最近、リストカット、通称リスカが巷で流行中?らしい。私の友人もハマってしているみたいだ。(ハマるのか?)まぁ、タトゥーみたいなもんなのかな。でも、リスカとかドラッグで自傷行為するのはやめてほしい。カウンセラーでもないのにって、言われるかもしれない。けど、もし、親が子供から目を逸らしてるって思ったら、ハッキリと「逃げるな。」って言えばいいと思う。言いたいことを思いっ切り投げつけてやればいい。それでも、親が気付かないなら、親を捨てるべきだと思う。悲しいことだし、勇気のいることだと思うけど。親が大人げなかったのだと、割り切るのが最善策だ。親子でも、
体が別々になれば、思考が違ってくるのは当たり前。
親子だからって全て理解出来る訳じゃない。(大体の予想はつくと思うけどな。)何にも考えず、行動もせず生きるのは、確かに一時的に楽だ。
でも、その先に何があるだろう?空っぽの世界じゃないかな。
(あんまり深刻になうのも、よくないと思うけど。)
考えて行動するのは大変で面倒くさい。でも、それしか前へ進む道がないのなら、試してみるべきだろう。自分を助けてくれるのは、刃でも薬でも親でもなく自分なのだから。
高二の時、友と「英検」の話をしていた。中学時代、管理人はB'zの稲葉さんを目指し、中三で準二級に合格して、ある意味、稲葉さんに追いついたという話。その話をし終えた途端、友に言われた。「自分より上にいる奴ってむかつくよなぁ。」と。管理人としては、ただ、目標に追いつきたいという一途な思いだったから、そう言われた時心外だった。その時、「ああ、この考え方が嫉妬ってやつなのかな」と感じた。
この考え方でいくと、世界中の人達と戦っていかなきゃならない。更にに自分も精神的に疲れると思う。まぁ、可哀想な性格なのかな。
管理人も中学までは結構嫉妬深かった。けど、顔に関する引け目っていうのが、劇団に行きだしてから薄れて以来、そんなに嫉妬深くはならなくなった。というか、嫉妬する前に自分に対して悔しがって、なんとかしようという風になったな。嫉妬って、ようは自分の引け目から来るものなんだろうな。
そのままの自分で頑張れば何とかなる。
そう思えるようになってからは大分気が楽だ。だから、私の友達も嫉妬する前に自分自身頑張って、気が楽な生き方をしてほしいと思う。
最近更新を怠っていたこのコーナー。今振り返って読み返してみれば、かなり高飛車なこと書いてますね。てか、自分だけいい人っぽいですね。まぁ、そこは御愛嬌ってことで見逃してください。
で、今日のテーマは詩と詞。読みは一緒なんだけれど、意味がちょっと違う。
<詩>の方は"感興を一種の調子で表したもの"。
<詞>は、"言葉、単語"と言う意味。
だから、一般的に創作されているのは、曲付けされているのも合わせて詩の方。でも、最近は"楽曲に合わせて付けられた詩"は"詞"となる。
私はこの詩と詞の区別をなるべく付けて、HPに訪れる人達になんだか赴きが違うとガッカリされないようにしようとしてるわけだ。が、そんなにこの区別は為されていない。そんな現実を見ると少々悲しかったりする・・・。
念のために此処に記しておくけれど、私がこのページに掲載しているのは詞の方。だから、あまりメルヘンやこった修辞句を求めないで欲しい。大分キザな物が多いけれど、決して詩ではない。それぞれの詞を原曲に合わせて歌ってもらえば確認出来るだろう。
詞はある程度曲に合わせて作らなければならない。(詞先もあるけれど)そうなると、端的に印象的な単語や形容詞で締めくくらないと、音符に合わなくなり、歌が歌らしく聞こえなくなることがある。だから、なかなか詩のようには纏められなかったりする。こういったことを、もし訪問者が理解してくれていなければ、なんだ、中途半端で汚いなとか、物足りないな、薄っぺらいな(これは作者の責任か?)と考えるだろう。ある程度上記の事を暗黙に了解してくれれば、詞もちょっとは面白く感じるに違いない。
今まで、あまり漢字で"し"を区別していなかった人達。今度は注意深く漢字を区別して見てみてはどうだろう?
