地球劇場第5幕

文明について北上川で考えた!




 雨ニモ負ケル  風ニモ負ケル
 アチラノ娘ガ来イト言エバ  オロオロ行キ
 コチラノ婆サンガ来イト言エバ  ヨロヨロ行キ
 天気ガ良イト言ッテハ飲ミ
 天気ガ悪イト言ッテハ飲ミ
 毎日タクサンノオ酒ヲ飲ミ
 ソシテ今日モヨッパラッテネル
 キミハコンナ人ニナッテハイケナイ        野田知祐『日本の川を下る』より

 日本のカヌーの第一人者,野田知祐が言うには,北上川は,日本屈指のきれいな川だという。
漁業権のないここでは,釣人とのトラブルなく鮎ややまめが釣れ,潜ればなんときれいな川
だと全身が震えるという。そうか!んじゃあ,俺達も行ってみるか。

 東北という地方は良い。とにかく好きだ。人情がとにもかくにも火傷しそうなほど熱い
のだ。いや,厚いのだ。酒はうまく,空気もうまく,くいもんもうまく,肺も胃も肝臓も,口か
らけつの穴まですべて大喜び,それが俺の東北地方だ。そんな東北地方をかくも美しい川が
悠々と蛇行し流れている。早速カヌーを宅急便で送り,花巻空港にいそいそと到着した。

 「佐野さん,盛岡着いたらすぐに冷麺食いにいきましょうよ」
飛行機の中からウキーウキー言っていた平岩が,目をぎょろりとさせ,“食いもんに関して
は譲らないもんね”って感じでハングリーと訴える。その平岩のお薦めという盛岡駅前の
盛楼閣でガツンと冷麺をすすり,わっはわっはとビールを開け,このカヌーツアーは幕を開
けた。

 カヌーをXくろねこヤマトの盛岡西営業所に送ったが,飛行機の到着時間とその営業所の
営業時間の関係で,カヌーは翌日取りに行く事にし,その日は盛岡の定宿・岩手公園にテン
トを張ることにした。以前盛岡にて旅行中に金が尽き,バイトをしていた時に随分お世話に
なった場所がそこだ。いつもの屋根付のベンチまで,途中ダイエーによって酒と食料を買い
つつ,二人アタックザックを背負って歩く。次第に旅をしはじめるあの期待と不安との入り
交じった感覚がよみがえってくる。

 いつもの場所には,なんとサイクリストが,しかも大学のサイクリング部の,静大サイクリ
ング部でいうところのグループランを敢行している,若さあふれる一段がまさに鍋を囲んで
飯を作っている最中だった。たった2・3年前は全く同じことをしている彼らに対して,おじ
さん達はすっかり嬉しくなり,ずうずうしく一緒に酒をのみ,いつまでも馬鹿話をしていた。
 その夜おじさん二人は程よく酔って,いや,泥酔してぐっすり寝た。ぐっすり寝たのは俺だけで
,実は平岩は俺のいびき攻撃にタジタジし,あまり寝れなかったらしい。

 翌朝,手際良くテントを撤去し,早速北上川に架かる開運橋に向かった。いい響きの橋の
名だ。タクシーでカヌーを取りに行き,それを手際良く組み,荷物を満載し、初のツーリング仕様の面構え
のカヌーが完成した。やはり最初の荷物の積み込みは随分手間取り,またバランスも良くなかっ
た。今となってはそう思うが,もちろんその時はそれがベストだと信じていた。さて,たっ
ぷり写真もとった事だし,出発をしよう。

・・・・・・・・・・・・しかし、カナディアンカヌーはあまりの重さに持ち上げることができず、水辺までも
運ぶことができなかった。もう1度,パッキングのやり直し・・・・。

