地球劇場19幕
NO-MOU HIROSHIMA(飲もう!広島)
1.広島は遠くにありて想うもの?
じーっと、我が家のキッチンに貼ってある日本地図を見ては、「ふーっ!」と深いため息をつく。そんな年末を過ごしていた。理由はただひとつ。広島の杉山家に遊びに行く約束をしたのはいいが、どの交通機関を利用するか、大いに迷っていた。ワタクシとポンチャンだけならどうとでもなるのだが、なにしろ大地がいる。列車にせよマイカーにせよ、一長一短それぞれメリット・デメリットがある。三重県鈴鹿市を基準にして考えると、広島は東京よりもまだ遠い。しかし、ぜひ行きたい。杉山家にも、今年五月にコウノトリがやってくるという幸せな情報を聞き、今がゆっくりお邪魔出来るチャンスである。冬の広島は牡蠣やふぐもうまそうだ。疲れたら途中で泊まればいいや、なんて、気軽な気持ちでなにはともあれ、1月1日夜中、雪の降る中シビックに荷物を詰め込み、寝ている大地を起こさないようにチャイルドシートにくくりつけ、いざ、出発した。
ちなみに、自慢の愛車・ハイエースバンは、「乗り心地が悪く、かつとろくさい」という理由で今回はお留守番となった。オーナーとして、少々悲しい・・・。
出発15分後、いきなりの雪。圧倒的に交通量が少ない午前4時、凍りつつある名阪国道をシビックは西へ西へ向かう。いつもなら雪道となると真っ先に引き返すのだが、今回は、名阪国道雪対策としてあらかじめチェーンを購入している(3,000円だけど)。「広島に行くのに、チェーンは必要あるまい。それより、(大事な大事な孫の)大地が長い間車に乗るのなら、せめて乗り心地のいいセドリックを使ったらどうだ?」ジジバカの我が父はそんなことを言っていた。事実、FRサルーンには魅力があった。ともあれ、ライトの光が雪に乱反射して走りにくいが、それも大阪に着く頃にはひと段落し、6時30分には山陽道を走っていた。予定通り、大地はチャイルドシートで爆睡。そして、予定通り?ポンチャンは助手席で爆睡していた。
雪が舞う中、SAにて朝食。実家のおせち料理を重箱に詰めてきたため、正月気分は盛り上がる。しかし、御屠蘇はない。
この日は、今まで訪れたことのない、姫路城に行き、そこで大地を嫌というほど遊ばせ(詳しくは大地級劇場にて)、その後岡山に移動して、日本三大庭園の後楽園を見て回る。ワタクシ実は、歴史が大好きで、寺や神社、城郭などは心を躍らせながら見学している。
そのまま倉敷から吉備路に入り、ひなびた温泉宿にてこの日は宿泊。キジ料理に舌鼓をうち、ジャングル風呂で大地を大泣かせさせて、疲れて爆沈。翌日、さらに2時間走ってやっと、やっと、やっと広島に着いた!走行距離600km、なんと遠くまでやってきたのだ!
2.世界遺産を愛す
過去に見た建造物で、最も感動をしたのは何ですか? こんな質問があれば、ワタクシはなんと答えるだろうか?スペインのサグラダ・ファミリアか。フランスのラ・モン・サン・ミッシェルか。ドイツのノイシュバンシュタイン城も捨てがたい。タイの小乗仏教の寺も見事だし、インドのタージマハールも忘れれない。モロッコのフェズは街全部が世界遺産だった。どれもこれも、まぶたを閉じると、感動とともにシルエットが浮かび上がってくる。日本の法隆寺や東大寺、京都の街もすばらしい。
| そして、今回、ここにやってきた!日本の城建築の最高峰・姫路城である!太陽の光に輝く白さ。絶対的な圧倒感と存在感。本丸と西の丸、三の丸の見事なバランス。美しく、そして力強い。観光客に媚びることなく、ただただそこに何百年も存在してきたこの城はワタクシの「感動をした建造物リスト」に紛れもなく掲載された。 もちろん城内も広く、しっかり見て回った我々は、3時間もかかってしまった。ちょうど城を周り終わって、外堀を出て、そこの公園で昼飯にすることにした。少々寒いので、大地用のミルクとコーヒーを携帯用のコンロをそそくさと取り出して温める。城を正面に眺めながらの昼飯はまた格別である。体も温まり、さて、次の目的地に行こうかと腰を上げ、ふと後ろを見ると、大きな看板が掲げてあった。 「火気厳禁」 ・・・・・逃げるようにして立ち去ったのは言うまでもない。 そして広島・原爆ドーム。残念ながら、完全に工事中で、足場に囲まれた作業現場にしか見えなかった。まあ、未来にこの建築物を残すためには仕方ないことだけどね。 |
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3.うまいものを喰いたい!
どこに行っても、やはり、美味いものを食べたい。地酒を飲みたい。流通手段の発達した現代でも、その地方の育んできた食文化をその地方で味わいたい。
広島。ここにきて、まずはお昼にお好み焼きをやっつけに出掛けた。広島在住30年というちえちゃん(看護婦さん)のお薦めの店「みっちゃん」に杉山のご両親とともにのりこむ。行列の出来る評判のお店で、確かにおいしかった。大地も奇声をあげながらがつがつ食べていた。ビールを飲みたかったが、昼間だし、運転もあるのでここは我慢。
そして、夜は海の幸を手巻きすしにしてやっつけにかかる。買出しを済まし、杉山家のおしゃれなリビングで、5人丸くなって、テーブルに置かれたハマチ、ブリ、イカ、サーモン、等次々に巻いては胃袋にぶち込んでいく。忘れてはならない広島の牡蠣!加熱用の牡蠣だったので、フライにして瀬戸内海の味をかみしめる(広島在住30年のチエちゃん(看護婦)は牡蠣が嫌いらしい)。美味い美味いとビールもすすむ。ワタクシ、ご機嫌である。明日は宮島・厳島神社である。そこで食べる焼きたてのもみじ饅頭はこれまたおいしいという。よだれをふいて、ご満悦ですぐに眠りに落ちた。
4.人の情けに感謝して!
