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TEHERAN (IRAN) その1-- ペルシャ文字の不思議

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およそ日本人にとって最も想像できない景色は中近東ではないでしょうか。ヨ−ロッパやアジアは大体想像した感じですが、中近東はだいぶ考えていたイメージと違う感じでした。というより日本人にはなかなか想像しにくいといったほうが正解かもしれません。少し時間があったので公園でボーッと2〜3時間赤茶けた山を見つめていました。

バグダットでTRANSITするという面白さもありましたが、やはりペルシャ文字の表示にはかなり笑える経験ができます。基本的にアラビア文字も同じではないかと思いますが、外を歩いていて困るのが、よほど大きな道路でないかぎり英語表示がないということです。おまけにペルシャ文字というのは、数字も例のぐにゃぐにゃの字で右から左へ読む難物なので、番地などは全く分らなくなってしまいます。夕方暗くなってしまいどうやって帰ろうかと真剣に心配になったのは後にも先にもここしかありません。ようやくタクシー会社を見つけ(といっても1台だけとてもおおげさにおいてある)なんとかアラブ風巻き舌ENGLISHで危機を脱出したのでした。

しかし、普通の路をロパが歩いていたりして、それはそれで別のメルヘンがありました。また行ってみたいと思わせるスポットであるには違いないと思います。

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SYDNEY (AUSTRALIA) その1-- 春夏秋冬を2週間で知る

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ヨーロッパからシンガポールを経てオーストラリアへ行くことがありますが、これを5月か6月にやると4つの季節のうち少なくとも3つは経験できます。ヨーロッパの心地よい春からシンガポールの夏(最も1年中だと思うのですが、かれらに言わせれば結構寒暖があるとのこと)、そしてオーストラリアの初冬の木枯らしを経験できます。

これはなかなか楽しいのですが時々風邪気味になることには気をつけないといけません。

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SYDNEY (AUSTRALIA) その2‐‐人種のるつぼ

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PARIS からNUMEA(NEW CALEDONIA)へ24時間で行くFLIGHTがあります。わたしは、EUROPEの仕事の後にこのFLIGHTを使って何度かPARISからSINGAPORE-SYDNEYというコースで乗ったことがあります。

この機内は実にほとんどの人種がいるのではないかと思われるほどの面白さです。TRANSITが、PARIS - DIBAI(EAU)-COLOMBO-SINGAPORE-SYDNEY-NUMEA(NEW CALEDONIA) というコースになっているからです。わたしはNUMEAまではいってませんがSYDNEYまでのFLIGHTには乗ったので不思議な気分に浸れました。

NUMEA駐在のフランス系の家族、ドバイで降りるアラブ系の人、またドバイでビジネスをするであろうヨーロッパ系ビジネスマン、コロンボ付近のインド、スリランカ系の人たち、さらにそこからパキスタンやネパールなどへ行くと思われる黄色の袈裟を着た高僧のような人、シンガポールでのアジア系中国人や東南アジア系の人、シドニーでのオーストラリア人、またオーストラリア観光に来たと思われるヨーロッパ系の人達、そしてNEW CALEDONIAへのポリネシアンの人々などです。

退屈は決してしませんが、自分がどこにいるのかわからなくなる瞬間がしばしばあります。

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SEOUL(KOREA) その1−これが私の新記録

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SEOULは1回しか行ったことがありません。しかしここに関しては非常につまらない新記録を作りました。成田−成田24時間ということをやりました。成田を昼頃のFLIGHTで出て午後からSEOULのOFFICEで仕事をし、夜仕事の続きを焼肉屋でご飯を食べながらやりHOTELへ12時前に帰ります。翌朝早くも8時前にHOTELのRESTAURANTで朝食を食べながら打ち合わせ、さらにそれが車の中でも続きます。昼前のFLIGHTで成田に帰らなければならないからです。夕方にはTOKYOのOFFICEで仕事をしていました。

何でこんなことを?とちょっと思いましたが、FLIGHT CREWになったと思えばいいかと自分を納得させました。

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SEOUL(KOREA) その2−MAYBE 20-30 YEARS BEHIND JAPAN

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そんなことで韓国に関してはあまり良くわかりません。ただ非常に軍事色の強い感じがしました。今年の(2000年)の南北会談で状況は少しは変わっているのでしょうが、、、 KINPO AIRPORTまで行く片道5車線の広くまっすぐした道路が緊急時に軍用滑走路として使われるということを聞いたときには、なるほどな、と感じたものです。

ただ私の場合、ビジネスでいくので韓国人のエリートのような人たち (ソウル大学、高麗大学、成均館大学などを卒業した人です) と接したので彼らの優秀さにはとても尊敬に値するものがありました。将来の韓国を自分達の手で作り上げるという使命感のようなものを一般人のなかにも強く感じることができました。彼等とはその後も日本で何度も会っていますが、最初は英語で話しているのですが、わずか半年から1年であっという間に実に上手な日本語で話せるようになるのは驚きです。

しかし、儒教精神の強い彼等には、今一つ着いていけないというところがあります。長幼の序や家族親戚を敬うというのはすばらしいのですが、なぜかその割にかなりハードな(やや激高したような)口論をしたりするようなところを見ると一体どっちが本当の彼なのかと不思議に思うことが時たまあるのです。

文化や歴史の違いは本当に難しいと思います。


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PERSONA / 恨、怨からPOPの時代へ 〜 ソニン「寒い季節」をうたう (2002-01-13)


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