またまた久々のこのコーナー。ほんと気まぐれ更新。これからはもうちょい頻繁に更新したいもんだなぁ。
で、本日のテーマは外交問題。最近は、韓国との「竹島の領土保有に関する問題」、中国との「靖国神社参拝に関する問題」、アメリカとの「イラクへの自衛隊派遣の問題」など、様々な外交問題がニュースで取り上げられている。その中で今回は韓国との外交について書いてみたい。
太平洋戦争中、日本が韓国へしてきた仕打としてあげられるのが、「創氏改名」、「慰安婦」、「朝鮮併合」など。その他にも大虐殺や、公になっていない婦女暴行事件等も当然ながらあるはずだ。そのような、人間として有るまじき行動に対して、日本国は、"韓国"へ、又"中国"へと各国家へ個々に謝罪するべきだ。(現時点ではアジア諸国に対しての謝罪となっている。)
しかし、竹島領土保有に関しては、日本が領有していることは国際法に基づいても明らかだ。詳しくは竹島問題 [mofa.go.jp] を見てもらえばよく分かるのだが、竹島は遅くとも17世紀半ばには実効性に基づき、日本国の領土とされている。また、太平洋戦争後、操業区域を決めたマッカーサーラインの外部に位置しておらず、更に「暴力及び貧欲により略取した」地域には当たらず、韓国へ返還する必要はない。
そのため、竹島が日本領土であることは間違いない。よって韓国政府が竹島の領有権を保有していない。
はっきり言って、韓国が今竹島にしていることは侵犯行為だ。日本政府もこれを許すべきではない。指を切って日本政府に非難しようと、事実は変えられない。国際法で、竹島は日本の領土だと定められているのに、どうして韓国はそれを非難できようか。竹島に関して、韓国が戦時中の日本の行動を持ち出すこと自体おかしい。なんら、太平洋戦争に関係ないのだから。
最近めっきりサイコ系の物に弱くなった。じゃあ、前は強かったのかと聞かれると、極端にグロテスクなものは駄目だったんだけれど・・・。漫画のサイコぐらいなら平気で読めてた。(あれは今もクローンのモラルに興味があって読んでるけど。)サイコ系の作品に弱くなったのは、気持ち悪いとかそういう理由ではなくて、なんだか人間の死について軽々しく扱ってるような気がしてならないからだ。
何ヶ月か前、このページでも情報提供を呼びかけていた”奈良幼児誘拐殺害事件”。あの事件後、サイコ系の作品は弱くなった。
あんな残酷な事件が自分の家のほん近所で発生して正直驚いた。かつて自分が通ったことのある駅、車で通ったことのある道路。カメラで写されていたそれらの風景は自分がかつて見たのと全く違った印象を与えていたけれど、自分がかつて存在した場所という意識はあった。だから、わが身で無いことにせよ、背筋が冷たくなっていた。
事件発生からしばらくして、犯人像と、被害者のご両親の狼狽し、疲れきった様子がテレビから流れていた。犯人像を想像することで視聴率を上げようとしていたのかしらないが、正直こんなことをしたのでは被害者のご両親の心に益々傷がつくだけではないのか?と思った。被害者のことよりむしろ、犯人のことしか頭にないようだった。空想でしかない犯人をさも現実の犯人かのようにして放送する。メディアとしてあるまじき姿ではないか、とも思った。年が明けるほんの少し前、実際の犯人が逮捕された。正直ホッとした。誰も彼によって殺されることはなくなるのだから。
彼が逮捕されてから、サイコ系の作品を読むと、人ってこんなに容易く殺されたりしていいのかな、とかこうやって人の死を娯楽みたいに楽しんでいいのかな。と考えてしまう。(家族なら、涙なしにお別れしたいと思うかもしれないが。)なんだか無性に腹立たしくって、すぐに読むのを止めてしまう。この頃はこうも思う。サイコ系の作品でグロテスクな表現って必要なのだろうか、と。仮に必要だとして、果たして作者の真意が明確に読者に伝わっているのだろうか、と。
イギリスへ行って、最近曖昧模糊としていた進路が、再びしっかりと固まった気がする。
人間というのは何かに時折感化してもらわないと、志を保てないものなんだ、と思った。
私の滞在先には世界各国からたくさんの人が訪れていた。そんな人たちと話していると、自分の世界の偏狭さや、知識や経験の貧弱さが身に染みた。
そして、又、社会的な面でも芸術的な面でも、日本は先進国ながら、遅れていると感じずにはいられなかった。イギリスでは、日本と考え方も全く違う。非常に前向きで、臨機応変が効く。今の日本はこれを見習うべきだと思った。
今回の旅行で、様々な面を良い意味で感化され、自分の進路を見定めることが出来た。本当にいい経験だった。
