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WAVE 〜 日々のコラム
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May 2002    
May 26 “中津江る”不思議〜連想させる上岡龍太郎「都市生活不適合者論」
May 18 ニックネームが映す歴史とカラー(大学アメフト)
May 10 正しい患者であることの大切さ〜医師との信頼関係(Medical )
May 06 早稲田強し〜プラス思考スポーツの楽しさ:2002アメフト初観戦
May 04 豊穣の“松坂世代”、気の早いドラフト候補ピックアップ(大学野球)

April 2002 April 29 GWちょっと一息〜有名人実家職業クイズ(くだらねぇ!)
April 24 COLLABORATION 〜 サントリーとユニクロの”提携”で連想する西武ライオンズビジネス
April 21 MUJI = 球界の無印良品・亜細亜大学野球部OB〜井端(中日)、赤星(阪神)
April 19 伊奈かっぺい〜偉大なる津軽の方言詩人&青森放送ディレクター (お笑い+言語学)
April 15 2002主要大学野球リーグ展望
April 11 もう笑うぜ、落語家のネーミング+マジ学歴(落語協会編)
April 06 Misty : 「霞町物語」 〜 読書嫌いが読んだたった一冊の浅田次郎 ( April 06, 2002 )

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May 26

“中津江る”不思議〜連想させる上岡龍太郎「都市生活不適合者論」


“中津江る”不思議
これは勝手に作った造語である。例のカメルーン代表が来る来ないのドタバタ劇があった(現在も進行中)大分県中津江村のことである。

不思議なことが起こるものである。
不思議というのは、こういう遅延やスケジュールの変更が起こることは当たり前のことだと思うのだが、住民にとっては信じ難いということが不思議に映るのである。
選手たちはワールドカップに真剣勝負をしにやってくるプロなのである。キャンプ地の人たちと親善をしに遊びにやってくるのではない。
たしかに純朴に生活する人たちからみれば、ありえないことなのかもしれない。しかし、「地球が丸い」かぎりこういうととがおきるのは充分考えられることである。カメルーン代表チームが遅れたことが100%正当であるとは思わないが、こういうことが起こることはなにも不思議ではない。
どうしても親善をしたいのならなにもワールドカップではなく別の機会に親善の催しを行えばいいのである。ワールドカップのときに“親善”をしなければならないと思っていることがなにか最初から違っているのである。

このようなことが大騒ぎとなってしまう地元民の人たちを不思議に思うのであるが、純朴な人たちをどうこういっても仕方ないので、思わず笑ってしまったことについていえば次のようなことである。
1.インタビューに答えていたおじさんの発言:「今日は来る。天気もいいことだし。」
ん?天気がいいからくる? これはどういうことか?彼にとっての来客は近来からくるケースが多く、天気がよければやってくるからだという。これは笑っていいものなのか、驚くべきことなのか?まあ、面倒くさいから一応笑っておこう。こうとでもしかいいようがない。
2.夜中の3時にやってきた選手たちに歓迎式典をやる不思議。
これはいったい何なんだろう?この式典に出席したおばあさんの発言:「いつもは4時に起きるが1時間早く起きた。しかし、そんなに眠くない。」
これはいったい何か?なぜ「式典」なるものをしなければならないのか?それもどうみても自分たちにだけ通じる「式典」である。
何十時間もかかってやってきた選手たちを早く休ませてあげたら?である。

このような“中津江”現象は規模の大小こそ違うが各地で起きているらしい。こういう歓迎式典なるものでいつも不思議に思うのが必ず「和太鼓」なのだ。なぜだ?わからない。日本人はそんなに一般的に和太鼓をやっているのか?やってないよ〜〜。

これらのことからどうしても連想するのが上岡龍太郎がいつも発言していた「都市生活不適合者論」である。この場合は「都市生活」を「地球生活」に置き換えるべきかもしれないが、、、。
これは彼自身の著書にもとりあげられたりしている。上岡氏の言によれば、こういう人たちの発想というのは日本のどこに住んでいても、つまり都市に住んでいようと都市でないところに住んでいようと関係なく、頭の中がいつも自分たちの生活領域の常識しかないからだということだそうである。自分たちの唯一の常識しか世の中にはないと思っているのだそうである。
”多様性”などというものは彼らにはないのだそうである。時には”多様性”が間違いであるとされるらしい。

上岡氏はこの典型が次のようなことである、といっている。
1.駅、デパートなどでエスカレーターや階段を上がったところでそのまま立ち止まる。
2.ドアを開けて入るときに次の人のことを考えてドアを後ろ手で押さえたりしてあげることをしない。
これらの現象の理由が上岡氏によれば「自分たちの後ろには人は来ない」という常識だからということである。そしてこれが彼らにとっては唯一無二の常識なのだそうだ。

たしかに4月、5月にはこういう人たちが多くなる。そしてその後もそのままという人は必ずいる。何年、何十年都市生活を送ってもやる人はずっとやるし、やらない人はやらないのである。
これを上岡龍太郎氏は「都市生活不適合者」と命名している。

日本には"Excuse me."が存在しないとよくいわれる。"Excuse me."は「すみません」の意味ではない。常識の足りない人になぜ「すみません」といわなければならないのか、という論議は延々と特に都市生活ではいわれ続けている。
しかし、これは無理だろう、上岡氏はこのことについてこのようにいっている。
頭の中が「都市生活適合者」にならないかぎり、どこに住んでいても永遠に上記のようなことは起こる。大切なのはどこに住んでいるかではない。頭の中が「都市生活適合者」であるかどうかである、と。
ある人たちはこうもいっている。「要はこういう人たちに近づかないことだ。言ってわかる人は最初からやっているのだから。」
たしかにそうなのかもしれない。多様性などというものは永遠にこの人たちにはわからないのかもしれないのだから。


