地球劇場第4幕

シンガポール社員旅行行きました!

社員旅行って?
1泊3日の海外旅行って?
そんな旅行,本当にできるの?
わが社は、時間に過酷な,ハードスケジュール名な会社として
三重県内ではかなり有名なのだ!

こんな馬鹿な旅行は,わが人生二度とない。

以下の文章は社会人1年目、サラリーマンの時に書いたものです。

登場人物紹介
1.市川さん  直属の先輩。私の担当地区の前任者。愉快。しかし,下ネタが多い。

2.平山さん  尊敬するボス。ひそかにカヌーにも乗る,釣り好きのゴリラ型おっさん。

3.馬込孫太郎 同期入社のまじめなフレッシュマン。同期の評判では将来性NO.1.
          しかし・・・・・・・・,この後,10月には同期で退社NO.1  

4.加知さん  津営業所所長。説教好き。私とはうまが会わない?

5.渡部さん  車きちがいのおじさん。とっつきにくいが中身は単純でおもしろい。



 忙しい。我々営業第一課はすでに担当地域の引き継ぎにはいり,精神的にも
結構疲れていた。そんな梅雨の半ばの7月6日,社員慰安旅行という名の,自分
にとって初めての体験である,パックツアーというものが実行された。
 そもそも一人で時計を持たない旅と称して,ふらふらしてきた自分にとって,
時間的制限のある旅というやつはかなりの抵抗があった。
 「団体行動ですから,時間をおまもりください」 
 といわれる度に
 「おおうっ」
 ってかんじで,どきどきしてしまった。事実,一人で旅している時は,心の底
から旗を持ったガイドさんにについていくジャパニーを軽べつしていた。そ
んなグループを見て優越感に浸り,外人の側に立って,
 「あんなの嫌いだ」
 って明言していた。俺はあんな旅行は絶対しない。そんなこといってたっ
け。それでも,結構楽しみにしながら,ディパックに荷物を詰めた。
 そして,その前日は機内でよく眠れるようにと,いつもツアーに出る時のよ
うにバカ飲みしていた。このバか飲みが,これから続くアルコール漬けツアー
のプロローグだった。

 1.シンガポール行の機内はなぜか頭を使ったよ
 会社に集合し,バスで名古屋空港に向かう。名古屋空港-これまで,入国に関
していつも止められ,荷物のチェックをされ,失礼きわまりない質問をされる
ここだが,-にむかうバスの中,いきなり熟睡。寝ぼけているうちに,気が付け
ば搭乗していた。
 初めてのJALは,思った程快適ではなかった。スチュワーデスさんも,シンガ
ポール航空の方が,全然きれいで,ぐっとくるものもあった。オイラときたら,
最初は馬込まごたろうの隣で静かに読書なんてしちゃって,知的雰囲気をぷん
ぷん匂わせていた。もちろん,右手にはビールね。左前方には平山の大ボスが
軽く水割りを飲んでいた。
 三本目のビールを空けたころ,
 「たの!!っていうひとはどこへいったんだあ!おい!かしこまらんかあ。や
いやいやいやい。ひま?佐野,ひまやろ!オセロの勝ち抜き戦するぞお。」
 と,勢いに任せてどひゃどひゃどひゃと語りかけてくる大先輩,市川さんが
現れた。市川さんが登場すると,一気に雰囲気が一変する。それまでオイラが
築き上げたその場の知的雰囲気はかき消され,難となくシモチックな市川カ
ラーが周囲を覆いはじめた。以前から思っていた事だが,市川さんには周囲を
楽しくさせる天性の才能があるようだ。
 市川さんの発案で始まったそのトーナメントに馬込まご太郎も引きずり込
まれ,田中さんを交えて機内ナンチャッテオセロ大会が始まった。結果的に市
川さんの優勝に終わったが,オイラの気が収まらず,舞台を将棋に変えて雪辱
を果たした。(この後もう一度対戦した時は,オイラはあっけなく負けたけど
ね。)
 頭を使えば,時が早く経つものだろうか,気が付けば,チャンギ空港に着いた。
オイラの右手はからのワインボトルを握っていた。

