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June 2004 June 01, 2004 We are RACCOONS !
TD誌の18ページ大特集の意味、そして責任
June 12, 2004 「ヒロシです」〜お笑いニューウェーブ
その哀しさがいいとデス
June 19, 2004 シャンゼリゼ散歩物語
メトロが語る戦争と文化の歴史
   
     

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June 19, 2004

シャンゼリゼ散歩物語
メトロが語る戦争と文化の歴史

シャンゼリゼを散歩するのはとても素敵である。

私はパリで生活などはしたことがないから余計にそう思うのかもしれない。
少しでも時間があれば地下鉄ででかけたりしてエトワールからコンコルド広場までの間をぶらぶらしたりする。もちろん、疲れたらカフェや公園のベンチでのんびりと道行く人たちをながめたりするのである。
たぶん、これはパリを楽しむビギナーのコースやパターンなのであろう。

このことについては以前、Current Globe(No.36) のところに、このようなタイトルで載せたことがある。

French cafes sip slowly in fast-gulp culture - Paris : 昼下がりのカフェ・パリにて (February 24, 2001 )

この凱旋門からコンコルド広場へは一本のメトロが通っている。
駅名はこうなっている。

1) Charles de Gaulle-Etoile

2) George V

3)
Franklin Roosevelt

4)
Champs-Elysees

5) Concorde

すなわち、なだらかな坂の頂点から下ってくるシャンゼリゼ通り( Ave. Des Champs-Elysees ) に沿っているメトロの駅名またはその地名は次のようになっている。

1) = L'Arc de Triomphe (凱旋門)
2) ジョルジュ・サンク(ジョージ五世)
3)フランクリン・ルーズベルト
4)シャンゼリゼ
5)
Place de la Concorde (コンコルド広場)

世界史などにあまり強くない私が言うまでもなくこれらの駅名はフランスやヨーロッパの戦争と文化の歴史を著しているのである。

そのようなこととはあまり関係なくてもシャンゼリゼを散歩するのはとても癒されるものがある。

( なお駅名の字体はデザイン用語でいう 「Paris」体にしました。)


LINK

メトロマップ:凱旋門からコンコルドへ:その1

メトロマップ:凱旋門からコンコルドへ:その2

お昼時のシャンゼリゼ通りから凱旋門を望む

私のパリ体験(Overseasより)


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June 12, 2004

「ヒロシです」〜お笑いニューウェーブ
その哀しさがいいとデス


お笑い第5世代ともいうべき芸人が数多く輩出し、久々のお笑いブームがきている。

「間違いない!」の長井秀和を頂点に、前回紹介したのは波田陽区、青木さやかである。
この他にも、「悲しいとき〜!」から「どけどけ〜!」のいつもここからや、しゃべくりのうまさのドランクドラゴン、関西からのドスの利いた女性ピン芸・友近などお笑い界は今まさに群雄割拠である。

古くはラ・サール石井、渡辺などを生んだ下北系(下北沢)の芝居小屋のコント集団や、ついに東京本社の売上が大阪本社を追い越す寸前で、東京大阪2本社制から東京本社一本へと移行が決定した吉本興業のルミネ吉本(新宿)などの成功などお笑いの世界も東京へと集約されつつあるというのは驚きでもある。

この現象は、吉本の成功により東京サイドの多くの芸能プロダクションがタレントだけでなくお笑い部門を強化したということが劇的な展開を生んだのである。
中堅では吉本のナイナイ(ナイティーナイン)よりも、上田・有田の゛くりぃむしちゅう"やすでに頂点を極め長期安定期に入ったと思われる゛さまぁ〜ず"など東京サイドのお笑い界はビッグ3(たもり、たけし、さんま)以降不毛ともいうべき時代に終わりをつげている。

さて、私が今一番おすすめするのが゛ヒロシ"である。サン・ミュージック所属。
この哀しさはなんだろう? このおかしさはなんだろう? 
熊本県出身、ホスト経験有りという経歴で金髪にして、いかにもホスト系のコスチュームなのだが、三鷹というローカルなところでホストをやったという哀しさ、悲しさを充分に彷彿させるのである。

お決まりのセリフは哀しいフレーズの前に必ずポツリとつぶやく「ヒロシです」である。そのフレーズは熊本弁をわざとかぶせたりする。内容はほんとうにありそうな哀しさである。BGMにはシャンソン・バラードをかぶせるという凝りようである。そしてそれが見事にマッチして哀しさと悲しさ、おかしさをさらに浮きだたせるのである。