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May 18

ニックネームが映す歴史とカラー(大学アメフト)


アメリカンフットボールにおけるチームニックネームは各大学、企業、クラブなどの基盤となる歴史を刻んだものである。
今回は関東、関西などの主として一部チームのネーミングの由来などについて。

法政大学Tomahawks 北米インディアンが持つまさかりの意味であるが、時代的には巡航ミサイル「トマホーク」にあやかったという説もある。
日本大学Phoenix アラビア砂漠の伝説の零鳥フェニックスに由来する。500年生きると巣に火をつけて焼け死に、後に生まれ変わるという。
東京大学Warriors チーム内で公募した。ウォリアー=戦士である。
中央大学Raccoons 普段はおとなしいが、戦闘時には俊敏で勇敢なあらいぐまにあやかったものである。
明治大学Griffins ギリシャ神話に登場するアポロの聖獣、その土地の黄金を守るといわれた。
関東学院大学Hurricanes 強豪マイアミ大学フロリダ校のニックネームにあやかったものである。
専修大学Green Machine スクールカラーのグリーンに旧ハワイ大のニックネームにあやかったもの。
早稲田大学Big Bears 典型的なBearsに由来するが実際は“大隈重信”に掛けてBig Bearsとしたという説が強く、早稲田OBはこれを好む。
慶応義塾大学Unicorns 伝説の一角獣ユニコーンに由来している。「慶応賛歌」の作者平岡養一が作った部歌「March on KEIO」もある。
筑波大学Excaliburs 英国を統治したアーサー王が用いたとされる魔法の剣に由来する。
関西学院大学Fighters 部歌「Fight on」に因み「Fighters=戦士」とした。栄光のKwansei Gakuin OB会報も「FIGHT ON」である。
京都大学Gang Stars ジョージ・T・リーが持ち込んだパス攻撃「ギャングスターパス」に由来する。オプションパスの一種である。
立命館大学Panthers ピッツバーグ大にならって「パンサーズ」とした。ロゴもPanthers Paw(=足跡)である。
甲南大学Red Gang おぼっちゃま甲南ボーイのイメージを払拭する「ギャング」にチームカラーの赤とミックスした。
同志社大学Wild Rover 同志社ゆかりの新島襄が日本から密出国して上海から乗った船「Wild Rover」号からきている。
防衛大学校Cadets 当然、米陸軍士官学校CADETSに由来する。「士官候補生」の意であり、U.S.A.では陸軍=Cadets, 海軍=Navy,空軍=Air Forceの対抗戦は、アメリカにおける軍隊の存在を象徴するような一般大学のリーグ戦や対抗戦とはまた違った格式と華のある壮大なイベントである。
この対抗戦に憧れて入隊する人も存在するぐらいである。なお米カレッジの陸軍士官学校のニックネームは2000年より「Black Knights」と変更された。
立教大学Rushers もちろん日本にアメフトを紹介したポール・ラッシュ博士に由来する。清里にある「清泉寮」は立教の合宿ホテルとして使用されている。また、すぐそばには「ポール・ラッシュ記念館」があり日本のアメフトの歴史と現在を一堂に陳列展示してある。ポール・ラッシュ博士が後年使用した洋館を改造、渡り廊下は喫茶室のようになっている。
私も毎年八ヶ岳にいった時期があり偶然にも入場したことがある。立教には強くなってもらいたい。

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May 10

正しい患者であることの大切さ〜医師との信頼関係(Medical )


私は小さいときから歯の悪さにかけては誰にも負けない。(自慢になるか!)
なにしろいきつけの歯医者さんに「虫歯の先生」と言われたぐらいひどかった。

歯というものもかなり遺伝的なものであるそうだ。したがって本人がいくらケアしても限界があるとのこと。
それにしても歯の悪い私は、いろいろ気にしていることがあった。たとえば、いつまでもおいしく感じようとするとやはり自前の歯であることがとても大切だということ。まして20代、30代で入れ歯などにするのはもってのほかだそうである。
二つ目には、話している声が相手にきちんと伝わることの大切さである。日本語はもちろん、特に英語などの外国語などは顎や歯の構造、手入れでまったく違う。

またスポーツ選手であれば当然、歯の大切さ、かみ合わせの重要性はプロ野球選手などが完璧に歯の治療をしてシーズンに備えるというような話を聞くと納得する。幸いにして私は別にスポーツはするがスポーツ選手ではないのでそんなに厳密に考える必要はない。

しかし、二つ目の外国語などの発音などに関していえば非常に身近な問題である。このことはずっと考えていた。歯並びが良くないのは空気のもれなどにもより絶対に発音上良くないことは自明の理である。

このようなことから私は遅かりしとも思ったが、やらないよりははるかにマシと思い、数年前になるが完璧に歯を治した。毎週1時間ずつ、トータル2年という気の遠くなるような大事業のような治療ではあった。しかし、私はこのことでタイトルに記した「正しい患者であることの大切さ〜医師との信頼関係」という大きなことを学んだ。このことはいろいろなことに通じるものであるが、大きな病気をほとんどしたことのない私にとっては貴重な体験であり、医学とは何かということもいろいろと学んだのである。