 2.スチィームボート-シンガポール版しゃぶしゃぶ-
 シンガポールの空気はねっとりしていて,肌にまとわりつくような,不快指
数300%といったナンゴクのにおいを含んでいた。いつもと違ってなんの問題
もなく入国審査をパスしたオイラは,バスに乗せられパンパシフィックホテル
というところに連れていかれた。ここのプールのある中庭でオイラ達が食し
たものは…なんと,しゃぶしゃぶだった。一応,スチィームボートという名は
あるそうだが,誰の目にもしゃぶしゃぶだった。なにゆえこのまったりとした
空気の中で,そう,気温は30度を軽く越えている中で,鍋を食うんだろう。よそ
う。考えれば理解不能になってしまう。
 まったりとした空気の中,まったりとしたいかを食し,イワタニのガスこん
ろですっかりぬるくなった,これまたまったりとしたビールを飲みながら,心
はすでに,この後の生演奏付きバーに奪われていた。
 それにしても,この熱いシンガポールで,現地人はしゃぶしゃぶなんて食べ
るのだろうか,オイラには全くわからなかった。

 3.ジャパニーエナジー・アジアンエナジー
 夕食の後は,オカイモノだった。連れていかれた場所は,DFSと書かれた
ビルである。DUTY FREE STORE …以前からどんなところなのか非常に気にな
っていた。一歩そこに足を踏み入れると,飛び込んできたのは日本語のあらし
だった。
 『日本の市価の3分の2です』 『30%割り引き』 『お尋ね下さい』
 といったPOPが妙に目につく。そんな品々に「俺達新婚やもんねえ」み
たいなカップルがヒューマンスペース5ミリくらいで,またまた「海外に来た
ら買物しないと損やもんねえ」みたいなおばさんが,「よくわかんないけど,
みんな買うから私も買うもんねえ」みたいなOLが,全エネルギーをそこにつ
ぎ込んでいた。
「おおうっ」
 オイラなんて,全く場違いな小僧となって,放出されたジャパニーエナジー
に居心地の悪さを感じていた。その場から逃げ出したくなったけど,新入社員
という肩書が,そうさせてくれなかった。
 やっと終わった買物ツアー,ホテルに帰って解散となった。今まで泊まった
事もないようなホテルにちょっと居心地の悪さを感じながらも,心は生演奏付
きバーに飛んでいた。ところが,現地人の話だと,そのバーに行くには,襟付き
の上着がいるという。平山の大ボスがそんなもん持ってない,ということで,
バー作戦はやめになり,かわりに屋台作戦が浮上してきた。ニュートンサーカ
スという一角は,日本でいう屋台村のような様相であり,そこは現地人の胃袋
的存在だそうだ。なにしろシンガポールというところは外食大好き文化の国
で,3食外食するのもそれ程変じゃないというから,屋台にはかなり期待してい
た。
 そのニュートンサーカスまで歩いていった大ボス平山さんと,その子分四人
は,道を一本隔てた向こう側に,異様な雰囲気を感じていた。何か,そこにはエ
ネルギーが密集していた。大ボスが叫ぶ。
 「あそこだ!!うっほっうっほ!!」
 なんとなく足早にその源へ急ぐ。そこでオイラが見たものは黄色と褐色と
黒い人間達が,ガツンガツンと胃袋にものを詰め込んで,汗を流し,酒をのみ,
笑い,怒り,叫び,食い物のエネルギーを人間が吸い込み,それをまた吐き出す
といったアジアンエナジーだった。思わず一歩後退したが,それでもそのエネ
ルギーを吸い込みたくて,オイラ達5人はどんどん奥へ誘われるように入って
いった。
 適当な場所を決めたオイラ達は,案内されてテーブルのところへやってきた。
そのテーブルの上は,まるで食い物争奪大戦争でも繰り広げられたのではない
だろうかと思われるほど,食い散らかされ,汚かった。
「一体ここでどんな食い物が出され,どんな食い方をしたのだろうか」
 むむむむっと,今回ホテルで同室の加知さんがたじろぎながら,やはりむむ
むむっといった。
 とにかく座り,ビールを注文した。タイガービールという地ビールは,随分
