地球劇場第14幕

熊野川2001−17人分の飯を作る−


1.食料統制による配給制の日々

 今年もゴールデンウィークがやってきた!やはり,いつもの如くここ熊野川にやってきた。やってきた!本当にやってきた。5月2日どしゃ降りの雨の中、テント場に付き、そしてビールを飲んで寝る。この時テントは3張り。
 3日朝、目がさめると車が何台か増えていた。ごそごそと静岡組が車から這い出てくる。10時間のクルージングだったそうだ。静岡組がテントを張ること3張り。計6張り。
 3日夜,四国組と東京組が合流。熊野川の支流北山川の河原には難民キャンプが出来ていた!その数10張り!総勢17人のバカキャンプが始まる・・・・・

 さて,私自身,こんなに人が集まるという事を知らなかった。しかも,知らない人も7人ほどいる。こんな状況を予想もしていなかった為,とても困ってしまった。そう、飯が作れないのだ。食器とガスの数が足りない。
 買ってきた食材も10人ちょっとを想定していた。
 料理人の数も今回は不足気味だった。料理部長の杉山は今回結婚を控え,不参加。ぽんちゃんと真須美ちゃんは1.5人の為、やや身重で動きにくい。今年やっと一級炊飯士の資格を取ったたくまと私,怪しい料理人馬場太一郎の3人はフル稼働だった。そして足を引っ張る?エド。
 ビールだけは切らしてはいけないと,500mlを2ケース準備してきた。今回も愛車ハイエースは人と荷物で満載だった。しかし・・・・・

いきなり食糧難である!

 おまけに初日夜、飯炊きを失敗してしまった!!一級炊飯士が二人もいるのにこの様である。ちなみに私とたくまの二人は3年かけて取得した一級炊飯士の資格をこの一夜で失ってしまった。
 困った!このピンチを救ったのは3人の男達だった。数少ない手持ちの食材で美味いつまみを作ってくださった勝田さん。豆腐とメンマとねぎのコンビネーションがなんともいえない絶妙の味わいでした。そして,もう二人の英雄はなんとエドとはた君だった。この二人は一致協力して、ダッチオーブンでロールキャベツを作り上げた。このロールキャベツは最高に美味かった。はた君の料理は初めてだけど、エドの料理の中ではナンバーワンだと皆思った。この料理は手間もかかったけども、その分、みんなの胃袋と心は随分満たされた。
 しかし、48本あったロング缶のビールは1日目にしてなくなってしまった!肝臓が満たされねえ!!
 翌日から,毎日ビールを買いに行くのが日課になってしまった。近くの酒屋の自販機はみるみる販売中止になっていった(しかもスーパードライだけ)。3日目,仕方なく熊野市まで30分車を走らせ、ワンケース買ってきた。食料難の不満は皆我慢したが、酒の供給を遅らせると、不満が爆発し,我が生命の危機かと思われた。テント場にはスーパードライの箱だけが残っていた。 