私の義弟は歯科医である。
私は彼にすべてをあずけて、基本から徹底的にやってほしいとお願いした。
ちょうど学究生活から転換して開業医になるために、美容歯科などを含むしかるべき総合デンタルクリニックでの修行をはじめた彼にとっては、私はかっこうのモルモットとなり、私は完全に彼の研究材料となったのであった。わたしのすべてのカルテや写真は学会の研究資料として使用されることとなった。もちろん、「悪い歯の典型的な治療例」として最適のパターンとなってしまったのである。

研究材料となれば、彼は普通15分、長くて30分しかとらない予約を私には1時間もとり、2年間、「正しい歯磨きの仕方」から「矯正」はもちろん、「最新インプラント技術」を駆使する現代医学の最先端の治療と予防医学の大切さを施してくれる「ありがたい先生」となったのであった。まさに、トホホ状態の2年間!である。

これでもちろん、私の歯は文字通り完璧なものとなり、私自身がにせ医者ができるぐらい歯のことに関しては詳しくなったことはいうまでもない。私ははじめて会った人でも口元を見ればどの程度の歯の悪さなのか、どのような治療をすればいいのかが今でもほとんどわかる。

彼から学んだことはたくさんある。医師との信頼関係がいかに大切かはもちろん、彼がいっていた「正しい患者を遂行できる人は完璧に治せる」は名言だと思った。患者は医師を信頼しながらコミュニケーションをとり、前向きに学びながら対処できる頭の良さが絶対必要なのだということはまったくその通りである。

医者は世間の人が考えているよりはるかにハードな仕事である。私はその能力があったとしても絶対に医師になる気はない。血を見たりするのが嫌だという単純なこともあるが、あまりにも心身ともにタフなものを要求されるからである。私はそんなタフな神経も体力も自信がない、というのが正直なところである。

医師をやっている人はほかにも知ってはいるが、彼の関している歯科に限っていっても、現代の医学はますます細分化されてきている。歯科医にもおのおの専門がある。もっとも進んでいるのが口腔外科である。しかし、この口腔外科というのは大学病院などのような設備を大きくとれるところでないと難しい。開業医になる人は次に進んでいる歯周学などを専攻する人が多い。
彼も口腔外科を専攻していたのだが、開業のことを考え後で歯周学に変えたという。

私は2年間の治療を終えた時に、お礼を兼ねて彼の好きなイタリアンレストランへ招待した。なにしろ治療中はあまり話せないのでこのときいろいろなことを聞くことができ、私はますます「にせ医者」に近づけることとなったわけです。
彼が口腔外科を専攻していた講師時代に大学病院で歯科医師国家試験の授業を持っていて教えていたという話もなかなか面白かった。

しかし、もっとも心に残ったのは次のようなことである。
私は歯科医師というものは命に直接かかわらないものとばかり思っていたが、こんなことがあったそうである。
口腔外科というのは「ガン」の治療のようなものである。
彼が受け持っていた見た目はまったく年齢を感じさせない老婦人で、いかにも育ちのよさそうな品のいい人が口腔ガンだったのだそうだ。お互いに医師と患者としての信頼関係で治療をいくら続けていてもガンばかりはどうにもならない。
彼は病気の進行につれて彼女の治療をするのがとてもつらくなっていき、治療のある朝に食事をとることもできないこともあったそうである。

この話をする彼の目が少し潤んでいたことを私は今でも忘れられない。
医師という仕事はこんなにもハードなものなのか、と私は強く感じたのである。


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May 06

早稲田強し〜プラス思考スポーツの楽しさ:2002アメフト初観戦


私はプラス思考人間(=加点主義)である。
長所を評価し加点するほうが好きである。スポーツ、芸術なんでもその選手や才能を持ったひとのいいところを評価しようとする。もしその選手や人がルックスが良ければ、さらに評価するというミーハー主義でもある。こんなに才能に恵まれた人はすごい、と思うし、実際すごいのである。

スポーツの中でもアメリカンフットボールはもっともプラス思考人間に適したスポーツである。

特に寝不足や若干の時差調整などには、アメフト観戦は最高である。アメフトはプラス思考人間にとっては、最高の頭脳と体力を駆使して”魅せて”くれる魅惑的な知的ゲームである。
いろいろなタイプのプレーヤーが各ポジションを受け持つという意味で、他のスポーツよりはるかに合理性の高いスポーツである。走る、投げる、受ける、ブロックするなど、おのおのの特徴を確実に発揮すればある程度の運動能力があれば、とりあえずはやれるという大変”公平”なスポーツである。野球やサッカー、ラグビーなどとは違い、レギュラーだけが注目されるというものではないからである。
もちろんトップクラスになれば話は別で、複雑で高い戦略能力が求められる。むしろ知的な戦略、戦術をマスターできる能力を持ったプレーヤーのみが、すばらしい体力、運動能力を駆使できる高度なスポーツである。

( 詳細は「アメリカンフットボールの魅力」jへ )

2002年アメフト初観戦は、秋のリーグ戦に向けてのテストマッチとしてはビッグゲームである交流戦:早稲田大学Big Bears vs 中央大学Raccoons(at 早大東伏見G)という好カードに恵まれた。

