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September 2003 September 01, 2003 GLOCALの実践〜ワセダクラブスタート
September 04, 2003 バス停に駆ける男
永遠なれ、東京大学ラグビー部
September 13, 2003 クロスな秋
Kotist = 宮西希 & Pop Opera = 増田いずみ
September 28, 2003 布施明に逢わせてくれた彼女
〜デジャヴーな秋〜
     

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September 28, 2003

布施明に逢わせてくれた彼女
〜デジャヴーな秋〜


「ポップスをあなたに」というようなタイトルの番組がある。NHK BS2で放送しているが、正確なタイトルかどうかわからない。
この番組はいわゆる“Jポップのナツメロ”のような番組だと思う。思う、というのはあまりよく観たことがないからである。

“これから”というようなことが好きな私は、どんな番組もナツメロ系の番組にはあまり興味がない。 たまたまリモコンが見当たらなく、なんとなくこの番組がBGVのようになっていた。そのとき「あれっ、この感じどこかであったなぁ。」と思ったのである。

デジャヴーである。

幼児体験というか子供時代に体に染み付いたようなものである。
それは私の母であり、母の妹=叔母である。 特に私の叔母は、30代半ばまで優雅にシングル生活を堪能した人であり、新しいものが好きな“遊び人”であった。彼女はまだ小さかった私をよく新しくできたレストランやスポット、新着の映画などに連れていってくれた。彼女はとてもヨーロッパの匂いのするものが好きだった。
まだ小学生にもならなかった私がはじめて観た映画は、当然ヨーロッパ映画、それもラブストーリー物である。音楽ももちろんヨーロッパ系が好きで、日本人シンガーの場合はそのカバーバージョンなどが圧倒的に多かった。
私はこの人と一緒にいるときの方がずっと生き生きと楽しそうにしている、と母によく言われた。そのぐらいいつも一緒だった。彼女のことをまるで友達のように「ゆきちゃん、ゆきちゃん」と私は呼んでいた。母の実家にいくと、私はいつもこの人の部屋に入り浸っていた。寝るときも一緒だった。どこにいっても仲のいい親子のように間違われ、彼女はそのことをむしろ楽しんでいるような様子だった。

母といえば、誕生日が7月14日でパリ祭に妙にこだわり、私が子供のころは音楽などもシャンソンなどが好きだった。私は小さな時から越路吹雪の日本語バージョンなどをよく聴いた。

この二人に共通するのがファッション系の仕事をしていたことである。母は洋裁、和裁などトータルファッションのプロであり、私の身の周りには小さいときからファッション雑誌がごく普通においてあった。叔母はニットが得意だった。私は大きくなるまで服を買うという行為をしたことがない。
母が連れていってくれたボタンの専門ショップなどで、いろいろなデザインのボタンをみて小さな私はとてもうれしかった記憶がある。 また叔母は帽子やアクセサリーショップなどによく連れていってくれた。

私が初めて日本以外のところへ行ったのが、当然のようにヨーロッパであった。

時は過ぎ、あるレストランでよく逢った人物がいる。
私の大好きな布施明である。ヨーロッパ系の音楽を歌わせたらこの人の右に出るシンガーはいないと思う。
ずっとファンであったが、後にそのレストランでよく遭遇することが多かった。もちろん、知己はなくお互いに一人の客としてというだけであるが、、。

このレストランはピアノが置いてあり、静かに本を読んだりのんびりと過ごすに最適なところであったので私はよく「通った」のである。
後に浅田次郎氏が短編「霞町物語」に登場させたなんでもないレストラン「ミスティ」である。

私がデジャヴーを感じたのは、この番組に布施明が出演していてカンツォ−ネなどを歌っていたからということもある。
そして、「ミスティ」が好きだったのは、きっと私にヨーロッパの香りを与えてくれた叔母なんだろうと思うのだ。

布施明に逢わせてくれたのは彼女に違いないと私は思う。


LINK

Misty : 「霞町物語」 〜 読書嫌いが読んだたった一冊の浅田次郎 ( April 06, 2002 )

リンクしているじゅんやさんが紹介してくれたパリ発のインターネットラジオ"NOSTALGIE FRANCE"
(右上のEcoutez la radioのマークをクリックしてください。’60〜2000年の懐かしいヨーロッパ音楽を楽しめます。)


