳥崎を見て、まだ彼らの中に残っている「常識」が制止をかけた。
「人の物を勝手に開けるのは良くないんじゃないかな。勇者一行でもないんだし」
「そうですね……。館の人を先に探しましょうか」
「そりゃそうだ。今は誰かいないか、もしくは、外に出るかを優先しよう」
「まず、ここから声をかけてみるか?」
宇野はそう言うと、息を思いっきり吸ってホール全体に響く声を出した。
「誰かいませんかー!?」
その声はホールに響いただけで、誰からの返事も無かった。
「無人か、聞こえてないみたいだね」
返事のしなかったホールを改めてみて、クローゼットの向こう側――2階通路の下にあるひときわ大きな扉は他の扉には無い印象を受けた。ほとんどの扉は木製、真鍮のような鈍い金色をしたドアノブという、質素な扉だ。が、そこだけは豪華な意匠の施された大きな扉だと誰もが感じた。
先ほどまでの飲み会での酔いが無かったかのように醒めている四人は、このホールから得られた情報から考える。
鹿波は、その意匠の施された扉とその植えにある扉の大きさが似ていることから、まるで劇場みたいだと感じだ。
「階段下の大きな扉は舞台、上は見物場かな?」
「ん……。ああ、確かにそう見えなくないな」
「そうですね。でも、まずは何事も確認してみなければ分かりませんね」
「……部屋に進んでみるしかなさそうだな」
「うん。進んでいくと会えるかも」
小鳥崎はすぐそばにある質素な扉の前に行った。引き戸だろうと思って引いてみるが、動かない。
「む……開きませんね」
「「鍵がかかってるのか?」」
宇野と井伊が同時に同じことを言って、緊迫していたところで思わず笑いが起きた。
開けようとしていた小鳥崎も思わず振り返り、可笑しそうにして二人を見て笑った。
「ハモったね!」
「すごいですね。同じタイミングで同じセリフを……」
「なかなかこんなこと、中学時代でもなかったよな」
全員で笑い合っている中でも小鳥崎は握っているドアノブを押し引きしてみたがビクともしなかった。
その扉が開きそうな感じがしないのを周りも察知して他の扉を見回し始めた。鹿波は「急がなくては」と思ったのか、すぐ目に付いただけなのか、その扉を右に沿って行った先の扉の前に行く。三人もそれに倣って付いて行った。
今は異常であることを理解しつつ、鹿波はこの状況を楽しんでいた。まるで、肝試しをしている子供ののように嬉々とした声で話し始める。
「オペラ座の怪人みたいなのが出てきたら面白いよね。七不思議を調べたときもこんな面白いことにはならなかったからね」
「こんなわけが分からん状況でも楽しめるなんて、やっぱり鹿波にしかできないスゴ技だな」
「ふふん♪ でも、別に鬼が出てくるわけじゃないんだし」
「気軽だなぁ、お前」
一同は彼女の言動を深く考えることもせず、鹿波の開けた扉の先に一緒に入って行った。
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