両チームとも2001年はあと一歩でプレーオフ進出を逸したチームという共通点がある。
ただし、早稲田はQB波木が3年目となり、かなり経験を積んだほんとうの意味でのプレーオフへのビッグチャンスをむかえている。
これに対し、中央はQB村井、杉江の2枚が卒業、RB高木、成沢などが新QB高橋を盛り上げどれだけ経験を積んで秋までに仕上げるかという課題を持つ。

試合は第3クオーターまで7 vs 6 と早稲田が中央のPATミスによる1点リードというきわどい展開だったが、第4クオーター半ばに早稲田が持ち込みTD, さらに数分後のターンオーバーからの思い切ったロングパスTDを決め21 vs 6で突き放した。

春のオープン戦(大学交流戦)ということもあり、両チームとも一つ一つの課題を試しながら形を作っていくというゲーム展開ではあったが、両チームとも2002年はかなり共通点があるために白熱した戦いとなった。
共通点というのは:
1.2001シーズンでもう少しのところでプレーオフ進出を逃していること。(中央:Aブロック、早稲田:Bブロック)
2.両チームともかなりの選手が高校時よりマッチアップしている点である。(中央:中大附属高、早稲田:早大高等学院)=この関係で7年間ずっとライバル関係にあるプレーヤーが多い。

2.はともかく、1.は秋のリーグ戦でもっとも大事なポイントである。
もし、この両チームがプレーオフに進出すれば、もう一度激戦を交える大きなゲームが待っている。


注目選手:

早稲田大学Big Bears
QB安村、WR吉田、RB泉

中央大学Raccoons
RB高木、成沢、QB高橋、WR平野

早稲田、中央、ほかにも数名目についたいい選手がいたのですが、春季シーズンのため#がまだ固定されていない選手がいたために残念ながら確認できませんでした。


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May 04

豊穣の“松坂世代”、気の早いドラフト候補ピックアップ(大学野球)


一人の大選手や好選手が出現すると、不思議なことに水の輪が広がるように多くの好選手が次々と輩出することが多い。

松坂が甲子園の大スターとして誕生してから、この年の選手には好選手が目白押しである。
この年の選手もついに大学4年となり、いよいよ今年ドラフトを迎えることになった。来年以降のプロ野球でも活躍を期待される選手たbちをピックアップしてみたい。

投手:

和田毅(浜田高〜早大・左左、179cm、75kg)
今年のドラフトの目玉。奪三振記録(江川・法大〜巨人のリーグ記録)に挑戦中。3年間に18勝、現在の春季リーグでも着々と勝ち星を重ねている。
いざというときにきっちりと三振をとれる文字通り頼りになるピッチャー。サウスポーというのも大きな利点。先輩の藤井(ヤクルト)とはまた違うタイプのチームの中心になる投手になるに違いない。
左腕はベテラン工藤しかいない巨人などがドラフトを狙っているが、激しい争奪戦になるものと思われる。

久保裕也(沖学園〜東海大・右右、177cm、75kg)
昨シーズン、リーグ優勝を逃し、一つ一つの積み重ねの大切さという大きな精神面の成長を見せている。すでに1年時より注目を浴び実績もあるために、最終年をむかえてドラフトへ準備万全である。
防御率も良く大くずれしない好投手。リーグ優勝を基盤に大学選手権や明治神宮大会でさらにプロのスカウトやマスコミにアピールしたい。

芦川武弘(二松学舎大付属高〜中大・右右、175cm、75kg)
今や東都大学リーグを代表する大エースとなった。3年秋・リーグ最優秀投手。
入学時は同期に、甲子園決勝で松坂(西武)と投げ合った古岡(京都成章高〜中大・左左)がいたために影に隠れていたが、2年時より台頭、右の芦川、左の古岡として活躍。3年時での古岡の故障もありチームの屋台骨として大車輪の活躍。
MAX147kmを記録、インサイドワークに加えスタミナも抜群、プロ注目の投手にのし上がった。ローテーションの足りない横浜、日本ハムなどが欲しい。

他に故障を克服した多田野数人(立大)、スケールの大きな木佐貫洋(亜大)、150kmを出す大型速球王・永川勝浩(亜大)安定感のある土居龍太郎(法大)、オリックス・スカウト事件などがあった新垣渚(九州共立大)など。

野手:

村田修一(東福岡高〜日大・右右、178cm、80kg)
東福岡高時代より活躍、日大入学後、1年春よりサードのレギュラーを獲得。名門・日大野球部復活の原動力として大型打者振りを発揮した。
プロキャンプで長嶋茂雄氏にその打撃力を絶賛され、直々の指導を受けた。新たな気持ちで春のシーズンに挑むあくなき向上心に魅力。
シーズン最多タイ記録の8本のホームランを記録した大型スラッガーとしてプロ球団が狙う。

後藤武敏(横浜〜法大・右右、176cm、86kg)
ご存知・六大学三冠王。横浜高校時代より打撃力が注目されていた。
今シーズンは主将に就任。優勝に向かってチームを牽引する。「ボールを遠くに飛ばす」ことにこだわる大型打者。日大・村田とともにプロが期待するビッグスターである。
日本代表としてワールドカップにも選出された。プロ入団後のかつての同僚・松坂との対決にも興味が集まる。

他に同じく横浜高校でバッテリーを組んでいた“松坂の恋女房”といわれ、バッティングにも大きな成長をみせている小山良男(亜大)などはキャッチャーというポジションということもあり、プロ球団はぜひとも欲しい人材である。


また、すでに高校卒業後にプロに入団してすでに活躍している選手には:

今シーズンよりレギュラーに固定しつつある実松(日本ハム捕手・佐賀学園)
ルーキー時よりショートとして抜擢された東出(広島・敦賀気比)

また社会人を経て今年入団、ローテーション投手としてすでに2勝したサウスポー杉内(福岡ダイエー・鹿児島実業〜三菱重工長崎)がいる。
(杉内投手に関しては、今年度の新人王と予想しています。 当たってくれ〜〜〜 = 
詳細はこちらへ

気が早いといわれようが、今年のドラフトも今から楽しみである。


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April 29

GWちょっと一息〜有名人実家職業クイズ(くだらねぇ!)