夜中三時に、それは始まった。隣で寝ているポンチャンがウーンウーン言い始めた。寝ボケ眼で話をきいてみると、おなかが痛く吐き気がすると言う。言っている間に、トイレに行ってまずはゲロ。そしてゲリ。そのままウーンウーンうなされて、結局ポンチャンはその朝、起きてこなかった・・・・・。心配するワタクシと杉山夫妻。お酒にでも酔ったかな?なんてのんきなことを言いながら、朝から福岡の明太子をたらふく食べる。昼過ぎにポンチャンがなんとか動けるようになり、いざ、今ツアーのハイライト・宮島へ向かう。国道二号線を西進すると、海に浮かぶ宮島が見えてくる。あの島にも、厳島神社という世界遺産が我々を待ち構えている。チエチャンいはく、「フェリー乗り場の駐車場は馬鹿混み状態だから、地元の人は広島電鉄の一つ手前の駅に車を止めて、そこから電車で行くのよ。」
地元の人間に案内されることほど心強いものはない。駅に隣接したショッピングセンターの立体駐車場に車を止めたまさにその時!・・・・・始まった!
・・・・・・・ゲリ。今度はワタクシである。
手を伸ばせば、もうすぐそこに宮島がある!が、しかし、現実は手を伸ばしたそこにあるものといえば、ただトイレットペーパーのみ。ショッピングセンターのトイレにお世話になること三度。ここまできて、無念の涙を飲みながら、撤退することにした。帰り道、車窓から見える宮島はとても遠くに感じたものだった。というか、トイレを近く感じすぎていた。
・・・・・・帰ってすぐにゲロ。そして際限なく続くゲリ。しかも、二人そろって・・・・。布団を敷いてもらい、完全に寝込む。その間、大地の面倒は杉山夫妻がひたすら見てくれていた。杉山家のトイレの水はトイレのタンクに溜まる間もないほど、ひたすら流され続けた。使ったトイレットペーパー数知れず。
この日の夜、帰宅予定だった我々、とにかく注射の一本でも打とうと、近くの総合病院に行くことにした。正月休みでもあるこの日、その総合病院は午後6時からの診察だった。6時過ぎに到着した我々を待っていたのは、「三時間待ち」と言う厳しい現実だった。
あまりの人の多さに、思わず病院の床に座り込む我々・・・・・。そんな時、天使の一言が聞こえてきた。チエチャンである。
「私の勤務している病院なら、すぐに診てもらえるよう頼んでおきましたよ。」
持つべきものは友人である。車で30分かかるその病院には、杉山が送ってくれた。その上、我々の治療中は杉山が大地の面倒を見ていてくれた。
先生に診てもらい、そしてこう言われた。
「風邪か、食あたりか、わからない。というのは、食あたりならば、牡蠣を食べたもう一人も同じ症状になるはずだから。」
しかし、断言する。自分の経験則からいって、食あたりである!そしてそして、牡蠣を食べたもう一人は、あの杉山である!彼とは胃袋の構造が全く違うのだから、彼に症状が出なくともそれは参考にならないのだ!ともあれ、げっそりやつれたワタクシは点滴500ml二時間コース。ポンチャンは大地がいるということもあって、薬だけもらって先に杉山とアパートに帰ることにした。約一時間三十分後、生まれて初めての点滴が終わり、杉山の好意に甘えてまたまた迎えに来てもらい、戻るとチエチャンがおかゆを作ってくれており、大地と遊んでくれていた。感動の涙をこらえて、なんとかお礼をいい、オマケにもう一泊させていただくお願いをし、早々に二人そろって眠りに落ちた。
点滴を打ったおかげか、翌朝気分良く目が覚めた。お腹の調子もいい。「さあ、頑張って今日中に鈴鹿に帰るぞ」 飛び起きてカーテンを開ける。・・・・・なんと、そこは一面の銀世界となっていた!おいおい!今日中に鈴鹿に帰れるのかい・・・・・。 仕方がないので、もう一泊延期のお願いを・・・・・・・・・とそこまで迷惑もかけることが出来ず、もちろん仕事もあるので帰宅せねばならない。幸い、ポンチャンも随分元気になってきた。幸い、というか、何故か大地は一人ずっと元気である。杉山夫妻に完全になついてしまい、ワタクシが手を伸ばして抱き上げようとしても、そのワタクシを無視して杉山に抱っこされようと飛びついていく。お父さんとして、ちょっと嫉妬をしてしまう・・・。
一念発起し、チェーンを巻いてカチカチに凍結した道路を東へ向かったのが午前10時。途中、RX7や他のFR車がスリップしているのを横目に、完全に凍結した道路をトラックがスリップして横向きになっているのをいらいらしながら、なんとか高速道路に乗ることが出来た。あとはひたすらひたすら走行するのみ。午後6時、無事到着。すぐに杉山に帰宅の報告をし、御礼をいい、それから、ゆっくりトイレに駆け込んだ。
ふーっ!何しに、広島に行ったのだろうか・・・・・。その答えはひとつだけ。そう、点滴を打ちに・・・・・と言うのは冗談で、改めて、友情を感じにはるばる広島に行ってきた。杉山・チエチャン本当にありがとう。二人に会えて、今回の旅はとても楽しいものでした。
完