いける。うさんくさいおやじが,これまたうさんくさいローレックスの写真集
を持ってきて,いきなり見せて,ちょっと流ちょうな日本語で話しかけてきた。
「どう?いいにせ物あるよ!イチマンエンでいいよ。]
 うさんくさい。屋台のうさんくさいおやじが,やる気なさそうに注文を取り
に来た。適当にかに,いか,野菜炒め,チャーハンを素早く頼み,まずはビール
をぐびぐびと,アジアンエナジーとともに体内に流し込んだ。
 料理は屋台らしく,白いスチロールのトレーに乗ってでてきた。いかのしょ
うが炒めは,ピリと効いたジンジャーが最高にうまく,日本的な味がした。チ
ャーハンは随分すっきりした薄味で,物足りないくらいだった。ところが,蟹
はうまかった。四川風の辛い味付けの,はさみが異常に大きいそいつは,釣師
である飯田さんをして,奮闘させ,汗だくにし,鼻の頭まで真っ赤にさせた。シ
ャワーを浴びたような汗をかきながら,釣師の飯田さんはうまいうまいを連発
していた。アジアンエナジー渦巻く屋台の夜は,すでに12時を回っていても,
まだまだ暑かった。そして,そこには,妙に居心地のよい安らぎがあり,うるさ
くない喧噪が,ゆっくりと染み渡ってきて,オイラは自分の居場所が見つかっ
た気がして,アジアに生きているオイラを実感できた。
 次の店では,フルーツを食った。植物の王様,ドリアンである。それまであ
まり目立たなかった,ジムニーで山を駆け巡るオトコ渡部さんが,ジムニーに
乗っている時と同じような顔つきで,わははははっ,俺の出番が来た,とおっし
ゃった。この時,渡部さんがジムニーに乗っている時よりもかっこよくみえた。
なにしろ,あのラグビーボールサイズの,バナナ生クリームのような味のする,
大トロでも食べているかのような食感のドリアンを,一人で全部食べたのだ。
ドリアンを裂いてる姿など,女性のあそこに指を突っ込んでるような感じで見
ていてびっくりさせられたが,とにかく全部たいらげた渡部さんにオトコと,
ナンチャッテジャパニーエナジーを感じさせられた。
 三件目は,ラーメンである。しかも,北京ダッグラーメンだ。平山の大ボス
がこの北京ダッグって奴に随分思い入れがあるらしく,
 「うっほ。ここで食おう。」決定した。
 なんでもボスは以前香港にいった際,北京ダッグを食って,その夜息子が収
まりつかなかったらしい。
 「へい,ダディ。ちょっと今夜はきゅうくつだぜ,このジーパン。」
などといったかどうかは知らない。ただ,うほほっほほほ,と胃袋に北京ダッ
グごとぶちこんだが,その夜,オイラの息子は随分静かにしていたのはまちが
いない。
 食った。とにかくエネルギーを放出したが,その分もっとエネルギーを吸収
した。そのエネルギーはちょっとアジアの味がした。そして,ふと現地人に混
じっている現地化した五人が鏡に写った。みんな食い過ぎて苦しそうだけど。

 4.そしてホテルでは加知さんの説法が続く。
 加知さん…以前新入社員歓迎会の時,酔った勢いで非常に失礼なことをした
ことがあった。その時はもちろんオイラが悪いんだから,30分間説法をされて
も仕方がない。さて,その加知さんとは同室であった。ニュートンサーカスで
かなりの満足を得たオイラ達はそのまま歩いてホテルに帰り,そこでもう一度
飲み直した。
 バーボンを空けるオイラと平山ボス。最後まで残ったのは,ボス,加知さん,
オイラだった。
 「おい,佐野。協調性というものをどう考えているんだ?」
 加知さんの唐突な切り出しからその話は始まった。始まり,続き,終わらず,
反論には反論され,延々1時間ほど続いた。オイラは酒に酔ってはいたが,加知
さんの話に耳を傾け続けた。突然,電池が切れたかのように,
 「眠い。寝る。」
 唐突にその説法は終了した。
 こんなことがあるから,社内で何かバカなことをいっていると,
 「おい!!誰か加知さん呼んでこい」
 なんていわれるようになった。