ゴールデンウィークを楽しんでいる方、忙しくていつもと同じだよという方(私は後者)、一息ついてセレブな人(いわゆる有名人、最近はこのセレブという日本語がかなり定着してきました。)の両親や実家の職業ってなんだろうな、という素朴な疑問シリーズ。
なぜかその人が、どうして今こうしているかというキーが隠れていたりします。面白い人はやっぱりおもしろい家系で育っていたり、愛想のいい人は商売をやっているところで育ったり、固い雰囲気の人はやっぱり両親が固い職業だったりとか、また反動からなのかまったく正反対になったりと、なかなか彼らのバックグラウンドが理解できたりします。

思いついたままに上げていきますが、間違ってるかもしれませんので、その場合はご指摘ください。

八百屋さん = 柳沢慎吾(神奈川県大和市?)、野々村真(文京区、たしか東大の近くでは?)
元気があってなんとなく納得。
医者系 = 山城新伍(京都)、安室奈美恵と結婚したSAM(埼玉県のどこかの大きな病院、知っている人にこの人と親戚だという人がいたのでびっくりした)、佐野史郎(中国地方だと思う)、チャー(ギタリスト、大田区)
ほか、この職業は多すぎるのでこの程度に。
お寿司屋さん (これも多い) = 小堺一磯(六本木のお寿司屋さん、お父さんがものすごくおもしろい人、ある意味小堺よりおもしろい。南極越冬隊のコックさんだったと思う)、篠原ともえ(東京・青梅のお寿司屋さん)
自転車屋さん = 木梨憲武(祖師ヶ谷大蔵、あまりにも有名、この縁で「木梨サイクル」という番組をCX(フジTV)で今やっている。いろいろなジャンルの人のフレックスなインタビュー番組、とてもいい番組である。)、よっちゃん(ギター、マッチ、としちゃんと人気が出た一人、中野坂上の自転車屋さん、時々実家にいてとてもいいやつらしい)
呉服屋 = ユーミン(八王子の呉服屋、これは有名。実家に帰る中央高速で「右手に競馬場、左手にビール工場(サントリー)」(中央フリーウェイ)ができた。昔からここを通るとどうしてもこの曲が浮かんでしまう。)
ホテル = 森公美子(宮城県のかなり大きな由緒あるホテル、音大にいくにはこのぐらいのお金持ちでないと?)、山口智子(栃木県の大きなビジネスホテル、これも結構知られている)
みのもんた = (名古屋の日本でも大手の水道関係の会社、現在も役員のはず、本名:御法川から「みの」とした。水道だけに水のように言葉が流れ出る?というギャグを自分でいう。)
とんかつ屋 = バレーボールの川合(燕か三条のとんかつ屋さんだったと思う、やっぱり大きくなる人は違う!?)

中村えり子(元フジTVアナウンサー) = これは記憶がはっきりしないが、確か銀座の山野楽器が入っているビルのオーナーだったと思う。典型的な立教女学院育ち。
アナウンサーで名前を忘れたが今TV朝日のアナウンサー部長(女性) = 西荻窪のお風呂屋さん
フジTV・川端健司アナ = 銀座でおばあちゃんがタバコ屋さんをやっていた。
桑名正博 = 関西大手アパレルメーカーの御曹司

今日はとりあえず、この辺で。続編があるかどうかはわかりません。


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April 24

COLLABORATION 〜 サントリーとユニクロの”提携”で連想する西武ライオンズビジネス


新しい広告媒体システムの誕生といってもいいかもしれない。

サントリーの新しい発泡酒にユニクロのCMが入る。3分の2ぐらいのスペースにユニクロのTシャツなどの写真入りのCMを入れるのである。
コンセプトとしてはあっただろうが、具体的にこのような”COLLABORATION"をスタートするのは今回がはじめてではないだろうか。

COLLABORATIONという言葉が適切かどうかはわからない。単なるアドバタイジングの一環といういい方で済んでしまうのかもしれない。しかし、このような異種業界がタッグを組むというのは画期的であるし、ビジネスとしてもかなりの効果が双方に生まれると思う。
サントリーとしては価格を10%ダウンして販売するので「競争力」がアップする。ユニクロは他業種を通じて自社製品を強力にアピールできるというわけである。1+1=3 orMORE という図式か?