2.日本最高の川でカヌーをする

  私は現在強く信じていることがある。一言でいえば、この川が日本で一番素晴らしいという事だ。確かに,私はカヌイストとしての経験も浅いし,それほどたくさんの川を知っているわけではない。しかし、私がこれまでに経験したどの川よりもここは美しく,表情が豊かなのだ。今年も、日本最高の川をカヌーした!
 私たちは、いつも北山川の河原でキャンプをしている。このテン場の良いところは3つある。一つは人がいないということ。二つは星がとてつもなくきれいだということ。3つ目は、上級者向けの上流と,初心者向けの下流の分岐点であるということ。最初の二つは快適なキャンプをするための条件,最後のひとつは、上級者から初心者まで楽しむ為の条件であり,全ての条件を満たしているこのキャンプサイトは私のお気に入りなのである。
 私自身,下流をビール片手にカナディアンカヌーでのんびり下るのも楽しいし,上流をポリ艇にてホワイトウォーターに突入するのもまた楽しい。
 今回,ラフト組と命知らずの面々は、毎日毎日上流部に遊びに行っていた。彼らは,巨大(本人曰く,高さ7m)な三角岩を見つけたと言っては、わざわざ三角岩の頂上までラフトやカヤックを引き上げて、滑り台ごっこをして遊んだり(命がけだけど)、激流の中で岩に貼りついて,それでもなおエスキモーロールを試みたりと、魂を削って日々ただひたすら遊んでいた。私なんぞ,彼らについていくと、命が幾つあっても足りはしない。 
 かたや、私始め,たくまという三重県在住のえせぼうずは、毎日、川の上では景色がきれいと言っては飲み,おかに上がっては星がきれいと言っては飲み,ほとんど瀬と言う瀬のないのんびりした川をツーリングしていた。カナディアンカヌーは積載量が軽のトラック並の350kgとあって、いつもフネの中央にはクーラーボックスがでーんと置いてあった。見渡せば,フネの上で皆スーパードライを飲んでいる。まったく、私なんぞ,彼らについていくと、肝臓が幾つあっても足りやしない。
 
 毎日毎日、最高だ最高だと言って,5月の水温の低い川に飛び込んでゆく。この最高の川での春休みは,おそらこれからずっと続けていくつもりである。


3.5年目の熊野川
 この河原にテントを張るようになってから、はや5年。やはりいつもここに来ているバイクのお兄ちゃんとはすっかり顔見知りである。ライダーの彼も,やはり満天の星空を眺める為にここに来続けている。昔話になってしまうけども,初めてポンちゃんと二人でここを訪れた時のことが懐かしい。カヌーを二艇、二人分のキャンプセットを、4ドアのセダンに満載して、ツーリングマップを片手にこのキャンプ場にたまたま立ち寄った。翌年,折りたたみ式のカナディアンカヌー・アリーを購入した為,ついにセダンに載せきれず、ハイエースバンを買ってしまった。その積載量は驚くほどで,何人分ものカヌーセット,キャンプセットを余裕で運ぶことが出来た。
 そのおかげで,友人を誘ってここに来ることが出来はじめた。最初は海原夫妻が拉致された?。4人で過ごした河原の時間は,恐ろしくのんびりとしたもので、キャンプ,カヌー,温泉を時間に余裕を持って楽しんだ。しかし、この時点でまだ私は、海水パンツでカヌーをしていた。フネは既に五艇あったが,ウエットスーツ,ドライジャケット,パドリングジョン,グローブ等、何一つ所持していなかった。廻りの誰が見てもナンチャッテ初心者カヌイストであった。
 昨年は10人前後集まった。サムライ魂を引っさげた、周囲に影響力のある馬場,室田。彼らはすぐにのめりこみ,次の日にはフネを買い揃え,3日後には私の装備をはるかに上回っていた。ちなみに今は、彼らの装備は勿論,カヌーの技術もはるかに上回っている。彼らの影響を受けたその友人達が何人もフネを買い、装備を揃え,遥か海の向こうから北山川に駆けつけて来た。皆,この川の魅力に執り付かれ,また来年以降も何人もの巻き添え者を引き連れてここへ来るんだろう。
 カヌーをはじめて五年が経った。装備も,貧弱ながら充実しつつある。腕前も少しづつ上達し、それにつれて川の怖さも分かるようになってきた。ヘルメットのないカヌーはもう出来ない。仮に暑くても,パドリングジョンは安全の為に着たほうがいい。水温の低いこの時期,ドライスーツも楽しいカヌーをする為には必需品だ。
 一生楽しく船遊びをするにはまだまだ揃えるものが多いなあ・・・・・・・。

 私は五年目の河原で一人昔話を思い出しながら、余っているアサヒスーパードライの空箱を手足のところだけ切りぬき,『ドライ』スーツを準備した。