 5.朝のインド人街は妙にカレー臭かった
 朝の8時に起床し,オイラと加知さんは一階にある茶店でバイキングの朝食
を食べに向かった。昨夜の酒が残っていたためか,さすらいの釣人・飯田さん
を起こし忘れた。そんなことはすっかり頭にないオイラと加知さんは,昨夜あ
れだけガツンと胃袋に食い物を詰め込んだにもかかわらず,狂ったように皿に
盛付け,うっほうっほとがつがつ食った。飯田さんがけだるそうに起きてき
て,9時にフロント前ということで,話がまとまった。
 集まったメンバーは昨夜の5人だった。どうやらこの5人は,社内で最も日本
人離れしているようだ。とにかくメトロに乗って,まずは昨夜生演奏付きバー
に敗れたうっぷんをはらすためか,いやいやシンガポールとくればやはりここ
に来なければいけないのか,ラッフルズホテルの前に来た。格調高いホテルで
ある。アラブ系の守衛がにらみを効かせる中,オイラ達お客さんやもんね,っ
てかんじで堂々と平山のボスは入っていった。つられてオイラ達も入ってい
った。イギリス風の,非常にオイラ好みの建物だ。
 出る時もさりげなく,これから出かけてくるもんねって感じで平山のボスは
笑顔を残して風のように去っていった。向かうのはインド人街。なんとなく,
風に乗ってカレーのにおいが漂う。
 まずはチャイナタウンを抜けた。変てこな小乗仏教系の寺院でよくわから
ないままムニャムニャムニャとお経を一緒になってとなえ,わけもわからずお
線香を頭の上にやったり,下にやったり,ナンチャッテお祈りをした後,オイラ
達は腹いっぱいにもかかわらずラーメンを食べたいという願望を断ち,北へ足
を向けた。交差点の向こうは…埃が舞,なんとなく黒い人々が道路を我が物顔
にして横断し,今にも崩れそうな建物の中で,なんと!!カレーを作っていた。
 オイラ達は,やっとインド人街についた。そこの人々は,やはり多少他より
も貧しく,じろりとオイラ達を見て,ナマステっといった。スーク(市場)には
清潔という概念が存在せず,肉がそのままぶら下がり,通路はその血でべたつ
いていた。生臭さと,やっぱりカレー臭さがインド人街にいるオイラ達を包み
込んでいた。女性のサリーと,老人の口ひげと,なぜか裸で踊る神様を祭るヒ
ンドゥーの寺院が嫌でも目にすり込まれ,インディアンカレーパワーにおされ
て,ちょっと疲れた。
 茶店に入ったオイラ達は,めいめい勝手なものを頼んだ。渡部さんの頼んだ
缶ジュースはなぜか凍っていた。そして,オイラと飯田さんの頼んだアイステ
ィーはモクモクと湯気が立っていた。
「いやいや,やっぱり僕の英語じゃ通じませんねえ。」
 オイラがそんなことをいっている時に,店員さんはやってきた。
「アイスティ,オーケーオーケー。」
 そういったと思いきや,いきなりオイラのカップを奪い,彼の持っていたコ
ップに移し替えられた。その後,彼は得意気に自分の持ってきたコップに入っ
たティーを,ドバドバドバとオイラのカップに移した。彼は彼の頭のてっぺん
から液体をこぼし,周りにベチャベチャとこぼした。何もいわなかったが,彼
は彼なりに,どうやらオイラのティーをアイスにしてくれたようだ。もちろん,
飯田さんも目が点になっている横で,同じことをされた。余りの原始的さにオ
イラ達はしばらく言葉を失い,そして,インド人街にいることを強く認識せざ
るをえなかった。氷も,ストローも,冷蔵庫さえあるかないかオイラにはわか
らなかったが,パフォーマンスと,五人で茶をしばいたにもかかわらず,$4とい
う安さが,オイラの気持を随分うれしくさせた。嫌,オイラだけじゃないよう
だ。