しかし、これで連想するのが西武ライオンズがかつてやってきた広告&ビジネススタイルである。
ビジネスのおもしろさとすごさを同時に教えてくれる好例である。

一つ目は非常にわかりやすい。かなり古い話になるが、西武ライオンズ球場を作ったときに”環境美化維持”のために外野フェンスに広告を入れない、というものであった。しかし、堤商法はなかなか巧妙で、当時友好関係にあった日産、パイオニア、西武百貨店などのCMをバックスクリーンに”限定独占スポンサー”とする〜というものであった。独占であることからスポンサー料を高く設定し、外野フェンスの広告料までカバーしてしまうというものである。

二つ目になるが、この凄腕商法の原点となるものである。実は西武ライオンズ誕生のプロセスである。
西武=国土計画は本当は横浜ベイスターズのオーナーになるはずであった。その下地として横浜スタジアムの建設時よりかかわっていたのである。
西武ビジネスの真骨頂はここでもっとも発揮されている。将来横浜球団のオーナーになるために横浜市と組んでスタジアムシートの契約販売をおこなったのである。通常スタジアムシートというものは年間契約で販売するのが常識である。しかし、西武のやり方はまったく違っていたのである。

〜 むこう50年間の契約シート販売!! 〜
これで西武は横浜スタジアムの建設費をすべて捻出したのである。

しかし、セリーグ、パリーグの両リーグに同時に球団を持つことはできないプロ野球規約があった。したがって、クラウンライターライオンズを引き受けるときに、西武は横浜スタジアムを横浜市と横浜球団に売却、西武ライオンズとして福岡から所沢へとフランチャイズを移転した。それから数ヶ月で上記の”環境美化維持”スタイルの西武ライオンズ球場を半地下式に掘って完成しシーズンをむかえた話は有名である。

サントリーとユニクロのCOLLABORATIONからは大きく話がそれてしまったか?
多分ぜんぜん違う話にはなっているが、しかし、ビジネスの発想というものはこうなのか〜と唸ってしまうような点では同じではないだろうか。大切なのはこのような柔軟な発想をもてるかどうか、ということのような気がする。

この観点からも、2004年からの日本ハムファイターズの札幌ドーム移転に関しても、西武ビジネスはどういう形かはわからないが、またまたウルトラCのような「西武ライオンズビジネス札幌編」を生み出すのではないか、と私は思わざるをえないのである。


Go to March 21 : マルチジャンル型スポンサーへの模索〜日本ハムの札幌ドーム移転プラスセレッソ大阪


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April 21

MUJI = 球界の無印良品・亜細亜大学野球部OB〜井端(中日)、赤星(阪神)


痛恨の一言であろう。阪神・赤星骨折、全治6週間。多分2ヶ月はブランクとなってしまうのではないか。
俊足巧打、攻守、3拍子そろった阪神の核弾頭で、すでに読売ジャイアンツのレギュラー捕手として定着した阿部慎之助(中大)と去年の新人王を最後まで争って勝ち取った赤星憲広外野手(センター)である。このケガが阪神タイガースの快進撃に暗雲を漂わせていることには間違いない。赤星は現在の阪神にとってそのぐらいの存在感がある選手に成長した。
去年の成績は:2割9分3厘、1本塁打、23打点、128試合、右投左打

井端弘和内野手(中日)、現在4割以上の打率を残し不動のトップバッターとして定着している中日のキープレーヤー。ドラフト5位ながら2年目ぐらいから台頭、話題の福留選手の守備位置を押しのけてショートに定着した渋いながらも抜群の野球センスを誇る5年目の選手である。去年はオールスター戦にも監督推薦された。140試合全試合出場が光る。
去年の成績:2割6分2厘、1本塁打、32打点、140試合、右投右打

この二人の共通点はなにか?
もちろん理想的なトップバッターで肩、足、守備のいいプロ野球監督であればのどから手がでるような貴重な選手であるが、両選手とも亜細亜大学野球部出身という点である。

このようなすばらしいプレーヤーを輩出する亜細亜大学野球部にはいったいどんな秘密があるのだろうか。
亜細亜大学野球部は現在こそ甲子園球児などが大量に入部を希望し、かなりの競争率があり入りにくい大学野球部のひとつとなっている。しかし以前は、古豪や名門といわれる大学野球部のセレクションなどにもれた高校球児などが入部してくる大学野球部であった。現在の千葉ロッテマリーンズには失礼だが、一時は大学野球界の“ロッテ”と揶揄されたこともある。
しかし、この厳しく辛い状況がOBである内田監督の基本からの指導により、競った野球に強いきめ細かいプレーなどが鍛えられ東都大学野球リーグや全国的にも強豪校としてのし上っていくことになる。

その後“野球偏差値”の高い選手がプロ野球や社会人野球界に大きな地位を占める現状をつくり上げている。また妥協を許さない厳しい指導の下に鍛えられたのは野球面のみならず、強い精神力を持ったプレーヤーが多いのも特徴である。
プロ野球の繁栄で忘れられかけていた「プロ野球選手とは何か」という原点を教えてくれる代表的な大学野球部としてこれからも亜細亜大学野球部は存在していくだろう。

まさしくプロ野球界における MUJI = 無印良品 である。

現在プロ球界で活躍するOBには井端、赤星のほかには次のような選手がいる。

高津(ヤクルト)、入来弟(巨人)、川尻、沖原(阪神)、小池(大阪近鉄)などである。
また解説者にNHKの山本和行(元阪神)、与田(元中日〜日本ハム〜阪神・元TBSアナと結婚し話題となった)
現役では今年のドラフトにリストアップ確実の小山捕手、松坂(横浜〜西武ライオンズ)とバッテリーを組んで甲子園で活躍し、松坂の恋女房と呼ばれた。


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April 19

伊奈かっぺい〜偉大なる津軽の方言詩人&青森放送ディレクター (お笑い+言語学)