〜〜〜 ヒロシです 〜〜〜

新宿から上野ぐらいだったら歩くとデス。

〜〜〜 ヒロシです 〜〜〜

デートの約束をした女の人にその日に風邪を引いたと必ず電話をされて断られるとデス。

〜〜〜 ヒロシです 〜〜〜

高校2年生まではお母さんの選んだ服ばかり着てたとデス。

〜〜〜 ヒロシです 〜〜〜

時給375円で働いたことがあるとデス。

〜〜〜 ヒロシです 〜〜〜

というように延々と続くのである。しかもこれはほとんどがネタというよりも実話なのだ。

この哀しさと悲しさはなんだろう? 
でもどうしても笑ってしまうのである。

がんばれヒロシ!! この実話を背負って生きているひとはたくさんいる。こういう人たちを励ますグレートなお笑い芸人として成功してくれ! 応援してるゾ。


〜〜〜 ヒロシです 〜〜〜

本名は斉藤健一というとデス。


〜〜〜なんじゃ、そりゃ〜〜〜



*** なお、この対極にいるのがショーパブ出身、新宿二丁目系のやたらと明るく、ダンスをしながらコントトークをする゛マイケル"である。***




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June 04, 2004

We are RACCOONS !
TD誌の18ページ大特集の意味、そして責任


中央大学アメリカンフットボール部RACCOONSがアメフト月刊誌「Touchdown」7月号で大特集されている。
グラビアを含めて18ページにもわたり、プレーオフへの展望、歴史、座談会などが掲載されている。

かつて5〜6ページ程度のものはあったが、Raccoonsの歴史の中では、これだけの大特集は初めてであろう。
それだけ2004シーズンのラクーンズが期待されていることであり、"We must be Typhoon ! "という見出しが躍る理由がある。
5月号における戦力分析では関東大学アメリカンフットボールリーグBブロックにおいて、1票差で専修、東海、中央が並んだ。さらにCoaches' Pollでは第1位の3票を集めた。現場の監督、ヘッドコーチの投ずる予想こそが信憑性のあるポイントランキングということを考えれば、相当高い評価である。
そして、この理由として他校のプレイヤーが最もそのように感じているという評判からくるものとされている。

人間には2種類のタイプがあり、「誰も見ていなくても努力すれば必ず報われる。」がひとつ。
「いろいろ刺激を受けながら切磋琢磨することが向上への大きな原動力である。」がもう片方である。

プラス思考である私は後者の考え方である。
もちろん、人が見ていなくても努力をするのは当然である。しかし、それだけでは人間のモチベーションを高く維持することはなかなか難しい。
私の場合、遊びにすぎないが、テニスを実際にプレーする場合、観客が多い方がテンションも上がりいいプレイができるという明らかな性癖と傾向がある。このほうがより人間的ではないかとも思っている。
プロ野球などもそうであるが、記録だけを狙ってひっそりとプレーするよりも、大観衆の中でより高度なプレーを発揮することが絶対に“しびれる”のだろうと確信している。

RACCOONS 〜 この大特集は当然プラスに働くであろう。
プレーヤー、スタッフ、チアリーダーなどおおいに勇気を与えられるだろう。そして一方では大きな責任もともなう。

すなわちこの最低限の責任は、プレーオフに進出することであることにほかならないと私は考える。


「Touchdown誌」7月号特集への私のコメント:

1999年プレーオフ初進出時の石坂主将など歴代5キャプテン座談会も「魂のフットボール」をさらに理解させるが、私が一番いいと思ったコラムは:

「がんばれラクーンズ!!」
〜ラクーンズの躍進を願うOBや恩師からの熱きエール〜

である。
このコラムに私なりの感想やコメントを一ファンとして記しておきたい。


松永幸信(中大附属高校アメフト部Raccoons監督)

高校大会には必ずこの人がいる。
中大附属高校アメフト部を’85年に同好会でスタートしてわずか3年目で東京都大会優勝に導く。
クリスマスボウルにも3回出場。
松永門下で育ったプレーヤーが中央大学Raccoonsの大きな原動力となった。
「松永(さん)ががんばってるから俺たちもやらなければ、、。」というOBの声を大学の試合のときスタンドでよく耳にする。

日本体育大学’77年卒、シルバースターでもプレーした。



市瀬一(いちのせはじめ) : (オンワードスカイラークスコーチ)

’92年卒。TE、G。
Raccoonsが大事に育て上げた待望の次期監督。
’97ラクーンズフルタイムヘッドコーチ就任。
’99〜’01京都大学Gangstarsにコーチ留学。
’02よりオンワードスカイラークスOffensive Coach。

彼がRaccoons監督になるときは、中央大学Raccoonsは甲子園ボウルを狙うプレーオフ常連校になっているはずである。

税理事務所を経営する父を持ち公認会計士を目指していたが、父の急逝に伴いアメフトの道を選択したという経緯の意思は固く尊い。
Raccoons関係者、ファンが総力を上げてバックアップしている。



庄司達郎(オービック・シーガルズ主将・DT)


’95年卒。
Raccoonsが強豪校になりつつある時期にTDベストメンバーなどに必ず選出されたプレーヤー。
中大附属高校、中大Raccoonsと主将を務めた。
’03ドイツ杯日本代表メンバー。ディフェンスに庄司ありである。



清水健(読売テレビアナウンサー)

’99年卒。
プレーオフ出場時WRとして活躍。関西出身。アナウンサーになるために留年したエピソードの持ち主。100M、10秒9という快足を生かし小柄ながらWRとしての突進力は出色であった。
読売テレビで関西アメフトリーグの取材、実況なども担当。
日本テレビ系「どっちの料理ショー」でもおなじみである。

アメフト出身アナとしては関西学院大学FightersのスターQBだったTBSアナ有馬氏。有馬氏はTBSアナを辞め再びアメフトに復帰する。
「ニュースの森」メインキャスター・杉尾秀哉氏(TBS報道部、前ニューヨーク特派員)は元東京大学Warriors主将である。


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