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+ Tokyo (Japan) その1−SAKURA Top season + |
+ わたしは花見ということをほとんどしたことがありません。ああいうかたちで大勢で騒ぐという機会がなぜかありませんでした。これはある時期10年近くにわたって、ちょうど桜が満開の時期に、なぜかいつもその期間、必ず日本にいないことが続いたことにもよります。久しぶりに花見の時期のちょっと前に日本に戻ってきて何気なくいつものように車で(青山)墓地下から少し上がってデンマーク大使館の方に左折する数百メートルの桜の美しさに私は声が出ませんでした。日本の美しさに数分間完璧に浸ることができました。 この時思い出したのが、学生の時に(小さい時でなかったのが残念)初めて歌舞伎を観た時に演目(歌舞伎の場合このような言い方でいいのでしょうか?)がたまたまそうだったことによるのですが、緞帳が上がると一面桜吹雪の背景で始まったことが頭を駆け巡ったことです。 これは、さらに国技館で相撲を観るということにも通じています。少し早めに行ってお昼のお弁当を食べてから通路の’相撲甚句’を背に受けながら外に出て幕内上位や三役力士が場所入りしてくるのを迎える風情は日本人ならではといえます。江戸情緒を味わうということかもしれません。やはり、これはNHKアナのフレーズのように 〜風薫る五月〜夏場所に限リます。 + |
+ Tokyo (Japan) その2 − I'm not a patriot. + |
+ わたしは愛国主義者でもなんでもありませんが、パスポートのスタンプが(最近は以前の様にあまり押さなくなりましたが)増えるたびにだんだんと日本に対する帰属意識が強くなってくるのはどうしてでしょうか? 時節柄(2000年7月)危険な発言をすれば’菊の紋章’が少しずつ神々しく見えてくる錯覚にとらわれる時がたまにあります。まだ錯覚と思っているうちは大丈夫ということでしょうか。 これは別に大げさな意味ではなく、例のサッカーの三浦知良が試合前の国旗掲揚のときに右手を左胸に置くようなものです。個人的にはあまり好きなplayerではありませんが、試合前のあのポーズの気持ちはわからないではありません。 もう一度、宣言しますが− I'm not a patriot!! Guess true blue a little?? 一つだけいえることは日本人としてのidentityを意識せざるをえない状況がいつもあったということです。 + |