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September 13, 2003

クロスな秋
Kotist = 宮西希 & Pop Opera = 増田いずみ


わたしはどんなジャンルでもクロスオーバーなものが好きである。

私は「高尚」な人間ではないので、音楽でも正統派なクラシックをそのまま聴いたりするのはかなり苦手である。また邦楽でも古色蒼然とした雰囲気なのはどうも二の足を踏んでしまう。
本来のオーソドックスなものを「正しい」と信じる人たちからみれば、私はかなり邪道なタイプの人間だと思う。しかし、わたしの感覚ではどんな世界も体制内革新によって進化してきたものではないかと思っている。歌舞伎などは特にそうではないかと思う。最近では大相撲などもなんとか新しくものにしていこうと努力が垣間見られる。

そこでこのところイイゾ、いけますよという人を二人。

A. Kotist : 宮西希

「みやにしのぞみ」である。
琴をジャンルにこだわらずJ−ポップなどを中心に演奏する。演奏スタイルは従来とは違い、正座しない。立ったり椅子に座ったりして演奏する。また服装は和服ではない。そのときの彼女の気分や感性でいろいろ変わる。

みずから 「Kotist」と称し、なんでも「コトっちゃう」のである。

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B. 増田いずみ : ポップオペラ歌手

こちらもオペラのさわりだけのCDを出したり、Jポップをソプラノのきれいな声で歌ったりする。
従来、わかりにくいとされている曲にオリジナルの英語詩をつけて歌うので聴いていて非常にわかりやすい。

下のLINK からご覧ください。サンプル曲もあります。


LINK

Kotist希の「ちょっとひとりKOTO

IZUMI MASUDA OFFICIAL SITE


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September 04, 2003

バス停に駆ける男
永遠なれ、東京大学ラグビー部


世の中には偶然ということがあるものだというお話です。

この数ヶ月、外出時によくお会いする老紳士がいた。
老紳士とはいっても、もうリタイアしてのんびりと過ごしているであろうその方は、小柄でなかなか品のある、見た目は70代半ばと思われる方である。散歩をしているのであろう、私も会釈を交わすようになっていた。しかし、とても元気そうな方である。

ある日、この老紳士が私に話し掛けてきた。
何かの話の進展で、この方は旧制高校でラグビーをやっていたという。それならば、私の義父もラグビーをやってました、と話すと次のような偶然をお互いに知ることとなった。
この方は旧制一高ラグビー部だそうである。現役時はスクラムハーフだったそうである。
それならば、私の義父と同じです、と話した。70代半ばと思われるので、私の義父も生きていればちょうど同じ年代と思われるので、もしかして一緒にプレーなさったのではないでしょうか?とお聞きしてみた。

老紳士「名前は?」
私「○○です。ウイングをやってたので足が速かったと聞いています。」
老紳士「○○?聞いたことある名前だなあ。家に行けば名簿があるから見てみるよ。僕は幹事をずっとやってたから。」

数日後、再びお会いしたところ、手にはしっかりと名簿を持っていた。
老紳士「○○クンだったよね。これだよね。」
と彼の指差したところには私の義父の名前が、、。
老紳士「知ってるよ。トライして新聞に載ったことがあるよね?」
私「はい、そう聞いています。」
老紳士「この名簿、君に上げるよ。」
私「ありがとうございます。大事にします。ところで△△さんのお名前はどこに載ってるんでしょうか?」

老紳士「あっ、ここだよ、○○クンは僕より15年ぐらい下だね。」

なんと、この老紳士は90才ぐらいなのだ。

彼はバスがやってくると、バス停にヒョイヒョイといった感じで走っていくのだ。
あのうしろ姿はたしかに楕円球を持っていないだけだ。
すごい。

東大ラグビー部よ、永遠なれ。


LINK

東京大学応援歌・ただ一つ〜12月9日の明暗( 2001-12-02 : WAVE

TURFC : 東京大学ラグビー部オフィシャルサイトへ


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September 01, 2003

GLOCALの実践〜ワセダクラブスタート


GLOCAL = すなわちグローカルである。

早稲田大学がワセダ全体のスローガンとして去年から掲げているものである。
GLOCAL = GLOBAL + LOCAL の造語である。

研究、学問などを含めるすべての早稲田全体のシンボルになりつつあるモットーであるが、今回ついにスポーツでもこのグローカルをスタートさせた。

ワセダクラブである。スポーツを大学(初等部からのトータルの学園を含む)だけでなく地域や早稲田全体のファンやサポーターも取り入れて相互に還元し協力しあうというものである。

詳しくは下記オフィシャルサイトをご覧ください。

私は早稲田OBではありませんが、ある部分で早稲田に関わりがあることや、出身にかかわらず「いいものはいい」という主義なのでこのグローカルというポリシーを当初から評価し共感していたので早速会員登録しました。