・6.オカイモノそしてPAY YES.
 インド人街からオイラ達はホテルに戻った。3時30分集合に遅れてきたのは
馬込まご太郎だった。オイラ達2号車は,まご太郎の到着を待たずに出発した。
行き先は金工場である。全く関心のないオイラは気乗りしなかったが,商業主
義的旅行会社の拉致のため,金工場にぶち込まれ,しかも,入り口,出口を封さ
れ,いいからここで買え!!っといった目と戦いをしていた。
 「ここの金安い。日本の半額ね。」
店員さんもガイドのスーザンも,なんで買わへんねん,ここは安いのがわから
へんの。みたいな目で,隅の方で壁の花となっているオイラと,他にも全く女
気のない面々に語りかけてきた。全く余計なお世話である。
 不機嫌さはすでに爆発しそうだった。次は革製品工場である。
 「皮は買わん。」そんなつまらんことをいっているのは,いやいやいやいや
いや市川さんである。オイラもいやいやいやいや嫌。
 というわけで,オイラといやいやいや市川さんは入り口から入った瞬間出口
から出て,二人でバスの中で熱い時間を過ごした。いやいやいやいや…アツイ。
 もういい加減にしてほしいゼ。そんな思いが通じたのか,次のシルク工場は
中止になった。さて,晩飯である。
 ♪何度もいうよ 君は確かに僕を愛してる 迷わずに Say Yes♪
 晩飯は湖南料理の店である。別に,オイラは特にチャゲ&飛鳥のファンでも
なんでもない。ただ,この食事の途中からオイラの頭の中には,このフレーズ
がぐるぐる回っていた。
 食事はそんなに悪くなかった。次々と運ばれてくる湖南料理。オイラはそ
んなに食べれないんで,半分近くは馬込まご太郎に食べてもらっていた。オイ
ラは食べるより,飲む方専門なのだ。ここではフリードリンクではなく,お金
と交換でのみものをもらう。シンガポールドルだけでなく,日本円もアメリカ
ドルも使える。インターナショナルな店なのだ。ちょっときつい顔をしたシ
ンガポール的美人がオイラ達のテーブルの担当ウェイトレスである。
 中華料理の円卓を囲んだのは,オイラのとなりに市川さん,その隣が,ニヒル
でダンディー・渋いという言葉はこの人のためにあるのではないのか,川戸課
長,右側は酒を飲む場に必ずいる大ボス・平山さんが,ほぼ対面にワーキング
ホリデイ経験者・ドテチン水井さんがいた。他にもまご太郎始め,総員10名ほ
どだった。
 酒が尽きたオイラ達は,ビールをもう一杯づつ注文した。頼んだ酒のみ軍団
は,物静かで無口,でも酒は好きやもんね川戸課長,いやいやいやいや市川さん,
大ボス平山さん,食い過ぎて苦しいと言いつつまご太郎,そしてオイラの5名だ。
しかし,ビールは4本しかこなかった。しかも,オイラのビールがきていない。
うずうずうず肝臓がうずく。おい。オイラの酒はまだかな。まだかなまだか
な。気分は学研のおばちゃんを待つ小学生の気持だった。…こない。プチッ!
 「エクスキューズ ミィ。ビールがまだ来ないんですけど。」
 ちょっときつそうなウェイトレスに言った。
 「オオウ ソーリー。直ぐに持ってくるよ。」っていう答えを期待したが,
そのきつそうなオネイチャンは血相を変えて,寝ぼけているんじゃないわよ、
私はきちんと人数分持ってきたわよ!!と随分早い英語でドヒャドヒャドヒャ
とまくり立てた。ふだんは弱気で,何もいえないオイラだけども,酒が来ない
のを黙っているわけにはいかない。
 「アイ ペイ!!」
 黙っているわけにはいかないが,オイラの英語力ではこれだけしか言えなか
った。ただ,狂ったように,何を言われても,
 「アイ ペイ!!」を繰り返した。
 ウェイトレスのほうも4人分しかお金をもらっていないことを強調し,それ
じゃ,他の誰かが払ってないんだろうということで,矛先が皆に広がっていっ
た。
 「Pay?」平山ボス「イエス」
 「Pay?」まご太郎「イエス」
 「Pay?」川戸課長「はい」…さすがに渋い。はい,ときたか!!
 「Pay?」市川さん「イエス」
 「ほら見なさい!!あなたが払ってないんじゃないの。プンプンペラペラペ
ラ」
 「アイ ペイ」
 「全く日本人って言うのはなんて物分かりがわるいのよプンプンペラペラ
ペラペラ。」
 「Pay?」平山ボス「イエス」
 「Pay?」まご太郎「イエス」
 「Pay?」川戸課長「はい」…さすがに渋い。はい,ときたか!!
 「Pay?」市川さん「イエス」
 もうこうなるとウェイトレスは切れそうだ。そんな状況を見たのか,ガイド
さんがやってきた。
 状況を説明し,切れてるウェイトレスは相変わらずぺらぺらしゃべり,その
はざまでガイドさんも苦しんでいた。今度はスーザンまでやってきた。
 ああどんどん話がでかくなっていく。
 ばーん!!突然市川さんが財布を机にたたきつけ,ウェイトレスをにらみつ
け,
 「わかった!もううだうだ言うな!!これでビール一杯もってこい!!!」
ウェイトレスに10ドル札を渡し,うるさいオネイチャンもしぶしぶビールを持
ってきた。余りの市川さんの潔さに,テーブルを囲んだ皆は称賛し,拍手喝さ
いを贈り,口々に
 「オトコとはこういうもんだ!」「市川さん,今日はかっこいいですねえ」 
「市川,ちょっと見直したぞ。」「優しいな,市川。」
 実際オイラも,もし女だったら惚れかねんほど,かっこよかった。隣のテー
ブルも,ガイドさんも,もちろんオイラ達のテーブルの皆も,称賛と尊敬の眼差
しを彼に向けていた。市川株は天井値を記録し,皆の記憶にガツンと残った。
 一方オイラときたら,二言目には「アイ ペイ」しか言えず,惨めで見苦し
く,かっこ悪く当然のように株価は大暴落した。せっかくもってきてもらった
ビールだが,ほんとにオイラはお金を払っていたのだが,どことなく,この市川
さんがお金を出してくれたビールを飲むのが心苦しかった。そして,オイラは
なんて小物なんだって,自問していた。
 「市川さん,ありがとうございます。いただきます。」
飲もうとした瞬間,市川さんがきりだした。
 「佐野,実はお金払ってなかったのは俺なんだわ。いやいやいやいや」
その後,5秒ほどの間があった後,音を立てて一瞬の市川英雄説は崩れ去った。
皆の大爆笑とともに…
 「Pay?」 「Yes.」
なんだったんだろうか,あのやりとりは。
 ♪迷わずに Pay Yes♪ って感じか?とにかく面白い夕食だった。