伊奈かっぺい〜この名前を知っている人はかなりのお笑い好きかローカル言語に興味を持っているもの、もしくは圧倒的に青森県人か出身者であろう。

無類のお笑い好きで世界、日本問わずあらゆる言語の不思議に興味がある私にとってはかなり前から知っている存在であり、伊奈かっぺいなる人物には興味を持ちつづけてきた。
本職は青森放送制作部ディレクターであり、番組でパーソナリティーなども努めている人である。もちろん芸名である。
彼を有名にしたのは十数年前のCX(フジTV)の深夜番組である。エッセイスト・泉麻人が本名である朝井泉で司会をやった番組と記憶している。もちろん地元では活躍していて有名だったのであろうが、少なくとも東京キー局に登場したのはこのあたりからではないかと思う。

これを前後して渋谷のジャンジャンなどで津軽をテーマにしたトークショーや詩の朗読、コント、ストーリーの解析などの「津軽ワールド」を展開、かなりの人気がでた。しかし、ジャンジャンはその後クローズしたためにこのステージは今はなく、東京を中心とする活躍の様子をほとんどみかけることはない。
もちろん地元青森放送を中心に東北エリアなどでは“大活躍”をしているようである。

しか〜〜し、残念ながら彼のトークは彼自身の翻訳、解説がついて初めて「日本国共通語民族」にはわかるものですが、その内容の説明を聞けば伊奈かっぺいの偉大さがわかる。津軽文化の歴史と奥の深さを感じさせるエスプリあふれるヴァラエティとなっているからである。

たとえば印象に残るものとしては「日本一短い会話」というものがある。
「どさ?」「ゆさ」 = 「どこへ行くんですか?」「おふろやさんにいくところです」

またこんなぽつりともらす一人コントのようなせりふがある。

「親子水入らずの魚っている?」
「つめに火を灯すと熱いぞ」
「東京砂漠。あなたが入れ歯〜、私は差し歯〜」
「西も東も判らない?。じゃあ北と南は?」
「店の中に入ると、ツマミだすぞ」
「ばかも鋏を使うよ」
「この世の命日は、あの世の誕生日」
 「いらっしゃい。夏ご一行様、束の間にご案内。 」

なかなかのセンスである。
これをややくぐもった声の津軽なまりでぽつりというわけである。あくまでも頭髪が寂しくなってない”しむらけん”のような容貌でこのようなセリフを発する。過酷な寒さの中ではぐくまれてきたであろう「津軽」が言わせるつぶやきか?

たしかに厳しい風土と歴史があったのであろうと想像させる証明が次の彼のアイロニーに集約されている。
「住むといえば、都会は人が住むところじゃないが、地方は人が住めたもんじゃないということを言った人がいる。」

これ以上の厳しい一発突っ込みは関西のお笑いでももちろんある。しかし、このようなシュールな形ではないのである。


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April 15

2002主要大学野球リーグ展望


    東京六大学野球リーグ   東都大学野球リーグ
         
総評   この数年立教の復活で以前の五強一弱へ逆戻り。全体的な実力は上昇中。東大の奮起に期待。   相変わらずの戦国時代、二部上位校も実力差接近。大学リーグとしてプロ野球最大の出身者を誇る。
         
展望   法政、早稲田が強い。立教、明治、慶応がこれに続く。東大はなんとか勝ち点を取りたい。   日大、駒沢の争いか。青学、亜大がこれを追う。中央、東洋は若手の力で上位を狙いたい。
         
注目   ドラフト必至の和田(早大)、多田野(立大)、長田(慶応)、上重(立大)、他に土居(立大)、後藤(法大)など。   長嶋氏に絶賛されたプロ注目の村田(日大)、大野(日大)、木佐貫(亜大)、小山(亜大)、山岸(青学)、芦川(中央)など。
         
新人   法大:松浦(横浜)、早大:芳賀(仙台育英)、武内(智弁和歌山)、明大:原島(日大三)、立大:間宮(東邦)   駒大:新井(広陵)、亜大:大河原(横浜)、松浦(明徳義塾)、中大:藤崎(桐光学園)、日大:畠山(横浜)、村上、上田(常総学院)、青学大:杉浦(横浜)、東洋大:名田(東洋大姫路)
         
話題   松屋(2年:高松・東大)=東大を上昇させるエースになれるか?主将になった後藤(法大)、三冠王に迫る記録を残して法政の王者復活優勝となるか。   良血:新井(駒大)は広島・新井の弟、会田(中大)は父がヤクルト投手、梶岡(中大)の祖父は阪神のエース、松沼(東洋大)は父が西武コーチ、井原(東洋大)は西武監督が父。
         
    首都大学野球リーグ   関西学生リーグ
         
総評
展望
  東海大の一人勝ち状態を打ち破り、城西大が台頭し面白さが増している。東海大出身の平野(オリックス)、小田島(横浜)などのプロ入りもあり話題性も出てきている。
しかし、有力ルーキーなどは東海大に集中。帝京、日体など中位校の追い上げが望まれる。
  立命館を激しく近大が追い上げ同志社、関大、関学がこれに続く。京大はかなり苦しい。
有力ルーキーはやはり立命館にj多いが、関学、同志社、関大も負けていない。プロ入りも立命館が圧倒的、近大は二岡以来のビッグスターが出ていない。

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April 11

もう笑うぜ、落語家のネーミング+マジ学歴(落語協会編)