 気を取りなおして,川に漕ぎ出す。北上川は,女性的な川だとすぐに感じた。流れが随分優しく,
また柔らかい。ツーリングは初めてで,やや緊張していた二人だったが,すぐにその優しさに包まれ,穏やかなき持ちで下る事ができた。約20km下った気分のいい河原を見つけ,ここにテントを張ることにした。
カヌイスト以外は決して足を踏み入れる事のないここは,静寂でただ川の流れの音だけが空
気を切り裂いて伝わってきた。すばらしい空間だ。素早くテントを立て,とりあえず記念撮
影をし,早速薪拾いに出かけ,そそくさと火を起こし,飯を食う。ただ空には雲が厚く,星が
ほとんど見えないのが残念だったが,満足のゆくキャンプを過ごす事ができた。カヌーのキ
ャンプはこれが初めてだが,間違いなく癖になりそうだ。

 翌朝,相変わらず随分ノンビリした出発風景の後,再び漕ぎだした。行く先も目的地もな
い。ただ流れに身を任せ,川の表情を一刻一刻楽しむシンプルだがすばらしく楽しい旅を続
ける。曇天の空だが,それはそれでまた趣がある。すべての文明から離れ,悠々自適のパド
リングが続・・・・と思いきや,休憩の度に平岩はたまごっちの世話をし,
「いや〜,またこいつウンコしちゃったよ」とか,
「遊んであげてないから,機嫌悪いよ」とか,文明のにおいをぷんぷんさせていた。結果
からいえば,平岩のたまごっちは,最終日に死んでしまい,カヌーツーリングにはそんな
ものを持ち込んではいけないことを証明した。

 カナディアンカヌーの操作はかなり難しく,俺も平岩も随分苦しんだ。一人乗りのカヤ
ックのように素早い動きなどは到底できず,二人の呼吸をあわわせて進まなければならな
い。前に乗る者は水先案内人を兼ねた漕ぎ手となり,後ろに乗る者は,漕ぎ手を兼ねた操
縦人となる。前の者の指示に従い,後ろが舵をとる。荷物満載のため,喫水面が低く安定は
している。余程のことがないと沈はしないが,何しろ隠れ岩や,テトラポットを発見しても
すぐには旋回できず,何度かかなり冷やっとした。そんなカナディアンカヌーだが,やはり
川面を進む姿は美しく,ビュウティフルを信条とする俺の心は随分満たされ,気持がよかっ
た。 

 最終日は,金ヶ崎という花巻市と平泉市の間にある小さな町の堤防にある公園に泊まり打
ち上げをすることにした。この町にはとても愉快な酒屋のおやじがいて,俺達はすっかり好
きになってしまった。このおやじはただ者ではない。天然ぼけさでは,上村をも上回ろうと
する人物であった。おやじの店の中で俺達はうまそうな日本酒をあさっていた。その狭い
店内にはそれ程多くの酒はなく,少ない選択肢の中,一本の酒が目についた。
 『清酒 美少年』いかにもお似合いの酒だ。そのおやじにこの酒の味を聞いてみた。そ
こでおやじは想像を越えた答えを我々に与えてくれた。
 「クー,この酒はねえ,なんていうか,どひゃーっ!って感じの味だよ。」
おい!!どんな味だよそれは!昔上村に峠を攻めた感想を聞いた時,上村は,
 「うおおおおっ!」って感じだったよ。と親切に答えてくれたが,それと全く同じである。
結局その時は,そこでその酒を買わず,その店主のお薦めの酒を買った。後日『清酒 美少
年』を飲む機会に恵まれ,慎重に舌の上に乗せて味わったが,別に“どひゃー!”って感じは
しなかった。あのおやじにもっとしっかり尋ねておけばよかったと少々後悔したが,今とな
っては後の祭りである。

 初めてのカヌーツーリングはこうやって幕を閉じていった。世の中の喧噪から完全に隔
離され,自分の時間を自由に使える,そんな旅だったと感じられた。今回は幸いにも自然が
俺達に随分優しく,そして温かかった。川は汚く,悪臭が立ちこめている所もあった。自然
に対し,俺達人間はやはり随分冷たい。21世紀に向けて,やるべきことは何か。いつまでも
俺達に優しく,温かい自然であって欲しいから,真剣に考えなければだと思う。決してこれ
から先の日本の川を海を,人間のごみ箱にしてはならない。