 7.ナイトサファリツアー
 笑いが収まらぬまま,オイラ達はナイトサファリってやつに連れていかれた,
雨の中。雨なもんで,公園内を行く列車には透明のビニールシートがかけられ,
それに水滴がついて外は見にくかった。ほとんど記憶に残らないまま,ただ,
象さんが池の中で一生懸命になっているのが印象的だった。オイラ達,少々疲
れ気味なんだもん。

 8.シンガポール発深夜1時30分
 シンガポール・チャンギ空港には搭乗2時間ほど前についた。世界最大の空
港で自由時間をもらった訳である。特にオカイモノには関心のないオイラと
平山ボスのアルコール連合はいきなり缶ビールを買出しして,ロビーの片隅で
飲んでいた。余り,旅の余韻というものは感じられない。ただ,平山さんの酒
の強さと独特の雰囲気を肴に酒を飲んでいたような気がする。
 搭乗後もボスは一人酒を飲んでいた。オイラは加知さんの横でぐっすり眠
りに落ちた。
 今までのオイラの旅とは随分違う旅行だった。そんな中で考えさせられる
ものは大きかった。日本と世界と,商業と文化と,個人と団体と,会社と仲間と
… ただ,どこにいても,やはり,酒と笑いはあふれるほどあった。
 考えていると,もう名古屋だ。 まだまだ,シンガポールを感じていない。
そんな煮えきれない思いを持ちつつ,また明日から通常の日々が始まる。