まったく別件で落語家の名前を調べていたら、あまりにもおかしいのでこの項目を作ってしまいました。

一応落語協会編ですが、きまぐれのために落語芸術協会、立川流などの続編はやるかどうか保証なしということで読んでいただきたい。
真打の名前などは、こちらがわの慣れなどもあってそんなに妙には思わないが、それでもかなり変といっては失礼だがどうして落語家といえどもこんな名前にしたのかなぁ、と思うようなものがいくつかある。
三遊亭白鳥 = 新潟県出身だから
林家とんでん平 = 福祉落語などをやっているが、たしかリヤカーを引いて名前通り北海道まで落語をして歩いた人だと思う
柳家
  〆治(やなぎや  しめじ) = きのこか、お前は!
林家らぶ平 = 出囃子が「仲良し小よし」だってさ

二つ目ともなるとそろそろおかしな名前が登場してくる。
三遊亭小田原丈 = 多分小田原出身?
林家すい平 = 出囃子が「かもめの水兵さん」、おいおいまたかよ
三遊亭あし歌 = あしかって、ん〜〜
三遊亭天どん = 落語の中身も半額じゃないだろうな
桂文ぶん = ぶんぶんぶん、蜂が飛ぶ?

前座クラスになるともうなんでもありである
林家はなふぶき = 自分が花吹雪で飛ぶなよ
鈴々舎バンビ = この師匠(鈴々舎馬風)にしてこの弟子あり、でしょう
桂才ころ = 才能がころがってどっかいきそうだ
三遊亭あろー = 劇団四季出身、芝居に疎い私には意味不明だ
三遊亭かぬう = カヌー? わからない

色物ではかなり自由に名前が付けられるとはいっても
すず風にゃん子、金魚 = 女性漫才、出囃子「どんぐりころころ」


ざっとこんな感じではあるが、彼らの名誉のために付け加えると最近の落語家はかなり高学歴、しかも有名大学出身者が多い。プロの落語家になるというのは、よほどの芸好きなのであろうか。
柳家さん光 = 早稲田大学法学部卒、権太郎門下・二つ目
林家きくお = 玉川大学演劇科専攻、木久蔵門下・二つ目
林家いっ平 = 中央大学卒、ご存知根岸のサラブレッド、三平次男・今年9月に真打に
入船亭扇治 = 上智大学新聞学科卒、本格派扇橋門下・真打

なにごともプロの域まで極めるとはすごいものである。

あっ、そうそう、ここにもちろん入れなければいけない噺家がいます。私のテニスの友人でもあります。落語協会ではなく立川流ですが、
立川らく朝 = 杏林大学医学部卒、立川志らく門下。なんと現役の医師でもあります。

立川らく朝さんのことについてはここをクリック


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April 06

Misty : 「霞町物語」 〜 読書嫌いが読んだたった一冊の浅田次郎 ( April 06, 2002 )


読書嫌いとは私自身のことである。
普通の人に比べれば、はるかに読書量は少ないと思う。音やヴィジュアル系のもの、活字、経験などすべて同じ情報源だと思っているからかもしれない。少なくとも「本を良く読む人はエラい」という発想はまったくない。

「霞町物語」〜浅田次郎の短編、わたしが読んだたった一冊の彼の本である。これは彼やその周辺のことを時代的に過去にスリップさせたりして浅田次郎一流の脚色で仕上げた作品だと思う。
霞町、現在の西麻布である。私が今までの短い人生のなかで一番長く住んでいたところがここである。この作品では時代を数十年以前にタイムラグし、さらにフィクション化して雰囲気を醸しだしてはいるが、“霞町”はたしかにこういう街であるし、登場する「明子=はるこ」なる人物のような女性が存在するところでもある。
日常、なにげなく見かける人が実はかつての華族などの子孫だったりすることがある。現在に生きる彼らは日常に埋没すれば当然、なんでもない普通の人にすぎない。
この人たちが日常食べにいくごく普通のレストランなどで見せるなにげない所作や言葉遣いが「かつて」を感じさせるときが確かにある。

Misty 〜 この中に出てくるミスティはカウンターバーのように書かれているが、実はごくふつうのレストランである。階段を上がったところのやや右奥にピアノが置いてありカウンターもあるというつくりになっていた。BGMなども静かでお昼を食べるにもとても落ち着けるところであり、私はここで時々好きな雑誌などを持っていきぼんやりすごしたりしたこともある。
夜になると少しだけ照明が落ち、ピアノを弾いているがけっしてがやがやとするような店ではなかった。この点を浅田次郎は話の展開をおもしろくしようとしたのであろうが、少しだけアレンジしている。

そこで「明子=はるこ」であるが、こういう時代の流れに少しも動かされることなく自分のペースで生きる旧華族、財閥系の子孫、子弟はなにげなくひとつの光景として存在するのである。彼らは決して自分たちがそのような人間だということを口外しないし、する必要もない。知っている人は知っているということもある。知らなくてもふつうに接してもなんでもないのだが、やはりどこかになにかを感じるのである。彼らの伝統、育ちのようなものをあとでふと感じたりするのである。これはわたしがごく一般的な家庭で育ったためにその場ですぐに気がつかなかったということかもしれない。
あきらかに「明子=はるこ」のような人種だったであろう、と思い当たる人が何人かいる。

わたしはここが六本木のように猥雑になりつつあることが嫌になって別のところに移った。この少し前にミスティは店じまいした。
今でも古くからの人は旧町名で呼ぶことが多い。
霞町、高樹町、材木町、檜町、、、などである。

読書嫌いの私ではあるが、このような体験は100冊の本にもまさるものであると思っている。


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