最近、苛立ちが続いている。
原因は、自分でもよく分かっている。1つは、失恋で、1つは他人の死だ。
他人、そうやって割り切れればよかった。
ただの他人。確かにそうだ。
私は、彼女と会ったこともなければ、メールしたこともない。ただ、掲示板に一度だけ書き込んだだけ。
そんな自分がが、彼女に手を差し伸べられる訳が無かった。
言い訳を胸にためて、人の死を割り切ったつもりでいた。
けれど、日に日に苛立ちは増す。
自分は、人は何れ死ぬものと、死をそう容易く割り切れるほど大人ではなかった。
苛立ちが、非行へ走らせる。タバコを初めて買った。立て続けに吸った。
じゃぁ、一体自分は何をしたかったのか・・・。
考えても無駄なことかもしれない。
したかったこと。掲示板に何か書き込みたかった。
何かを恐れてかけなかったけれど。
すこしでも、力になりたかった。
もう少し、生きていてほしかった。
もう、耐えられない。自分の無力さが。
今月の18日の早朝に祖父がこの世を去った。
急いで、飛行機に乗って実家に帰っても、祖父が生きているわけではなく・・・。
家の離れに祖父の遺体が帰ってきていて、まるで眠っているようだった。
死因が持病に関連したものでなく心筋梗塞だったのには驚いたが、とても安らかだった。
急すぎて、本当に祖父が死んでいるとは思えなかった。
現実を受け止めれていないけれど、平然としている風な私の側で、口だけの叔母が、母に怒られていた。
何故、親の死からそれほど早く立ち直れるのか不思議だった。
葬儀場に着いて、祖父の棺を前に母と私と叔母の家族は祖父の思い出を語り合った。
笑い話も、泣き話も、怒り話もあった。けれど思い出されることは、どれも楽しい事ばかりで、嫌なこともあったのに、不思議だった。
通夜があけて、母は、棺の窓を開け、祖父を起こそうとしていた。
葬式が終り、棺の扉が閉められるとき、母は、泣きながらずっと祖父の顔を撫でていた。
焼き場へ祖父が連れて行かれ、焼却炉に入れられるとき、
もう、会えないんだとやっと分かり、胸が潰されるような重い気持ちになった。
焼かれて出てきた祖父は、完全に骨で、切ないとも寂しいとも悲しいとも言えない気持ちが湧いて、涙が止まらなかった。
骨壷を抱えた母は、「おっきい体やったのに、ちっそうなって・・・。」といいながら、泣きながら車へ向かった。
母が不憫だった。
祖父が亡くなり、二日後に祖父の体もなくなり、これほど儚いことはないようにおもった。
無事に愛媛に帰ってきて、朝食を食べているとき、何故今日という日が訪れているのか不思議に思った。
何故生きている人に明日が来るのか、死んでいる人に明日は来るのか?
かつて見た「21g」という映画に出てきた主人公の気持ちが今は分かる気がする。
最後に私が思うこと。
左足を切断した祖父は、極楽浄土に片足で上がっていかなければいけないのか?
それだけが、気掛かりだ。
塾でバイトし始めて先生と呼ばれるようになったから、地味だけれど、もう会わぬだろう生徒へ説教を含んだ手紙をここに書く。
よく君は、先生のことを頭がいいと言っていたけれど、先生は人より足し算も掛け算も、時計で時間を知ることすら出来るようになるまで、時間が掛った。
それが今ではこうして、教えるのが下手なりにも塾講師として君達に会う。
だから、何がいいたいのかって?
人生は小学校、中学校が全てではないということ。
かといって、大学が全てでもない。
いつか話したように、先生は高校時代、不登校していた。
そして、頑張れば神大ぐらいは狙えたのでは?といわれていたが、
結局愛媛大学に収まった。けれど、先生はこれが不満ではない。
何故って、素敵な先生と友人と君達生徒に出会えたし、
苦手科目を大学で好きになれたから。
ステップアップを考えているけれど、愛媛大学に来たことは、
決して後悔していない。
もし、今浪人していれば、
愛媛大学以上の大学には行けたかもしれない。
けれど、そうすれば尊敬している先生や愛しい君達には出会えなかったろう。
だから、他人がどうこう言おうと、本当に不登校も大学入学も後悔していない。
小さい頃から、受験に追われている君達には、さして高くないレベルの大学生で
幸せだなどという先生の気持ちは分からないかもしれない。
幼すぎて、幸せという言葉の意味すらよく分かっていないのかもしれない。
けれど、これだけはいつか分かって欲しい。
成績だけが全てではない。自分に責任と自信を持って生きること、
それが幸せに繋がるということを。